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電子の海のロールシャッハ  作者: Kuroya
Alexander・OZ・Rorschach
8/11

Violence

 『ガ、ガー、ガーガーガーガー』


 一体のならずものがまるで喜劇でも見たかの様に身体を上下させ、笑う。

 段々と激しくなるそれは笑い狂う様に『ガーガー』と声を上げ、頭は天を仰いでいた。


『ガガッ、ピピー、ガ」


 いや、笑っているのではない。

 一瞬の内に消えたロールシャッハに背中から右手を差し込まれたならずものは、体内より腹話術人形の様に揺さぶられていたのだ。

 無我夢中で振り回した左手の鎌がロールシャッハの耳の辺りから真一文字に振り抜かれたが、その切っ先を彼は左手の人差し指一本で止める。

 まるで鋼に打ち下ろされたかの様に鋭い音を立て刃は静止し、その刃はいともたやすく握りつぶされる。


 ロールシャッハが右手を引き抜くと橙色の培養液がその背中から噴き出し、ならずものは壊れた人形の様に地面に転がる。返り血など一滴も浴びる事も無くロールシャッハの身体は再びならずもの達の視界から消える。

 

『ガガーッ!』


 捉えた。

 だがそれはならずものが彼を、では無く彼がならずものの頭を捉える。

 

「ハハハハハッ!」


 ならずものの肩に乗り、ロールシャッハは両手でその頭を掴み、そのまま力任せに頭を引っ張る。

 『ビガッ』という短い悲鳴を上げたかと思うとならずものの頭は繊維を引きちぎる様な音と共に、身体と頭部を繋いでいた内部ケーブルの様な物が一気に千切れ、乖離する。

 クスクスと笑いながらロールシャッハは手にした頭部を天へと投げ捨てる。機械が地面に叩きつけられる音がして、首を失ったならずものは培養液を噴水の様に上げながらそのまま後ろに倒れて行った。


「頭を失った程度で死ぬのか。ヘクスターに居た忌々しいインキュバスは首だけでも噛み付いてきたのだがな」


 二度目は無いと今度は彼が消える前に二体のならずものがロールシャッハへと突進する。

 右腕を真っ直ぐに、左腕を振りかざしながら向かってくるならずものをロールシャッハは楽しそうに笑みを浮かべながら、旧友を迎え入れる様に両手を広げる。


 金属と金属がぶつかる音、ロールシャッハは彼らの右腕を脇で掴み姿勢を低くし、左腕の鎌をいなした。

 二つの鎌は彼の頭上を通過し、目視するでも無く通り過ぎたそれらの後に彼は再び元の態勢に戻ると、右足で一体のならずものの下腹部を蹴飛ばす。


『ガッ』


 体制を崩したならずものはようやく自由になった右腕をロールシャッハの胸元辺りを目掛けて突き刺す。


「ぬるいわッ!」

 

 自身を穿たんと迫るその右腕の中程を、つま先で真上に蹴り上げる。

 切っ先はロールシャッハの鼻先数センチをかすり、あらぬ方向へ折れ曲がり、飛んで行く。痛みなど感じないのか、ならずものはある筈も無い右腕を一度視認すると左腕を振り回し、ロールシャッハの首を刎ねんと振るう。


『ガッピーッ!』


 しかしその左腕はロールシャッハには当たらない。

 だが、空を切った訳でも無い。


『ガガガガガ…』


 再び腰を落としたロールシャッハは身体を捻り脇に挟んでいた右腕ごとならずものの首を、振り下ろされる鎌の軌跡上へと移動させる。

 中世のギロチンよろしくストン、とならずものの首が刎ねられ、彼の脇に挟んでいた腕から抵抗する力が抜けていく。膝を落としたならずものの胸の辺りを足裏で蹴とばし、ロールシャッハは右腕を失ったならずものの目の前へと駆ける。


「す、ご」


 唖然とするシンデレラを他所に、ロールシャッハの右ストレートがならずものの胸の中心を的確に打ち抜く。ローブがはだけて機械的な銀色のボディにヒビが入って行き、掛かる圧力に耐え切れなくなったならずものの身体が後方へ吹き飛ぶ。

 高速道路へ繋がる白い扉に激突したならずものはビクビクと全身を痙攣させてそのまま動かなくなった。

 白い扉はエラーでも起こしたかの様に閉じたり開いたりをただ繰り返すばかり。


「これが我輩の我輩による絶対的な支配ッ!」


 残るならずものは体躯の大きいそれを含めて三体。その内の一体が通信端末の様なものを展開させたのを目視したロールシャッハは大地を蹴り上げる。

 小石を蹴るかの様なその動作は、地面に転がるならずものの首を蹴飛ばし、通信端末を展開させたならずものの頭部へと直撃する。

 

「我輩こそ常夜の主、超越者、そして常世の王ッ!」


 粉々に砕けた通信端末とならずものの頭。延々と起き上がろうとする様な動作を繰り返すそれを一瞥し、駆ける。

 

「絶対無敵、最強、そしてェ!」


 突き上げた左の拳がならずものの顎にクリーンヒットし、その身体を宙へと浮き上げる。ボロ衣の様に宙へ舞ったならずものを追いかける様に跳躍すると、漆黒のマントが歪に形を変える。

 まるで蝙蝠の翼を思わせるそれは羽ばたき、ロールシャッハの身体を滞空させていた。


「震えろ、崇めろ、畏れろッ!」


―――うわ、ダッセェ

―――あれが吸血鬼流の名乗りなんじゃない?


 空中で踵を上げたロールシャッハはそのままならずものの背中に振り下ろす。

 短く鈍い音がしたならずものの身体は逆くの字に折れ曲がり、そのまま地面へ叩きつけられる。生死など確認せず、彼は空中から一気に体躯の大きいならずものの目の前へと着地する。

 首に手を当て音を鳴らしながら、彼は鼻孔を膨らませて最後のならずものを見据える。


「遊んでやる。いや、愉快、非常に、ンフフヌハハッ、久しく、忘れていたよ」


 手を軽く振りながらロールシャッハは笑う。

 それに合わせる様に、ならずものもまた先程の様に笑い始める。


『ハハハ、ハハハハハ、ア、アソ』


 トラバサミがくっついた様な口が大きく開かれる。大口を開けたそこには電子的な回路が見えた。

 ならずものは白いローブを脱ぎ捨て、その身体を露わにする。


『アソ、アソンデ、やる、ハハ、ハハハハ』

「ああ、ほら、何と言ったか、あの、州知事になった若造の映画、ど忘れしたが、まあいい。真似ているのかは知らんが、全くもって人形よ」


 くつくつと笑いながらロールシャッハはならずものを迎え撃つ。

 爪と鎌、それらは剣戟のぶつかり合いの様な音を立てて火花を散らし辺りを一瞬明るく染めていく。

 照らされるロールシャッハは酷く歪んだ笑みを浮かべながら血の様な瞳を爛々と輝かせ、ならずものをガードレールの方へと追い詰めていく。


 一閃。

 ロールシャッハの右腕が壁に背を着けたならずものの側頭部に振るわれる。

 

「む?」


 しかしその一閃はならずものの首を落とす事は出来なかった。壁を背にして滑る様にならずものは身体を沈め、ロールシャッハの足を蹴り飛ばす。

 体操選手の様に真横一回転したロールシャッハは両手で地面を押し上げて後方へ跳ぶ。

 着地の瞬間、ならずものの背中から蒸気の様な煙が噴き出し、ならずものはロールシャッハとの距離を一気に詰める。人間の拳を思わせる左腕はロールシャッハの顔面を捉え、振り抜かれた。


 ロールシャッハの身体は灰色の壁を思わせるガードレールに激突し、めり込む。

 粉塵が舞い上がり、辺りの視界を奪って行く。ならずものはそれだけでは留まらずに、インターチェンジ横の駐車場へ跳躍するとマゼンタ色の2tトラック程の自動車らしき物の下へと潜り込む。


「うッそでしょ!」


 節々から蒸気を上げてならずものは自動車を持ち上げ、そのまま四肢の唸りと共に跳躍した。

 粉塵未だ晴れず、ならずものは自動車ごとその粉塵の中へと突っ込む。


『ハハ、ハハハ!』


 ひと際大きい笑い声を上げてならずものの左腕がピストンの様に自動車の底を殴りつける。

 オイルと思しき物が溢れ、バチバチと漏電する高い音が響く。

 それを確認するやいなや、ならずものは真後ろへ飛び退く。着地した地面にヒビが入った。


―――耳、塞いだ方がいいぞ


 耳を劈く爆音と爆風と共に自動車が破裂する。真っ赤に燃える炎と煙が立ち昇り辺りを染め上げていき、何かが焼け焦げる様な臭いが充満する。

 天を見上げながらならずものが笑う。辺り一面は炎に照らされて、月光とはまた違う不気味な光景がシンデレラの目の前に広がっていく。


『ハハハ、アソ、アそんでやル、遊ンで、遊んでヤる、遊んでやる』


 ならずものはしばらく仁王立ちしていたが、不意に、まるで陸上選手が助走を付ける時の様に腰を落とした。機械が発するとは思えない、何か唸りの様な『音』を上げながらならずものはカチカチと音を立てる。

 

 その時、炎が揺らめく。風では無い。

 煙と炎は同時に左右へと隔たれる。隔たれた、煙と炎が避ける様にしたその中心を歩くのは、他でもないアレキサンダー・オズ・ロールシャッハ。






「――――で?」






『ガッ!』


 炎の塊にも似たロールシャッハは一瞬の内、シンデレラが瞬きをするその内にならずものの眼前へと移動し、肩へと手を置く。

 彼の全身を包んでいた炎は飛散し、焼け爛れた裸体が露わになる。

 そしてずり落ちる目玉を直しながら、彼は地の底の底から響く声で、問う。


「後は何が出来るのだ、炎で焼く、これだけで終わりでは、なかろうて」


 左目だけは上手く入らない様でロールシャッハは舌打ちすると左目はそのままにして続ける。


「首を刎ねるか?」


 カチカチ、カチカチと音が不規則にならずものの口から響く。

 そこでシンデレラはある事に気が付く。

 目を疑いたくなる様な、信じられない光景。思わず彼女は口元に手を当て、驚愕する。


「震え、震えてる…?」


 不規則な音は、ならずもの自身が自発的に出していた音では無い。

 

「脳を潰すか?心の臓を握り潰すか?水底へ沈めるか?十字架で穿つか?四肢をもぎ取るか?身体を裂くか?銀の弾丸を使うか?狼男になるか?」


 ロールシャッハの深紅の瞳がならずものの瞳に近付く。

 プレゼントを開ける前の子供を思わせる歓喜、純真無垢なそれがその顔を更に歪ませる。深く息を吐いたロールシャッハはただ黙り込むならずものの顔を、愛おしむ様に両手で包む。


「それとも」


 ガクガクと地に着いたならずものの膝が震え、全身を揺らす。

 

「祈るか、神に」

『イッ』


 ロールシャッハの胸を穿つ、二度目の刺突。


『死、死にタくない』

「―――――」


 ならずものの顔と、穿たれた自身の胸を交互に見てロールシャッハの顔が見る見る強張っていく。

 歓喜の表情が波の様に引き、口をへの字に曲げて、彼は心底不愉快そうな、苦虫を噛み潰した様な顔をした。


 右手がならずものの首に掛かる。何か声の様な音を発しながらならずものは右腕でロールシャッハの体内をかき混ぜる様に動かしていたが、その腕もやがて動かなくなる。

 ヒビが入る音と共にならずものの首は砕けロールシャッハの顔に『真っ赤な血潮』が飛び散る。

 痙攣を繰り返すならずものはしばらくそのままだったが、やがて動かなくなった。


「つまらん、なんだ『それ』は」


 ロールシャッハはただ茫然と動かなくなったならずものを見つめていた。どれくらいそうしていたのか、身体を後ろにずらして自身の胸を穿ったその右腕を抜くと、ならずものの頭を掴み、潰す。

 今までの様な機械的な音とは明らかに違い、彼の手の中で頭部は果実の様な音を立て飛散した。

 

「これでは我輩が―――」


 復活した時と同じ様に影がロールシャッハに集まっていく。皮膚を再生し服を再生し、飛散した影の後にはロールシャッハが酷くつまらなそうな顔をして立っていた。

 首を回していたロールシャッハにシンデレラが「ねえ!」とインターチェンジの屋根から声を掛ける。

 気怠そうな動きで彼は視線をシンデレラに移す。彼女は地面を指差しながら、口の横に手を当てて叫んだ。

 

「降ろして」

「我輩に命令するな。大体にして、貴様は何なのだ?」

 

 口ではそう言いながらもロールシャッハは渋々インターチェンジの屋根からシンデレラの首根っこを掴んで飛び降りる。一息吐いたシンデレラはロールシャッハに向き直ると、ペタペタと身体を触った。


「何って、シンデレラ。ていうかあれだけ深手負ってたのに、なんで傷が無いの?」

「ええい気安く触るでない痴れ者め。我輩はヴァンパイアである。不死に決まっておろうが」


―――でもよロールシャッハ、これ見て見ろよ


「なんだその銃は。無機物の癖に我輩を呼び捨てにするなど」


 インターチェンジ前に広がる光景は凄惨を極めている。

 あちらこちらはロールシャッハの血液やならずものの残骸、培養液がばら撒かれ、体躯の大きいならずものからは酷く嫌な臭いがしていた。


―――これじゃあ、どっちが悪役かわかんねーな


「―――」

 

 鼻で笑ったロールシャッハは突然、何か思い出した様にシンデレラの頭を掴む。白い手袋に包まれた手でギリギリと締め付けていく。


「いだだだだだ!何すんのよバカ!」

「我輩はさも当然と、我輩の納得せぬ事を進められる事を嫌悪する。説明しろ、この世界について」

「説明って、なんであなたは何も知らな―――いだだだだだだ!」

「質問に質問で返すな小娘。我輩は『この世界について説明をしろ』と言ったのだ。問答をする気は無い」


 煙でも上がるのではないかと思われる程締め付けられたシンデレラは若干涙目になりながら口を開く。


「この世界は新世界『Grim』で、ここは工場都市『アタラクシア』!これでいいでしょ、離してよ」

「それでいい。では次に、こいつらは何だ」


 転がるならずものを指差しロールシャッハは問う。頭を撫でながらシンデレラは忌々しげにロールシャッハを睨み付けた。

 

「『ならずもの』っていう、ラプンツェルのサイボーグ部隊」

「なんだその目は?」

「うっさい、アンタはあたしのヒーロー、僕なの!あたしがマスターなの!」

「我輩は首を絞められた程度で雛の様に泣き叫ぶ者を主とは認めぬし、如何なる有象無象も我輩の上に立つ事は無い」

「あーッ!むッかつくゥー!」


 真っ赤なトマトの様な顔をしてシンデレラが地団太を踏む。

 その時、街の入口から何体かの白いローブが駆けて来るのが見えた。


「加勢か。逃げるぞ」


 一瞬の内にシンデレラを小脇に挟んだロールシャッハは、正しく風の様に工場の方へと駆けて行く。

 空は白み始め、未来に進んで行くアタラクシアの空には、もう雲一つとして無かった。


  



 

 

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