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味方がいた!

 久しぶりに休みがとれた。

 これまで連日勤務が続いていたのだ。

 人間関係に疲弊していた私は

 図書館で勉強でもしようと考えていた。


 学生の頃から、勉強は嫌いではなかった。

 ただあまり好きな教科がなかっただけだ。

 教科書的な一般論を並べただけのものよりも

 自発的に学んだほうが何倍も効果がある。


 そんな思索にふけっていると

 電話が着信音を鳴らした。

 彼女からだった。


「もしもし、どうした?」

「いや、別にどうもしてないけど……」


 女は意味のない話を好む。

 会話そのものを楽しむので

 トーク自体はあまり面白くない。

 私だったら話題のひとつやふたつは考えておく。


 そんなことを最近知った。

 小説を書くのをやめたら、彼女ができた。

 やっぱり小説を書かないことは良いことずくめだ。


「とくに用件もないなら切るぞ」


「え、ちょっと待ってよ」

 そう言ってから彼女はメイク中の写真を寄越した。

「どうよ? かわいいでしょ」

 ふふんと得意気な声を出す。


「(どうでも)いいんじゃないか」

「でしょー。これからどこ行くの?」

 女は話に脈絡がない。

 思ったことを自由に話すのだ。


「図書館にでも行こうと思う」

「えー、でもそこからだと遠くない?」

「別に。俺は電車で行くから」

「じゃあ、さつきが乗せてってあげようか」

 そういえば白鳥さつきは車を持っているのだった。

 私には断る理由もなかったので

「ああ、よろしく頼む」

 そう言ってからシャワーを浴びた。

 服にはフレグランスの霧吹きをかけて、

 腕時計には高級な香水をつけた。

 これは最低限の身だしなみだった。


「えー、久しぶりで緊張する」

 車に乗せてもらうと、白鳥さつきはそう手を握ってきた。

 その手は大きくて男と比べても遜色ない。

 元ラガーマンだけあってガタイもいい。


 車内にはちょっとしたぬいぐるみがあるだけで

 女子特有のいい匂い(?)はしなかった。

 私のシャンプーのほうがよっぽど香っているくらいだ。


「えー、でも久しぶりに会えて嬉しい!」

「そうか。じゃあ図書館まで頼むわ」

 そうさつきを見る。

 だが彼女は一向にエンジンキーを回さない。


 おいおい、私には時間がないんだよ。

 そんな言葉をぐっと飲み込む。


「もうちょっとこうしていたいなぁ」


 なにを寝ぼけたことを言っているんだ。

 頼むから車を出してくれ。

 そうフロントガラスをのぞく。

 公園の駐車場だけあって人通りも激しい。


「うふふ。ちょっと寝る」

 運転席の座席をすこし倒して

 彼女は目を閉じようとした。


「ちょっと待て。

 それなら俺が運転変わるよ」

 私はそう提案するが、

「えー、嫌だ!」

 彼女は応じようとしない。


 私は仕方なく付き合うことにした。


「そういうわけで、

 会社には戻りたくないんだ」


 どういう成り行きかは知らないが、

 私は会社での愚痴をさつきに話していた。

 仕事の話は嫌いなのに。


「そうなんだ。辛かったね」

 さつきは、泣いていた。


 洟をすすって、

 目元を赤くしている。

 涙声に嗚咽がまじっていた。


 私は脳科学を調べていたことがある。

 だから女が共感脳であることも理解していた。

 男ならば解決策を提示してくることが多いから

 根本的に男と女は違う生き物なのだと思う。


「お前が泣くなよ。

 同情される筋合いはねえ」

 こんなことしか言えない自分がみじめだった。

 私のことを心配してくれている相手に投げかける言葉じゃない。


「だって、波多野は泣かないじゃん」

「男は人前では泣かねえんだよ」

「だから私が代わりに泣くんだよ」

「泣いても解決しないなら、

 泣くだけ時間の無駄だろ!」


 私はいつだってデータと向き合ってきた。

 常に結果が求められる人生だった。

 勉強も運動も、結果だけでしか評価されなかった。


 ほとんどの競技で私は一位を独占した。

 それでも両親は当たり前だとほめてくれなかった。


 定期テストで総合2位になった。

 なんで1位じゃないんだと叱られた。

 ケガの影響で大会で初戦敗退を喫した。

 その日は人間扱いをされなかった。


 兄貴は、大きすぎる両親の期待につぶされて自殺した。

 会社と両親にダブルバインドにされていたらしい。

 両親は自殺した兄貴を、精神が貧弱だとなじった。

 兄貴は私よりも優秀な人間だった。


 だから、

 同情とか慈善が、偽善にしか見えない。

 ここまでしてやったんだから結果を出せ。

 そう言われているような気がしてしまう。


「ね、ちょっと休もう。

 波多野は疲れてるんだよ」


 ぎゅっと抱きしめられて、

 さつきが巨乳であることを思い出した。

 たしかGカップだと自慢されたのだった。


 私はそんな脂肪に実用性はないと一蹴したが

 その胸には包容力があった。


 私はちょっとだけ安心した。

 すくなくとも味方がいることに安堵したのだった。

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