人力掘削機
そんな、後に熱い信者になる幼女の心理状態に全く気が付かずに蓮慈は神速の斬撃を維持しつつ、緑小鬼が住みつく洞穴に向かった。
無論、直径二メートルない穴に、範囲が十メートルもある斬撃が放ちながら進んで行けば、必然的に山肌に打刀が引っ掛かりのだが。
普通なら山肌に刃が引っ掛かり斬撃が止まったり、刃が埋まって抜けなくなったするのだが、蓮慈の場合はいとも容易く山肌を斬り崩していく。
一秒間に万を優に超える斬撃を叩き込まれる山肌は、細かく砕かれ、更に細かく砕かれ、そして更にっと同じ過程を踏み、砂の様な微粒子になる。
高温になった刃によって切り刻まれたせいか、その微粒子は灰塵の様になって、ソニックブームで吹き飛ばされて、積もる事もない。
その様子を見て、蓮慈は問題ないっと判断して、洞窟を拡張しながら、奥へ奥へと普通に歩みを進めていく。
その蓮慈の背中を眺めていたラウルは、人力掘削機っという単語を脳裏に浮かべつつ、彼の後ろに着いていくしかなかった。
冒険者が洞窟内部の探索に入る場合、最初に灯りの確保をする。その為、冒険者は皆一様に腰に下げられるタイプのランタンを常備している。
勿論、魔法の中にはランタン等の代用になるモノもあるが、魔力だって無限ではないので、基本的に新米冒険者は安いガス式のランタンを持ち、古参冒険者は高級な刻印型術式で光る魔法のランタンを持っている。
新米冒険者である蓮慈もその例に違わず、ラウルに進められるがままにガス式のランタンを買っていたが、それは使用されておらず、ただ腰で揺れているだけのお飾りになっている。
対するランタンは、最近ガス式ランタンからようやく刻印型術式ランタンに買い換えて、現在そのランタンに光が灯されている。
しかし、ラウルは使う必要はなかったかもっと思い始めている。
何せ、拡張され続ける洞窟内は、蓮慈が振るっている発熱した打刀によって、明々と照されているからだ。
灯りが必要ない洞窟探検って、とラウルは困惑というか、呆れに近いような感情を抱きつつ、………まぁ、この人なら普通かっと神を身近に感じられる存在だからという理由で納得しておいた。
「ん、ゴブリンが来るぞ」
斬撃音とソニックブームによる爆音、さらには洞窟を削って広げている事を示す掘削音。そんな雑音が木霊する洞窟内でも、蓮慈の声は鮮明に聞こえる。まるで、神からの啓示のようだ。
そして、彼の宣告通りに、まだ拡張されていない洞窟の先から緑小鬼が跳び掛かってきた。その手には原始的ではあるが、十分に脅威である鋭利な黒曜石のナイフが握られている。更に言わせれば、ナイフの刃には何やら粘着質な液体が付着していた。
相手に姿を確認される前に、跳び掛かり鋭利な刃物を突き立てるのは、非常に有効な不意討ちと言える。跳び掛かる事で、相手の重心をずらして押し倒す事が出来れば、そのままマウンティングを獲れる。
だが、何も無闇矢鱈に跳び掛かればいいモノではない。状況を判断し、相手の反撃を許さない様にしなければ、空中という防御姿勢の儘ならない場所に無防備な姿を晒す羽目になる。
まあ、今回の場合はそんな話をしてもどうしようならないのだが。
勇敢にも蓮慈に挑んだ緑小鬼は、ご想像通りに彼の放っている斬撃の嵐によって、ミンチにされた。いや、ミンチより細かく切り刻まれて最早液状になった所を、刃の熱によって蒸発させられて赤い霧と成った。
何も残らない。ほんの一瞬だけ、血と肉が焼ける臭いが漂ったが、それさえも暴風によって掻き消される。
その様に、初めて緑小鬼に対して悲壮感を覚えたラウルは、声が届かないかなっと思いながらも、蓮慈に注意を促す。
「あのー、クロミネさん、いえクロミネ様?討伐証明の為に部位回収をしたいので、ミンチというかミストにしないで欲しいのですがっ」
届かないっと思っていたが、以外にも蓮慈はそれを聞き取り、器用に苦笑い混じりの顔だけをラウルに向ける。
「あぁー、そうだったね。ごめん、ゲーム感覚だった」
そして、返事をしている間に再び暗闇から緑小鬼が跳び掛かってくるのだが、蓮慈はその存在と目すら合わせずに一度、超連続の斬撃を断つと、一太刀の下、見事に胴体と首を切り離す。
しかも器用にも、刀の腹に緑小鬼の生首を乗せるという芸当までしている。
「えーと、ゴブリンの討伐証明の部位って………」
「あ、大丈夫ですっ。私が剥ぎ取りますのでっ!」
ラウルは慌てて、打刀の上から生首を引ったくると、巾着袋から圧縮して収納していた剥取用のナイフとスプーンの様なもの、そして保存液入りの瓶を取り出す。
生首を抱えたまま、素早く耳と鼻、そして舌を切り取り、それらをポイポイっと保存液の入った瓶の中に入れていく。
最後に、頭部を地面に置き、片手で額を押さえ付けて固定すると、スプーン擬きで眼球を傷付けないように二つとも刳り抜く。
取り出した目玉も瓶の中に入れて蓋をすると、再び道具を全て圧縮して巾着袋の中へと入れる。そして、剥ぎ取りの終わった首をわざわざ洞窟の壁際に置きに行く。
そして、蓮慈の元に戻ってくると笑顔ながら頭を下げる。
「すいませんっ、お待たせしました」
その一連の動きを見ていた蓮慈は、幼女が生き物の頭部を引ったくり何一つ嫌な顔をせずに淡々と解体するのってかなりシュールだなぁっと思っていた。
そして、それが当たり前の夢のないこの世界に、モヤモヤとした感情が芽生え始めていた。
たかが、生まれた世界が違うだけで、地球と異世界ではここまでの違いが生まれるのかっと。
幼女が解体を進んで行い、それが終われば相方に笑顔で頭を下げるのが、当たり前の世界。夢がない以上に、面白くない。
地球の日本という比較的裕福で安全な国に居た黒峯蓮慈は、そのサイコパス特有の共感能力の無さ、理想を遥かに下回る異世界の常識に対して憤慨を胸に秘める。
しかし、それを決して表に出す事はなく、蓮慈はラウルに自身が出来る最高位の笑顔を向けてお礼を言うのだ。
「いや、ありがとうな、ラウルちゃん」