ある少女の最期
――死にたくない。
最初にそう思った時のことを、私は鮮明に覚えている。
あの日、私は大切なものを奪われた。家も、家族も、友達も。故郷である集落も、全部。突然やってきた人間たちに、すべてを破壊された。
あれからどれだけの月日が経ったのかは、もう覚えていない。だが、あの何よりも惨たらしい光景は、今もこの目に焼き付いている。
胸を貫かれ、戸惑い顔のまま死んでいった姉。その亡骸を抱きながら、無残に殺された母。何の抵抗もできないまま血の海に沈んだ、まだ赤ん坊だった弟。そして、こちらに向けられた壊れた笑みと、銀色に煌く刃――。
忘れることなど、できるはずがない。私の慎ましくも恵まれていた人生は、あの日を境に、何もかもが狂ってしまったのだから。
その結果が、私の目の前に広がる、血に塗れた惨状だった。
散りばめられた赤。辺りに立ち込める鉄錆の臭い。地に伏す多数の人影。すべてを失った私にすべてを与えてくれた、大切な十二人の友人たち。
レニーク、シイラ、ジェイ、チーメル、デリア、アーグ、ケーム、シュウ、フェリー、メラ、カタリナ、ロウ。
彼らはその顔を苦悶に染めたまま、ピクリとも動かない。それは、当然。当たり前のこと。彼らは既に死んでいた。そして、彼らを物言わぬ骸に変えたのは他でもない、この私の剣だった。
ああ……あの時も、同じものを、見た。
現実離れした頭で、どこか他人事のようにそう思う。
……私は、また、繰り返したのか。
これまで幾度となく目にしてきた、呪いのような光景。私に付きまとう忌まわしき記憶。血に濡れた剣を落とし、力なく地面にへたり込む。もう、立っているだけの気力もない。
死にたくない。そう、私は死にたくなかった。ただそれだけだった。なのに……。
「……どう、して」
どうして、私は生きているのだろう。こんなクソみたいな世界に、私だけが生き残って。私にはもう、何もない。生きていたい理由など、もう何もないのに……。
天を見上げた視界が霞む。知らず知らずのうちに、私は泣いていた。溢れた涙は頬を濡らし、首を伝う。もう感情を感じる心なんて、ないと思っていたのに。
どうして、いつもこうなるんだ。いつもいつも、私の幸せは目の前で消えていく。あの時もそうだった。いつも、大切な人の死がすべてを奪っていった。
そう。あの時も。
「……麻美。私は……」
私がその名前を口にしたのは、生まれて初めてだった。
まだ私が私でなかった頃。ここではない世界で生きていた頃。愛を知らなかった私に愛を教えてくれた彼女も、私よりも先に死んだ。それからずっと、私は苦しかった。生きる理由を見失い、何の味もしない人生を送っていた。そんなことは、もう嫌。私はもう、耐えられない。
落とした剣を再び握り、その剣先を自分の体に向ける。
これも、仲間が私に与えてくれた大切なものだった。自分の身を守るためにともらった剣。だが、私はこれでみんなを傷つけた。私を救ってくれた恩人を殺した。だから今度は、これで自分を、傷つける。
「――っ!!」
突き付けた切っ先が腹を裂く。鋭い痛みがじんわりと広がり、血の臭いが強くなる。胸の奥から何かがせり上がってくる。堪え切れずに苦しさを吐き出すが、不快感は収まらない。けれど、私は剣をさらに深く体に埋め込んでいった。そうしないと痛かったから。そうしないと苦しかったから。そうしないと、心が壊れてしまいそうだったから。
「が、はっ……」
剣先が背中から飛び出て、血が噴き出す。視界が血と涙でぐちゃぐちゃになる。自分の体に入っていた血液の量を目の当たりにして、手遅れになったことを知る。
「ぁ、あ……」
呼吸がかすれる。段々と体の末端から感覚が薄れ、考えることができなくなってくる。そして、意識が崩れて、痛みが、薄れる。すべてが真っ暗になる。私を縛り付けていた過去の記憶と、自分からも解放されて、ようやく、すべてが終わる。終わらせることができる。
ああ……生にしがみつく必要なんか、なかった。もっと早く、こうしていれば――。
その日――私は死んだ。