Fortuneteller
「じゃあ俺この後デートなんでここら辺で失礼します。」
この世の中をなめ尽くした発言をしているのは、後輩の、のぶゆき君だ。
今年このファミレスに入った彼はカバンからヘアワックスを取り出して、更衣室へと入って行った。
このまま15分ほどかけて自分の頭を納得いくまでいじりまくるのだろう。
「のぶ、お前まだ30分残ってるぞ」
彼女が居ない歴と年齢が奇跡的に一致している店長が顔にシワを寄せながら呆れ口調で話す。
「いやー、明日その分長く残るんで今日は勘弁して下さいよー」
彼の反省の色一つ見えない声が控え室の方から聞こえてくる。
店長はため息を一つ吐き捨て、ホールへと帰って行った。
彼のぶゆき君は先月入ったばかりの確か17歳。面接では、好青年を演じたようで店長は二つ返事で採用してしまった。そんな、のぶゆき君の化けの皮が3日もかからず剥がれるとはあの時の店長も予想出来なかっただろう。
「いやー、完璧じゃん。」
どうやら自分のセットに満足したらしく更衣室から出てきた彼は、荷物をあっという間にまとめて帰り支度を済ませた。
「じゃあ、先輩も働き過ぎは体に毒ですから気をつけて下さいよー。」
「はいよー、のぶゆき君も気をつけてかえりなー」
「だから、君付けやめて下さいよー。じゃあ失礼しまーす」
僕が彼を君付けで呼ぶのはそれ以上でも、それ以下でも無い関係を示す為なのかもしれない。
ガチャリと彼が関係者入り口から出ていく音が聞こえた。
少し伸びをして、また皿洗いを再開しはじめる。
「皿洗いの心得はウォッシャーを決して止めてはいけないという事だ。これだけできれば、お前は一人前の皿洗いストだ。」
3年前、このバイトに入ったばかりの事を思い出していた。
あの時のドヤ顔を何故か忘れる事が出来ない
皿洗いストってなんすか!!
こんな一言を笑いながら突っ込めていたら、店長と今よりもっと楽しい関係になっていたかもしれない。
いや、なっていないか。
一人で起承転結を済ませていると、噂の店長にホールの方から声をかけられた。
「おーい、佐藤君、君はもうあがりなさい40分も過ぎてるぞー。」
「わかりましたー」
最後のウォッシャーを終わらせたら皿を積み重ねて控え室へと入った。
制服を着替え、鏡を見ながらいつものように特にこだわりが無い髪の毛を整える。
荷物をまとめ、出ようとした時、床に置かれた一冊の本が目に飛び込んできた。
〜100%当たる占い今日からあなたもモテ男〜
ピンク色の表紙に金文字タイトルのそれは思わず中を確認したくなる素質を持っていた。
ただ、僕は知っている、どうせ彼の忘れ物だろうという事を。
あの独身店長に見つかり、捨てられてしまったら可哀想だと優しい先輩面をしながらそれをカバンにしまった。(いや、本当は少し内容に興味があったのかもしれない。)
そんな事より、とりあえずお腹が減っていたので、軽く店長に挨拶を済まし、関係者入り口から素早く出た。
外は少し肌寒かったが、室内が暑かったので、風が心地よかった。
バイト先から駅は徒歩10分。
その駅から電車で揺られる事5分。
駅から家まで徒歩10分。
この片道25分という短い通勤ですら、最近遠いなと感じている。
このバイトの決め手は時給が高いゆえにまかないがタダでしかも美味しいからだった。そのためならこの25分も軽く乗り越える事が出来ていた。
そんなまかない制度が本社の急な都合で有料になったのは、つい先週の事だ。おかげで優秀だった後輩1人と満腹で帰れる幸せ感を失った。
もっと楽でいいバイトは無いものか。最近そんな事も思うようになっていたが面倒くさいので、他のバイトを探すつもりも無い。
疲労によるボーと感と空腹による早足であっという間に駅に着いたのは良かったが、ホームに着いた瞬間電車はホームを離れていった。
「あーついてないな」と頭の中でつぶやきながら、ホームのベンチに腰掛ける。
携帯を取り出し、意味もなくツイッターを開くと画面がいきなり真っ暗になった。電源ボタンを押すと画面には充電して下さいマークが点滅していた。
「あーついていない。」と再び頭の中でつぶやく。
そうだ!とふいに、さっきの本の事を思い出し、カバンの中を探り取り出した。
〜100%当たる占い今日からあなたもモテ男〜
嘘くさいピンク色のそれを開けて中をパラパラとめくった。
どうやら、生年月日、血液型など様々な
項目の中から自分と該当する物を見つけるタイプの占いらしい。
えーと双子座、O型…と意外と乗り気な僕は何ページもめくりめくりを繰り返し、ようやく自分と一致する運勢欄にたどり着いた。
【最近疲れてる貴方、自分だけがついてない、自分だけが不幸だと思っていませんか?】
いや、意外と良い書き出だしだな。続きを読んでやろう。
【でも、そんな貴方は考え方一つで180度運命を変えられる力を持っています。卑屈にならずにいつもとは、違う選択をたまにはしてみましょう。】
そうかそうか、それで、どおすれば良いんだ?
すっかり入り込んでしまった僕は、勢いよく次のページをめくるが、次のページはA型双子座…と、僕とは関係無い人の占いに変わってしまっていた。
肝心な事が書いてないやん!
育ちは埼玉で、関西の血など一滴も入ってないが、こういう時に関西弁はかかせない。
しかたなく前のページに戻ると、さっき気付かなかった、ラッキーアイテム蘭を発見した。
そこには、①折り畳み傘②水玉の模様③お好み焼きと書いてあった。
折り畳み傘も水玉の物も持ってへんわ!
傘には500円以上出さないって決めてんだよ!
もう、関西の人に怒られるであろう変な関西弁が炸裂したところで一度伸びをして落ち着きを取り戻した。
よし、今夜の晩御飯はお好み焼きにしよう。と優しい心で決心できた。
確かキャベツが半玉と豚バラがあったはずだ。
そして、このイレギュラーな選択で運命を180度変えてしまおう。そして、あわよくば年下の彼女を…
そんな、どうしようもない僕の目を覚ましたのはホームから鳴り響く発車ベルだった。ふと我に帰り、本を急いでカバンにしまい、ドアが閉まる直前に電車に飛び乗った。