カウンセリング(2)
ソーサーの上にカップを乗せる。
それもなるべく、ゆっくりと。
心を落ち着かせる必要があったのだ。
まったく予想外の動きをしやがって。
私は自分でも心の整理ができていないことに驚いた。
そして、当たり前のことかもしれないが、
【心があった】ことに衝撃を受けていた。
そんな弱い心は幼少期に殺したはずだった。
まだ生きていたのか。
私は兄貴が死んだとき、【無】だった。
棺桶に遺体が収納されても、なにも感じなかった。
遺品を見ても、ああ、そうって感じ。
兄貴の同級生達がこぞって泣くのを、なにかの儀式だと思った。
みんながお葬式の弁当を残すので、私が平らげた。
人はいつか死ぬ。
それは当然のことだし、みんな知っている。
なのに、なんで悲しむのか理解不能だった。
今も世界のどこかで人が死んでいる。
その度に垂れ流していたら、きりがないと思った。
火葬してるときに、
「こんなところに入れられたら、きっと熱いよね」
兄貴の女友達が呟いた。
ふざけて言っているのかと思ったら、泣いていた。
火葬が嫌なら、海に沈める水葬もある。
だけどうちの宗派は火葬なんだ。仕方ないだろ、と思った。
遺骨拾いは最悪だった。
タンパク質が分解されたせいなのか、ひどい悪臭がした。
私は顔をしかめた。
女の人は吐きそうとささやいて出ていった。
骨はよく焼けていて、ボロボロと崩れた。
それを箱に詰める作業は単調で、
慣れてくるとパパッとできるようになった。
最後に母親が位牌を持って家に帰ったのだった。
不謹慎だが、私は小説のネタになると思った。
こんな私が、人に好かれるはずがない。
みんなまともな神経をしている。
私だけが異常なんだ。
取り繕わなきゃ、普通を。
一般人を演じないと嫌われる。
私にとって生きることは役作りだ。
いろんな役を演じきる。
だけど、
臨床心理士の前では無理だった。
心の鎧は丸裸にされてしまった。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
私は胸の前で腕を組んだ。
心理学的にその行為は心を守る動作だった。