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第3話


「アナスタシア。お前に領地を任せる」

「領地、ですか?」


アナスタシアが最後の涙を流した後、父はまた厳格な顔に戻った。


「あぁ。元はお前の兄、ダニエルに任せていたのだがな」

「お兄様が?ということはあそこですか」


アナスタシアの兄であるダニエル・ギルドべートはダニエル公爵家の長男であり家名を引き継ぐ者だったが、女癖と素行が悪く、領地の運営と言う名の教育をそこで受けていた。だが、その地は農作物が育たない不毛な地であった。ダニエルの才覚では、領民を纏めあげることも出来ず、手を焼いているらしい。


「領地の名前はアダルヘルム。王都からは遠く離れている。お前にとっても都合が良いだろう」

「お父様……」

「それにダニエルもあそこに居たのでは育たず暇を持て余しているらしいのだ。私の遠く離れたところでは意味が無いと分かった。呼び戻し再び教育し直そうと思ってな」

「私がお兄様の代わりに領主となれば宜しいのですね」

「あぁ。詳しい話はアダムヘルムでダニエルの執事をやっている者に聞け。一応、ダニエルからも仕事の引き継ぎもしてもらう」

「分かりました」

「あそこは土地も悪いが、中々に領民も癖の強い者ばかりらしい。簡単にはいかぬぞ」

「肝に銘じますわ。それで、お父様。ただ領主をやれば良いだけではないのでしょう?」

「ふむ……。そうだな」


父は口髭を撫でアナスタシアに視線を送る。できるかどうか、値踏みするかのような目付きだ。アナスタシアはただ真っ直ぐに視線を送り返す。


「領民をまとめあげ、生産性をうみだせ。このままでは金が掛かるばかりだ。」


農作物もなく名産も無い領地は国に返すものが無い。国も何の生産性もない土地にタダで金を送る訳にもいかないので、アダムヘルムは貧しい土地となっている。いつ国から見放されてもおかしくはない。父はそんな土地を変えろ、と言っているのだ。


「できるか、アナスタシア」


アナスタシアは胸に手を当て顔を上げる。その目にもう迷いはない。


「勿論ですわ!」






「好きな使用人を連れていけ、と言われましても。うーん」


領地に行くのは3日後。それまでの間、荷物を纏めなくてはいけない。父からは家の使用人を何人か連れて行っても良いと言われた。


アナスタシアは父譲りの厳格さ、また愛嬌の無さから使用人からは線を引かれている。嫌われている、とまではいかないだろうが特別慕われてもいないだろう。加えて、今は婚約破棄されたばかりの主を前にどう声をかけていいのか分からないのだろう。いつもより壁を感じていた。


「私に遠い領地に着いてこい、なんて言われたら嫌ではないでしょうか。絶対に連れて行かなくてはいけない訳ではないのですし、引越しだけ手伝って頂くだけでいいかしら」


アナスタシアはとりあえず、自室に戻り荷物の整理を始める。使用人には特に声を掛けていないので、一人でやってみることにした。

すると五分も経たずに、トランクの中がいっぱいになり閉まらなくなってしまった。金具の間から詰め込まれた洋服達が苦しそうに飛び出している。


「結構難しいのね」


今にも壊れそうなトランクの上に両手を置き、体重を乗せる。ギシッギシッと悲鳴をあげているが、そういうものかもしれない、と思いさらに押し込む。


「もう……ちょっと……っ」


バキッという音と共にトランクは真ん中で割れてしまい、無理に留めていた金具は弾け飛びアナスタシア目掛けて飛んでくる。


「キャッ」

「お嬢様!」


顔にぶつかると思った金具はすんでのところで、誰かに捕えられる。


「マリー!」

「お嬢様、トランクは無理に閉めてはいけません」


マリーと呼ばれた少女はこの家のメイドである。孤児だったマリーは10歳の時に父に拾われ、それから5年この家で働いている。すこし無愛想な性格をしているが、誰よりも仕事を覚えるのが早く、優秀な使用人である。


「ありがとう。マリー、助かったわ」

「いえ。……荷造り、ですか?」

「ええ、ちょっとね。私この家を出ることになったの」


アナスタシアがそう微笑むと何か勘違いをしたようで、マリーは少し憐れむ顔をする。


「お嬢様。お気を確かに。男に振られだからと言って、家出など……」

「え、あぁ!違うの!そういう傷心旅行とかじゃなくて」

「違うのですか?」


マリーは首を横に傾げ不思議そうに見上げる。


「お父様に領地を任されてね。お兄様の代わりに領主になることになったの。あ、お兄様は家に帰ってくるからお兄様のことよろしくね」

「……ダニエル様が、ですか?」

「え、ええ」


アナスタシアがお兄様、と口にした瞬間にマリーの眉間に皺がよる。まるで嫌な奴を思い出したかのような表情をする。


(マリーがここまで感情を出すのは珍しいわね。お兄様と何かあったのかしら)


「お嬢様、その領地に私も連れていってくださいまし」

「え、ええ!?」

「お嬢様おひとりでは満足に荷造りも出来ないでしょう。私はこれでも使えるメイドです。連れていっても損は無いかと」

「そりゃ、私も貴女が来てくれるのは有難いけど……」

「では、決まりですね」


マリーは早口でそう告げると、すぐに何処からか新しいトランクを持ってきて、溢れたアナスタシアの洋服を綺麗に畳み始めた。


「……あれ、さっき貴女何気に無礼な事言わなかった?」

「気のせいです。さ、お嬢様。必要なものを持ってきてください。詰めるのは私がやりますから」

「え、ええ。分かったわ!」


(マリーってこんな子だっけ)


無愛想で無口、という印象だったメイドが、がらりと変わったように思う。だが、アナスタシアは何となく悪い気はしなかった。


(一番恋に現を抜かして周りが見えていなかったのは私だったのかしら。メイドとも録に会話をせずに一方的に壁を作ってきただけだったのかもしれない)


真剣な顔でせっせと荷造りを手伝ってくれるマリーの横顔を眺めながらアナスタシアは自身を省みる。


「お嬢様、私を見つめても荷造りは進みませんよ。ほら、動いてくださいまし」

「……ふふ、はーい」

「?」


こういう気の抜けた雰囲気も悪くは無いのかもしれない、そう思いこれ以上怒られないようアナスタシアも荷造りを再開することにする。

アナスタシアの返答が意外だったのかマリーは拍子抜けしたような顔で少しだけ振り返った後すぐにまた手を動かしていた。


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