第2話
ヴィクトルの働きかけなのか、イヴァンはアナスタシアとの婚約破棄を宣言した次の日にはリリカとの婚約を発表していた。だが、男爵という位のリリカを認める貴族は少ない。それに、アナスタシアは愛嬌は無いものの容姿・頭脳・爵位・礼節ともに申し分なく評価されていた為、反対する意見が多数を占めていた。だが、恋に現を抜かしているイヴァンは全く聞き耳を持たず、着々と婚約を済ませ結婚までの道のりを進んでいる。恐らくヴィクトルの手が回っているのだろう。
「お前の落ち度はなんだ、アナスタシア」
アナスタシアは婚約破棄を言い渡された3日後、父の書斎に呼び出されていた。2日の猶予をくれたのは父の優しさ故だろう。アナスタシアは婚約破棄当日、どうやって家まで戻ったのかも覚えていないほど憔悴しきっていた。
「アナスタシア!」
父の厳格な声が響く。
「は、い」
「父をこれ以上落胆させないでくれ。お前の落ち度はなんだ?」
「私は……」
アナスタシアは唇をぎゅっと噛み締める。泣くな、もう散々泣いた、もう涙は枯れた、顔を上げろ。そう己の心を奮い立たせる。
「この国の為、と思い焦燥し、イヴァン様のお心の変化に気付かなかったこと」
「……」
「ヴィクトル宰相の罠に気付かず、おめおめとあのパーティに参加したこと」
「……」
「それと、それと……」
父の反応を見るにどれも正解には行き着いていないらしい。アナスタシアを見る目が怒りを含んでいることは見て取れる。
「……分かりません。お父様。私は……」
「何故捨てられた、などと続けるつもりはないだろうな?娘よ」
「……」
(だけど、現に私は捨てられた身だわ)
「貴様の最大の落ち度は、あんな元平民や頭の足りぬ貴族達の前で情けない姿を見せたことだ」
「っ」
父は聞いたのだ。アナスタシアが大勢の前で床に額を擦り付けたことを。何よりもギルドべート家の誇りを尊重している父の事だ。アナスタシアの恥態を聞き、さぞ落胆したことだろう。
「あのような馬鹿王子と婚約破棄したことはどうでもよい。あの王子にはお前は勿体ないと思っていたのだ。お前があの王子を慕っていたから好きにさせていたがな。この国の最後の頼み綱から手を離したのはあちらだ。あの王子と元平民が王になれば、この国はすぐにでも滅びるだろう」
「……」
「だからこそ、お前は最後まで顔を上げ、高貴な姿で去らねばならなかった。それがギルドべート家たるものの姿だ」
「……は、い。はいお父様。申し訳、ありませんでした」
「……ふぅ。もう良い。顔を上げよ。我が娘よ。おいで」
父は目尻を優しく下げ父親の顔をし、両手を広げた。アナスタシアはよろよろとその胸に飛び込む。枯れたと思っていた涙が父の優しさに包まれて再び溢れ出す。
「愛しい我が娘」
「……っお父様!私はもう泣きません!俯きません!今度こそギルドべートの名に相応しい女性になります!……だから、お父様、今日だけ、いえ、今だけ……」
何も言わず抱きしめてくれる父の胸を借り、アナスタシアは最後の涙を流す。もう絶対に父を落胆させないと心に誓った。