プロローグ
「ねぇ、この後私の家に行きましょう?7万出すわ」
薄明かりでジャズの流れるバーで一人の女性がバーテンダーに誘いをかけた。歳は20後半程だろうか?とても美しく、大人の女性特有の妖艶さを醸し出していた。
「今夜もお誘いありがとうございます。綾香様。ですがよろしいのですか?今週これで4回目となりますよ?」
バーテンダーの青年が恭しく一礼し、女性に問いかけた。
「あら?私とじゃ不満かしら?」
綾香と呼ばれた女性は少し不機嫌そうに眼を細め青年を見た。
「いえ、そうではありません。綾香様には何度もお世話になっており、あまりにも返しきれない恩を頂きました。」
青年は安心させるように微笑みかける。
「故に心苦しいのでございます。」
青年が少し顔を曇らせて女性を見る。
「…クスッ。冗談よ、貴方を困らせてみたかっただけ。」
綾香は不機嫌そうな顔をコロリと笑顔に変え、先程の不機嫌な目とは違う、慈しむ様な目で青年を見る。
「お金なら気にしなくていいわ。私が問題ない範囲で使えるお金を使っているのだし、その分店でも店の外でもサービスしてくれているしね。そして…ベッドでもお金以上に満足させてもらっているのだもの。」
綾香は青年へ妖艶に微笑みかけ、バーテンダーの手を握った。
「…どうやら、今夜は激しい夜になりそうですね。」
青年は先程の微笑みとは違う微笑みを綾香へ贈った。
そう、彼が仕事の時に見せる笑顔とは違う笑顔…その笑顔で一体何人の女性を虜にするのだろうか?
少なくとも綾香は彼の魅力にあてられていた。
しかし、綾香はまた表情を変える。それは少しだけ不機嫌そうな顔だった。
「一体その笑顔で何人の娘を落としてきたのかしらね。聞けば昨日もお客さんの相手をベッドでしてたらしいじゃない。」
その拗ねた顔はすこし幼さを感じる仕草で青年は微笑ましくなると共に多少罪悪感も抱いていたので苦笑いになってしまった。
「ごめんなさい、私のワガママね。別に付き合っているわけでもないのだもの。それに貴方も生活が苦しいのだし仕方のないことね。」
綾香は直ぐに謝ってきた。
そう、青年と綾香の関係は綾香が青年の時間をお金で買い、デートしたり一夜を共に過ごすだけの関係。
綾香に青年の女性関係に口を出せる立場ではない。
「…私は卑しい人間ですので…」
しかし青年は彼女を責めるのではなく自分が卑しいと罵った。
「ッ!ごめんなさい!そういう意味で言ったわけじゃ…!!」
綾香は立ち上がり必死に弁明しようとするも青年に人差し指で唇に触れることで言葉を止める。
「…そんな俺でも…今夜の時間を貴方と過ごしても良いですか?」
青年は消え入りそうな儚い微笑みで綾香に問いかけた。
「っ!!ズルいわ、貴方は…」
綾香は顔を真っ赤にして俯く。
「朝まで私と一緒にいなさい。清夜絶対に。」
「…仰せのままに。」
清夜と呼ばれた青年は綾香の手を取りその手の甲に口づけを落とした。