第5話
「ははは、妹よ。お前、あの馬鹿王子に婚約破棄されたんだってな?」
「あら、お兄様。仕事が遅い割にはお耳は早いのですね。流石ですわ」
「何だと!?」
アナスタシアの兄ダニエルは、父ではなく母親によく似ている。母は厳格な父には似合わない穏やかな女性で、とても美しい顔をしていた。そんな母もアナスタシアが1歳、ダニエルが5歳の時に病気で亡くなってしまった。ダニエルはよく母に懐いていた為、それはもう気を病み、みるみる元気をなくしていった。気の毒に思った父はダニエルを甘やかし可愛がったため、今の残念なダニエルになってしまったのだ。
「そんな可愛げがないから男に捨てられるのだぞ!」
「あら、よく女性を拾っては捨てて拾っては捨てているお兄様のお言葉は骨身にしみますわね」
「ぐぬぬ〜」
だが、そんな兄をアナスタシアは嫌ってはいなかった。口も女癖も素行も悪い兄だったが、それはそれで可愛げがあるところもあり、揶揄う対象としては面白味があったのだ。
「それよりお兄様。仕事の話をしましょう」
「ぐぬぬ。……まぁそうだな。そうしよう。何が知りたい?」
「何、と言えばお兄様の知っている全てなのですが……。まず、気になった事を申し上げても?」
「許可しよう」
ダニエルは高級そうな椅子にふんぞり返り、足をまた高級そうな机に置く。アナスタシアがその椅子や机を指さすと、ダニエルは心底不思議そうに首を傾げる。
「何だ?」
「私はこの地は貧しいと聞きました」
「ああ!そうなのだ。これが困ったものでなぁ。兄は手を焼いているぞ。農作物は作れぬし、手に職を持ったような職人もいない。これといって綺麗な絶景もない。いい所なしだ。金を産まん!」
「では、その高そうな椅子や机、その他にもあの扉や照明はなんですか?何処からそのお金が?」
ダニエルは眉を寄せ嫌そうな顔をする。アナスタシアが無言で睨むと焦ったように口を割る。
「こ、これは兄の金だ!何だその目は怖いから止めろ!父を思い出す!」
「お兄様のお金、というのはこの領地のお金ではなくて?」
「な、なんだ!着服などしていないぞ!これら領民が……その献上だ!僕に献上した金で買ったのだ!」
「……はぁ」
アナスタシアは襲ってくる頭痛を抑えるように、こめかみを揉みこむ。
「失礼致します」
どうやらヴィルヘルムが紅茶を持ってきてくれたようだ。ハーブの良い香りが、少し心を落ち着かせた。
「ヴィルヘルムさん。この椅子とアレとソレと……この部屋にある高いもの全て売ってもらえる?」
「かしこまりました」
「馬鹿な!? これは兄が家に持って帰るのだ!」
「馬鹿はお兄様ですわ!これをどうやって持って帰るおつもりですか!?そもそもこれはお兄様の物ではありません!」
「ぐ、ぐぬぬぬ〜!」
「お兄様!!」
「ぬ……ぬぅ……分かった、分かった妹よ」
「はぁ」
再び痛み出した頭に手を置き、ヴィルヘルムの淹れてくれた紅茶を流し込んだ。