武器
その日、黒峰蓮慈は森を全力で走っていた。
しかし、本調子ではないのか亜音速程度の速度しか出ていない。
音の壁を突破出来ずにいる為、衝撃波などの余波は発生していない。そのお陰で周囲には全く被害が出ていないのは、大変喜ばしい事である。
勿論、一切人工的な加工が為されていない森の中なので、木々に当たらないように回避しながら駆けている。だから、速度が落ちる事は仕方無いのだが、本来ならばそんな事を気にせずに突っ走るのが蓮慈のスタンスである。
普段なら、大木に頭から突っ込んでも怪我一つしないので回避などしないのだが、今日の蓮慈は違う。本調子ではないっというか、現在の蓮慈は著しく弱体化しているのだ。
攻撃力、防御力、速度、反射神経などの一連の身体能力が、普段の蓮慈から比べると現在の蓮慈は洒落にならないくらい低下している。
まあ、それでも十分すぎる程、チートな身体能力を秘めているが。
そして、この弱体化現象は何だが不測の事態で起こったものではなく、蓮慈本人が行ったものだ。何を考えて、わざわざ危険性が増すような行いをしたのかは不明だが、何かしらの考えがあっての事だろう。
「あー、やっぱりこんなもんかー」
蓮慈は両足の踵を使って、亜音速から急停止を試みる。だが当然、慣性の法則でピタッと止まる事は出来ずにザザザっと地面を抉り、停止予定位置から一メートル少し離れた場所で停まった。
それだけでなく、高速移動からの急停止での内蔵圧迫により、軽く吐き出しそうになる。その目尻には涙が浮かんでいる。
「………っう~、いってぇー」
それに体中も擦り傷だらけであった。どうやら、走行中に何回も木の枝に体をぶつけていたようだ。体の所々に枝が突き刺さっているのも確認出来る。
「………やっぱり防御力が下がり過ぎてるなあ」
自分自身の最高速度で怪我をするような防御力は、認められないらしい。
「まあ、死ぬ訳じゃないから良いか」
自然治癒力も低下しているが、この程度の負傷ならば確認している間に完治していまうくらいにはあるので、何ら支障にはならない。
今日は、ニアとの会合があった日から丸々一週間経っている。蓮慈が要望した護衛依頼の条件は、何一つ漏れることなく要望通りに承認された。
しかし、まだ魔術学園には通っていない。第一王女もさる事ながら(蓮慈やニアもそうだが)、学園側も編入の準備が出来ていない。
第一王女や蓮慈達は、必要な教材と制服を買い揃えればいいだけなのだが、学園側はやんごとなき方の編入という事でかなり気合いを入れた準備をしているらしい。
その為、学園側の都合で編入には約一ヶ月程の時間が掛かるようだ。
その話を聞いた蓮慈はあまりいい顔をしなかったが、ラウルが何とか諌めた。
わりと直ぐに入学出来るものだと思っていた蓮慈は、この一週間で何故か弱体化をして、代わりにラウルの強化に勤しんだ。
何故弱体化したのかっとラウルかなり怪訝に思ったが、弱体化していても蓮慈はハイスペックだったので、何も聞かなかった。
蓮慈がラウルに施した強化っというのは、技量によるラウル自身の魔改造ではなく、武器を与える事だった。
そして、蓮慈がラウルに与えた武器は、なんと拳銃のだった。それも蓮慈が知る単なる地球産の拳銃ではなく、素材である金属は異世界の超鉱物であり、その他細かい所にも工夫が施されている魔改造拳銃。勿論、『数秘術式』と『空論教典』で創造した拳銃である。
その魔改造拳銃は、『M1911』、日本では『コルト・ガバメント』と言われている拳銃がベースモデルになっている。
形は従来の『M1911』とほぼ同じだが、装弾数や弾速、そして破壊力が段違いになっている。その癖、反動などは従来よりもかなり軽減されており、ラウルでも支障無く扱える様に改良もとい改変されている。
その魔改造『M1911』は白と黒の色違いで二丁用意され、大量の実弾と弾倉が共にラウルへと渡されいる。現在の彼女のメインウェポンとして盛大に活躍している。
ちなみに、ラウルの命中精度は蓮慈の予想を超えて遥かに高く、九〇%オーバーだった。その為か実地での初使用の際に、「威力が高過ぎて、着弾部位が吹き飛ぶので剥ぎ取りが出来ない」っと彼女から苦情が出た。
これもちなみの話ではあるが、蓮慈はこれ以外にも散弾銃や対物ライフルに無反動砲それから六連装グレネードランチャーなどを用意したが、全てのお蔵行きとなった。
まあ、お蔵行きっと言っても全てラウルの手元にあり、厳重に保管されているので、ラウル本人が使う気になれば何時でも使う事は出来る。
そして、ラウルが強化されたのは攻撃面だけでなく、防御面でも強化されており防御壁を産み出す刻印型術式が刻まれた対刃ベストや、異世界クオリティな素材を使ったとんでも防具などが渡されており、身に付けるなり『圧縮収納』で保存されるなりしている。
それらの装備のお陰で、現在のラウルはサポート専門の冒険者を卒業している。卒業したっと言っても、今は完全に蓮慈のサポート専門になっているので、本当に卒業っと言って良いものなのか疑問は残るが。
そして、今日はそんな完全武装のラウルは蓮慈に着いて来ていない。理由としては、今日は蓮慈の弱体化による身体能力の変化の最終チェックをするだけなので、巻き込まない様に別行動をしているのだ。
今頃は、何処かでガン=カタ擬きをしながらハンドキャノンから激しく火を吹かせているだろう。
「今思うと、アレで俺死ねるな………」
蓮慈の創った魔改造二丁拳銃は黒色が『シュヴルツリヒト』と、白色が『ヴァイスナハト』と彼に名付けれ、二つ合わせて『クロトシロ』っとラウルからは呼ばれている。
ちなみに、文字通りお蔵入りしているその他の武器は、散弾銃『レーゲングス・ブライ』、対物ライフル『シュピラール・シュトラーレィ』、無反動砲『オスカー』、六連装グレネードランチャー『エヒト・フリーデン』っという正式名称が蓮慈によって決められているが、どれもラウルは別の名前で呼んでいる。
この蓮慈によって丹精込めて創られた魔改造火力兵器達は、どれも等しく理論上では弱体化している蓮慈ならば殺す事が可能だ。
一応、蓮慈も誤射はもちろん、暴発などの可能性も考えてはいるのでそれなりの対策は講じているが、今思えばアレらのチート兵器は蓮慈にとっては魔王以上の脅威になりうる物だ。
ちなみに、蓮慈とラウル以外の人物が扱おうとすると、自動的に安全装置が掛けられる様になっている。さらに、蓮慈の思惑通りなら分解なども出来ないので、複製も造る事は不可能だ。
まさしく、蓮慈とラウル専用の魔改造チート火力兵器なのだが、蓮慈はこれらの武器とは別の武器を使っている。
代表格は、魔改造『破邪の御太刀』である。改善点や、さらなる改良による変化はあるものの、蓮慈が以前創造した巨大な打刀だ。現在は、蓮慈に『極刀』という名で呼んでいる。
次が、『ブルート&アイゼン』。こちらはラウルの持つ『クロトシロ』の様な二丁拳銃である。ベースになったのは『ベレッタ・モデル92』であり、勿論魔改造が施されている。色は赤と銀の二色で、ラウルからは『アカトギン』と呼ばれている。
その他にも、ラウルと同じような武装があるのだが、蓮慈は近接戦闘がメインなので刀剣類が多い。ラウルが素晴らしい命中精度を持っているので彼女には後方援護を任せて、蓮慈自身は前衛として突っ込むだけだ。
まあ、ラウルの援護が必要な敵にあった事はまだ無いのだが。
もしかすると、今回の弱体化にはラウルに後方支援の経験を積またいっという思いがあったからなのかも知れない。
当初は、蓮慈自身が弱体化するので、ラウルの安全の為に自衛手段を持たせようっとした結果なのだが、オーバーチートスペックの武具類を渡す事になってしまい、自衛どころか主戦力並の威力を持つ事となり、これ見よがしに実地導入する事になったと言った方が正しいのかも知れないが。
「高火力兵器創っちゃったし、今度魔王にでも会いに行くかー」
蓮慈の知るとおる物語では、いきなり異世界に呼ばれた主人公が魔王によって元の世界に戻された話があった。それを蓮慈はちょっぴり期待しているのだ。
人間でも魔王でも神様でも、その他どの様なモノだろうと地球に無事に帰れるのなら、相手や過程を蓮慈は気にしない。「終わり良ければ全て良し」の精神である。
魔王が世界単位での次元移動が可能な魔法を使えると言うなら喜んで魔王に会いに行く。転移の交換条件として、ちょっと人類滅ぼしてくんない?っと頼まれれば蓮慈は喜んで引き受けるだろう。
「………まぁ、そんなに上手くいかないだろうけどね」
少なくとも、今の弱体化した蓮慈には魔王を倒せる自信はないし、人類を殲滅する自信もない。チートウェポン有りなら出来なくもないっとは思うが、かなりの負傷は負うことになるのは間違いない。
「『ブルート&アイゼン』」
蓮慈が名前を呼ぶと、その両手が真紅に輝く。決して眩しくはなくが、淡い弱々しい光という訳でもない。
その光の正体は、蓮慈が物質を創造する際に必ず現れる『紅い数字』だ。彼が物質を創造する際には、この『紅い数字』が質料となる。
既存の物質を創造する時は必ず、「0」と「1」の二つの『紅い数字』が無数に出現する。その膨大な量の二種類の数字がやがて幾つかの数列となる。そして、その数列が一つに収束する事で初めて形が出来上がり質量が生まれる。
そうした過程を経て物質を生成するのだが、所要時間は平均にして三秒だった。最短でコンマ一秒未満に収まり、最長でも五秒程度で生成は完了していた。
しかし、弱体化の影響はここにも出ているのか、最短でも一秒は時間を要するに様になってしまい、最長では十五秒以上掛かる事もある。
「………やっぱり、一秒は掛かっちゃうかあー」
『ブルート&アイゼン』は二丁でワンセットの武装。一丁ずつ創ろうが、二丁同時に創ろうが、所要時間は今のところ一秒。
これを早いと見るか遅いと見るかは、人それぞれだろうが蓮慈の場合は後者である。元々の時間に比べれば十倍の差があるので、それを見積もって考えれば確かに遅くはあるが。
蓮慈は両手に創られた、それこそ新品の『ブルート&アイゼン』に指を這わせる。赤色の『ブルート』と銀色の『アイゼン』、二つ合わせて『ブルート&アイゼン』だ。
安直なネーミングかも知れないが、蓮慈は分かりやすく気に入っている。だから、ラウルがそれぞれの二丁拳銃を『クロトシロ』、『アカトギン』としか呼んでくれないのは非常に残念に思う。
「う~ん、リロードよりも早いけど、やっぱり一拍時間が空いちゃうのは痛いよなあ」
弾倉を再装填するのと、武器を再び創造するなら、蓮慈の場合は新たに創造してしまった方が早い。蓮慈はプロの射撃手ではないので、やはり弾倉交換には一秒以上の時間を要してしまう。
ちなみに、『ブルート』と『アイゼン』の装弾数は十二+一発だ。つまり、連射は『ブルート&アイゼン』の二十六発連射してしまうと、次の射撃までに一秒以上は時間が掛かるっという事だ。
「なら機関砲でも創れって話だけど………、アレはめっちゃ時間が掛かるからなあ」
蓮慈は一度、殲滅力を求めて機関砲を創った事がある。勿論、ラウルの武装の一つとして弾幕を張れるモノがあった方が良いっと思った結果である。
その際、ガトリング形式で創ったのだが生成時間が二十秒近く掛かるのと、消費する弾薬が馬鹿にならないので、珍しく蓮慈本人がお蔵行き判定を下した。
流石に、ラウルの『圧縮収納』でも魔改造ガトリング機関砲が真価を発揮する程の弾薬を持ち運ぶのは困難だったという理由が一番の要因だったのだが。
蓮慈一人で使う事を想定しても断トツで生成時間が長いので、ぶっちゃけ『オスカー』をぶっぱなした方が時間対効果は高い。
「となると、やっぱりリロードの訓練するか、生成時間縮められる様に努力するしかないか」
はぁーっと蓮慈は溜め息を吐きながら、手頃な木に狙いを定めると『ブルート&アイゼン』の引き金を引いた。
バァンッ、バァンッ!
乾いた銃声が響き、思いっきり狙いを外れて、森の中へと発射された弾丸は消えていった。その超火力で放たれた弾丸の弾道上には、奇跡的に何の障害物もなく、何にも掠ることもなくその有効射程圏外へと出ていった。
どうやら、蓮慈は射撃の腕前はノーコンであるようだ。