Cried
あの後の事はそんなに覚えていない。
とにかく、あの一言の衝撃が激し過ぎた。
唯の家から駅までは5分くらいのところにあったが、どおやってたどり着いたのかもいまいち覚えていない。
あの後、お母さんは別れて欲しい訳を淡々と語っていた。
何が何だかよく分からなかった。
さっきまで、あんだけ楽しかったのに、どっちが夢なのか、いやどっちも夢なのか、もう頭は訳が分からなくなってしまい。
気付いたら自分の家の目の前にいた。
そして、物事をゆっくりと理解していくために、帰ってきてすぐシャワーを浴びた。
熱いシャワーを浴びていると色んな事から現実逃避できるからだ。
僕は、昔から何かあるとこうやって熱いシャワーを浴びていた。そうして、一度あった事を全部忘れて、ゆっくりと頭の中を整理していく。
「唯と別れてほしいの」
「え…?」
絶対に聞き間違いだと思った。なぜならそんな事を言うはずが無いと思っていたから。
「さっきも言ったかもしれないけど、うちにはもう、お父さんが居ないの。そして、私のお母さんも先月倒れてしまって、私は新潟に帰らないと行けない事になってしまったの。」
僕は無言でお母さんの話を聞く。
「でも、唯はこっちに残るんですって。多分貴方がこっちにいるからよ。でもね、唯が選んだ相手なら私信じてあげようと思ってたの。だから唯を置いて1人で新潟に帰る決心ができてたの…。」
お母さんはそう言って泣き始めてしまった。
「でも、それなら、どおして…」
「私はね…そんな唯の背中を押してあげようと、思っていた…それでねこないだ唯に、彼氏のあなたの事を…色々聞いてみたの…」
お母さんは、涙ぐみながら続ける。
「いい?…今から結構ひどいこと言うわよ…、」
「はい…」
「唯にはね、幸せになって欲しいの…お父さんが亡くなった今、やっぱりきっちりした収入がある人と結婚して、そして、いい家庭を気づきあげて欲しいの。でもね、佐藤くん、それは、あなたとじゃそれはできない気がするのよ。
今日佐藤くんと少しの時間を過ごして、貴方は良い人だって分かった。でも、それだけじゃダメなのよ…。」
そう言ってお母さんはまた、大きな声で泣き始めてしまった。
「お母さん、でもぼく、」
そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。
悔しかった。めちゃくちゃ悔しかったが続ける言葉は見つからなかった。
そこからの記憶はあまり無いが、失礼しますと頭を下げて、逃げてしまったんだと思う。
もう、悔しくて情けなくて自分の事を今よりも大っ嫌いになった。
お母さんは唯の為を思って言ってるんだ。
今のどおしようもない僕がどうこう言っても、変わる問題じゃない。
いつのまにか自分に言い聞かせていた。
気付いたら指がふやけるほど長時間シャワーを、浴びていたので、勢いよくドアを開け、タオルでからだを拭く。
ふと前にある鏡を見てしまった。
「何、泣いてんだよ。お前が悪いんだろ。」
鏡に映る自分の姿に、怒る。
泣いたのは何年ぶりだろう。