第4話
それでは、お父様。行って参ります」
「あぁ。気をつけて。向こうでダニエルが待っているだろうから」
「はい」
「マリーもアナスタシアをよろしく頼む」
「はい、旦那様」
アダムヘルムに向かう馬車の前で父と別れの挨拶をする。あれから3日急いで、荷造りをしたかいがあり、なんとか間に合った。途中で、それが本当に必要ですか?とマリーに問い詰められ断捨離したのは置いておこう。
馬車はアナスタシアが乗る用と荷物を運ぶようで三つ用意した。荷物はもう既に使用人達が乗せてくれている。アナスタシアはマリーの手を借りて馬車に乗り込んだ。父に笑顔で手を振ると父も微笑みを返してくれる。
「あら、マリー!貴女はこっちよ。そっちじゃお尻を痛めちゃうわ」
マリーは荷物を乗せてある方の馬車に乗り込もうとしていたので慌てて声をかけると、呆れた顔で溜息をつかれた。渋々とアナスタシアの乗っている馬車に乗り込む様子に少し吹き出しそうになる。
「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃない」
「お嬢様。アダムヘルムまでは遠いのです。私は長い旅路を眠りに使いたいのですよ」
隠そうともせず素直に白状するマリーにとうとう吹き出してしまった。
「ふふ、いいのよ。私の前で寝ても」
「はぁ。ま、気が向いたらそうします」
馬車はガタリと音をたてて出発する。父が長い旅路だからと気を使って中々に豪華な馬車を選んでくれた。座る場所には柔らかいクッションがあり、お尻を痛めることはなさそうだと安堵する。
王都からアダムヘルムまでは馬車で2時間ほど揺れることになる。マリーはアナスタシアの前でウトウトとすることも無く、最後まで起きたまま姿勢を伸ばし座っていた。意外と主の前での礼節を気にしているのだと分かり、少し悪い事をしたな、とアナスタシアは思った。
「お嬢様、お嬢様。着きましたよ」
「ん、……んぅ〜」
優しく肩を揺らされてアナスタシアは目を覚ます。気付いたらマリーではなくアナスタシアが眠ってしまっていたようだ。アナスタシアは両手を上にあげ伸びをする。ふぁ〜っと気の抜けた言葉が口から漏れた後に、ハッとする。真顔でじーっと見つめていたマリーと目が合い、少し顔が赤くなる。どうもマリーの前だと気が緩むようになってきている。
(マリーが何も取り繕わずに接してくれるからかしら)
「ごめんなさい。私の方が寝ちゃったみたいね」
「いえ、お疲れだったのでしょう」
「あら優しいのね」
「私はいつでも優しいではありませんか」
無駄口を叩き合いながら、マリーが馬車の扉を開けてくれ手を引いてくれる。
「ここが、アダムヘルムなのね」
馬車は大きな屋敷の前で止まったようで、古びた屋敷がアナスタシア達を出迎えてくれた。所々、割れた窓があることに気付く。
そして鼻腔に広がるのは何かが焼けたような匂い。恐らく、領民が藁でも燃やしているのだろう。
「ようこそおいでくださいました。アナスタシアお嬢様」
屋敷の扉の前で立っていたのは、燕服を着た老人だ。口には白い髭を長く生やしているが、そこに不潔さはない。老人とは思えない程の背が真っ直ぐ伸びておりある種の品性を感じる。
「貴方は?」
「私はこの家で執事を任されております。ヴィルヘルム、と申します」
「貴方がお父様の言っていた執事ね」
「ええ、恐らくは」
「そう。もう知っているようだけれど、私は本日から兄に変わって領主を任されたアナスタシア・ギルドべートよ。よろしくね」
「これは御丁寧に。ささ、中でダニエル坊ちゃんがお待ちです。どうぞ」
アナスタシアがヴィルヘルムに連れられ屋敷内に入ろうとするが、マリーはそのまま馬車の前で動かないことに気付いた。
「マリー?」
「お嬢様。私は荷物を屋敷に運んでいます。どうぞお先に」
「? そう。分かったわ」
眉間に皺を寄せて鬼のような顔をしているマリーを不思議に思いつつも、アナスタシアは屋敷の中に入る。
屋敷の中は見た目に反して綺麗に保たれており、清潔感があった。だが、歩くとキシリと床が悲鳴を上げている。
「申し訳ありません。何分、修繕の費用も心許ないものでして」
「いいのよ。そのために私が来たのだから」
「心強いお言葉です。さ、こちらでお待ちです」
ヴィルヘルムの後に続き、階段を登ったところに特別綺麗な扉をした部屋が目に入る。三回ノックをした後に、アナスタシアお嬢様がお見えになりました、とヴィルヘルムが告げると中から返答が聞こえた。
「入れ」
「では、私はこれで。お茶の御用意をして参ります」
「ええ、ありがとう」
ヴィルヘルムが去った後、金のドアノブを捻る。ほかの部屋のドアノブは普通の木製のようだった。
「お久しぶりですわ。お兄様」
「よく来た。我が愚妹よ」
兄、ダニエルは豪華な家具に囲まれた部屋の中でふんぞり返りアナスタシアを出迎えた。




