第三十七話 護衛の任
「フリーズ」
杖を構えたフィネットちゃんが、冷静に呪文を唱える。すると、杖の先から青白い靄が飛び出し、こちらへ向かってきていたゴブリン達に絡みついた。そして間もなく、数体のゴブリンが周囲の空気ごと凍りつく。
お、氷の魔術だ。なるほど。一番前の敵を凍らせることで、後衛の敵との間に壁を作ったのか。魔術師は近接戦が苦手なようだから、近付かれないよう対策しているのだろう。いい戦術だ。
「リーク・ファイア!」
続けてラルク君が火の魔術を唱え、現れた炎が凍ったゴブリン達を襲う。炎の塊はゴブリンの入った氷塊に命中。氷は砕け、閉じ込められていたゴブリンもろとも粉々になった。どうやらフィネットちゃんの魔術は、ゴブリン達の体の中までも凍らせていたようだ。
魔術の炎が消え、溶けた氷が地面に水溜まりを作る。その水が突如不自然に蠢き始め、まだ生き残っていたゴブリン達の足に絡みついた。今度はメモエウス君の番。水の魔術だ。
ゴブリン達が足をもつれさせて転んだところで、カインド君が杖を向け、
「サンダー・ストーム」
バチバチと体中の毛が逆立つような音を立てて、杖から電撃が放たれる。電撃は足元の水を伝い、残っていた三体のゴブリン全員を真っ黒焦げにした。火加減を間違えた料理のようになったゴブリン達は、ほどなくして動かなくなった。
「おぉ……」
敵性反応ゼロ。魔術師の完全勝利だ。
「終わったようだね。お疲れ様」
私と一緒に後方から見守っていたカーネル先生が、頑張ったみんなを褒める。四人の生徒は先生の言葉に、素直に喜んだ。
「魔物の相手は久々だったが、まあゴブリンならこんなもんか。にしても、フィネットの氷魔術はいつ見ても凄いな。なんでも凍らせちまう」
「え、そんな。私なんか全然よ。ラルクの炎魔術のほうが迫力あるし」
「そうか? 先生にはいつも、派手すぎるって言われるんだが」
「まあ、実際派手だしね。でも、その分威力はあると思うよ。フィネットの氷を一撃だもん」
「そ、そうか。ありがとうな」
実戦での興奮冷めやらぬ中、お互いの魔術を褒め合う四人。そんな中、一人フィネットちゃんが四人の輪から外れて、後ろにいた私のほうへとやって来た。そしてひと言、
「どう? 私達、こんなに強いのよ。あなたの護衛なんか必要ないから」
「……そうみたいだね」
年下に護衛されることが面白くないのだろう。それは私も同じだ。折角魔物を蹂躙できると思っていたのに、これでは護衛を引き受けた意味がない。
「じゃあ、私の仕事がなくなるように、これからもお願いね」
「言われなくてもそうするわ。ね、みんな」
私の発言で盛り上がるみんな。なんだか自分が馬鹿にされているみたいで、あまり気持ちの良い光景ではない。だが、彼らの気持ちも少しはわかるので、これ以上は何も言わなかった。コバリィ先生が言った通り、私の実力を知れば彼らも見る目を変えるだろう。どう変わるのかは、やってみないとわからない。
……今の、ちょっと嫌味な感じになりすぎたかな。気を付けたほうがいいかも。嫌な奴だって思われたくないし。
自分の発言を顧みて反省しつつ、私は調子に乗った学生達に続いて街道を歩いた。目的の森までは、もう少しかかりそうだ。
私達は、城壁西側の門を出てから、西の森へと続く街道を歩いていた。この先には森以外何もないらしく、分かれ道はない。
青々とした草原に吹く風は冷たかった。徐々に冬が近付いているのだ。この時期、多くの魔物や動物は、冬を越すために食料を蓄えている。森の中にある食べ物は徐々に少なくなり、魔物が食べ物を求めて人や町を襲うことが多くなるという。そんな時期なので、魔物達は出会う傍からこちらを襲ってくる。つまり、町の外は大変危険なのだ。実際、結界の近くにはゴブリンを始めとする沢山の魔物の死体があった。魔物との遭遇はこれが初めてだったが、この先はもっと頻繁に出会うことになるだろう。
そんなちょっとした知識を教えてくれたのは、もちろんコバリィ先生だ。先生は道中、私を相手にこういう知識を披露してくれた。今はカーネル先生の教え子たちに、先ほどの戦闘の評価をしている。つまり、私は今、お話をする人がいなくて暇だった。
「いや、ごめんね。またフィネットが失礼なことを」
そんな私を見かねてか、カーネル先生が唐突に謝罪してきた。先ほどのことだろう。私は気にしていないと首を振った。
「いえ、私は気にしてませんよ。大丈夫です」
「それでも、一応謝らせてくれ。本当は本人に頭を下げさせたいんだけど……」
先生の視線を追って前方のフィネットちゃんを見やる。すると、視線に気付いた彼女は、私のことを細い目で見てきた。えへへと軽く愛想笑いをして誤魔化す。こういう風に扱われるのには、慣れていない。
「はぁ、本当にすまないね。あの子はどうやら、自分が女子だからとか、人間だからとか、そういう生まれ持ったもので自分の価値を決められたくないって思ってるみたいなんだ。それで多分、エルフの君のことをよく思っていないんじゃないかな。まあ、言ってしまえばただの先入観なんだけど」
「そうなんですか……」
それであんなに気が強いのか、あの人は。私も相当な負けず嫌いなので、少し親近感が湧く。
けれど向こうがあんな調子じゃあ、仲良くなるなんて不可能に近い、かな。
フィネットちゃんと仲良くなれないことを残念に思っていると、カーネル先生が、
「それより話は変わるんだけど、君、アドレ・マッドルカさんの弟子なんだよね」
「あ、はい。そうですけど、それが何か……?」
出発前にもそのことを聞かれた。そんなに凄いのだろうか。あの人に師事しているということは。
師匠はなんか有名らしいけど、どういう風に有名なんだろう。気になるな。
「いやちょっと。あの人は普段、どんなことをしているのかなって」
「普段、ですか。適当に町を歩いてますね。知り合いに挨拶したりしてますよ。まあ、どこにでもいるでしょう、ああいう人は」
「そうなのか。意外だな……あんなに凄い人が」
普段の師匠の様子を話すと、先生は意外そうに呟いた。私はなぜ彼がそんな反応をするのか気になって、今度はこちらから質問する。
「あの、先生はどこで師匠のことを知ったんですか? 師匠は有名だって言ってましたけど、いったいどんな風に――」
色々と謎の多い師匠について色々と尋ねようと思ったが、そう長く会話は続かない。義眼に反応。魔物だ。
「あ……十時の方向に魔物接近。数十五。またゴブリンです」
「ん、それは本当かい?」
私が指で示した先を、先生は目を細めてじっくりと眺める。ほんのりと香る魔術の気配。
「……見えた。あれか。みんな! 戦闘準備」
「あ、いえ。カーネル先生。今度は私にやらせてくれませんか?」
「え? 君が?」
私が戦いを望むと、カーネル先生は驚いた。それを見て、私は思った。
……あれ。もしかしてこの人、私が護衛で来てるってこと、忘れてるんじゃ……?
「お願いします。私一応、護衛で来てるんです。誰かに守ってもらうの、あんまり好きじゃないし。それに、私も実力を見せないと、あの人達に信用してもらえないでしょう?」
「それは、そうかもしれないが、いやしかし、君一人に任せるわけには……」
しかし、先生は首を縦に振らない。何を迷う必要があるのだろう。私はこのために来たというのに。
やっぱり、見た目のせいなのかな。私がこんな、細くて小さくてか弱そうな見た目をしているせいで、信用してくれないのか。もう、私は別にそんなんじゃないのに……。
「任せてみようじゃないか、カーネル先生。この子の言葉ももっともじゃ」
後ろで話を聞いていたコバリィ先生が、私達の間に口を挟んだ。ありがたい助け船だ。
「コバリィ教授が、そう言うなら」
「では、決まりじゃな。ほれ、若いの。下がりなさい」
「え? でも、コバリィ先生」
「いいから来るのじゃ」
口答えする生徒達に有無を言わせず、先生は手招きする。
「では、レイラ。任せたぞ」
「はい」
コバリィ先生の判断とあって、学生達は素直に従った。フィネットちゃん達四人と前後入れ替わる。そのすれ違いざまに、彼女が、
「……子供が余計なことをするんじゃないわ。食べられても知らないわよ」
「大丈夫だよ。心配なんか必要ないから」
その台詞が先ほどの自分の発言と似ていることに気付いたフィネットちゃんは、顔を真っ赤にして私を睨みつけてきた。
……いい反応をしてくれるな。こういう人は弄っていて楽しい。でも、あまりやりすぎないようにしないと。
武器を手に持ち、剣を出現させる。背後で魔術師達の驚く気配。様々な憶測が飛び交う。
「何だ今の。魔法?」
「魔剣か? でも、それにしては何かが……」
「エルフが剣で戦うっていうの?」
「魔力が全然感じられない」
「教授、あの子はいったい。あの方の弟子という話でしたが……」
「まあ、黙って見ておれ。今にわかる」
……私の戦いは見世物じゃないけど、実力を知ってもらうにはこれしかないんだし。
見られるのは仕方がないと割り切って、私は剣を腰に構えた。まだ、抜かない。鞘を腰ベルトの左側に吊るし、剣を抜く直前の状態で動作を止める。
目の前に迫ったゴブリンは、棍棒を振りかぶって突っ込んでくる。中には細い棒の先端に尖った石を付けた、槍のような武器を持った者もいた。槍を持ったゴブリンは鉄の鎧と兜を身に付け、防御を固めている。あの鎧は人から奪ったのだろうか。サイズは合っていないが、体面だけ見れば騎士のようだと思った。
へぇ、ゴブリンってあまり知能が高くないって聞いてたけど、ここのは案外そうでもないのかもしれないな。
ゴブリンに対する評価を改めた私は、敵を見据えて体から少し力を抜いた。接敵まで後十メートル。もう少しで、届く――。
「……ふっ」
抜刀。
一閃。
先頭にいたゴブリンの体が上下に分かれ、私の横を通り過ぎて崩れ落ちる。鮮やかな血。温かい。どうやら、ゴブリンの血液も赤いようだ。匂いも人とほぼ同じ。
まず一匹。さて、次は……。
私は、ゴブリン達がまた考えなしに突っ込んでくると思っていたが、彼らは意外にも、一旦距離を置いて陣形を整えていた。リーチの長い槍を持った者が前衛、棍棒を持った者が後衛と、前後に分かれた組織的な動きを見せる。
まるで軍隊を相手にしているかのようだ。きちんと統率が取れている。素晴らしい。
「……ふふふっ」
面白い。こういうのは新鮮だ。今までは野性的な戦いばかりだったから。それなら、今度は私から仕掛けよう。カウンターばかりではつまらない。
敵の守りを崩すことに決めた私は、素早い突きで前衛の一匹を突き刺した。残りはやられた味方を見捨て、素早く離れる。
残った味方の生存の可能性を高めるような動き。相手はこういう戦いに慣れているのだろうか。
仲間が倒れるのを見た前衛の一匹が、雄叫びを上げながら私に突っ込んできた。ゴブリンの突きを払い、二撃目で跳ね上げる。思惑通り、相手は体制を崩した。そうして大きな隙ができたが、後衛の仲間が突っ込んできて、味方の隙をカバーした。
的確な対応だ。やはり、彼らは組織的に動いている。
棍棒を避けてゴブリンの腹を差し、斬り伏せる。これで三匹目。相手との距離は先ほどよりも離れた。私のことを強敵と認識したのだろう。頭の周る将がいるようだ。
どうやら、後衛にいる棍棒持ちのゴブリンのほうが手練れのようだ。前衛を固めているのはまだ経験の浅い兵士。だからこうして、後ろが前をサポートするような戦術を取っている。前衛が鎧を身に付けているのもそういう理由だ。
口元に笑みを浮かべ、しかし相手の戦い方を冷静に分析しながら、積極的に相手を倒していく。
だが、敵の数が十体を切ったところで、ゴブリン達は背を向けて逃げ出した。本当は追いかけて戦いたいが、護衛の仕事を忘れたわけではないので追撃はしない。ドワーフ並みの小さな背中を見つめ、私は剣を一度振って血のりを払った。
……中々、面白い戦いだった。
剣を鞘に納め、消す。服にはゴブリン達の返り血が付いていたが、そのうち消えるだろう。
「……終わったようじゃな」
コバリィ先生の言葉を聞いて、緊張が解けた。見守っていた生徒達の表情はあまり芳しくない。
「案外、あっさり終わったな」
「ふん。あなた、大したことないのね。あんな大口叩いたくせに敵を逃がすなんて」
律儀にも嫌味を忘れないフィネットちゃんに、私は言い返してやった。
「……ああいうのは、もっと沢山いたほうが楽しめる。だから、これでいいの」
統率の取れた大きな部隊をたった一人で切り崩すのが、戦の醍醐味と言える。組織的な動きを崩し、一人ひとりの心に恐怖を植え付けながら殺していく。敵の顔なんか見ない。そこにいるのは、ただ血をまき散らすだけの動く的と一緒。そういう扱いをすれば、向こうはとてもいい反応をしてくれる。
強敵との一対一も楽しいが、集団相手の戦闘にもちゃんとした楽しみ方があるのだ。
「え……そ、そう」
私の言葉を聞いたフィネットちゃんは、案の定引いていた。自分の趣味嗜好が理解されないのはわかっているが、あからさまにこういう反応をされると少し悲しくなる。
……はぁ。はいはい、どうせ私は異常ですよ。師匠と同じ、戦闘狂です。
「教授。これを」
カーネル先生は、殺したゴブリン達の装備を詳しく調べていた。彼が示した先には、複雑な形をした小さな金属のアクセサリーのようなものがあった。ゴブリンの腰に巻き付いていたものだ。
「なんですか? それ。お守り?」
地面にしゃがんで、よく見せてもらう。ゴブリンにはあまり似合いそうにないアクセサリーだ。細長い金属の板を変にねじって、強引に溶接したような感じ。十字を象っているように見えなくもない。そしてねじられた板の表面には、学校で勉強したあの魔術文字、リニア文字が彫られていた。
……そう言えば、この文字には魔力が宿るとか言ってたっけ。こうして見ると、少しだけ魔力みたいな靄が見える、かも。戦闘中には気付かなかったけど。
「魔法除けの魔道具じゃな。ゴブリン達は、いったいどこでこんなものを手に入れたのじゃ」
「これは恐らく、騎士団に支給されているものかと。この鎧もそうです。武器は手作りのようですが……」
それを聞いた学生達が息を呑む。先生の言葉が正しければ、このゴブリン達は、騎士を倒してこれらの装備を奪ったということになる。つまり、敵は騎士に勝てるほど強いというのだ。
でも、そんなことよりもお守りのことが気になっていた私は、空気を読まずに質問する。
「それで、これがあるとどうなるんです?」
「魔術の効果が打ち消されたり、弱くなったりするんじゃ。この魔道具はそれなりに力のあるものじゃから、最初の戦闘のような戦術は通用しなくなってしまうな」
なるほど。魔術対策もしっかりしていたのか。道理で手強いわけだ。私が出てよかったのかもしれない。
コバリィ先生の言葉を聞いたメモエウス君が顔色を変える。
「え!? てことは、もしこいつらと僕達が戦ってたら……」
「苦戦を強いられていたかもしれんな。まず、フィネットが使ったような、相手に直接働きかけるような魔術は効かない。炎や電撃を飛ばすような魔術も、軌道が逸れて命中しないじゃろう」
「そんな……」
「じゃあ、俺達はどう戦えばいいんですか?」
自分達の攻撃が通用しないとわかると、ラルク君は先生に教えを乞うた。勉強熱心だな。まあ、戦闘では命を失う可能性もあるので当然か。
「環境を利用するのじゃ。直接の魔術が効かないのならば、周囲に働きかければよい。例えば、相手の頭の上に氷の塊を作り、それを落とす、なんていうのも有効じゃな。その他の方法は自分で考えてみよ。今日の課題じゃ」
「は、はい! ありがとうございます、先生」
コバリィ先生からのアドバイス。ラルク君は一応感謝の言葉を述べていたが、彼らの表情は、あまり芳しくなかった。
それから、再び街道を歩いて先へ進むと、徐々に草木の背が高くなり、ついには森の中に入った。森の中は、見渡しの良い草原とは比べ物にならないほど危険で迷いやすいので、道のわかるコバリィ先生を先頭に、私、四人の学生、カーネル先生の順で歩みを進めていた。
さっきの戦闘が終わってからというもの、私の後ろにいる四人は、先ほど先生に課された課題について話し合っていた。けれど、その進捗はかなり遅い。後ろから実りのない会話が延々と聞こえてきて、少し気になる。
「周囲の環境を利用する、って言ったって、何をどうすればいいんだ?」
「よくわかんないよ。どうしたらいいんだろう……」
「頭の上から氷を落とす、頭の上から氷の塊を落とす……」
あぁ……見ていられない。なんだこの人達は。折角魔術なんて便利なものが使えるのに、こんなにも発想力がないなんて。残念過ぎる。頭が固い。
もう十分経っても四人はそんな調子だった。あまりにも議論が進まなすぎるので、私はちょっと口を出してみることにした。
「私、いくつか思いついたよ」
「は……?」
振り返った私に、四人から厳しい目を向けられる。邪魔をするなと言いたいのだろう。素人の考えたしょうもない思い付きだと思われている顔だ。そんな微妙に気まずい空気の中、カインド君が口を開いた。
「……言ってみてよ」
他の三人は少し驚いてカインド君を見た。まさか、私の話を聞くとは思っていなかったらしい。
許可は出たし、じゃあ遠慮なく。
「先生は、環境を利用する、って言ってたでしょ。だから、相手に直接攻撃を飛ばすんじゃなくて、間接的に攻撃すればいいの。わかりやすい例だと……火ってさ、少し離れていても、ちゃんと温かさを感じるでしょ? 間接的っていうのはそんな感じ。相手を燃やさなくても、周りを熱くすればそれだけで苦しいから」
炎が生み出すのは熱だけではない。物が燃えることによって、酸素が減って二酸化炭素が発生する。すると、すぐに呼吸が困難になる。さらに燃やし続けると、燃えるための酸素が足りなくなり、不完全燃焼で一酸化炭素まで発生してしまう。これを吸い込むと人は呼吸ができなくなって、最悪死ぬ。これは、火事で人が死ぬ一番の原因。中学生でもわかる話だ。
先生が学生達に考えて欲しいのは、そういった自然に起こりうる現象を利用して戦うということだろう。
私の話に興味を示していなかった他の三人も、私に注目し始めた。自分の話が聞かれていることがわかると、私はもっと話したくなった。最初は四人の反応を見ながらだったが、どんどん饒舌になる。
「より具体的には、敵の回りを炎で包むとか。魔術の炎は効かないかもしれないけど、その熱は伝わるし、草とかあれば燃え移る。風の魔術を使えば、燃え移った自然の火でも多少は操作できるでしょ。周りを熱くすればそれだけで息苦しいし、さらに燃やし続ければ呼吸ができなくなって相手は死ぬ。これを、火じゃなくて氷の魔術でやれば、相手を凍らせることができる。さっきみたいに敵を直接凍らせるんじゃなくて、敵の周囲、一定範囲の温度を一気に下げるの。そうすれば、相手は周りの環境と一緒に凍ってくれる。事前に相手を水で濡らしておくとかすれば、もっと効果的」
ラルク君のポカンとした顔が結構面白い。みんなをまとめるリーダー気質なのに。そんな馬鹿みたいな顔をされたら、まるで自分のほうが上の立場だと思ってしまうではないか。
「他にも、相手の立っている場所に穴を空けて落とすとか、相手の周りに壁を作って閉じ込めるとか、できるよね? あ、大きな岩を持ち上げて落とす、っていうのも有効か。落とし穴に水を張って、さらに上を塞げば、息ができなくて相手は死ぬ。うん、こっちのほうが確実でいいね。ただ注意がいくつかあって、魔術の炎はすぐに消えちゃうけど、誘発された自然の炎はそうはいかない。放っておいたら火事になっちゃうから、広がりすぎる前に消さないといけないよ。落とし穴も埋めること。自分で作った穴に落ちるかもしれないでしょ。死体はそのまま埋めておいてもいいけど。栄養になるし。それで、えっと……こんな感じ。どうかな?」
話を終えると、四人はお互いに顔を見合わせた。きちんと理解してもらっただろうか。結構一気に喋ってしまったが、大丈夫だろうか。
私の話を聞き終えたカインド君は、それまでとは変わった目で私を見ながら呟いた。
「そんな考え方が……どうして君は、そんなことをすぐに思いついたんだ。魔術も使えないのに……」
「どうして、って言われても。よくわかんないけど、相手の命が危険に晒される状況を作り出せばいいんでしょ。魔術はそれを準備するための道具ってだけ。別に魔術なんか使わなくたって、事前に準備すれば同じことできるし」
そう。魔術はただの道具。人を一酸化炭素中毒にさせるのは、魔法の火でも、ガソリンとマッチでも、練炭と密閉空間でも、なんでもいいのだ。
「ふん、あんた何もわかってないのね。魔術を道具だなんて」
自分達が学んでいる魔術のことを道具と言われたことが気に食わなかったのか、フィネットちゃんが突っかかってくる。私は事実を言っただけで、彼女がどうしてそんなに気にするのかわからなかったが、とりあえず言い返す。
「道具だよ。別に何もおかしくない。魔術にも魔法にも、それ以上の価値なんかない。鉛筆と、剣とかと一緒だよ」
「だから、私達の魔術は道具なんかじゃ――」
「その通りだよ、みんな。彼女の言葉が正解だ」
ことが大きくなる前に、彼らの後ろからカーネル先生が私の意見を支持してくれた。四人の視線が彼に向かう。
「君達、これでわかっただろう。人を年齢で見てはいけないよ。彼女の発想は中々鋭い。こういう考え方だよ、コバリィ教授が言いたかったのは」
「う、うぅ……」
「そう、なのか」
その後、四人の視線がこちらに戻ってきた時、彼らが私を見る目は、なんだか少し変わったような気がした。悪く思われている、という感じはない。彼らの心は少しずつ、私のことを認める方向に動いているようだ。
それからもコバリィ先生に続いて、草木に埋れつつある街道を進んでいくと、私は前方に妙な物を見つけた。
「あ、コバリィ先生。ちょっと止まってもらってもいいですか?」
「ん? わかった。どうしたんじゃ?」
「ちょっと気になる物があって……」
そう言いながら、私は先生を追い抜いて道の先へ行った。そして、街道に向かって突き出していた、一本の木の棒の前にしゃがみ込む。
これは、もしかして……うん。やっぱりそうだ。
「おーい。あんまり離れるでないぞ」
「わかってます! でも、ちょっと……」
先生の言葉の頷いた私は、立ち上がって剣を取り出し、一歩下がってから、その木の棒を剣でつついた。
バシュッ、とどこかでロープの切れる音。草木の影で何か重たい物が動く気配。そして、聞き慣れた弓矢の音が響いたかと思うと、街道の左右から勢いよく矢が飛んできた。
咄嗟に体を引いて矢を避ける。顔の前を通っていった矢を義眼で解析すると、矢尻には神経毒が塗られていた。こんなものが傷口から体内に侵入すれば、大の大人でもたちまち動けなくなってしまうだろう。
「うわっ、なんだ!?」
「攻撃? どこから……」
想定外の出来事に驚きの声が上がる。杖を構えて魔術を使おうとした子までいた。その素早い判断と行動に感心する。だが、洞察力が少々足りない。
「うむ……罠じゃな」
コバリィ先生の呟きに、ラルク君が反応する。
「これは、ゴブリンが仕掛けたものなのでしょうか」
「恐らくは、そうじゃろう。この森のサイクロプスはこのような手段は取らないし、他に手先が器用な魔物もおらん」
「この森を拠点としている盗賊、の可能性は?」
「いや、騎士団からそのような報告はなかった。最近は遺跡の件で定期的に様子を見に来ておったから、もしいれば即座に見つかっているはずじゃ」
「そうですか……」
ラルク君に新しい知識を授けたコバリィ先生は、私の方を見てひと言。
「よくこれが仕掛けてあることがわかったな、レイラ。お手柄じゃ」
「ありがとうございます。この先にも似たようなものがあるみたいなので、気を付けましょう」
「わかった。まさかゴブリンに罠を仕掛けるほどの知能があったとは……。皆、警戒を怠るでないぞ」
コバリィ先生の言葉に頷き、私達は再び歩みを進めた。
それから目的地までは一時間ほどかかった。移動している間、森の魔物やゴブリンと戦ったり、仕掛けられていた罠を解除したりと、何度か騒動があったものの、全員大きな怪我もなく、調査対象の遺跡へと辿り着くことができた。
「ここが、遺跡ですか……」
初めて見た大昔の遺物は、壊れた何かだった。昔は立派な建物があったのだろうか。今は原型がわからないほど崩れていて、辛うじてここに人工物があったことがわかる程度だ。その瓦礫の奥には、地面が盛り上がってできたような岩の壁があり、そこには自然にできたと思われる大きな洞窟がある。あれも遺跡の一部なのだろうか。洞窟までの道は綺麗に片付けられているが、中の調査をした時に片付けたのだろうか。詳細はわからないが、歴史的価値のありそうな所だ。
凄い。こんな所に人工物があるなんて。この森に人が住んでいたのかな。私達がここまで来るの、結構大変だったのに。凄いなぁ。
ここには初めて来たらしい四人の学生達も、私と同じような反応をしていた。
「わお。想像より広いな」
「建物の残骸に、洞窟か……」
「なんか、よくわかんないけど、凄い」
「そう? こんなのただの廃墟じゃない」
「ほほ。まあ、確かにそれが事実じゃな。でも、それがいいんじゃよ。古びたものの中から価値のあるものを見つけ出す。それが考古学の醍醐味じゃ」
コバリィ先生はいつにも増して生き生きと話していた。自分の専門分野なだけあって、少しテンションが上がっているようだ。
そんな老教授に対して、カーネル先生は冷静に辺りを観察している。
「……ふむ。ゴブリンの姿はなし。特に荒らされた形跡はない、か。教授、念のため結界を張っておきますね」
「おお、頼む」
「みんなも手伝って」
「はい」
カーネル先生は学生達と協力して、魔術で遺跡の周囲を囲むように防御の結界を張った。五人の魔力がふわふわと辺りを包み、呪文によって強固な結界になる。本当に、これで外敵の侵入を防げるのだろうか。目には見えないので少し不安だが、信じよう。
作業を終えた先生は、コバリィ先生に指示を仰いだ。
「中も確認されますか?」
やはり、洞窟の中にも何かがあるようだ。外があまり整理されていないことから見て、この遺跡の価値はあの洞窟の中にあるのだろう。どんなものが残っているのか、少し気になる。
「そうじゃな。では、二手に分かれよう。カーネル先生、二人ほど残して、ここを見張っていてくれるか?」
「わかりました。では、カインドとメモ。僕と一緒に残って」
「はい」
「わかりました」
名前を呼ばれた二人は頷き、杖を握る。もしここがゴブリン達に破られたら、中に入った人達が脱出できなくなってしまう。彼らの責任は重大だ。
続けてコバリィ先生は、残りの二人に顔を向けた。
「よし。では、ラルクとフィネットはわしと来るのじゃ。それから、レイラも付いてきてくれるか。中にはゴブリンが残っているかもしん」
「はい。わかりました」
「頼むぞ」
コバリィ先生に期待されている。先生の言葉に込められた思いを汲み取り、私は力強く頷いた。
護衛が必要なら喜んでお供しよう。フィネットちゃんからの視線がちょっと気になるけれど……まあ、きっと大丈夫だろう。自分達の身を危険に晒すようなことはしないはずだ。
そうして私達四人は、コバリィ先生を先頭に、遺跡の奥の洞窟に入った。




