カウントダウン(2)
後日。
森口から電話がかかってきた。
あいつからかけてくるなんて珍しいな。
私はそう電話に出る。
「ぼくはずっとあなたのことが嫌いでした」
第一声がそれだった。
私の背中は凍りつきそうになる。
いきなりのホラー展開に目の前が真っ暗になった。
森口はいきなり話し始める。
「才能があるのに間違った努力しかしない。
努力の質も量もすごいのに方向性が違う。
なんなんですか、あなたは!
人のことをおちょくってるんですか?」
「ちょっと待て。
いきなりどうした? なにがあった?」
「ぼくの彼女が、波多野さんの小説を面白いって誉めてましたよ」
へえ、そうなのか。うれしいな。
森口は小説を書いたおかげで彼女ができたらしい。
大人になっても夢を語る姿が素敵だとかなんとか。
だから彼女とも小説の話をするのだろう。
私には真似できない芸当だ。絶対に知られたくない。
「うれしいな。そのためにわざわざ電話を?」
「違いますよ。
才能を無駄遣いする波多野さんを叱るためです」
「才能?
努力はしているが、才能なんてものは……」
「あなたに才能がなければ見限ってましたよ。
技術や知識だけ教わったら無視するつもりでした」
え、なんのカミングアウトだ?
てか、意外と性格悪いな、コイツ。
「だけど、同じ作家ですからね。
わかりますよ、この人は、才能や格が違うって」
いきなりどうした?
情緒不安定か。
「だからこそ許せないんです。
あなたはここにいるべき人間じゃない……」
その言い方には鬼気迫るものがあって
私は背中が粟立つのを感じた。
「小説家になろうを引退してください。
ぼくが、引導を渡してあげますから」
は?
私はあわてて言葉を繋いだ。
「支離滅裂だ。
お前、自分の言ってることが……」
「わかってますよ!
だから賭けをしましょう」
私は唾を飲み込んだ。
「どんな賭けだ?」
「1週間以内に108ptを越えられなかったら、
小説家になろうを引退してください。
ぼくが負けたら、小説家になる夢を諦めます!」
私は静かに息をのんだ。
引退、だと。
もし負けたら引退……
「この小説投稿サイトは、
小説家になろうとする人への
支援プロジェクトです。
波多野さんからはもう、その気概が感じられません」
違う。私は純粋に怖かっただけだ。
不安、焦燥、恐怖。
常にデータと向き合ってきた幼少期。
新人賞に落ち続ける悪夢。
それだけじゃない。
森口は人気を出しているから、
自分だけ置いていかれているようで怖かった。
なかなか復帰できないのもそのためなのだ。
小説を書きたくて切ないのに。
きっと森口の彼女さんは、
私の過去作を読んだのだろう。
でも、私と森口が戦う理由なんてない。
「なんで、そうなった?」
「波多野さんがぼくよりも評価されてるからですよ。
他のだれでもない、彼女に評価されてるのが気に入らない!
はっきり言って邪魔なんですよね、あなたは!」
なんだコイツは。言いがかりじゃないか。
勝負を受ける必要なんて感じられないぜ。
けど、
ここで逃げたら
ずっと森口に頭が上がらなくなる。
そんな気がした。
「わかった。やるよ。
どうせ一度はやめるつもりだったんだ」
「男に二言はありませんよ?」
「ああ、わかってる」
彼にとってはどうか知らないけど、
私にとってのそれは命を賭けることと同義だった。
この先に待つものが、
カタルシスかカタストロフィーか。
どちらにせよ、ここが小説家としての剣ヶ峯になりそうだ。