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電子の海のロールシャッハ  作者: Kuroya
Alexander・OZ・Rorschach
9/11

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「ねえロールシャッハ、日の光って大丈夫なの?」


 電子防壁の周りに円を描く様に建てられた無数の工場。白と赤で彩られたストライプの煙突、その根元に降り立ったシンデレラは、息も上がらず、白みゆく空を見上げたロールシャッハに問う。


「我輩は純血のヴァンパイアであるぞ、そこらの半血と一緒にするで無い。夏はハワイどころか、日焼けサロンの会員カードも作っておるわ」


 ロールシャッハは良くわからない、という顔をしたシンデレラに「要は完璧という事だ」と付け加えると目下に広がる高速道路に目を下す。

 蜘蛛の巣の様に張り巡らされた高速道路には街の方へと向けて幾つもの自動車やバスらしき物が向かっていた。工場の屋上である筈なのに、機械の稼働音や金属を打ち鳴らす音があらゆる所から響いてくる。

 煙突からは白い煙が流れ出し、地面や壁を走るパイプからも時折同じ様な煙が噴き出していた。

 まるで生き物の様に胎動するパイプを目でなぞりながら、ロールシャッハは退屈そうに口を開いた。


「ふうむ。異世界とはもっとこう、竜やエルフ、獣人と言った摩訶不思議を想像していたのだが、我輩の居た世界とあまり変わり無いのだな」

「アンタの居た世界って?ていうかアンタ、ヴァンパイアなんでしょ、だったらアンタ自体摩訶不思議じゃない」


 間髪入れずにロールシャッハのチョップがシンデレラに直撃する。


「『アンタ』とは我輩の事か?」

「だから叩くの禁止!」

「喧しい。貴様にはもっと教育が必要の様だな。フロイトが居れば―――」


 ロールシャッハはハッとしてポケットを弄る。

 お目当ての物は見つかる筈も無く、溜息を吐いたロールシャッハは顎に手をやった。


―――まあまあ落ち着いて。ロールシャッハさん、貴方はシンデレラが使用したヒーロープログラムにより呼び出されたのです。ラプンツェルというこの世界の王、支配者を討ち取る為に


「それは、そのヒーロープログラムで我輩が創られた、と解釈するが」


―――詳しい仕様は残念ながら非公開です。私達はあくまで『破壊』に特化していますので、ハッキングなどは厳しいかと思います。創られたのか、別次元から呼び出されたのか、それは判りません


「我輩が元の世界に戻る方法は?我輩は異世界は存在するという事実さえ持ち帰る事が出来れば良いのだが。後の事は警察にでも任せておけばよかろう」

「だからその元の世界ってのが何か聞いたじゃんあたし」


 ロールシャッハはシンデレラの真後ろに移動すると『胸の辺り』を下から両手で持ち上げる。

 一瞬何が起こったか理解できないシンデレラであったが、揉まれる様な感覚にみるみる顔を収穫時の林檎の様にして、肩を震わせる。


「貧相で貧弱なバストの癖に口だけは達者だな。我輩と対等に話したいのならHカップ程まで成長してからにしろ」


―――そうだそうだ!


「この野郎、ぶッ殺してやる」

「貧乳に人権があると思うな」


―――はいはい、私達を下げてくださいシンデレラ、話が進みませんよ。ロールシャッハさん、貴方が元居た世界について教えて頂けますか


「我輩が居た世界は地球と言う星。ここに来る前はその地球の日本国、東京都秋葉原に居た」

「…そんな言葉は検索しても、ヒットしない」

「何を不貞腐れているのだ小娘。大は小を兼ねるが、まだ希望を捨てるには早い。現在から4段階ほど成長してGカップまでなら、可能性はある」

「やっぱりこの野郎殺してやる!」


―――揉むだけでカップ数を把握するなんて、恐ろしい男だぜコイツ

―――もー、邪魔しないでってばお兄ちゃん


「新世界とは何だ。貴様らは旧世界という言葉も使っていたな、説明しろ」


 急に真面目な顔をしたロールシャッハは返答を待ち目を深く瞑る。

 その隙にシンデレラは舌を出して馬鹿にした様な顔をしたが、すぐさま頭部を襲った一撃に悶絶した。


「新世界っていうのは」

「小娘では無い。その赤黒い銃の方だ。貴様、名を何と申す」


―――えっ、私?!私は、グレーテル、です


「良い名だ、貴様はそこの有機物と違い無機物の癖に聡明で、利発だ。気に入った」

「お、今ちょっとバカにしたよな、やるか、ここで」


―――そんな、私は唯の人工知能です。AIとも、言いますけど…

―――ちなみに俺様はコイツの兄貴、ヘンゼル様だぜ。よろしくなロールシャッハ


「貴様も巨乳党の党員であったな。よかろう、ただせめて『さん』を付けろ」

「いいぜ、いつでも来いよ、小さい時はニーベルングの少年少女ファルケットのエースって言われてたんだ」

「ではグレーテル、説明しろ。新世界とはなんだ」


―――新世界とはシンデレラも言っていましたが、正式には『Grim』と言います。ラプンツェルが統治し、ラプンツェルが全てを判断し、ラプンツェルが裁く世界の総称です


「ではそのラプンツェルとは何処に居る?」


―――ラプンツェルはこの世界の中心にある高い塔の天辺に居る、と言われています


「おらッ!おらッ!」

「言われている、とはどういう意味だ。腑に落ちん」

 

 ロールシャッハは腕に拳を打ち付けて来るシンデレラの頭を抑えつけながら問う。


―――誰も見た事がねーからだよ。旧世界で誰も神を見た事が無いのと一緒だ。ただ、代行者という存在はあるから存在する事は確かなんだがな

―――勿論塔は存在するし、目で見る事も出来る。だけど入る事は出来ない。塔に触れたら最後、塵となって消えるらしい


「あい分かった。ではその、旧世界とは何だ」

「ねえ無視しないで」


―――新世界以前の世界を指す言葉です。ラプンツェルが世に降り立ち、人々を統制し、人民を選別する前の


「では旧世界は誰が支配していたのだ」


―――それはラプンツェルのみが知る事です。旧世界の情報は全てラプンツェルが書き換えてしまいました。もう一世紀以上前の事ですから


「言葉やその意味とかは、データベースには載ってるけど史実だとかは全くない。あたしは、あたし『達』は旧世界への回帰を望んでるの。だからアンタを呼んだ」

「馴染みある言葉が存在する辺り、異世界と言うよりかは平行世界という線もある、か。では、何故そう望むのだ」


 シンデレラは答えない。代わりに下唇を噛みながら視線を外す。

 腕組する彼は怪訝そうな顔をしながら、シンデレラの視線を追った。


 電子防壁が音を立てて地面に収納されていく。白煙を上げ、それらは工場の煙と合わさって街を霧の様に包んでいく。円形をしたアタラクシアの色は、どんよりとした、機械的な灰色。

 

「―――海か」


 霧が晴れて行く。

 電子防壁が下がった工場の屋上から見えた景色は水平線と呼べる物まで見える海。

 太陽を受け宝石の様に輝く水面は穏やかに、静かに揺れていた。


「これは電子の海。電子の残骸が集まって、流れ着いて出来た海」


 宝石の様に煌めいていたと思ったのは、水の様だと思ったのはそれぞれが小さく白く、四角い物体。

 それらは工場からも排出され、海に流れ出ていく。


「誰も世界の真実を知らない。良い様に書き換えられた世界を真実だって思い込んでる」


 海からか、何処からか吹く風がシンデレラの髪とロールシャッハのマントを揺らす。

 昇りゆく朝日を受けてシンデレラはロールシャッハを再び見据える。


「誰も生まれた意味を知らない。子供も大人もラプンツェルが創った世界が普通だって思ってる―――あたしだって、そう、だった」


 ロールシャッハは目を細めた。それから自分の掌を見つめ、握り、開く。

 しばしそうした後に彼はシンデレラの方を見ず小さく訊ねた。


「人間、貴様は何を望む、我輩に」

「あなたはラプンツェルを殺す為に創られたプログラム」

「それは違う。我輩はデータでは無い。何故ならば『意思』がある」


 シンデレラは蚊の鳴く様な声で言った。

 それは遠くで聞こえたクラクションにさえ掻き消される程だったが、彼の耳は確かにその言葉を捉えていた。


「じゃあ、その『意思』もデータだったら?」


 ヘンゼルとグレーテルの銃声が轟く。


 彼女の放った蒼の弾丸は工場の地面を穿つ。跳弾する事無く二つの弾痕が残ったそこには、パラパラと青い花弁の様なモノが舞っていた。


「この工場も、唯の、電子データ。でも、それを知っている人はほとんどいない」


 ロールシャッハは不思議そうにするでも無く、弾痕を指でなぞる。

 弾痕からは無数の『0と1』が絶え間なく流れ続ける空間が広がっていた。


「面白い」


 その空間に入れたロールシャッハの指も、0と1に還元される。

 指の形を象った『何か』に0と1が表示され、指を引き抜くとまた元に戻る。


「世界は繋がっているし、色んな場所がある。でも何処へ行っても『本物』なんか無い。お腹は空く、トイレだって行くしお風呂にも入る。お母さんの温かさも、お父さんの髭の痛さも、それが本物なのか作りモノなのか判らない」

「人の感情も記憶も、それはひとえに誰も判らぬ魂の深淵からやってくる。それを科学で解き明かすなど不可能だ。今までそういう人間をごまんと見てきたが、揃いも揃ってココをやられたよ」


 人差し指で頭を刺しつつロールシャッハは嗤った。


「あたしは、あたしが『シンデレラ』として生まれた意味を知りたい。この世界の真実を」

「貴様はデータだと言ったな。この工場も、例えばその車もそうなのだろうが、それが真実で良いではないか。この世の全てはデータ故、都合よく書き換える事が出来る。データで創られた世界、それで」


 がばり、と海を見ていたシンデレラがロールシャッハに振り向く。

 彼女の瞳は何処か、照らされた雫の様に輝いていた。


「アンタは、違うって言った」

「我輩は違う。言い得て妙だが、我輩の居た世界である若い哲学者とかいう輩がこういう言葉を残した」


 太陽は昇る。

 眩し気に手で覆ったロールシャッハ達の頭上を真っ白な鳥が飛んで行く。

 うみねこの様に鳴くそれを見つめながら、ロールシャッハは口を開いた。


「『我思う、故に我あり』」


 目を見開いたシンデレラに構わずロールシャッハは続けた。


「貴様が疑っている様にこの世界の全てが虚像だとして、そう疑う貴様の意思だけは虚像では無く、貴様自身を含め誰一人として否定出来ないという事だ。我輩は我輩の存在自体がデータ、虚像だとしても、我輩は我輩を本物だと思っている」

「我思う、故に―――」

「それでは、いかんのか」


 頬を指で掻きながらロールシャッハは流し目を送った。それが彼の素であったのか、それとも普段となんら変わりない態度だったのかシンデレラは図りかねたが、目を細めるとロールシャッハの腕に抱き着く。


「何をしている俗物め」

「やっぱりロールシャッハは、ヒーローだね!」

「意味が分からん。ええい、離れんか」


―――おーおー、おアツいこって

―――人工知能の私達にはよく判らないね、お兄ちゃん

―――まあな、創られてんだから何にも否定も肯定も出来ねえや


「アンタが元の世界―――だっけ、そこに戻る方法はあたしにも判らない。その方法も一緒に探す。だから協力して、ヒーローとして」

「ヒーローには悪が必要だ。その悪が神、滑稽とは思わんか」


 シンデレラはくすりと笑って「うん」とだけ答えると手を差し出す。

 その意味をロールシャッハは理解していたが、直ぐに応えはしない。


「我輩は誰にも靡かぬ。主従関係があるとするならば我輩は主としてしか存在し得ぬ」

「あーもう、なんでそう上から目線なのかな」

「それは我輩が上だからだ小娘。我輩以外は全て我輩を見上げる為に居る」

「あのね、だからあたしがマスターなの。ご主人様、理解できるかな?」

「黙れ。その様な貧相な身体で我輩に口を聞いている時点で、本来ならば抹殺されても文句は言えぬのだぞ」

「おう面白い事いうじゃねえかお前、久々にキレそうだよ」

「悪い口はこの口か?ん?」

「いだだだだだだだだだ、ひっぱらにゃいで!」


―――これはこれで結構いいコンビなんじゃないか?


 シンデレラは赤くなった頬を擦りながらヘンゼルの言葉を受けて、何か名案を思い付いた時の様に指を鳴らして、目一杯の笑顔で笑った。


「じゃあ―――相棒っていうか、友達!それならいいでしょ、対等な立場で、どっちが上とか無いもん」

「友、だち?」


 目を見開いたロールシャッハはしばらく考え込む。

 それからシンデレラの頭の先からつま先までじっくりと観察すると鼻で笑った。


「異形の頂点である我輩を友とするか。成程、肝は据わっておる様だな、我が故郷のシスター共とは大違いだ。まあ将来性も、無くは無い」

「何処見て言ってんだお前」

「それにどうやら先の出来事を見るに、我輩と貴様は切れぬ繋がりが有る様だ」


 再び差し出された右手を、ロールシャッハが掴む。

 

「仕方がない。良いだろう小娘、何人も成し得なかったヴァンパイアの友として、今は受け入れよう」

「だから小娘じゃないってば。シンデレラ」

「貧乳に名前など必要なかろう。様々な部分が小娘、という意味だ」


 シンデレラの叫びが木霊する。

 目下に広がる異世界の景色を見ながら、ロールシャッハは高らかに笑った。



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