Hello Hero
ブリュンヒルデの赤い瞳がスクリーン一杯に映し出される。
爛々と光り輝く瞳はどこか人形の瞳の様に無機質で、不気味だった。
―――ログイン成功ですよっ!では次に利用規約に同意して頂きます。私達は電子及び電脳回路破壊用に特化しています。あくまで『不要な』電子及び電脳回路、またはそれに準ずるありとあらゆる電子電脳機器の破壊を目的としており、対電子化した生き物に対する発砲はいかなる理由があろうとも―――
少女の怒号が響く。
沈黙の後に、中性的な少年の声が彼女に届く。
―――なんで怒ってんだ?まあこうでもしないとラプンツェルの眼は逃れられねーからよ、俺達だって好きでやってるんじゃあねーんだよ
―――同意してくれてるならいいじゃないお兄ちゃん、えーっと、あなたはバディが居ない様ですが、私達用の投影プログラムのインストールはしますか?インストールするならマイページの設定から各種アドオンのインストールを選択してくださいね
少女は口早に何か言葉を発して『ヘンゼルとグレーテル』の設定ウィンドウを叩き割る様に閉じて、二丁の拳銃を壁に向ける。
『ヒーローって、どういう事だいブリュンヒルデちゃん』
『ボク達はラプンツェルの部隊に対抗するために、みんなを救うためにヒーローを創った。対電子兵器、電脳兵器、サイボーグ。ありとあらゆる暴力に対抗する為の暴力。それがあればボク達はきっと、このラプンツェルの灰色の城から脱出できるはずだった。自由を手にして、人間らしい、人間的な人間による、正しき治世と潔白な統治を執ることが出来る筈だった。クソにまみれてクソに成り下がったアンドロイド達と、クソを排泄する事しか出来ないボクらニンゲンモドキの救世主』
淡々と話すブリュンヒルデ。DJがスタッフに何かジェスチャーを送り、音楽が静まり返る。
レンガ造りのビルの裏、街を取り囲む様に乱立した工場だけが、唸る様な音を上げていた。
『ボク達アタラクシア・レジスタンスはいよいよ立ち上がらねばならない。ヒーローの生産は時間がかかるし、ラプンツェルがヒーローを創る技術を応用したら厄介な事になる。時間がかかればまたより多くのクソと、謂れのない無実の人間がこの肥溜めにニンゲンモドキとして落とされるだろう。だからみんな、ボクらのヒーローを取り返すんだ、そしてラプンツェルの統治を終わらせて、帰ろう。工場員を殺し、ヒーローを盗んだ下手人は、こいつだ』
スクリーンに映るのは、少女の顔。
黒いショートカットに翡翠の様な瞳、白をバックに撮られた身分証明書の様な写真。
まごう事なき、拳銃を構えた少女の顔。
―――これで準備完了だな、投影プログラムは後でしっかりインストールしてくれよな
―――さあ、最後にあなたの名前を教えてください
『灰被りのクソッタレ―――』
少女が叫ぶ。
電脳白雪姫が掠れた声で、静かに告げる。
「シンデレラ」
『シンデレラ』
銃声が響く。
―――良い名前ですねっ!
漏電したかの様な音が響き、青い光を発しながら壁が崩れていく。
それらは工事による破壊の様に煙が舞い上がる訳では無く、花弁が散っていく様に壊れていく。
―――さあシンデレラ、私を真後ろに向けて
影が二つ音も無く降り立つ。
屋台の店主が唖然としながら少女と銃を交互に見ていた。「こいつだ、シンデレラだ」と口の中で彼は呟く。
シンデレラ、少女はフードを脱ぎ捨てて踵を起点として、伸ばした腕はそのままにバレリーナの様にくるりと旋回した。
グレーテルの銃口は機械の腕を伸ばした影の眉間あたりに丁度その位置を捉えた。
音楽はもう鳴ってはいない。
―――そう、ロジックの構築なんて、知識の取得なんてものは必要ないのです。それらは時に、人間の持つ可能性と将来性を奪ってしまう枷でしか無くなる
―――そうだ、技術の向上だとか、経験を積むだとか、クソの役にも立たねぇ上っ面の言葉は必要ない。それらは時に、人間の持つ勇気と想像力を封印してしまう悪しき呪文にしかならねぇ
引き金は冷たい。彼女の白い指に力が籠る。
―――虚構すら置き去りにして
―――虚無すら打ち砕いて
時間は止まったかの様に、それかゆっくりと粘土の様にどろどろと流れるかの様に
―――ただあなたが思うように
―――ただオマエが望むように
弾丸は
―――撃て
放たれる蒼白は銃弾を象り、影の眉間へと真っすぐに飛んでいく。
風が通り抜けるそれよりも高い音が鳴り響き、青が炸裂した。
功夫映画で主人公に絡む悪役の様に吹っ飛ばされた影の頭は粉みじんに飛散し、頭部を失った影はまな板に上げられた魚の様にビクビクと痙攣を続けている。赤く粘ついた培養液が噴水の様に時間を置いて噴き出し、やがて影は倒れる。
『――――と、いう事はだよブリュンヒルデちゃん、この可愛いけどブリュンヒルデちゃんに比べたら成りそこないマントヒヒの様な顔の女の子が今朝工場で起きた殺人事件の犯人で『ヒーロー』を奪った犯人って事だ、そりゃ重罪だ。昔友達の誕生ケーキの苺を一個くすねた事があったけど、それよりもよっぽど重いってことだ。あの時は鎖骨を殴られるだけで済んだけど、この子はそうもいかない。みんな聞いたか、こいつはこの街のどこかに居るはずだ、探そう』
壁が無くなった先は路地裏だった。
予想外の来客にネズミや奇形の虫達は蜘蛛の子を散らしたように壁を伝い娼婦館を伝うパイプの裏やマンホールの穴の中へと潜り込んでいく。
愛撫中を見られた男女の様な顔をして屋台の店主はその様子を見つめていた。それから「警備サイボーグを呼べ、いたぞ、シンデレラだ」と叫ぶ。
『みんな気をつけてね、こいつはヒーローを持っているからね。壊しちゃダメだし、一緒に盗まれた銃で撃たれたら電子病院送りじゃすまないかも』
店主の叫びが聞こえていたか否か、電脳白雪姫ブリュンヒルデが指を鳴らすと街をサイレンが揺らした。低い音から高い音へ、何度も反復するサイレンに合わせて、『白い』ローブを纏った影達がいくつも現れる。
『さあみんな、シンデレラを捕まえて縛り上げて。じゃな――と――空――』
映像が乱れる。ざわめきが水を打ったように静まり返る。
『あらら、見つかっちゃ―――秘匿回線―――油断し―――』
スクリーンの映像が一斉に瞳の映像に変わる。電子的な警告音が鳴り、電子的な音声が流れる。
瞳の周りには『Rapunzel』という英字が円を描いていた。
『違法電波を感知しました』
無機質な声が、街中から響く。ただそれだけを繰り返し、スクリーンの瞳にも『違法電波感知』という文字が浮かび上がっていた。瞳は不規則に瞬きを繰り返している。
下品な色のネオンはマグマの様な赤へと変わり、ローブの影達が壁のあちこちを跳躍しながら広場へと降り立つ。軍隊の様に統率された動きで彼らは同じ様な動きで両腕を素早く45度の角度に、張り詰めた線の様に伸ばす。
先程までは一種のライブの様に騒いでいた人々も、ローブの影達を見るなり震えあがる。
カチカチ、何か不規則な不快感を催す音がした。
スタンガンだろうか、いや違う。
その音は彼らのフードの奥から聞こえる。
彼らは警棒を取り出した時と同じ様に全く同じ動きで、全く同じタイミングでフードを脱ぐ。
機械的な顔、機械仕掛けで鉛の様に鈍い色をしたフォルムにネジが幾つも打ち込まれ、目と思わしき部分には丸いテールランプの様な輝きが爛々と灯っていた。
音は、彼らの口に当たる部分から響いていた。
動物を捉えるトラバサミの様な物が耳からマスクを引っ掛ける様に取り付いていた。鼻があるべき所までそのトラバサミの様な口が凶暴な牙を装って、音を鳴らしていたのだ。
おおよそ『人間』と呼ぶ事の出来る顔では無かった。骸骨を全て機械で再現し、口元にトラバサミをくっつけた禍々しくおぞましい異形。
『これより粛清を行います。アタラクシア・ラジオ塔近辺の住民及び工場員は速やかにダイブ用端末を地面に降ろし、然るべき対応を受けてください』
―――お上手だこと!きっと西部劇のオファーが私達に来るわね!
「音楽が鳴りやんだ、お祭りはもう終わりって事?」
―――いいや、ラプンツェル、ラプンツェルのサイボーグ部隊が来やがったんだ。ヤツらアタラクシアの警備サイボーグをぶっ壊してきやがった
「それなら好都合じゃないのよ、こいつを倒して後はダイブして逃げれば万々歳のハッピーエンド、カーテンコールをするまでもなく全ては丸く収まるじゃない」
悲鳴が上がる。バチバチと、サイレンの間を縫う様にして電気の喚く音が広場の方から聞こえた。
その音から少し経った後、路地裏の入口から侵入しようとしていた警備サイボーグはシンデレラの方では無く『空』を見上げる。
「ん…この音…」
機械的な咆哮、男とも女とも取れない声が響いて警備サイボーグの上に白いローブのサイボーグが着地する。
左手と右手には留め針を広げ鎌の様にした警棒と、と縫い針を模した太く鋭い警棒が握られている。
「『ならずもの』がなんでこんな所に来るのよ!」
『ならずもの』と呼ばれた白いローブを纏ったサイボーグは暴れる警備サイボーグの頭を左手で抑えつけ、右手の留め針の様な警棒の先を、警備サイボーグのうなじの辺りに突き刺す。
そこに一切の慈悲だとかためらいだとか、そういった感情は無い。
悲鳴すら上げずにジタバタと両腕を振り回して警備サイボーグは抵抗を続けていたが、やがて動かなくなり、縫い針を抜くと先程の警備サイボーグと同じ様に赤い培養液が噴き出した。
たじろぐシンデレラを前に、ならずものは血を振り払うかの様に縫い針を振った。風が切れる様な音がした後、パイプの辺りに培養液が飛沫の様に飛び散り、ネズミが逃げていく。
ならずものは両手を45度の角度でピンッと張ったまま、姿勢よくシンデレラを見据えた。
『ひーローを渡しテもらオう』
その声に感情など無い。打ち込まれた機械音声の様にならずものは同じ言葉を繰り返しながらじりじりとシンデレラに近づいてくる。
「ちょ、ちょちょちょ…!あ、あんたたち、個人ダイブ用回線開けないの?!サーバー移動出来るかはわからないけど、このままじゃ」
―――別売り5800円の自動回線検索及び開通アドオンパックを購入してくれれば出来るぜ
「なんでプリインストールにしないのよ、あんたたちの所いっつもそんな売り方よね!」
―――シンデレラ、支払情報が入力されていないですよ。まずはネットバンクの口座番号とIDの入力をしてネットバンクから承認を貰わなきゃいけないですね
「そんな悠長な事をしている暇は―――」
人々の悲鳴が小さくなり、もう一つの音がシンデレラの耳に響く。
それは頭上から響いてくる。カチカチと、嫌な音だった。
「まさか…」
苦虫をすり潰しペースト状にした物をふんだんにロイヤル・フレンチ・トーストへと塗りたくってから咀嚼した様な顔をしてシンデレラは天を仰ぐ。
シンデレラの翡翠の様な瞳は、娼婦館と娼婦館の屋根の間から見える藍色の空を遮るならずものの顔を捉える。娼婦館の屋根に手を掛け彼女を見下ろす顔は、一つだけではない。
彼らはカチカチと牙を鳴らし、シンデレラを見下ろしながら首を小刻みに左右に振っていた。
「最悪」
悪態をついて、シンデレラは来た道を戻る。
銀の銃、ヘンゼルと赤黒い銃、グレーテルをならずものに向ける。
「どいてよ!」
『ガー、対象に攻撃的な意思ヲ確認』
ならずものの腰が折れる。
文字通り90度の角度に折れ曲がった体制のまま、ならずものが駆ける。人間では不可能な動きのまま、留め針の様な左手を斜めに構える。細い針の様に見えた鎌の部分はそれ自体が刃で、街を包み込む赤を受けて鈍く光っていた。
頭上からは壁を虫の様に他のならずもの達が壁を這ってシンデレラを追いかけてくる。
蒼白の銃弾は二発。向かってくるならずものの下顎と構えた留め針に命中する。
倒せはしなかった。しなかったが『ガガーッ!』と声を上げ上体を反らし怯んだならずものの脇をシンデレラは通り抜ける。
その際彼女はボロ衣のローブを脱ぎ捨てる。白と赤のストライプ・プリーツスカートの裾が揺れた。
―――それどこで買ったんですか?結構私、そういうファッション好きですよ
―――こいつはニーベルングのウィンロッゾだろうな。そうだなぁ、ただスカートが白と赤のストライプだろ、上着が黒いワイシャツってのはどうよ?背伸びしすぎじゃねえの?大人っぽく見せようとして失敗しちゃうパターンだなこりゃ
―――そう言われればそうかも。ショートカットにはちょっと合わないかも知れないですね。なんだか大昔の失恋した高校生みたいですね。髪の毛を黒から茶色か金髪にすれば映えそうですけどね
―――しかも赤いリボンって、赤いリボンって。それこそサンタマリアの学生じゃねえか。スカートはもう少し短い方が世の人間男子は好むんじゃねえか?そもそも洗濯をした方がイイぞ、汚れているのはどんな人であれ減点だぜ
「うるっさい!人工知能の癖して生意気なのよ!あたしはこれが気に入ってんの!」
―――じゃあ一つだけ言わせてくれよ
「何」
もう一度メーンストリートまで躍り出たシンデレラは、舞踏会へ急ぐ様な、どこか優雅な足取りなどでは無く、全力疾走で広場とは反対側へと走る。
―――靴下は、せめてハイソックスの方がいいと思うぞ、そんな踝ソックスじゃ全体的にアンバランスだ。もう少し大人になってからにしような、足を見せるのは
シンデレラがヘンゼルで地面を小突くと『痛い!痛くないけどなんか痛い!』という声が響いた。
未だ街はサイレンの音と明滅する赤に彩られている。非常事態の様にメーンストリートの他の人々は頭を抑えながら地面に突っ伏すか、物陰に隠れてガタガタと震えているだけだった。
「ウソ、共用回線まで電子防壁で閉じられてるじゃん!ていうかさっきのスクーリン、ブリュンヒルデのアイドルモドキ、あたしの動きを知ってた…?」
メーンストリートから見える街の出口。
街をぐるっと一周する様に建てられた機械の壁とは別に、出口は大きな門になっていた。
そこは他の壁と同じく無機質な機械仕掛けの門が閉じられ、開ける事が出来ない。
―――恐らくラプンツェルが閉じたのだと思います。出口はここだけですから。入口は数あれど
「共用回線もダメとなっちゃうんじゃあ、あたしが自分で回線を開くしかないけど、そんな時間は…」
―――それか、こじ開けるかだな
「こじ開ける?」
―――俺達は対電子及び電脳破壊特化型拳銃端末『ヘンゼルとグレーテル』様だぜぇ、こんな電子防壁なんざ何発か撃てば綻びが生じる。個人回線を開くより、綻びから共用回線にダイブした方が手っ取り早いだろうが
「ちょっと待ってよ、あたしはラプンツェルに敵対するつもりはないの。そんな事したら結局終わりじゃない」
―――でもシンデレラ、ならずものに発砲しませんでしたか?
しまった、とシンデレラは走りながら頭を抱える。
―――ならずものへの攻撃によって、あなたの危険度はきっと上昇していますよ。それに
グレーテルが言い終わる前に、シンデレラは電子防壁へと辿り着く。
それからほんの少しの時間を置いて何体ものならずものがローブをはためかせながら彼女へと追いついた。
息の上がるシンデレラとは相対して、軍隊の様な動きで半円形にシンデレラを取り囲む。
入口横の小屋の窓から顔半分を出して何人かの人がその様子を見つめていた。
―――この状況、破壊しなければ突破は出来ないですよ。報告される前にヤれって事です
「あるいは」
シンデレラが胸元のポケットから何かを取り出す。
それに対してならずもの達が一斉に声を上げた。
『たーげットを視認。Aシリーズ・コードA-2・シんデレら、ひーローヲこちラに渡セ』
―――ヒーローってのは、ICチップだったのか?
「そんなの知らないわよ、でもきっと、ここで使わなきゃ」
シンデレラは小指の爪ほどのICチップを口元に運び、口内へと投入する。
それから一気に何のためらいもなく、噛み砕く。
ぐらり、と一瞬視界が霞んだがすぐに現実へと舞い戻る。
彼女の周りに一斉に展開されたスクリーンに、0と1が幾つも流れ、その中のいくつかが変化し文字を象る。
コード認証・ヒーロープログラムのインストールを開始します
「ちょっとちょっとちょっと!インストールあるなんて聞いてないわよ!」
―――そりゃそーだ、プログラムなんだぞ
―――ヒーローを使うのはいいですが、結局ラプンツェルに眼をつけられるのは同じでは…
緑のステータスバーは遅いとまではいかないが、詰め寄るならずもの達の方がずっと早い。
カチカチ、カチカチと不快な音がシンデレラを電子防壁に追いやる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あたしはただ、ラプンツェルに会いたいだけなの」
『ガー、ガー』
―――だめだこりゃ
『申請認可、対象を殲滅シ、ひーローを押収すル』
シンデレラは一人「くそ!」と悪態をつくとインストール中のスクリーンにキーボードを映し出し、右手で弄る。
―――短い間だけど楽しかったぜ、ってなにやってんだ
「あんたたちを投影用デバイスとして認証させる!正規の手順じゃないけど、背に腹は代えられない!」
―――インストールも未完了ですよ?ちゃんとヒーローが現れるのかも未確定ですし、ホラ、人間諦めが肝心って言うじゃないですか
シンデレラが最後にエンターキーを押すと、バチバチとヘンゼルとグレーテルに緑色の光が走る。
漏電の様にも見えるそれは時間が経つ毎に大きくなる。
―――ほんとにやんのか?!
「当たり前でしょ、こんなとこで、終わって」
ならずもの達が『ガー!』と一斉に叫びだし、地面を蹴って跳ぶ。
シンデレラは二丁の拳銃を構え、引き金を―――
「たまるもんですか!」
引いた。
眩い光がシンデレラを起点として円形に広がっていく。
遅れて轟音。
キィーーーーンという高い耳鳴りが鳴りやみ、視界が色を取り戻す。
「…あ」
シンデレラの正面は塞がれている。
黒いマントの揺れる向こうにはならずもの達が尻もちを着いていた。
「ヒー、ロー?」
男だ、とシンデレラはまず思う。背は高く、少し痩せぎすだった。
白い手袋に、跳ねた黒い髪の毛。
男はゆっくりとシンデレラの方に向き直る。
「あなたが、ヒーロー?」
シンデレラを見下ろす瞳は赤。服装は真っ黒いドレスコート。王族がパーティーで着る様な物だった。
それこそ彼女は彼を見た時、王子様の様な服装だと見とれてしまった。
「あたし、シンデレラ」
うまく話せている自信は彼女には無かった。
「あなたは、誰?」
その質問に、彼は口を開く。
低い、男の声。青年と中年の間の様な、馬の嘶きの様に気高く、そして狼の遠吠えの様に誇り高い響き。
「誰だ、と聞かれれば答えよう」
両手を広げる。ただそれだけで薄汚れた街が何処か高貴なダンスホールになったかの様な錯覚。
詩歌を歌う様に彼はシンデレラに手を広げたまま言葉を紡いだ。
「我輩こそアレキサンダー・オズ・ロールシャッハ。唯一にして崇高で誇り高き、三千世界天上天下天下無双のヴァンパイアなり」
それから恭しく一礼し、彼女の手を取る。
「ガラスの靴は無いが、ダンスは如何かな、お嬢さん」