魔眼の力
精神支配の魔眼『深層なる翡翠』。
対象となる異性(生物であれば種族は問わない)と視線を交わす事で発動する魔眼。
その効果は、精神支配であり、対象を忠実な下僕へと変える事が出来る。視線を交わす時間によって精神支配の度合いが変化する。五秒以上ならば、敵意が消滅し敵対行動が取れなくなり、事実上戦闘不可能。十秒以上ならば、情熱的かつ盲目的な愛情が芽生え自害以外の命令ならば全ての聞き受ける様になる(場合によっては自害させる事も可能)。そして、十五秒以上目が合ってしまえば、完全なる下僕に成り下がり、どんな命令にも逆らえなくなる。
発動条件である視線を交わす事さえしなければ全く持って脅威ではないが、魔眼の効力を知らない初見の状態ではかなりの脅威となる。
しかし、魔眼の効力は蓄積されないので視線を何回合わせようが、一度の視線交差で十秒以内に視線を外す事が出来れば、大事にはならない。それでも、五秒以上目を合わせてしまえば敵対行動が出来なくなるので要注意である。
そして、この『深層なる翡翠』は対異性最強クラスの効力を持っており、精神強化や精神汚染防止の効果がある技量や魔法でもほぼ抵抗が出来ない。
一度、この魔眼の餌食になってしまえば、治療は絶命的だ。まさしく、対生物(異性)最強の魔眼なのだが、視覚(眼球)を持たない生物には効力が無いし勿論非生物にも効かない。
『深層なる翡翠』は、人間や魔族は勿論全ての生物が対象となるが、魔物の中にはスライムの様な眼球の無いモノが存在しているし、通常の生物でも眼球や視覚を持たないモノはいるので、決して万能な能力ではない。
ちなみに、異性限定なので無論同性には効かないし、両性類にも効力がない。
視線を交わすだけで、完全従属の手下を作れるので、軍拡や強制労働者を集うには最適な魔眼かも知れない。
ましてや、敵対種族である人類には大変厄介な代物である。人間は両性類ではなく雄雌がしっかりと別れているので、男性は魔眼の効力の対象である。そして、何処の軍事組織も男性が多いので、兵士が寝返る可能性があるのだ。
人類側の兵士はどんどん減っていくのに、魔族側の兵士はそれに比例してどんどん増えていき尚且つ士気が高いっなんて状況を産み出しかねない。
非常に厄介───というか危険な能力だが、残念な事に黒峰蓮慈にはこのタイプの魔眼は一切効かない。
蓮慈が自身の安全を確保する為に力を入れているモノな一つが、精神干渉だったのだ。割りと、精神支配やら汚染やらの、精神やら魂やらの目に見えない概念的存在に干渉する手立てがあるのは非常に危険だ。
自分の自由意思を妨げられたくなかった蓮慈は、精神干渉系に対する防御技量は頑強であり、常に強化を怠っていない。
お陰で、黒峰蓮慈の精神強度は既に生物の領域を逸脱しており、それこそお伽噺に出てくるような勇者や英雄の領域に達している。
そして、もう一つ、蓮慈にこの魔眼が効かない理由がある。それは蓮慈が精神頑強に対する防御や抵抗の技量を持っている以前の理由だ。
答えは、実に簡素なモノだ。
彼に『深層なる翡翠』が無効の理由。
それは彼が反社会的人格者だからだ。
彼にはそもそも、愛情という他者に向けるべき感情というか精神的な構造が欠落している。この魔眼『深層なる翡翠』はそこに作用するモノなので、元々それが無い彼には初めからこの魔眼は効かないのだ。
生まれながらの、先天性の精神異常者には全く持って効力がないが、後天性の精神異常者、所謂ソシオパスであれば有効だ(愛情が欠落ではなく、未発達あるいは欠損しているだけで存在はしている為)。
ちなみに、直接的に視線を合わせなければ『深層なる翡翠』は発動しないので、眼鏡はダメだがサングラス程度で防げてしまう。
何にせよ、魔族特有の能力というだけ蓮慈には大きく興味を惹かれた。対象を視界内に入れれば発動する魔眼は、戦闘においては中々便利だ。
蓮慈は何の警戒もせずに、魔族の女へと近付いていく。しかも、確りと視線を合わせたまま。
「お、おい!」
不味い!と傭兵が声を上げて蓮慈の肩を掴もうとするが、彼は自然な動きでその手をするりっと抜ける。
「……………」
視線を合わせたまま確実に蓮慈が近付いてくる事に、魔族の女は思わずニヤリと笑う。
「くっ、全員武器を構えろっ!!」
その声を合図に一斉に傭兵達は己の得物を構える。その矛先は蓮慈と魔族の女に向けられていた。
そんな事には意に介せずに蓮慈は、傭兵に話しかけられた事で中断されていた解析の続きをしていた。
残念な事に、蓮慈はこの女の妖艶な体躯に劣情など抱いていなかったし、魔眼の影響も一切受けていなかった。ただ、『数秘術式』による解析をしていただけなのだ。
この魔族の女が奴隷かも知れないっと思った時点で、蓮慈はずっと解析を行っていた。人間と魔族の違いをずっと調べていたのだ。
だが、途中で魔眼の効力を恐れた傭兵に話し掛けられて中断されてしまったのだ。
本来の蓮慈ならば、『数秘術式』による解析などものの数秒と掛からずに終わるのだが、どうやらここにも弱体化の影響があるようだ。解析力や演算能力が大幅に低下しているのが分かる。
「………ふ~ん、なるほどねえー」
解析が終わると蓮慈はいつもの様な軽い口調で呟きつつ、解析結果に満足する。
「アンタ、大丈夫なのか?」
「ん、いちお」
人間も魔族も大した違いはない。それが解析の結果だった。
どうやら、元は同じ人間だった様だが遥か昔にエルフの様な高次魔法種族と血縁関係を持った一部の者達が、魔族の起源らしい。
つまり、単純に言えば魔族とはハーフエルフという事だ。
ちなみに、魔族固有の魔眼も、高次魔法種族の血が入った事による突然変異が原因らしい。
「俺は精神干渉に対しては絶対レベルの耐性があるから」
「そ、それは凄いな………」
「なっ、ウソでしょっ!?」
魔族の女が悲鳴じみた声を上げるが、蓮慈は無反応だった。知りたい事は知れたので、既に興味の対象ではないのだ。
魔族という事で解析したのだが、解析に長時間掛かるようならこの傭兵達から奴隷として買い取っても良かったが、結局数十秒で終わったので無駄な金を使わずに済んだ。
魔族の生物学的な情報も手に入ったし、魔眼の仕組みも解析できたので、魔族ではない蓮慈にも『数秘術式』と『空論教典』があれば再現可能である。
だが、彼女を調べて面白い事がわかった。正直、魔族の事は解析できたのでもう全く興味はないのだが、どうやら彼女の魔眼にはまだ隠し種がある様なのだ。
それもどうやら、彼女自身が鍛練やら努力やらで身に付けたモノではなく、外部から無理矢理に付与されているようなのだ。
その隠し種の内容は非常に気になる蓮慈だが、どうやら『数秘術式』によく似た力で付与されており、何と解析不可の小細工までされていた。
弱体化していなければ、余裕で解析不可になっていようが、『空論教典』と併用すれば解析は可能なのだが、そこまでする価値はないっと思えたのだ。
「そ、そんな………魔王様から………頂戴した魔眼の、力が………効かない?………」
「……………あ?魔王だと??」
「ひっ!」
ボソボソっと呟いた女の言葉に、蓮慈が激しく反応する。それは殺意にも近いような感情が籠っていた。
彼女は思わず小さく悲鳴を上げる。
通常、殺意なんてモノには物理的な影響力は無いのだが、黒峰蓮慈の場合は違う。
彼の持つ『空論教典』が、彼の意思とは半ば関係無しにその敵意や殺意を物質やエネルギーとして創造してしまうのだ。
これも弱体化の影響らしく、弱体化のせいで技量が上手くコントロール出来なくなってしまった事が原因と思われる。
今回の蓮慈の殺意にも似た感情は、彼の全身から黒い波動となり、上空へ向かって放出されている。
それは確かなエネルギーを秘めており、余波から生まれた風力で木々が大きくざわめいていた。
「魔王が、お前の魔眼を弄ったのか?答えろっ!」
蓮慈が声を張り上げた瞬間、彼の体から溢れ出る黒いエネルギーは膨れ上がって周囲一帯を叩き付ける。
そのせいで、傭兵達と魔族の女が軽く吹き飛ぶが、蓮慈は全く気にせずに女を睨む。
「ひっ、ひぃ!や、やめてぇ!!ごめんなさいっごめんなさい!!」
彼女はパニックを起こし始め、蓮慈に向かってひたすら頭を下げて謝罪を繰り返すが、それは彼の質問に答えていないという事で逆に怒りを買うだけだ。
蓮慈が声を荒げる理由、それは魔王が自分と同じ『数秘術式』を所有している可能性があったからだ。
彼女の言葉から察するに、彼女の魔眼を強化及び改造したのは魔王である。しかも、蓮慈の解析が正しければ『数秘術式』に酷似した力で、その強化改造は施されている。
弱体化した蓮慈では、暗号化されロックされた改造情報にはアクセス出来ない事から、少なくとも今の『数秘術式』よりも強力な力である事は容易に予想できる。
もし、『数秘術式』と同じ能力の技量だった場合、蓮慈の『数秘術式』では魔王に太刀打ちできない。
勿論、地球産の化学兵器を魔王は知らないので多少のアドバンテージはあるかも知れないが、仮にも相手は魔王。
魔法に優れた魔族達の王であるのだ。魔法の知識でいえば、この異世界で一番だと言っても過言ではない。対して、蓮慈は未知の化学兵器を取り扱う事が出来るが、その道のプロではないし、魔法の知識も正直凡人以下だ。
非常に不味い事態だが、魔王は同族である魔族に肉体改造まで施している(魔眼の強化及び改造)。蓮慈も確かに肉体改造をしているが、それはあくまでも複数の技量を獲得する事で得た間接的な肉体改造である。
蓮慈は未だ、自身の体を直接改造した事はない。だが、魔王は違う。同族を肉体改造していたのだ。魔王自身も肉体改造をしている可能性が高い。
『絶対属性』を持つ魔法魔術を『数秘術式』に酷似した力で乱射され、尚且つ魔王自身の肉体改造。さらには、魔眼を強化された魔族の軍勢。
今の弱体化蓮慈には、正直荷が重い。故に、確認せずには居られないのだ。自分の生命を脅かす可能性のある魔王を。
「答えろ、お前の魔眼を弄くったのは魔王、か?」
「………そ、そうよっ!偉大なる我らの王は、歴代最強の力をお持ちよっ!あの御方は『常闇の玉座』の力を使い、世界の理にすら干渉できるのよっ。魔王様はその力を使い、同胞達に真眼を与えて下さったわ!!」
「………『常闇の玉座』?」
「初代魔王によって作られた神器、それが『常闇の玉座』だ。なんでも、次代魔王選定なんかに使われるらしいぞ」
答えてくれたのは、すっかり蓮慈の意識の外に居た傭兵の一人だった。
それを聞いた蓮慈は、魔王への興味が失せた。どうやら、彼女の魔眼に小細工を仕掛けられたのは、『常闇の玉座』なる神器のお陰の様だし、歴代最強とか抜かしつつもちゃっかり初代魔王の遺物に頼る始末。
つまり、「何だ、只の勘違い野郎か」と蓮慈は納得したのだ。
『常闇の玉座』が無ければ、所詮はちょっと優秀な魔王程度。ならば、蓮慈が圧倒的に優位に立てるのだろう。
そんな魔王が異世界に渡る術を所有しているとは思えないので魔王への興味は最早ない。だが、神器である『常闇の玉座』には大変興味が湧く。
少なくとも、その神器には『数秘術式』と同等の能力がある様だし、手にすれば能力アップになるだろう。
魔王自体にはもう利用価値を見出だせそうにないので用はないが、どうやら『常闇の玉座』には用が出来てしまったようだ。
明日は更新無しかも知れません。
でも、頑張ります。