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カウントダウン(5)

「よう、カンタ。会いたかったぜ!」

 私はそう笑顔で手を上げる。

「珍しいな、お前から誘ってくるなんて」

 カンタはスーパーのお惣菜を担当している従業員だ。

 安月給だと嘆いていたから飲みに誘ったのである。


「ああ、高校生以来かな」

「そのあとも一回会ってるけどな」


 彼とは剣道部で苦楽を共にした仲だった。

 私が部長を務めた頃には内部崩壊が起きたが、

 そのときも中立な立場にいてくれて助けられた記憶がある。

 さながら薩摩藩と長州藩の橋渡し役をした坂本龍馬のようだった。それがなければ私は退部していたかもしれない。


「今日は俺の奢りだ。金はないけど心配すんな」

 私はさっそく飲み屋街を歩く。

 キャッチの人達を会釈だけでかわしていく。

「どうも。で、波多野がタダでそんなことをするとは思えないんだけど、今日はどんな用件だ?」


「ちょっと小説のことで相談があるんでね」

「へえ。まだ書いてるのか?」

「ああ、楽しくやってるよ」

「そいつはよかった。今度読ませてくれよ」

「ぜひともお願いしたいぜ!」


 私たちは薄利多売をモットーにしている『半兵衛』に入店した。ここは昭和がモチーフとなっていて、レトロな小道具が店内を飾っている。流れている曲も『銀座のカンカン娘』だし、白黒テレビには『鉄腕アトム』や『おそ松くん』が映っていた。


 ゴジラが映画化したというポスターや

 力道山の試合結果を書いた新聞紙も貼ってある。

 内装もなかなかに凝っているお店だ。


「まずはドリンクを選ぶか」

 カンタはお品書きを手に取る。

「俺はビールかな。波多野は?」

 ろくにメニュー表に目を通さないのは、

 社会人の乾杯ドリンクはビールと決まっているからだろう。

 私にはそんなくだらない常識はどうでもいい。


「ひみつのアッコちゃんにするわ」

「相変わらず、よくわからないのを頼むな」

 そう呆れるカンタを尻目に店員を呼んだ。

 いっしょにお通しのキャベツも運ばれてくる。


「お通しの『キャベチ』になります。

 ご注文はお決まりでしょうか?」

「樽詰ジョッキ中とひみつのアッコちゃんでお願いします」

「以上でよろしいでしょうか?」

「はい」

 店員が去っていくのを見届けて本題に入る。


「さてと打ち合わせをするか」

 そう鞄からルーズリーフを取り出す。

 そこにはプロットがメモされていた。


「推理かSFを書こうと思うんだが、

 プロットを見てもらっていいか?」

「任せてくれ!」

 カンタはそう意気込む。

 読まれている間は緊張するから

 私はカウンター越しに厨房を見た。


 半袖姿の兄ちゃんがやきとりを焼いていた。

 その火柱は店の天井にまで届いている。

 香ばしい匂いが食欲を刺激した。


「とりあえずやきとりを10本頼むか。塩でいいよな」

「は? ちょっと待て、波多野」

 カンタはすごい剣幕で言った。

「やきとりはタレだろ。

 あの甘辛いタレが口いっぱいに広がる喜びは……」

「すいませーん」

「おい、聞けよ!」

 その店員はタイミングよくドリンクを持ってきてくれた。

 私はそれを受け取ってから注文する。

 私が頼んだひみつのアッコちゃんはストローに電飾がついていてカラフルに発光していた。グミみたいな感触だった。


「串焼きおまかせ十本盛りのタレをひとつと、

 やきとりを5本とぼんじりを5本、塩でお願いします」

「はーい、かしこまりました!」

 店員はそう言って厨房へと戻っていく。

「頼みすぎじゃないのか?」

 グラスをぶつけて乾杯すると、カンタはそう言った。

「まあいいだろ。残したら俺が食うから。

 それよりもプロットはどうだった?」


 うーん、難しいな。

 小説には人の好みがあるから一概には言えないけどさ。

 カンタはそんな前置きをし始めた。なんだか嫌な予感がする。

「推理小説の肝心の事件は考えてあるの?」

「ああ、一応5,6個程度はトリックを用意した。

 その中から使えそうなものを選べば……」


 ちょっと待った。


 彼がそう手の平を向けるので、

 私はキャベツにポン酢をかける動作を停止した。


 もしかして塩派だったのか。そう冷や汗が流れる。


「この全裸探偵……なんだけど、

 まずそもそも全裸になる必要性はあるの?」


「それはない。だけど、キャラが弱いって言われるから」

 カンタは頭を抱えた。私はキャベツをバリバリ食べた。

 野菜は新鮮でみずみずしいおいしさを放っていた。


「これは、意味がわからない。

 泥棒探偵ならまだわかるよ。

 だけど全裸探偵には共感できる要素がないし、

 ただただ気持ち悪いだけ……」


「だけどキャラは立つだろ?」

 私は腹が立って言い返した。


「いや、暴走するからやめたほうがいい。

 少なくとも俺は読みたいと思わないし、

 きっと不快に思う人も多いと思う……」

 カンタはビールをぐびりとあおる。


「だけど普通の探偵じゃ面白くないだろ」

「それは考えなくていいよ。

 波多野自体が普通じゃないから、

 普通に書いても、普通のキャラにならない」


「それ、どういう意味だよ」

「やきとりをお持ちしましたー!」

 店員さんが大皿を持ってやって来た。

 なんとも絶妙なタイミングだ。

 私たちは諤々(がくがく)の議論を中断して皿を並べる。


「べつに他意はないさ」

「どうだか……」

 剣呑な雰囲気のままやきとりをかじる。

 酔っているせいで味が薄く感じる。

 私は塩を皿の端っこに盛った。


「だけどSFは面白そうだな。着眼も新しい!」

「SFはあんまり自信ない」

 それは謙遜でもなんでもなかった。

 設定を考えるだけならいくらでもできる。

 だが、世界観の演出やキャラクター造形が難しいのだ。


 もしも書くとしたら、

 一発目の出だしから仕掛けていきたい。

 それでいて独りよがりになってもいけないのだ。


 拙作の『色彩心理ロボットAI』は

 自信のあるSF小説だったが、

 残念ながらほとんど反響がなかった。


「じゃあその方向で検討してみるわ」

 あまり気乗りしないが彼は信頼のおける人物だ。

 レンズを執筆しているときにも、

 ちょっとしたアドバイスはもらっていた。


 カンタはやきとりの串を湯飲み茶碗に投げた。

 カランカランと音が鳴る。

 居酒屋だと湯飲みが串入れになっていることが多い。


「シンプルな味付けでうめーな!」

「おう、もっと頼むか!」

 そう飲み物のメニューを見せる。

 カンタはグレープフルーツ宙ハイを選んだ。


 私は店員を呼んで、グレープフルーツ宙ハイとタコウインナー、病み付き芋フライを頼んだ。ここの店は安いので、値段を気にしなくていいのがメリットだ。


「ゲテモノ料理にカエルもあるんだけど食うか?」

「いらん、お前が食えや!」

 親切で聞いたのになぜか怒られてしまった。

 そのあとも何品か注文して店を出た。


 SF小説のタイトルは『深海少女』とかにしようかな。

 それとも『地球最後の日』がいいかな。

 小説家になろうで受けた過去のタイトルから分析すると

『地球最後の日に家族に捨てられたんだが…』とかかな。

薄利多賣半兵ヱの概要はコチラ↓↓


【住所】

【電話番号】

【営業時間】

については、全国チェーン店ですので、各地域によって異なります。

【経営理念】

儲けるべからず。潰すべからず。正直な商いをしてお客様に喜んで頂き、長い商売をさせて頂くこと。

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