八つ当たり
※性的な表現が含まれます。
蓮慈は優しい表情で、ゴブリンシャーマンの耳を掴み上げると、そのまま引き千切る。
相手が激痛から絶叫を上げれば、その口に深く腕を突っ込み、喉から声帯ごと舌を根本から抜き取る。
声を上げられず、ゴボゴボと赤い泡を吹き流しながら、ゴブリンシャーマンは、怨めしい思いを視線に乗せて蓮慈を───、見る事は出来なかった。
次の瞬間には、視神経ごと眼球を抜き取られていたからだ。
「うわぁー、血の溜まった眼窩で血涙流しながら吐血とか、何処の低予算のB級ホラー映画だよ」
言いながら、蓮慈はビニール袋にもぎ取った器官を詰めてラウルに投げ渡す。
「小学生の前でR18は閲覧禁止だろ?はやく失せろよ」
蓮慈はそんな理不尽な事を言うと、ゴブリンシャーマンを掴み上げて洞窟の暗闇の中へ投げ飛ばした。
ボヒューっという風を切りながらシャーマンは暗闇の中へ、しばらくしてから、ベチャッと濡れた布切れを叩き付けた様な音が木霊した。
「さて、最後はお前だな?確か、ゴブリンジェネラルだっけか?将軍とは随分大きく出たなあ?」
蓮慈はニコニコしながら、将軍職を冠するその巨大な緑小鬼に話し掛ける。
「まあ、それに相応しい力と知能があるから、ジェネラルなんだろ?俺もそれなり強いけどさあ、流石に将軍なんて言われてないよ?お前、ちょっと調子に乗ってない?」
バゴォン!っと言い終えた瞬間、蓮慈はジェネラルの脂肪を蓄えた横っ腹に蹴りを放った。堪らず、ジェネラルは横っ腹を抱えながら悶絶する。
実際には、蓮慈はこのゴブリンジェネラルが調子に乗っているなんて思っていない。このジェネラルという名称はあくまでも、動物学的なモノであり、人間のような社会的地位や役職のそれとは違うっという事を重々承知している。
ならば、何故このような嫌がらせを、理不尽な行為に及んでいるのか?
答えは至極単純、この夢のない異世界常識に対する憤慨の八つ当たりだ。
この世界の常識から、ジェネラルという大層な名称を授かった汚くブクブクと肥えた緑小鬼に、理不尽なまでの八つ当たりをしているのだ。
何故、ラウルの様に優秀な者が、夢も希望もない冒険者業のそれもよりによって、その使いっぱしりに甘んじているというのに、この醜悪な生き物は、人間より劣っているとはいえ、その種族内において高位の立場にいるのか?
それが、我慢ならないのだ。自分の尊敬に値する人物が、自然社会的にも人間社会的にも一切の利益になるとは思えない存在よりも、格下なのかっと。
もう救いようがない程の曲解による、完全なる理不尽な八つ当たりだ。
だが、これが黒峯蓮慈っという人物の生まれ持った精神構造であり、思考回路だ。元より、誰にも救う事は出来ず、誰にも変えられる事はない。
この異世界に来る前も、同じ様な事で憤りを感じていたが、それで何か行動を起こす事はなかった。何故なら、当時は力が無かったからだ。
力が無い彼には、法律を覆す術などなく、ただそれに敷かれて生きる道しか無かった。だから、彼はその本性を隠し、その独論的思考を圧し殺してきたのだ。
だが、今はどうだ?
今は、『数秘術式』がある。『空論教典』がある。法律どころか、この世の理すら覆す力を持っている。
ならば、この異世界の理不尽を、それを超える更なる理不尽で正すのみ。
何せ、自分はその力はそういった事に特化したモノなのだから、その力の真髄を全て発揮して見せようではないか。力とは、使うためにあるのだから。
この時、蓮慈の法的罰則による危惧はなくなり、彼の特有の倫理観の根底がじわりじわりと変化し、今までの行動制限の枷が外れはじめていた。
「この駄袋如きがっ!」
蓮慈はゴブリンジェネラルに罵声を浴びせると、じわじわと嬲っていく。
破壊力は抑えているが、分厚い皮と凝縮され凝固された脂肪越しでも内臓に十分な衝撃が伝わる様に調整された拳が、反撃どころか、防御もとらせずに、次々と膨満な腹部へと吸い込まれていく。
内出血で腹全体が赤紫に滲み、血液が外部へと浸透を始めた頃、ようやく蓮慈は拳を止めて、はぁぁっと一息吐いた。
仰向けで倒れ、時折ビクッと全身を痙攣させる瀕死の巨体にもそろそろ明きが回ってきたので、一思いに殺してやるかっと思って手を振り上げる。
「あのぅ、クロミネ様っ」
「ん?どうかしたの、ラウルちゃん??」
「えっとぉ、そのぉ、言いづらいのですが………」
ラウルがほんのりと顔を赤く染め、両目は左右を行ったり来たり、さらには手をモジモジさせている。
余程言い出しにくい事なのかっと蓮慈は思い、ラウルに近付き片膝を着く。身長の高低差を無くして視線を同じ高さに合わせる事で、ラウルが自分から感じているであろう無意識下で起こる心理的圧迫を取り除いてやる。
さらに、血でベットリと濡れた手を、即席で創造したタオルで拭い取ると、彼女がモジモジとさせているその小さな手を、自分の大きな手で優しく包む。これも、相手の警戒心を緩ませる為にボディタッチでスキンシップを取る為の行為だ。しつこくせず、自然体に似せる事でより、その効果を上昇させられる。
あとは、優しく彼女に問い掛けるのみ。
この時にも、笑顔を作るのに一工夫する。人間の顔というモノは左右対称ではなく個人差はあれど大概の人が、右側はキリッとしており威圧感がやや高く、逆に左側は少々緩んでおり柔らかな印象を与えている。
故に、左半面よりも厳めしい右半面の目尻を緩ませ、頬の筋肉と口許を上手く使い、右側に小さな笑窪を作る。
更に、左側に首を傾げて、相手に疑問がある事と返答を促す仕草をしつつ、首の稼働範囲を活かして、顔を左に曲げつつ若干右側に捻る事で、右半面を相手から遠ざける。
「大丈夫だよ、何でも言ってごらん??」
その蓮慈の心理学的な要素を取り入れた仕草の功あってか、ラウルは少し安堵の表情を漏らしながら言葉を紡いでいった。
「ゴブリンは、『繁殖力が大勢』っというのは有名なので、ご存知ですよね?」
「うん、定番だね」
「その事が由縁なのか、統率タイプの上位個体の………その、あの、お、おチンチ───男根と睾丸は『子宝成就』の御利益があるとされていまして、貴族などの高貴な方々が挙って高値で買い取ってくれるんですよ。だからその………出来れば、取って頂けないかなぁとっ………」
「……………」
蓮慈はその言葉に、思わず笑顔のまま固まった。
幼女が男根を求める。危ない匂いしか──ゲフンゲフン。
無論、蓮慈が行動停止したのはそんな理由ではない。異世界に呆れ果てたからだ。
なんだ、幼女がお金の為に、魔物から男根と睾丸を回収する世界って。
蓮慈は、ギギギギギっと擬音が付きそうな動きで、ゴブリンジェネラルに顔を向ける。ラウルの視界から離れた顔にある表情は、無表情。
ゴブリンジェネラルは、彼のその無表情と視線があった。雄として何かを感じ取ったのか、顔を青くして左右に首を振る。
蓮慈は再び笑顔を作ると、ラウルに振り向く。
「わ、我が儘言ってすいませんっ!忘れて下さい、ごめんなさいっ!!自分でやりますっ!!」
少女は深く、それは深く頭を下げて謝罪を申し出る。蓮慈は下がったその頭を優しく撫でる。
そして、再びゴブリンジェネラルに無表情を向けると、一拍明けてから。
………ニタァ───
ブチブチッ、ッチィン!!