常識破り
あ、やべっ
昨日の予約掲載設定をミスっていました。
………すいません。
バチィンっという小さな炸裂音と共に、ラウルの可愛らしい額に痛みが走った。痛みだけではなく、頭が後ろに傾いて自重がズレて、ゴロンゴロンゴロリンっと三回も無様な後転をしてしまった。
軽い痛みが続く額をラウルは本気の涙目になりながら、両手で抑えて蓮慈の方を見上げる。彼は、恐らくデコピンを放ったであろう左手をラウルに向けていた。
「ありがとう、ラウルちゃん。心配してくれるのは嬉しいよ。それに感謝もしてるよ、冒険者として右も左も分からなかった俺にいろいろと教えてくれたから」
本当に感謝しているっと蓮慈はとても優しい笑顔で告げる。
「でもね、世の中ってのは複雑なもので、何事もマニュアル通りにすれば良いってもんじゃない。これは、ラウルちゃんへの恩返しだよ。常識破りっていうモノを教えてあげるね?」
そう言うと、蓮慈の両手に真っ赤な粒子が現れ、急速に一つの形へと集束していく。よく目を凝らして見れば、赤い粒子の正体は数字だった。それの数字は「0」と「1」という二つで、単体同士の個別の存在ではなく、「0」と「1」で無秩序に構成されたと思われる何本何列にも及ぶ数列だった。
「0」と「1」という二つの数字で数列を作り、空想から理論を摘出し変数として数列に代入。
代入により導き出された数列に、概念を付与し、適合性を安定させる為に真理を改竄する。
新たに創られた数列を質料として設定する。質料となった数列は、現世に顕現すべく、概念情報通りの物質へと形を変えていく。
簡潔的に要約すると、『数秘術式』によって物質情報を呼び出し、『空論教典』で改良してから、物質を創造しただけだ。
しかし、赤く輝く微粒子の数列が質料にとなり、徐々に物質へと姿を変えていく様は、ラウルから見てもとても幻想的な光景であった。思わず、痛みも忘れ、ものの数秒の出来事に目を奪われてしまった。
数字は物質になり、意味を持つ形となって、蓮慈の両手に握られていた。
それは、刀だった。それも巨大な打刀である。
それもその筈、蓮慈が自分の記憶からチョイスしたこの武器は、「破邪の御太刀」。日本最大の刀である。
しかし、地球にある本家の「破邪の御太刀」は本来、奉納刀である。現在は、日本の山口県下松市の花岡八幡宮で余生を送る奉納刀であり、市の指定有形文化財にもなっている。全長は四メートル六十センチを少し超え、その重量は七十五キログラムに及ぶ。
そんな一人の人間が扱うのは不可能な打刀を二本、彼は何食わぬ顔で異世界に創造した。しかも、ご丁寧にも『空論教典』で魔改造までして。
彼の施した通りに「破邪の御太刀」が機能していれば、その白刃は輝きは鈍る事はなく、決して欠けることなく、一万度以上の高熱を受けても融解する事はない。
「………できるだけ頑丈にしたし、大丈夫だろ」
そんな事を呟きながら、蓮慈は両腕を広げて、何の型もなく、別段決まった規則性も必要とせず、二刀の打刀を振り回した。
本人からすれば、子供が適当に二本の枝を武器に見立て、我武者羅に振り回している様な感覚だ。
だが、そんな簡単な行為も、蓮慈の膂力から生み出された速度が加わるだけで、二刀流の達人の動きにも見える。
いや、訂正しよう。見えない、剣筋など見えはしない。
何せ、その速度は音速と同等どころか、その三倍を超えている。
常人に見えているのは、収まらないソニックブームと、熱されて橙色の輝きを帯びた刃が放つ残光のみだ。
ラウルは脳ミソはソニックブームが頬から通り、髪を撫でるを確りと感じつつ、精神の方は完全に停止していた。
何せ、こんな無茶苦茶な冒険者をラウルは見た事がない。たしか、一つの魔法で数千の敵を蒸発させる様な魔術師達を見た事はあるが、これは超火力広範囲型滅却魔法ではなく、単なる物理攻撃だ。技量で強化されているとはいえ、人間がその膂力で介入できる物理現象なのだ。
こんな事ができる人間は、彼女が知る限り存在しない。それは伝説的史実やお伽噺でもだ。唯一、同じ事ができる存在、ラウルはそれを一つしか知らない。
それは、神。現世の一切の真理を定義し、万物を創り出し、人々に恩恵として天職と技量を与えた、強大無比にして唯一無二の絶対である超越存在。
小さき少女ラウルは畏怖した。この時、人生で最も身近に神という存在を感じていたからだ。
レンジ・クロミネは、その内側に神を内包している。
そう思い、彼女は強く畏怖し、また彼を深く信仰する様になるのだった。