第6話
「ではな、妹よ。この領地は任せだぞ」
「ええ。お任せ下さいお兄様」
ダニエルはアナスタシアが乗ってきた馬車に乗り込む。いつの間にかアナスタシアの荷物は屋敷の中に運ばれたようで、代わりにダニエルの荷物が詰め込まれている。
「ふむ。そう言えばお前は家の使用人を連れてきたのか?」
「ええ。マリーというメイドを一人」
ダニエルがマリーの名前を聞いた途端、パッと花が咲いたように笑顔をつくる。
「なに!? マリーが来ているのか!何処だ!」
「さぁ?屋敷の中に居るのではないでしょうか」
「それはいかん!」
「お兄様?」
ダニエルは慌てて馬車の扉を開けようとするが、何故かヴィルヘルムに止められる。
「何をする!ヴィルヘルム!邪魔をするな!」
「ダニエル坊っちゃま。御容赦を。私めはマリー殿にダニエル坊っちゃまを近付けさせるな、と申し付けられているのです」
「な、何故だ!」
(マリーとお兄様の間で何かあるとは思っていたけど、よっぽどのようね)
「それはですね、ダニエル様」
背後から低く怨念のこもったような声がし、思わず手を構え振り返ると、そこには鬼のような剣幕をしたマリーが立っていた。マリーの表情とは正反対にダニエルの顔が輝く。
「マリー!会いたかったぞ!」
「ええ。私は二度とお会いしたくありませんでしたよ。二度とね」
「何故だ!そうか、あの日の事をまだ根に持っているのだな!?あれはつい魔が差しただけだと言っただろう?」
マリーの眉がぴくりと跳ねる。
「あれが魔が差しただけ、ですか?嫌がる私を自室に連れ込み、犯そうとしたのが魔が差しただけ!?」
「な!?お兄様!?」
「坊っちゃま……。それは……」
「誤解だ誤解!誤解なのだ!」
「馬を……出してください……」
アナスタシアは絞り出すようなか細い声で御者に告げる。御者も話をきいていたのか、コクリと強く頷き馬に鞭をうった。
「待て!馬を止めるのだ!マリー!」
馬車の姿が小さくなっていくと共に情けない兄の叫び声も小さく消えていく。残されたのは、静寂だけだった。
アナスタシアは妹としてマリーに土下座をしようとしたが、マリーに止められた。
「お嬢様がここに連れてきてくれただけで、幸せです。またダニエル様と顔を合わせなくて済みますから」
「本当にごめんなさい。あんな兄で。許さなくていいですから」
「いえ。お願い申し上げたいのは一つだけ。旦那様にはこのことは言わないでください」
「何故?お父様に言っておけば、」
「旦那様には拾って頂いた恩があるのです。このような些細な揉め事、知られたくはありません。それに未遂ですし」
「……そう」
滅多に表情を変えないマリーの悲しそうな顔を見て、アナスタシアは少し兄が嫌いになったのであった。