異世界で手に入れた能力は『クリッカー』 何それ!?
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……
もう何時間指先だけの運動を続けたのだろうか、どうして俺がこんな単純作業をしているのか、これでは工場のライン工アルバイトと同じではないか。
最近話題の『異世界転移』、ひょんなことから巻き込まれたのはこの俺、羽塚水近は恒例のスキルで調べた結果が『クリッカー』だった。
なにそれ!?
当然周囲にいた人も全く同じ顔をして俺のことを見てきた。いや、俺を見たって俺がわからないんだから誰もわかんねーよ!
色んな人にこのスキルを訪ねてみたが、軍団長も王族も知らないの一点張り。ならばとこの世界一の知識人である大賢者に1ヶ月かけて会いに行ったが結局これも空振りにあった。
とうとう召喚主である王国側から魔王退治への徴兵免除の手紙をもらった。文字だけなら嬉しいが、要は戦力外通告といったところだ。
「くそーーーーー!!誰も知らないスキルなんてどうやって使うんだ!!」
「あのー……もしかして、以前いたという世界の言葉ではないでしょうか?」
「……あっ!」
盲点だった。転移後の世界の言葉ばかりにとらわれていて、以前の世界という発想が完全に抜け落ちていた。
俺は転生前の世界の知識を総動員させて『クリッカー』という言葉を脳内検索エンジンにかけてみた。
しかし出てくるものは某パンデミックゲームの敵キャラクターや犬のしつけに使う道具、アーチェリーに使う部品の名前などで有用なものはなかなか出てこない。
「んんんん……まだだ。まだきっとヒントが有るはず」
「大賢者様!」
「なんですか騒々しい。いまはお客が来ておるというのにそんなに慌てる必要がどこにあるんですか」
「それが……」
何かの問題が発生したのか?まあ俺には関係ない話だが……
「なるほど、それはちょっと問題ですね。羽塚さん、申し訳ないのですがどこからか暴食ネズミが発生して食料庫を食い荒らしているそうなので、これから私はそれの対処に向かいます」
いちいち大賢者が出向くくらいならネズミ取りでも設置していればいいのに。あれ、ネズミって確かマウスの語源になってたよな。……そうか!クリックってマウスのクリックのことか!いや待て、数ある候補の中から確定するにはまだ早い。まずはそれを実験で確かめてみないとな。
羽塚は大賢者のいた彼の部下の一人からナイフと斧を一つずつ借りると近くの森まで出かけた。
「この……木を……切って……マウスを……作るんだ」
木を切り倒すのに2時間、マウス作成に必要な分の木材を切り分けるのに30分、木こりの経験などまったくない羽塚には重労働だったが、かすかに見えた希望だけが彼の原動力となっていた。
「完成だ!さっそくクリックするか。では最初の一回目っと」
……
…………
「あれ?何もない、なんでだ?」
何度も左右のボタンを強く押して見るが反応がない。
「まさかちゃんとクリック音がならないとクリックした判定にならないのか?うーわ面倒くさすぎるって、俺マウスの構造とか知らないしこれ詰んだでしょ。俺の異世界物語完だよ、打ち切りじゃん」
そこからの俺は決して物語の主人公とは言えない生活ぶりだった。冒険者稼業で倒したモンスターの材料を売って日銭を稼ぎ、クリック音に使えそうな素材があれば試してみる。
そんな生活を一体どれくらい続けただろうか。いや、体感時間が長かっただけでそれほど時間は経っていなかったのかもしれない。だが過ぎたことはもうどうでもいい、ついに……ついにこの音のなるマウスが完成したのだ。毒吐きカエルの鳴嚢を使用することでなんとかクリック音を再現することに成功した。
しかし悲しいことに感動の一回目とやらは、期待もせずに押した時に達成してしまったためほとんど記憶にないが、俺の『クリッカー』への推測はどうやら当たっていた。クリックに成功したとき、俺の脳内には考えたこともないイメージが浮かんできたのだ。
「『最初の報酬』…?まあとりあえずこれを選べば何かがもらえるんだな。でもイメージのなかをどうやって選択するんだ。マウスでやるのか?」
半ば冗談気味にマウスを動かしてみると、なにもないところからマウスカーソルが現れると俺の腕と同じように動いた。
「ハハハ……まさか本当にマウスで選ぶとか、とりあえず選んでみるか」
カチッ
その瞬間、俺の体に明らかに変化があったのがわかった。しばらくまともな食事をしておらず空腹だったはずのお腹は今にも戻しそうになるほどの満腹感を覚え、ヒョロヒョロだった二の腕や足にはボディビルダーのような筋肉が身についた。
「おいおい、マウス一回でこれほどの効果があるなんて。すごいなこれ!めちゃくちゃクリックしてやるか」
強くなった俺はクリックに専念するために冒険者ギルドでいくつかの討伐クエストを完了後、報酬を手に一泊三食付きの安宿にこもって缶詰でクリックに専念した。
「うう……ああ……」
もう何日部屋から出てきていないのかわからない。もう何十、何百万回クリックしたのかわからない。朝から晩までクリッククリッククリック、飯が運ばれてきた時のナイフとフォークかトイレのちり紙以外の時間は手にマウスしか持っていなかった。
目の下にはクマができて顔に覇気はない。ずっと続けてきた猫背のせいで時々腰のあたりにピリっとした痛みを感じる。最近では宿のオーナーから『いい加減出ていってくれないか』とまで言われ始めた。それも当然だ、ここに来てからというもの風呂になど一度も入っていないのだから。
いい加減いつまでこの作業を続けなければいけないのだろうか。一定の数値までカウントが届くたびに報酬と称して俺の体は強くなっている。しかし体ばかりが強くだけで心は荒んだままだ。まるでクリック漬けで廃人と化したクリックドランカーのようだ。
コンコン
「ああ、飯の時間か」
この言葉が今日発した最初の言葉、窓の外では太陽が徐々に山に顔を隠していた。
扉を開けるといつもいる従業員ではなく、宿のオーナーが立っていた。彼の顔は客である俺を見下すような目つきで、少しばかり鼻の穴が膨らんだかと思うと今度は鼻をつまみはじめた。
「今日という今日はもう我慢ならない。長期間の宿泊には感謝だが、アンタのせいでここの両隣の部屋にはだれも客が泊まりたがらない。これじゃあうちにとってデメリットでしか無い。まったくせっかく苦労してここまで育て上げた宿の評判もたった一人の客に落とされるなんて私もついていない。っていつまでそこに突っ立っているんだ、さっさと出ていくんだ!」
彼くらいの男ならば容易にねじ伏せることもできたのだろうが今の俺には腕を上げる気力すらなかった。複数の従業員に引きずられながら俺は宿から放り出され、あとからマウスがそとに投げ出された。
店先で地面に倒れ込む俺を見てオーナーが吐き捨てるように言う。
「全く、不労所得が欲しくてオーナーを始めたというのに定期的に厄介事を解決するはめになるとはな。今度用心棒でも雇うか」
「不労所得……用心棒……オーナー……」
出来の悪いインコみたいにオーナーの言葉を繰り返していた俺はあることに気づいた。
「そうか・・・そうだそうだそうだ!自動でクリックさせればいいんだ」
すぐさま脳内イメージで選択画面を見る。いつもはクリックした分を身体能力強化に割り振っていたが、ここでふと枠の外に別の選択肢があることに気がついた。
「これって見たこと無いな」
その選択肢をクリックすると、身体能力が別の項目に入れ替わった。そこには1分で1/10クリックや1分で1クリックなどの選択肢があった。
「まさかこれが自動クリックの項目か?なんだよ、こんなのあるならチュートリアルとかで教えてくれればいいだろ!……って最初からチュートリアルもなかったわ」
そこからの俺はあっという間だった。精神的な苦痛が激減した俺はまず風呂にきちんと入るようにした。もう二度と臭いで人に嫌われるのはごめんだからな。次に上げに上げまくった身体能力を使って魔王軍を掃討、俺を見限った王族にみごと倍返しをした俺は世界中の国を束ねる王になった。
めでたしめでたし。
たまにテストとかで『終わったー』とか思って気を抜いてたら実は裏にも問題があったっていうことあるよね。
みんなは渡されたものは隅々まで読もう。