カウントダウン(1)
新章突入です!
何気なくWeb小説の投稿サイトを開く。
そういえば森口の小説を読んでいなかった気がする。
順調だの、テコ入れをするだのと宣っていたが
人気は出ているのだろうか。
どんなジャンルを書いてるかも知らないから
私は【お気に入りユーザの新着小説】を見る。
“プログラマーFの推理事情”
ん、どうやらミステリーを書いてるみたいだ。
そういえば東野圭吾が
日本推理作家協会の理事長だった頃に、
ミステリーのノウハウを叩き込んだのだった。
森口はノックス十戒や
ヴァンダインの二十則を覚えているだろうか。
そのとき彼は、
トリックが思い付かないと嘆いていた。
それなら過去の凶悪犯罪を洗い直したり
警察白書を読むなどして、
情報収集に努めればいいのにと思った。
警察はサイバーテロに力を入れているらしい。
だとすればプログラマーの話は流行に乗る。
森口もバカではないようだ。
小説情報をクリックする。
ブックマークが32件。
え、すごすぎるでしょ!
これは今さら復帰できないわ。
これだけで64ptかよ……
あいつの文章は女性受けするからな。
まあいいや。分析はあとにしよう。
感想が21件。
そんなに書かれてるのか。すごいな!
私はそのページを開いてみる。
たまに返信をサボったり、
批判的なコメントは無視したりしていた。
おいおい、批判コメントもありがたいでしょ!
どんだけ精神的に未熟者なんだよ。
読者に対して失礼だろ。
【キーボードを叩くシーンが
カタカタカタカタだけだと
表現がギャグっぽいのでやめてください】
(読者)
【うるさいですよ!】
(森口)
いや、最低だな。
よくこんなアホが人気を出せたものだぜ。
私は画面の前でつい失笑してしまう。
悪く言えば天然だが、よく言えば天才……
いや、それは過言だから
よく言えば、いや、糞野郎でいいよ!
レビューも書いてある。
【プログラミングについては無知だったんですけど、
素人でもわかる表現を作者さんがとってくれてるので
全然違和感なく読めます!】
(読者)
たぶんそれ、作者もよくわかってないだけだぞ。
残念だったな、森口は想像を絶するバカなんだ。
まあいいや。読者がそう思ってるなら黙っておこう。
総合評価108pt
「ぴゃー!!!!」
私は叫んだ。
森口のやつ、バカだけど3ケタいってるじゃん。
なんでだよ、めっちゃ失礼なやつじゃん!
えー、そんなバカな。
早速読んでやろう。
面白くなかったら電話して怒ってやる!
普通に面白かった!
内容は、都心の交通機関がサイバー攻撃を受けて
通常業務に支障をきたすというもの。
サーバ内のファイル全てにアクセスが行えず
交通麻痺に陥る東京。
天才プログラマーの主人公達は
その危機を救うために緊急召集されたのであるが
犯人はプログラマー集団の中にいた。
主人公はランサムウェアの解読に成功するものの、
今度は爆弾が起動してしまうというストーリー。
犯人との熾烈な頭脳戦が幕を開ける。
私が読者なら、ストーリー評価に5を入れるだろう。
しかし暗号の解読シーンが、
【カタカタカタカタ】だけなのはたしかにギャグっぽい。
物語が秀逸なだけに、アホが露呈している。
文章評価は3くらいにすると思う。
そしてタイトルもいけない。
【プログラマーFの推理事情】ではなく、
【天才プログラマーFの推理事情】がいい。
統計的な数字を見ても
『昭和は努力を重視』しているが
『平成は才能を偏重』している。
天才と書いても嫌みにならないのだ。
それにビジュアル面の問題もある。
いきなりカタカナで表記されるよりも、
漢字やひらがなで表記したほうが安心感があるのだ。
赤塚不二夫の『バカボン』も
天才という接頭辞がなければ
あそこまで大ヒットはしなかっただろう。
気が付くと分析を始めていた私。
まあでも……あれだな。
一応「おめでとう」は言っておくか。
そうスマホを手に取る。
文句は言わない方向でいく。
あれだけ読者を大事にしろと言ったのに!
なんて口が裂けても言えない。
作家性の違いだし。
なんか嫉妬してるみたいじゃん。
「あ、もしもし。波多野さん?」
「おう、お疲れ」
森口は元気がなかった。
「お前の小説読んだぞ」
「そうですか、どうも」
「ついに人気でてきたな」
私は10年も書いてるのに、
念願のそれはなかなか手に入らない。
「ええ。この前、ムカつくコメントが来ました」
「ムカつくコメント?」
「はい」
森口は憤慨していた。
「カタカタカタカタだけだとギャグっぽいからやめてほしい。そんな失礼なことを言われたんですよ。だったらお前は書けるのかって話ですよ。こっちだって勉強が忙しいのに!」
なんだと、テメェ……
私の理性がぷちんと音を立てて飛んだ。
「おい、糞野郎!」
「はい? なにを怒ってるんです?」
怒るのは筋違いだってわかってる。
でも、その発言は許せない!
「読者が親切に助言してくれたのに、
その言い草はなんだ?」
「やれやれですな、波多野さん」
「はあ? なめとんのか貴様」
普段は上品に振る舞う私だが、
さすがに堪忍袋の緒が切れた。
「読者なんて一過性のものですよ。
やつらは消費者ですからね、
ぼくら作家だって飽きたら捨てられます」
「捨てられないために努力するんだろ」
「ブタが……」
は? だれがブタだって?
私の体脂肪率はそこらのアスリートと変わらないからな。
でも、そういうことじゃなかった。
「ブタが食べてくれる人に
おいしく食べてもらおうって思いますか?」
「黙れブタが」
「ぼく達も同じですよ。
読者なんて腹を空かせた動物です。
そこに食い物があればそれでいい」
「それ以上、しゃべるな!」
お前を殺してしまいそうだ。
「わかりますか? この意味が」
「わからねえよ」
「おやおや、珍しいですね。
波多野さんの読解力ならわかるはずですが」
なんなんだ、今日のコイツは!
マジで理解できねえ。
まるで別人と話しているようだ。
別人?
まさか森口も役作りをしてるのか?
いや、役作りをしてる作家なんて
私以外に存在するのか?
森口がそこまで
ディテールにこだわるとは思えない。
「悔しいですか?」
「うるさいよ」
「悔しかったらぼくのptを越えてください!」
いや、もう越えてるよ!
過去作の『四つの扇』は
みんなのおかげで137ptもらってるよ。
それでも上には上がいるし、
もっとがんばらなきゃって思うけど……
「あー、過去作のことを考えましたね」
「ああ、考えたよ」
「それはナシです。ずるいです!」
「はあ? どんだけわがままだよ」
「だってあれ、2年半くらい連載してたじゃないですか」
「そっちだって、もうすぐ1年経つじゃないか」
「ダメですね。認めません!」
「じゃあ好きにしろ」
「ぼくに意見したいなら
ぼくのptを越えてからにしてください」
森口はそう言って電話を切った。
私はしばらく意味がわからなかったが、
あとで焚き付けられていたんだと知った。