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開眼

※障害に関する事が少し含まれます。

※決して、差別的な意味合いはありません。






 魔族の女は、自身の生命がかつて無い程に危機に瀕しており、存命の手段どころか、僅かな延命も望めない事を知ると、叫び声を上げて逃げ出した。


 蓮慈に顔面を殴られた衝撃がまだあるのか、それとも起き上がる事すら惜しいのか、うつ伏せのまま地面を這って彼から遠ざかって行く。


 だが、頑張って這いずってまで逃げ出す彼女には悪いが、蓮慈はその姿を悠長に眺めている程、甘くはない。


 スタスタと近付くと、彼は無言のまま彼女の右足首を踏み付けた。シミシミっと骨が軋む音がするが、骨折はさせない。絶妙な足加減の圧力で、彼女の逃走を阻害する。



「嫌っ!嫌よっ、助けてぇ!!」


「うるさいよ。人様を殺そうとしたんだから、大人しく死んでくれよ」


「許してぇ、ごめんなさいごめんなさいっ!死んでないんだから、許してよぉーっ!!」


「生死の結果は大した問題じゃない。アンタが俺を殺そうと行動を起こした事が問題なんだ」



 彼女はぎゃあぎゃあと泣き叫びながら、自分の右足を圧迫している蓮慈の足を退かそうと、必死になって空いている左足で蹴る。


 だが、女性一人の脚力でどうにか出来るほど、蓮慈の膂力はヤワではない。


 どんなに足掻こうが、万力の如く彼女の右足首に圧力は加わり続ける。むしろ、蹴りを入れる度にその衝撃が、蓮慈の足を通って伝わってくるので、彼女自身が苦痛を受けるだけだった。



「………まあ、いくら『因果応報』でも命が掛かれば必死になるのも分かるけど……」



 蓮慈だって命の危機が迫れば必死にもなるが、まさか必死になった生き物の姿がここまで無様だと思わなかった。


 その無様な姿を彼は見つめて、仄かな笑みを浮かべていた。しかし、それは蓮慈本人が無意識の内に作った微笑みであり、彼自身は自分の顔に浮かぶ表情に気が付かずに居た。



 蓮慈も把握していなかった心の内にあった、残虐性が少しずつ表面化され始めていた。



「俺だって大人しく命を狙われた訳じゃないし、まあ好きに足掻いてもって構わないよ。ただ、俺が生きていて、アンタが生きている限り、殺そうとし続けるけどね」



 殺し合いを始めたのはアンタでしょ?と蓮慈はあっけらかんと言い放つ。


 ほそい笑顔を浮かべる蓮慈に魔族の女の焦燥感が煽られ、自身に走る痛みなど忘れて必死に蓮慈を蹴飛ばすが、徐々に自分の足の皮膚が変色していくだけだった。


 死の恐怖から、涙と鼻水で顔を汚して、一心不乱に、自身への損傷も厭わずに、生に執着する女。そこには、それまでの美しさなど何処にもない。ただ、本能のままに存命を望む姿があった。


 決して、知性的な姿とは思えず、故に人間性も感じない。

 だが、蓮慈はそんな彼女の姿を見て、ほそく笑っている。


 彼女の人生の中で、最も無様であろうその姿にインスピレーションを感じていた。


 蓮慈にとって、全くもって興味もなければ、意味もないような他者の人生の終幕を目前に、彼は女の人生(それ)に確かな息吹きを感じていた。


 生まれて初めて、蓮慈の心は他人の人生に意味を生み出そうとしていた。



 だが、黒峰蓮慈は黒峰蓮慈だ。

 他人の人生に、対して意義など感じず、特筆するような感慨など抱けない。彼の精神構造には、それを生み出す機能がそもそも存在していないのだから。


 黒峰蓮慈が、自業自得ではあるがやや理不尽な形で人生の最後を迎える女を眺めて思ったのは───、



「………卑俗な喜劇だなぁ」



 ただ単純に面白いっと思えた。

 彼女がこれまでの人生を如何に過ごして来たのかを想像しながら、自身の人間性すらも捨てて無様に生に執着する姿を眺めるのは、何とも言えない皮肉めいた脚本の演劇を見ているかの様な気分であった。


 だから、もっと面白く(皮肉っぽく)してやろうっと彼は考えた。


 最強と名高い魔王に真眼を持ったというのならば───、



「俺も、かの魔王のように真眼を───第三の目をアンタにあげるよ」



 蓮慈はそう言うと、今まで踏み付けていた女の足首を解放すると、そのまま彼女の正面に回り込む。


 正面に回り込まれた女は、今度は体を反転させる事なく、器用にそのまま後退りをする。蓮慈から、これまでにない気迫を感じ取り、再び悲鳴をあげようと口を開いた途端。


 プスリっ。


 蓮慈は右手の人差し指で、彼女の額を刺した。

 柔らかい額の皮と肉を貫通して、蓮慈の指は頭蓋骨にコツンっと音を立てて当たる。そのまま、錐で穴を開けるようにグリグリと指先で頭蓋骨を少しずつ削っていく。


 彼女の額に出来た傷から、真っ赤の液体がツゥーっと滴っていき、一滴が地面に落下した。ピチャッと小さな音を立てて、大地に染み込んで赤い点を作る。



「………最後に一つ。魔王に真眼を持った時はどんな気分だった?」



 蓮慈は静かに彼女に問い掛ける。


 死に直面している彼女は、蓮慈に言われるがままに、その時の情景を振り返っていた。


 真眼を授かった時の事を一言で纏めるなら、『絶頂期』だ。

 何せ、次期四天王の座にすら手を掛けていたし、魔王も四天王も彼女の能力を高くて多大なる評価して期待をしていた。


 そう、自分は期待されているのだ。魔王様や四天王達に。

 そして、魔王様直々に真眼を頂き、魔族の未来を背負う任務を受けたのだ。

 それなのに、こんな所で訳の分からない人間如きに殺されてたまるかっ。何が『因果応報』だっ。


 彼女の消えかけていた心の炎に、燃料が投下されて断固たる意志の炎が、彼女に絶望と立ち向かう力を与えた。


 自分の額に差し込まれた蓮慈の指を引き抜こうと、蓮慈の右手首を両手で力いっぱいに掴んで引く抜こうと試みる。


 一体何処にそんな力があるというのか、彼女の握力はその華奢な手からは想像も出来ないような狭力を発揮して、蓮慈の手首が悲鳴を上げていた。

 ミシミシっと骨が軋む音が手首から鳴って、徐々に蓮慈の手首に女の指が喰い込んでいって歪な形に変形していく。



 だが、蓮慈は顔色一つ変えていない。手首を中間点に腕の形状が歪み始めているが、額から指先が抜ける気配が全くないのだ。



「君にとって一人目の絶対強者である魔王は、君に『真眼』という贈り物をくれたんだろう?じゃあ、君にとって二人目になる絶対強者の俺は、君に『第三の目』という死の贈り物をあげようじゃないか………」



 『絶対的強者』と『目』っという二つの繋がりと、絶対強者との邂逅によって得た二つの贈り物、『真眼()第三の目()


 皮肉が効いているかなぁ?っと蓮慈は彼女に笑顔ながら言い放つ。


 そして、彼女の受動的な動きを待たずに『第三の目』を開眼させたのだった。



 何の抵抗も無かったかの様に、魔族の女の頭蓋骨──前頭骨を突き破って、蓮慈の人差し指は彼女の頭蓋骨の内部であるクモ膜下腔内に容赦なく侵入した。


 しかし、幸いにも彼女の脳を傷付ける事は無かった。偶然にも、蓮慈が差し込んだ人差し指は大脳縦列に入り、前頭葉には触れていたがギリギリ脳を傷付けてはいなかったのだ。


 なので、彼は人差し指を使って、彼女脳ミソを時計回りに一回掻き回した。



「んごぉ、がごが、ごごご、ごがぐぅっ!」



 それは悲鳴だったのだろうか?本人の意思による発声だったのだろうか?それとも、脳を直接弄られて起きた神経伝達の誤作動だったのだろうか?


 どちらかは分からない。奇怪な声を上げた本人に聞こうにも、その両目は昇天し、頬の筋肉が痙攣を起こして、口が半開きの状態で泡を吹いている。涙腺から大量の涙が流れ出て、同じく鼻水も垂れ流しの状態で、そのまま半開きの口の中に溢れ落ちていき、唾液と共に泡になって外部へと排出されていく。


 たった一度、脳ミソの前方部分を掻き回しただけで、廃人のソレよりも酷い顔になった魔族の女。

 そんな状態の彼女に眉一つ動かさずに蓮慈は、再び時計回りに脳ミソを蹂躙した。


 彼女の体が一回大きく痙攣を起こして、ビクンっ!と跳ねる。彼女の股の間からはショロロ~っと半透明の液体が漏れだして水溜まりを形成していた。


 それでも、蓮慈は表情を変えぬまま、三度目になる掻き回しを行い、そのまま連続で脳ミソをミックスしていく。


 その度の彼女の体の筋肉は縮んだり緩んだりを繰り返しながら、身体中のあらゆる所から分泌液を漏らしていた。



 彼女の体の反応が無くなるのと、蓮慈の人差し指から伝わる手応えが無くなったのは、ほぼ同時だった。



 流石に、何の意味もない脳ミソを掻き回す行為は気が触れているっと思ったのか、蓮慈はようやく彼女の額に突き刺していた指を抜く。


 幾度となく掻き回したせいで、額に開いていた穴は拡張されてしまい、眼窩の様に見えていた。


 蓮慈はその穴に、『数秘術式』で複製した彼女の瞳を埋め込んで、満足そうに頬を緩ませた。



「───ほら、俺からの贈り物だよ」



 ちなみに、蓮慈が彼女に新しく着けた『第三の目』は、彼女が魔王から授かった『真眼』の更に上位互換の力を備えていたりするのは、蓮慈の遊び心故だ。



 宣言通りの贈り物をした蓮慈は大変満足いった様子だが、前頭葉を蹂躙された彼女は虚ろな瞳で天を眺めており、口は相変わらずの半開きで、大と小の両方を漏らしている状態だが、生存はしている。


 前頭葉を破壊しつくされた事で、正しく廃人と化しているが死んではない。生命の維持が困難になる程の損傷を、蓮慈は敢えて付けなかった。


 その理由は、一つ調べたい事があったからだ。


 脳が傷付けば、生き物は様々な障害を発症する。例えば、蓮慈が今やったように、前頭葉を破壊して正常に機能しない様にすれば、精神的な柔軟性や自発性の低下するして、会話の激しい増加や、逆に減少などだ。彼女の場合は、精神構造の崩壊と自発性の消滅に、会話っというか言語機能の低下だった。


 その他にも様々な障害があるが、蓮慈が一番気になる障害は「性的興味の減少」だった。



 蓮慈は『恋愛とは性欲を美化させたモノ』だと思っている。人間が理性を獲得し、社会性を生み出して羞恥を感じる様になり、性欲という理性的ではない本能的な欲望に感じる羞じらいを打ち消すべく、人間が生み出した理性的な欲求、それが『恋愛』であるっと。


 ならば、自分が他人を愛せないのは、理性が歪んでいるからなのか?それとも、脳の異常ゆえなのか?


 それが蓮慈は知りたかった。物理的な、身体的異常のせいでサイコパスなのか、それとも元の人間性や理性などの精神的な異常のせいでサイコパスなのか?


 大した違いが無いように思えるが、そうではない。

 何せ、身体的な異常のせいならば、今の蓮慈ならば治療が可能なのだ。『数秘術式』を使って、身体の異常な部分を修復してしまえばいいのだから。


 その為には、蓮慈が未だに着手していない直接的な肉体改造が必須になる。流石の蓮慈もいきなりドーンっと自分自身を実験台に肉体改造などやるつもりはない。


 先ずは、『恋愛とは性欲を美化させたモノ』という持論を立証する為に、彼女のように性欲が低下した者の存在が必要だった。


 そして、他者を恋愛状態に持ち込む手段が必要だったのだが、それも彼女の魔眼があれば簡単な事だ。


 性欲が著しく低下している状態の彼女に、解析によって複製(コピー)が可能なった彼女の魔眼の効力を蓮慈が技量(アビリティ)化して(完全な複製ではなく力の一部を下位互換化して)、彼女に使用してみればいいのだ。


 蓮慈の持論が正しいモノならば、性欲が低下している彼女には複製した技量(アビリティ)の効力は軽減化するか、無効化される筈だ。


 そうなれば、蓮慈の生まれつきの特異性は肉体構造上の、強いていうからば染色体(DNA)の異常だという事だ。そうなれば、蓮慈のその異常性は治療出来る可能性があり、彼は真っ当な人間になれる訳だ。


 もし、彼女が技量(アビリティ)によって蓮慈に恋心を抱くようならば、恋愛と性欲の関連性は限りなく無くなり蓮慈の持論も論破される事になる。


 その場合、恋愛っというモノは何から発生するのだろうか?っという新たな疑問が生まれるが、蓮慈の答えは簡単だ。



「脳に起源がないなら、魂か………」



 異世界転移前の蓮慈ならば、魂の存在など鼻で笑ったかも知れないが、超常的な事が日常茶飯事な今ならば容易にその存在を認めるだろう。


 魂魄の領域は、今の蓮慈でも手に負えないっというか、手の付けようがないので、どうする事も出来ない。


 そうなれば、輪廻転生しても黒峰蓮慈のサイコパスは治らないだろうが、そうなったら蓮慈は潔くこの話からは手を引く。そもそも、無理に自身の特異性を治そうとしている訳ではなく、興味本意的な事なので別段執着している訳ではないのだ。


 だが、今回幸運にも必要なモノが揃ったので、試してみるだけの話だ。



 だから、蓮慈は壊しても損害のない魔族の女に、躊躇なく新たな技量(アビリティ)を使用した。


 彼女の魔眼を解析して創った新たな技量(アビリティ)『愛慕感化』。周囲に居る異性を一時的に惚れさせるだけの技量(アビリティ)だ。

 元になった『深層なる翡翠』程の絶対的な効力も永久性もない。あくまで、数秒間のみの効果であるが、必ず周囲の異性が恋愛感情を持つようになる。



「…………あ、あぁあ、ぁぁあ」



 技量(アビリティ)発動直後、魔族の女は蓮慈と真っ直ぐに視線を合わせた。その頬が若干桜色に染まっている。


 きっと、今は恋人に見えているであろう蓮慈に声を掛けようと必死に言葉を繋ごうとするが、それが叶う事はない。

 それが分かれば、体に残るダメージを無視して彼の側に寄り添おうと、ズリズリと体を必死に引き摺って蓮慈に近付く。


 それは想像以上に体力を使うものだったのか、息も絶え絶えになりながらも蓮慈の足下にたどり着き、必死に体を起き上がらせようとする。


 しかし、蓄積されたダメージと体力の消耗、そして実は前頭葉以外にも脳には傷があり、身体を思うように動かせなくなっていた。


 だが、それでも彼女は蓮慈と寄り添いたかったのか、彼の脚にひたすら頬擦りを繰り返していた。



 無慈悲にも、彼に蹴り飛ばされるその瞬間まで、幸せそうな表情を浮かべながら。




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