表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/33

アイの形状




 いつまでも足にすがり付く女を蓮慈は、本当に邪魔くさそうに蹴り飛ばした。


 悲鳴を上げる機能が無くなった彼女は「ぁああ、ぁぁあぁっ」と意味不明な声を上げて宙を舞う。


 そして、首から地面に落下してゴキッと砕音を響かせた。蓮慈はその様子を見つめて、なんとなく「一メートルは、一命取る」と呟いていた。


 自分の独り言を呟き、フフっと孤独な笑みを浮かべる。その笑いは、正直に言ってナンセンスなギャグに向けたものではない。


 魔族の女の人生を掛けた道化芝居(ファルス)を笑ったのだ。



「………にしても、不思議だなぁ。どうして、俺に恋心を抱いたんだろう?」



 彼女の脳を破壊した訳だが、それによって記憶障害が起きていた訳ではない。つまり、彼女は確りと蓮慈が自分自身に取ってどのような存在が分かっていた筈だ。


 それは決して、愛情を向けるような存在ではなく、絶対的不変の憎悪の対象だった筈。


 蓮慈が新たに創った『恋慕感化』でも、その状態の異性をあそこまで魅了する事は出来ないだろう。しかし、実際は違った。


 あくまで、『恋慕感化』の力は異性を惚れさせる程度のものであり、決して自己損害を度外視した異様とも言える盲目的な愛情を植え付ける訳ではない。


 だが、彼女はそれとは裏腹に本来の効力を上回る魅了状態に陥り、自身が絶命させられる恐れがあったのに蓮慈を最愛の恋人だと認識して、傷つけられる事を恐れずに蓮慈に寄り添おうとした。



「………実は救いようのない生粋のマゾヒストだったのか、あるいは愛憎が表裏一体の関係だったのか」



 どうであれ、今はその真相を知る方法はない。不名誉にもマゾヒストの疑いを掛けられた魔族の彼女は首の骨が折れて絶命してしまっているし、存命でもまともな会話は成立していなかっただろう。


 取り敢えず、彼の持論は論破されて、今はまだ触れるべきモノではないっと分かっただけでも良しとしようっと蓮慈は納得しておく。



「………さて、そろそろ帰るかぁ」



 帰路の途中で興味本意の寄り道をして、大幅に時間を消費した彼は体を伸ばして筋肉をほぐしながらごちる。いつもなら「はい、クロミネ様っ」と元気な声で返事をしてくれる幼女が居るので、独り言にはならずに会話が発生するのだが、生憎今日は別行動中だ。



 今頃は彼女に与えた『シュヴルツリヒト』と『ヴァイスナハト』もとい『クロトシロ』で、連続ヒット&連続キルを行っているのだろうか?何処かでカッコ良くガン=カタ擬きを披露しているのだろう。蓮慈が披露した森抜けとは大違いだ。


 蓮慈とは比べるのも失礼な程の雲泥の差がある最高峰クラスの精密射撃能力を誇るラウルに、少しばかりその才能を分けてもらえないだろうか?と蓮慈は若干マジで思っている。


 ちなみにではあるが、現在の彼女は以前述べた爆発的な成長段階に突入しはじめており、その身体能力が異常なほど上昇を始めていた。



【ラウル 女 十歳

 天職(コーリング):=砲撃師(ガンスリンガー)

 ATK:=980

 DEF:=750

 MAT:=840

 MDE:=700

 AGI:=1400

 技量(アビリティ):=『圧縮収納(スペース・アップ)』『銃器取扱』『銃撃強化』『狙撃特化』『連射補正』『早業』】



 まだ、爆発成長期の初歩段階で、この上昇率である。今まで無かった『砲撃師(ガンスリンガー)』という天職(コーリング)が追加されて、蓮慈とは違い正規の手段で技量(アビリティ)も後天的に生じさせる事に成功している。


 この成長の度合いは最早、昇華と言っても過言ではない。ラウルは自身の努力と蓮慈からの贈り物によって、より高次な領域に足を踏み込んだのだ。



「あれで魔法でも覚えられたら、今の(・・)俺には本当に勝ち目ないなあー」



 はははっと他人の笑い話に放つような笑い声を出して、自分が創った二丁拳銃でガン=カタをするラウルの姿を脳裏に思い浮かべる。


 その時だった。彼の元に高速で近寄ってくる物体を蓮慈は感知した。勿論、気配を感じたっという第六感的なモノではなく、レーダーの様な役割を持つ技量(アビリティ)で感知したのだ。


 その物体は人形であり、どうやら空中を飛んでいるらしい。つまり、高速飛行ないし飛来してきているのだ。

 技量(アビリティ)による感知の結果では、飛行高度の変動がほとんどがないので、恐らく高速飛行をしているのだろう。


 蓮慈はレーダーからの位置情報を元に、その飛行物体に遠距離からの精密解析を開始した。



「………魔族か」



 その人形の飛行物体は魔族である様だ。一度、同族を解析していたので、種族を割り出すのには大した時間が掛からなかった。だが、残念な事に相手が如何なる方法で飛行しているかは分からなかった。


 その飛行方法は魔法によるものだとは分かったが、解析が完全に終わる前に、新手の魔族が蓮慈の元まで辿り着いてしまった為、魔法の詳細は不明だ。


 飛行してきた魔族は男性で、魔族の女の死骸を捉えると、すぐに着地すると、首の骨が折れて絶命している彼女を抱き上げた。



「そんなっ!スエリ、君なのか!?どうして、こんな事にっ!」



 ヒステリックな声をあげたのだった。


 まるで、世界の終わりかの様な絶望した男は恐らく、魔族の彼女───スエリの恋人か何かだったのだろう。


 周りの頭が爆ぜた死体や蓮慈に一切興味を示さずに、スエリの死体を抱き締めて天を仰ぎはじめた彼に、そんなありきたりなストーリーの悲劇的な演出は良いから、もう一回飛行魔法見せてよっと蓮慈は思うのだった。



「………お取り込み中のとこ、悪いんだけど?」


「うるさいっ!人間風情が、生意気なっ!?………ハッ!まさか、貴様がスエリをっ!!許さんぞぉ!!!」


「おいおい、待て待て」



 最愛の女性の死に錯乱状態な彼は混乱何の根拠もないが、大正解にも蓮慈を犯人だと言い当ててみせる。


 だが、蓮慈は両手を振って、魔族の男を落ち着かせる。



「どうして、そうなるんだよ?周りを良く見てみろって。そこら中、死体だらけじゃないか?コイツらとその彼女───スエリが同士討ちしただけかも知れないだろ?」


「………た、確かにそうだな」


「それに俺の事もよく見てくれよ。武器は持ってないし、返り血なんかも浴びてないだろ?女とはいえ、魔族を殺せる物はないし、服装も一切乱れてないんだから戦ってないのは一目瞭然だろ?」



 さらっと嘘をついた。

 返り血は最初から浴びていないのは本当だが、今現在も手元には二丁拳銃があるが、異世界には本来存在しない兵器なのでそれが武器だという認識はない。



「確かに、その通りではあるな。しかし、まだスエリの体は暖かいし、そちらの人間供も血が乾いていない様だし、死後間もないようだな?貴様、何が起きた知ってるのではないのか??」


「知ってるよ」


「ならば、包み隠さず教えよっ。その内容によっては───覚悟する事だな!」



 なんて野蛮な思考回路なんだっと蓮慈は魔族の男の言葉に嘆息する。自分の行いは一切論点にはおかず、正論化どころか、その事態に一切な忌避感を抱いていない。



「まあ、取り敢えず自己紹介でもしようよ」


「ふん。本来ならば、下賎な貴様ら人間如きに易々と名乗る立場ではないが、スエリが絡むならば話は別だ!良いか、心して聞くがよいっ、我は魔国皇帝陛下の直轄なる四柱が一柱、第一の四天王である『銀光の咒眼』アストレートである!!」



 何と言うことか、この魔族の男は魔王直属の部下である四天王の一人であった。目が痛くなるほど輝かしい銀髪銀眼が二つ名の由来だろうか?


 どうにしろ、その不遜な口調と内包する魔力量が四天王を名乗るアストレートの実力を物語っている。しかも、調子に乗ったのか飛行魔法を使って空中に上がり、蓮慈を見下ろす始末。



「長いよ。何なの?この世界には、所属先の名前は長くしなきゃいけない(ルール)でもあるの?」



 蓮慈は文句を言いながら、短く名前のみを名乗る。



「さぁ、約束通り話して貰ううか!!」


「………うん。ありがと、解析終了だ。もう用はないから、お前が聞きたいであろう事を簡潔的に言うね。彼女を、スエリを殺したのは俺だよ、アンタの予想通りねえ」



 名乗りあげるのにアストレートが調子に乗ってくれたお陰で、知りたかった飛行魔法の解析が終わり、もう会話を継続させて時間を稼ぐ必要の無くなった蓮慈はあっさりと自身の過失をゲロる。


 その清々しくもふてぶてしくもある態度の蓮慈に、数回パクパクと口を開閉した後にアストレートはぶちギレた。



「………な、なな、なっ!け、結局貴様ではないかっ!!己、許さんぞぉ!只では殺さんぞっ、貴様には生まれてきた事を後悔させ───」



 凄く興奮気味に蓮慈に処刑宣告をするアストレートだが、それはつまり彼の敵になるっという事であり、蓮慈の抹殺対象になるっという事だ。


 蓮慈は何やら脅し文句をペラペラ喋る男を無視して、彼が地上に置きっぱにしているスエリの死骸を掴む。手や足、頭などを掴むのではなく、敢えて実りの良い双丘を掴み上げる。


 特に性的な意味がある訳ではない。単純に、蓮慈の膂力があれば掴みやすい所を持つ必要がないので、彼の手から一番近かった胸を掴んだだけだ。


 当然のように、脂肪の塊同然の胸を掴み五〇キロ近い人体を持ち上げれば、その支点である胸は大きく変形する。重量に何とか耐えてはいるが大きく引き伸ばされているし、皮膚が変色するほど蓮慈の指が食い込んでいる。



「なっ!貴様、死者を愚弄するかっ!!いくらスエリが死してなお美しいからと言っても禁忌を犯す事は───」


「んなに好きなら、一緒に逝っとけ」



 ギャアギャアと検討違いも甚だしい事を喚くアストレートに、蓮慈は全力で彼女の死骸を投げ付けた。


 音速には到達しないものの、秒速三〇〇メートルは超えている人間砲弾。アストレートはそれを視認する事は出来たが、体を動かす事は出来ずに、硬直したまま彼女と激突する事になった。



 人間砲弾によって撃墜されたアストレートは為す術もなく、空中で彼女ともみくちゃになりながら、地上へと落下していく。どうやら、激突の際に即死していたようで何の抵抗もなく二つの死骸は地面激突する羽目になった。



「………おぉ、凄いなあ。これが愛の力ってヤツかい」



 二人の遺体はかなりの運動エネルギーを有して落下したのだが、どちらの遺体も骨折はあるがバラバラになる事はなく、まるで抱き合うかのように横たわっていた。


 その奇跡的な偶然に思わず、蓮慈ですら感心してしまう程だった。

 だが、この二人の遺体の姿勢に芸術的なモノを蓮慈は感じながらも、彼は恐ろしく不快なモノも同時に感じていた。


 何故か、『愛の力』と自分で言っておきながら、それを許容する事が出来なかった。自分でも制御が出来ない、今までに感じた事のない憤慨を覚えてしまったのだ。


 これまで、幾度となく対面してきた愛情感情を理解出来ない事はあったが、怒りを感じたのは初めてだった。しかも、その憤怒には制御不能な破壊衝動を孕んでいたのだ。


 制御が効かない今までにない感情に、蓮慈は抗う事が出来ずに、いや、抗う事をせずに、忠実に行動を委ねた。



「がぁぁぁああああっ!!!!」



 気が付けば叫び出しながら、互いを愛おしく抱き合う二人の遺体を力任せに踏み潰していた。その行為は一度や二度では済まず、何度も何度も行われて遺体の原型が無くなるまで続けられたのだった。



「……………なんで、かなぁ」



 それは蓮慈本人すら理解が出来ない破壊衝動。あの二人からは蓮慈の人生経験上初めて見るほどの強い愛で結ばれていた、様に思えた。


 その瞬間、何故か、それが許容出来なかった。理解出来ないだけならばまだしも、理解出来ないものに制御不可な破壊衝動を持つ理由はさっぱり分からない。


 理解出来ない事に恐怖心を持ちのならば納得出来るのだが、不快感と破壊衝動を抱くとは思いもしなかった。


 これも異世界に転移した事による、何にかしら変化なのだろうか?蓮慈はここ最近、時々恐ろしく思うのだ。この異常事態である異世界転移が及ぼす、精神的な影響を。


 徐々に、歪んでいく自分を蓮慈は感じ取っている。地球に居た頃にあった独自の倫理観や、かつて定めた絶対的な自戒。その全てが少しずつ変化しはじめている。


 不変なモノであった筈のソレらが変化するっという事は、黒峰蓮慈という存在に歪みを生じさせかねない。


 絶妙なバランスで一般人に紛れていた黒峰蓮慈(サイコパス)が、大きな変動の時を迎えようとしているのかも知れない。



 それは本人からすれば、恐怖的な事である。最悪の場合は、今までの確信犯的な行動の全てを悪だと認識するようになり、罪悪感に押し潰される事だ。


 つまり、サイコパスがサイコパスで無くなる事。蓮慈では手の付けようがない精神領域での変化を、彼は最も恐れているのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ