新米冒険者のお世話役ラウルちゃん
彼女が天から与えたのは、『圧縮収納』という技量だけだった。
セイドリッヒ王国はその国土から魔族との小競り合いが後を絶たず、それに比例して殉職者の数も多い。そして、殉職者に遺され、孤児院に預けられる子供達も多い。
彼女、ラウルもそんな孤児の一人だった。
ラウルは生後数ヵ月の時に孤児院の前に名前札と共に捨てられており、正式な年齢と苗字は不明だ。物心付いてから六年程の月日が流れているので、十才くらいではないかと予想される。
そんな彼女が自身の技量に気が付いたのは、四年前の事でそれを機に冒険者としての道を歩み始めた。
歩み始めたっと言っても、当時六歳程度でしか無かったし、現在も十才(?)だ。冒険者のお使い役っというのが良いところだろう。小さな女の子が働く姿に悲観な表情されたり、微笑ましく見られたり、時には軽蔑の視線を浴びる事も少なくなかった。
まあ、それでも彼女はひたむきに努力を続け、現在は冒険者の付人くらいなら出来るようになり、書物に載っている魔物の情報なら全て暗記している。ここ最近では、冒険者の方から仕事を頼まれる事も増えた。
そもそも、彼女が持つ『圧縮収納』は物を持ち運ぶ事に特化した技量であり、何かと荷物のかさ張る冒険者達から重宝された。
新米冒険者のお世話役っと裏では呼ばれており、日夜新米冒険者達にお節介を焼いてはお姉さん振りを披露している。新米冒険者の中には彼女のお節介や忠告を無視して、痛い目をみたり、帰らぬ人になった者もいる。逆に、最初に彼女の話をしっかりと聞き、分をわきまえた者は成功の道を辿っている。
これは偏に、ラウルは人の癖や弱点を見抜く事を得意なのと、六年間の冒険者稼業の経験が活きている証だ。
そんな順風満帆な冒険者ライフを送りはじめたラウルの前に、黒髪の少年が映る。この地方で珍しい黒髪で、革製の防具にしては薄すぎる上着を羽織り、ズボンは収納がない簡素な物で素材は薄く、身長は百七十五センチメートル程にそれなりの筋力が付いている。体重は七〇キログラムぐらいだろうか?
どの時期にも見掛けない顔なので、出稼ぎにきたワンシーズン限定の冒険者ではなく新規の冒険者なのだろう。
新米冒険者と思われる少年は受付口から掲示板に向かうところだった様で、掲示板の前で立ち止まると依頼票と睨めっこを始めた。麦色の依頼票を見ているので、間違いなく新米冒険者だ。
「………マンドラゴラ採取、成功報酬二〇〇〇エレクト」
「ブフォッ!!」
黒髪の少年が溢した言葉に、ラウルは思わず肺から思いっきり空気を吐き出した。
そんな下位レベルの依頼票に、なんで高位レベルの依頼内容が載っているのっ!?しかも、報酬額安過ぎっ!!
ラウルは心の中で全力で叫んだ。もし、仮にあの少年がその依頼票を取るようなら全力で止められるようにスタンバイする。
「………オークの集落奇襲作戦、臨時参加者募集中。募集期間は明日までか………、報酬は四五〇〇エレクトを参加者で分配か」
「ゴフォッ!!」
再び、ラウルは空気を吹き出す。
それも高位レベルの内容じゃないのっ!ギルド、依頼内容ちゃんと確認しろぉ!!あと、報酬参加者分配とか四五〇〇じゃわりに合わな過ぎでしょ!
その後、少年はボソボソと依頼票の内容を読み上げていくが、何れも新米冒険者が受けられるような依頼内容ではなく、精神を削られたラウルは、ついに少年に話し掛けることにする。
少年と同じく掲示板の前まで生き、貼られている麦色の依頼票を一瞥して、新米冒険者でも問題ない内容のモノを見付ける。しかし、ラウルの身長では到底届かない位置にそれは貼られていた。
だが、ラウルには何ら問題にもならない。身長が足らなければ、足せばいいのだ。
彼女は腰に括り付けてある巾着袋から、自身の技量で圧縮して収納していた脚立を出し、それに登ると忌々しい高さにある依頼票を引ったくる。
彼女のその姿を見た件の少年は、ギョっと目を見開いて固まっていた。
彼女自身の少年のその様子に気が付いていたが、いつもの事なので無視して、脚立を再び圧縮して巾着袋の中に戻し、手に持つ依頼票を丁寧に少年に向けた。
「初めての方ですよね?良かったら、この依頼を一緒に受けませんかっ」
満面の笑顔を少年に見せるのだった。
因みに、古参の冒険者からこの行為は「世話焼きラウルちゃんの新米教育」っと呼ばれ、いつも微笑ましい視線を送られている。