カウントダウン(7)
小説家になろうにログインする。
私は思わず小躍りしてしまっていた。
赤字で感想の通知を知らせる文面が届いたのだ。
えー、でも批判的なコメントだったらどうしよう。
そう思うとなかなか開く勇気が出ない。
まあリハビリがてら肩慣らし程度に書いたと思えばいいか。
そうだそうしよう。
よーし、見るぞー!
久し振りの感想にかなり緊張してしまう。
まあ『作家でごはん』ほどには酷評されないだろう。
それでも怖すぎて顔を覆ってしまう。
その指の間からちらっと感想をうかがった。
酷評は、されていなかった。
私はまずはホッとして、
その次に読んでもらえた感謝と
感想を頂いたうれしさで胸がいっぱいになった。
すぐに返信しないと!
私はあわててスマホの画面に文字を打ち込む。
それが終わってから、おそるおそるptを確認する。
わかっているつもりだ。
そんな簡単には人気がとれないことくらい。
登録者数が100万人を超える人気サイトなんだ。
私の小説なんて、
「だれだコイツ。ユーザー名オリンポス?
火星にでも行ってろ」と言われて終わりだ。
本当のユーザー名はマクスウェルにするつもりだった。
物理学者じゃなくて、山の名前。
エベレストやK2も考えたけど地球規模では物足りなかった。
だから金星最大の山脈を命名しようとしたのだが、
火星最大の楯状火山を名乗ってしまったのだ。
それが神の名前でもあるとは知らなかった。
投稿小説履歴から、
『地球最後の日に家族に捨てられたんだが…』
をタップして小説情報を見た。
総合評価 126pt
「ぴゃー!!!!」
私は力の限り叫んだ。
この日は出張先の親睦会があったため、
そこまで大々的に告知はできなかったが、
飲み会を中座して森口に電話をかけてみた。
事情を説明すると、彼はぷっと吹き出した。
「面白いように手の平で踊ってくれましたね」
え、小躍りしてるところを見られたのか?
でもここは群馬だぞ!
上越新幹線に乗って高崎駅で下りたとでも言うのか。
それならMaxとき302号を使ったのだろう。
くそ、でも私は職場で小躍りしたんだぞ。
なんでわかるんだ!
「反骨精神こそが、波多野さんの原動力。
書くなと言われたら、書かずにはいられない。
まえにぼくがそう言ったのを覚えてますか?」
(15話 心が揺れた! 参照)
当たり前だ。私は感情的になっていたのだから。
脳科学的にも感情と記憶は密接な関係にあるとされている。
まさか、そこまで計算しての発言だったのか!
「違います」
やっぱり違った。
そもそも森口が脳科学に興味を示すとは思えない。
「だけど、その言葉通りになりましたねー。
長い付き合いですから
波多野さんの性格くらいわかりますよ」
彼は平然と言ってのける。
「ここまでシナリオ通りってことか?」
「それも違います。ぼくは妥協案を出すつもりでした。
108ptを1週間で超えるなんてことは、
人気作家でもない限り土台無理な話でしたから……」
それじゃあ悪役に徹していたのも、
やっぱり演技だったのだ。
「やっぱり波多野さんは
ぼくの予想を軽々超えてきますねー」
ふざけんな! 全然軽くないからな。
めっちゃ頑張ったからな。
「知恵熱とか出したんじゃないですかー?」
実は頭痛だけでなく軽い発熱もあった。
だけど私は強がってみせる。
「全然、余裕だったわー」
そうですか。森口は小さく笑う。
「今回のパワハラの件、実はすごく怖かったんですよ」
声のトーンががくんと下がった。
なんだ、いきなり感傷的になって。
「どんなに仕事が忙しくても、決して言い訳せずに作品を投稿し続ける。波多野さんのその姿勢はぼくのあこがれでした。睡眠時間も削って仕事をして、それなのに小説も書いて、過労で倒れたこともありましたよね。それでも小説は書き続けた」
なにを今さらそんな当然のことを言うのだ。
作家なんだから、命に替えてでも書くのが普通だろ。
「それをデフォルトで言ってるのは波多野さんくらいですよ。
プロでもそこまで覚悟はできない。箍が外れてます」
これは誉められているのか、貶されているのか、よくわからないな。常軌を逸している自覚はあるけども。
「そんな波多野さんが小説を書くのをやめる。
これはまさしく驚天動地でしたね」
最近覚えたのか、森口は簡単な四字熟語を使った。
「大山鳴動してねずみ一匹だったけどな」
私が合わせてそう言うと
なに言ってんのかわかりません。と返された。
「だから今回の復帰を喜んでるのは、
オリンポスの読者の中でもぼくがトップです」
ふーん、そうなのか。
まあ、どうでもいいや。
「そんなぼくからアドバイスがあります」
森口はおほんと咳払いをしてご高説を垂れ流した。
「まず、無理に明るい話を書かないこと。
波多野さんは器用だから
それなりのものは書けるはずです。
だけどそんな小手先だけの技術では
生き馬の目を抜くWeb小説界で生き残れませんよ」
たぶん今作のハッピーエンドが気に入らなかったんだろう。
それでも手放しにハッピーと思えるエンディングではなかったはずだが、それは人によるのだろう。
「それと恋愛小説はダメですね。
恋愛をテーマにすると絶対にコケます。
波多野さんの恋愛観は異常ですので」
はあ? だれが異常だ!
これからさつきにSNS回線で電話をするわ。
「…………以上です」
まったく困ったものだ。
才能を見いだしたつもりが逆に見いだされていて、
助けたつもりが助けられてしまい、
なんだかもうあべこべだ。
「こっからですよ。大変になるのは!」
だけど私は再認識する。
人と人との繋がりはやっぱり大事だ、と。
私ひとりではきっと叶わなかった夢。
プロになりたいという胸の奥底にしまった情熱が再燃するのを静かに感じていた。
「いっしょにプロになりましょうね」
もう感謝の気持ちしか湧いてこない。
このWeb小説サイトにみんながいてくれて、本当によかった。
「そしたらぼくが人気を独占しちゃいますがね。うははっ!」