脅迫された!
「おい、テメェ……」
パワハラ上司の森杉はあわただしく走り回る私の胸を叩いた。
ゴキブリのように目を光らせている。
「なんでしょうか?」
胸筋のおかげで痛みは感じなかった。
「あいさつしろよ!」
「お疲れ様です」
「お前なあ、俺をバカにしてんだろ?」
そう襟首をつかんで揺さぶってくる。
「尊敬しております」
相手はさらに力を強めてきた。
なぜだ? 尊敬してると言っただろ。
「ん、波多野どうかしたのか?」
専属の上司が近付いてきた。
「ちっ、これで終わると思うなよ」
森杉はそう吐き残して去っていった。
「なにがあったんだ?」
その上司は質問してくる。
「なんでも、ないです」
私の声は震えていた。
「怒られていたじゃないか」
「ええ、すいません」
「なにかしたのか?」
「なにもしなかったからですよ」
私はきょとんとする上司の横を通って、
便所で顔を洗った。
鏡を見ると、おびえた自分の顔が映っている。
はあ、もう嫌だ。
そんな気持ちを払拭したくて
もう一度顔を洗った。
「波多野。あいさつくらいちゃんとしろ!」
階段を上がっていると青山先輩は言った。
「森杉さんとのやり取り、見てたぞ」
私は、お疲れ様ですと応じた。
「森杉さんがやりすぎなのは認めるけど、
あれはお前にも非があるからな」
「はい」
「高い役職に就いたんだ。その重責を自覚しろ」
「はい」
「この職場だけじゃない。
あいさつは人として当たり前のことだからな」
「はい」
私は相手を無視したのではない。
忙しかったから、省略しただけだった。
ここではそれが認められている。
しかし、こうも責められると
自分だけが悪いのだと洗脳される。
なにが起きても自分のせいに思えてくる。
「はい、すいませんでした」
これは自分のせいだから
だれにも相談できないし
だれにも迷惑をかけられない。
自分はみんなに嫌われているから
目立たずにひっそりとしていよう。
逆らわずにおとなしくしていれば
相手の怒りも収まるだろう。
私はそう思っていた。
だが、不幸な運命は私を逃がしてはくれなかった。
後日。
「お前、小説を書いているんだよな」
パワハラ上司の森杉が訊いてきた。
「はい、書いています」
と答えれば、その邪魔をしてくるはずだ。
やつは私を精神的に痛めつけたいのだから。
「もう書いていません」
「そうか、だったらもういいよな」
「なにがでしょうか?」
「Web小説のアカウントを削除しろ」
あんたは、悪魔か。
私は言葉を失った。
「猶予をくれてやる。一週間以内だ」
だれだよ……
私がWeb小説をやっていることを教えた裏切り者は!
「クビにさせられないだけ感謝するんだな」
森杉は不快な笑みを浮かべていた。
もしもそうなってしまったら
今まで仲良くしてくれたユーザーの方々や、
お気に入り登録をしてくださった
読者の方々を裏切る結果になってしまう。
それは、絶対に嫌だ!
私にとって小説は人生だし
私にとって小説は酸素だし
私にとって小説は食料だし
小説がないと生きていけない……
私が死ぬくらいなら、
「殺すしかない」
そうひとつの決意が芽生えた。
「あいつを、社会的に、殺すしかない!」
もう容赦するもんか。覚悟しろ。
私は会社法も六法全書も、大好きなんだ。
弁護士なんか必要ない。
私が法律で裁いてやる。
民事訴訟を起こしてやる!
小説とあんたを天秤にかけたら、
あんたの命はこうもうよりも軽い。
まずは精神科医に会う必要があるな。
診断書を書いてもらうんだ。
しかしそんな知り合いは……
まあ、あいつに頼むか。
私は小説を書かないと決めた。
しかし、それを決めていいのは私だけだ。
他のだれにも邪魔はさせない。