表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/27

叱咤された!

「何を言ってるんですか? 波多野さん」

「だから、小説をやめたいんだ」


 私は小説家仲間の森口にそう伝える。

 辛い現状を吐露したかった。

 電話越しにさとすような声がする。


「だったら仕事をやめるべきですよ。

 安月給なのに、心も身体も壊したら意味ないですって」


 彼はそんなのんきなことを言った。

 私は少し腹が立った。

 こっちの状況も知らないで、と思ってしまう。


 森口とは同じ職場だった。

 だが彼は大学に入りたいからと退職してしまったのだ。

 今は年月も経過して、

 就職の時期に差し掛かっているようだった。


「学生生活も悪くないですよ」

「でも、就職活動は大変だろう?」

 私は履歴書を何枚も書いたことを思い出す。

 小説だったら何枚でも書けるけど、

 履歴書は一枚だって書きたくはなかった。


「そうですけど……」

 彼はきっと唇をとがらせているに違いない。

 それからパッと明るい声に変わった。

「ぼく、彼女ができました」


「俺だって彼女くらいいるよ」

 20代になってくると、

 恋人の有無はなぜか一種のステータスになる。

 のろけを聞きたくない私はそれをスルーしてやった。


「そうなんですか。どうでもいいです。うははっ!」

 ゴリラみたいに笑いながら、

 森口はなれそめを語り始めた。

 私は通話終了ボタンに指を持っていく。


「あ、もしかして妬いてます? うははっ!」

「切っていいか?」


「失礼しました。ついつい……」

 森口は深刻そうなトーンで言った。

「上司のパワハラが原因で小説が書けない。

 この認識で合ってますか?」


「ああ、その通りだよ。

 今も盗聴されてるんじゃないか、

 監視されてるんじゃないかって不安だよ」


 私はコンビニの壁を背に会話をしていた。

 それでも人の視線が360°気になってしまう。

 寒くもないのに、身震いがした。


「だれかに相談はしましたか?」

「いいや、敵がひとりとは限らないからな。

 だれにも相談できてないんだ」


 パワハラといじめは似ている。


 だれかに言いたくても

 助けてもらえないんじゃないか、

 もっとひどい仕打ちを受けるんじゃないか、

 そんなことばかり考えてしまうのだ。


「ふーん、じゃあ仕事をやめましょうよ!」

 森口はいかにもめんどうくさそうだった。

 私は仕事の話をされるのが嫌いなので、

「もういいだろ、その話は」

 そう自分から話しておいて、切り上げてしまった。


 慰めてほしかった。

 だけど、期待してる言葉がこなかった。


「波多野さんはそれでいいんですか?」

 森口は怒ったような口調になった。

「ぼくは波多野さんがいたからこそ、

 自分も小説を書こうと思ったんです!

 波多野さんの夢が、

 いつしかぼくの夢にもなっていたんです」


 私はそれを聞いて安心してしまった。

 後継者を作ることも目標だったから。

 これで心おきなくやめられる。


「ああ、俺の夢はお前が継いでくれ。

 俺にはもう無理だ……」


 こんな精神状態じゃ良いものは書けない。

 それくらいわかっている。


「待ってますからね」

「いや、仕事はやめねーよ」

「ぼくは小説を書いて待ってますから、

 いつかきっと追い付いてきてください!」


 そのときはプロになっているかもしれませんが。


 うははっ! と恥ずかしそうに笑ってから、

「あ、彼女から連絡がきました。

 また今度食事にでも誘ってください!」

 森口は電話を切ってしまった。


「プロになる、か。

 俺の夢はなんだったかな……」

 コンビニを行き交う人々を見て、

 私はそんなことを呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ