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電子の海のロールシャッハ  作者: Kuroya
Alexander・OZ・Rorschach
11/11

Road

 「なんと」


 目を見開いたロールシャッハに両腕を広げた世界は、大通りだった。

 三本に伸びた大通り沿いには大小様々な幾つもの建物が均等に並び、様々な店舗が店を構えていた。

 老若男女、顔の造りも肌の色も違う人々が行き交い、活気あふれている。

 『純正ダイブ端末』『Grimロード名物ハニーケーキ』等の看板や、流行りのアーティストの物であろう歌が彼らの後ろにある『ルートヴィヒ銀行』に取り付けられたスクリーンから流れている。

 まさしく人の海と呼ぶにふさわしいGrimロードを見つめながら、ロールシャッハは頷く。

 

「秋葉原の歩行者天国でさえ初めて見た時は驚いたが、これ程とは」

「あたしも久しぶりに来たけど、そんな驚く事かな、ただ人が多いってだけじゃん」

「何だったか、トゥモローランドという音楽の催しがベルギーであってな、誘われて行ったものだが、それよりも断然多いな」

「べるぎーって何処?音楽祭ならアタラクシアで毎週金曜日にやってるわ、くだらないけど」


 人々はシンデレラの様に腕に付けたダイブ端末から展開されたスクリーンに目をやったり談笑したりしながら、カフェテラスらしき店や、ロールシャッハ達の後ろにある『ルートヴィヒ銀行』へと入って行く。

 ふと彼が天を見上げる。そこに空は無く、白いタイルを敷き詰めた様な―――言い換えれば、シェルターの天蓋―――の様な模様が見て取れた。

 模様の他にも電子回路の様な細かい線が網羅されていて、時折緑色の光がその回線を走っていた。

 天を見上げれば何処か科学的で近未来的な印象を受けるが、視線をGrimロードに戻せば、それはロールシャッハの元居た世界と何ら変わりない景色が広がっていた。


「真っ直ぐ伸びてるのがグリム通りで、左がヤーコプ通り、右がヴァンヘル通りって呼ばれてる。このルートヴィヒ銀行がGrimロードの中心」

「実に興味深い。彼らは何処へ向かっているのだ」

「さあ、それぞれの世界に帰るか、買い物でもしてるんじゃないの」


 特に面白くもないといった様子でシンデレラはヤーコプ通りの方へと向かっていく。

 その間にもルートヴィヒ銀行の前からは同じく『入口』を使ってダイブしてきた人々がそれぞれの目的地へと向かっていく。

 レンガが敷き詰められた地面にはゴミも何も無く、絶え間なく通るバスやタクシーらしき自動車からは排気ガスすら上がっていない。

 歩道には等間隔で木々が植えられていて、一体何処から吹いているのか、風が時折その枝を揺らし乾いた音を立てていた。


「電子空間でありながら買い物が出来るのか」

「アタラクシアもここも全部電子空間みたいなモンよ、詳しい事はよくわかんないけど」

「しかし非常に便利で合理性がある。我輩の居た世界も、遠い未来にはこの様な技術を持つだろう」


 心の中でロールシャッハは「東京と似ているな」という言葉を呟き、物珍しそうにあちこちへと目をやっていた。

 アタラクシアとは違い建物も歩く人々の姿も小奇麗であり、特にヤーコプ通りを進んで行く人々は学生服に似た服を纏う若い人々が多かった。

 それぞれの建物の上には電光掲示板らしき物が淡い光を灯しており『サンタマリア・ニーベルングへはコチラが便利です』『研究都市サンタマリア・居住都市ニーベルングはコチラ』などという文字が流れている。

 

「研究都市か、そういえば確かに学生や研究職と思わしき輩が向かっているな」

「学校とか研究所が集まってるのがサンタマリアだからね、あたしも行くのは初めてだけど」


 何度か人混みのせいで離れそうになりながらもロールシャッハはずけずけと歩道の中央を歩く。

 時折迷惑そうな顔をする人々も居るが、彼は意にも介さない。


「何故こやつらは避けんのだ、我輩が通るのだぞ」

「アンタ、ひょっとして『世界は我輩の為にあるのだ』とか思ってるタイプ?」

「―――?」

「なんでそんな『何当たり前の事を言っているのだこの小娘は』みたいな顔してんのよ!」


―――ロールシャッハさんの真似が上手くなってきましたね、出来立てほやほやコンビとしては良い兆候ですねっ


「いや全然良くないから、あたしツッコミとかできない」

「小娘、飯」

「頭を掴むな!ご飯が食べたいのはやまやまだけど」


 シンデレラはもじもじとしながら視線を泳がせる。

 左手側にはレストランと思わしき観葉植物で彩られ、開けたテラスが広がっていた。昼食にはまだ早い時間をレストランの時計は示していたが、店内は勿論の事テラス席も人で賑わっていた。

 ダイブ端末から展開されたスクリーンで仕事と思わしき書類をチェックする姿や、カップルで談笑する姿は元いた世界の風景そのものだとロールシャッハは一人思案する。


「なんだ、貴様も腹が減ったのなら此処で食べて行けば良かろう。食欲は人の三大欲求であるが、我輩の五大欲求の一つでもあるのだ」

「いや、その」


 歩道の模様を目でなぞる様にシンデレラの瞳が右往左往する。

 よく見れば顔は若干紅く染まっていて、悪戯を叱られる前の少年の様に顔を伏せたシンデレラは、彼女のお腹に手を当てると雑踏に掻き消されそうな声で口を開いた。


「お金、ない」


 くしゃみをする寸前の様な顔をしてロールシャッハは耳に手を当てシンデレラの顔に近付ける。

 彼女は先ほどよりも大きな声で「お金ない!」と言うとぷいっとそっぽを向いてしまった。


「グレーテル、この世界の共通通貨は何という」


―――ハンスです


「チッ、我輩の世界であれば店ごと買い占めたものを」


―――お前工場員だっただろ、銀行口座くらい作ってなかったのか?


「あたしの工場では手渡しだったの。工場寮に置いてきちゃった」


 肩を落とすシンデレラを後目にロールシャッハは咳払いを一つする。

 それから手を広げて彼は口角を上げると自信満々の声色で続けた。


「金が無いのならば自ら掴めば良い。そうは思わんか小娘」

「強盗ならパス。今この状況で騒ぎを起こしたらまずいし」

「ええい子供の癖に頭が固い。では貴様の血を貰う他あるまい」

「ふざけないで、今どうするか考えてるの」

「冗談だ、ヴァンパイアジョーク、笑え」


 一人高笑いするロールシャッハを忌々しげに睨み付けて、シンデレラはテラスへと目をやる。

 湯気立つビーフシチューの香りに彼女の胃はますます悲鳴を上げ、伸縮した胃から何か酸っぱい物がこみ上げてくる。口内は涎が溢れかえり、彼女は思わず腰のホルスターに手を掛ける。鎖の音が響いた。


―――馬鹿な事は止めとけ、ニーベルングの炊き出しに目的地を変更したらどうだ


「冗談よ冗談、ていうかそんな惨めな事出来る訳ないじゃない!」

「我輩はたわわに実ったバストを持つウェイトレスが運んできた物しか受け付けぬ」

「わがまま言うな!」


―――食べなければいけないというのは不便ですね、でもこればっかりはどうしようもないですよ

―――プライドなんか捨てちまえよ、そういうのって時に邪魔になるぜ、生きるのには


「確かに金が無い時点で惨めではある、が」


 シンデレラは苦虫を噛み潰した様な顔をして眉を絞りながらテラスへ今一度目をやる。

 優雅に早めのランチを楽しむ人々を忌々し気に睨み付けながら、彼女ははたと真顔になった。

 それから天を仰いで額に手をやり自嘲気味に笑っているロールシャッハを肘で突くと、顎でテラスの一番端の席を指した。





「困りますお客様、そんな事仰られても…」


 殴られたテーブルが音を立てる。そして同時に空になった肉を乗せていた食器の上で、ナイフとフォークが虚しい音を立てた。

 スーツ姿で赤い髪の男はゴーグルの様な物を着けた頭に手を置いて困った様な顔をすると、スープを指差して舞台俳優の様に声を大きくし、周りを見渡して叫んだ。

 

「困ってるのはこっちなんだよお姉さん、見てみなよこれ、このスープ。あんたの母親はこんなにも五体満足容姿端麗であんたを産んだんだ、見えない訳が無いだろ?」


 男が指差したスープの中では親指サイズの虫が天に召されていた。

 彼はますますヒートアップしながら立ち上がり、両手を広げて続ける。


「俺が食ったのはシャルバラ産エス・シャルバラビーフのフィレステーキだ、値段は1200ハンス、虫入りスープなんか頼んじゃあいないんだぜッ」

「ですが、当レストランでは無菌調理室での調理を徹底しております。虫など入る訳が―――」


 テーブルを蹴り上げてもう一人の小柄な男が叫んだ。

 テラスに飛散した食器は割れ、椅子に座った姿勢のまま青い髪の少女が食べあぐねたアイスクリームを見つめて「くだらねー」と呟く。


「おいお前、アインツ兄貴が虫を食べたかも知れないのに『ですが』だってぇ?まずは『申し訳御座いません』だろーがぁ」

「ああやめろやめろツヴァイ、このお姉さんに言った所で変わりはしねえよ。あんた、ちょっと上の人呼んで来いよ」

「料理長は現在手が離せない状況でして…」

「なあお姉さん」


 アインツと呼ばれた赤い髪の男はスーツの襟を正しながら苦笑した。胸元に飾られた豚のエンブレムが意地悪気に嗤っていた。


「俺はな『呼んで来い』って言ったんだ『御呼びして頂けませんか』なんて頼んじゃあいねえんだ」


 テラスに居た客達がざわめき始める。

 それを察するが早いかツヴァイと呼ばれた小柄な男が、唾を飛ばしながら威嚇する。


「おっとぉ、何もするなよお前ら。兄貴は悪くねーんだ、虫入りスープを出した店と、責任者出せって言った兄貴、どっちが悪かは明白だよなぁ?」

「やってらんね」

「おいドライ、お前も何か言えよ。兄貴の正義を貫くんだよ」


 道行く人々はその騒ぎに気が付かない。

 横目でちらり、と見る人は居たが、さして興味も無いといった顔でそのまま歩いて行ってしまう。





―――随分古典的なやり方ですね


「何処にも馬鹿は居るものだ。くだらん、行くぞ小娘。この際炊き出しでも何でも構わん」


 やり取りを見ていたシンデレラは考え込む様に腕組をしていたが、パチンと指を鳴らすとロールシャッハに振り返る。

 それから満面の笑みで「これはチャンスよ!」と叫ぶ。


「この店、助けましょう」

「何を言っているのだ。こんなもの通報して警察、もしくは警備員にでも任せておけば良かろう」

「アンタヒーローでしょ?!警察なんかに手柄取られてたまるもんですか」


 そういうとシンデレラは肩を回しながら「考えてもみなさい」と言ってニヤリと笑う。


「どう考えたってアイツらが仕組んだ事に決まってる、ニーベルングの下級レストランじゃあるまいし、徹底されたこの場所で虫なんてどう頑張ったって混入するはずないんだから」

「まあ難癖ではあるが」

「この店助けて、報酬を貰うのよ。『お腹が膨れる』方のね」


 彼女の言わんとした事を理解したロールシャッハは真顔のまま、彼女の期待とは別の反応をしてひらひらと手を振った。


「くだらんな、何故好き好んで人間を助けねばならん。我輩の目的は二つ、一つは貴様をラプンツェルとやらに会わせ世界の真実を知るという貴様の望みを叶える事、そして我輩は元の世界に帰る事だ」

「た、確かにそうだけど、腹が減ってはなんとやらって言うじゃない!」

「味は知らんがそのニーベルングとやらに行けば飯にありつけるのであろう。ならば無駄な労力は極力省き、貴様の望みに早く近付く事こそ賢明では無いのか?」


 反論しようと餌を待つ魚の様に口を開閉させたシンデレラに、ロールシャッハは更に続ける。


「貴様は言ったな、騒ぎは極力起こすな、と。ならばここは警察に任せ、我輩達は目的達成の為に迅速にこの場を離れる。違うか?」


―――うわぁ、ドがつく程の正論


「軽々しく『助ける』などと言わん事だ。人に関わるとえにしが生まれる。縁は少なくとも『ラプンツェルに会う、殺す』という物騒な目的の我輩達にとって不要な物と判断する」


 ぐうの音も出ないシンデレラは林檎の様な顔色をして下唇を噛んで、小鹿の様に震えていた。

 

 『どうしてそんな事が言えるの』という、その言葉を呑み込んで。


 ロールシャッハはそんなシンデレラにそれ以上何も声を掛ける事は無く、ゆっくりとした足取りでサンタマリア、ニーベルングの方へと歩みを進めた。





「まだるっこしいなこのアマ、ナメてんじゃねえぞ、とっとと呼べっつってんだろうが!」


 撃鉄を起こす音がアインツの胸の辺りから響く。

 それに合わせてツヴァイと、ドライと呼ばれた青い髪の少女が気怠そうにアインツの周りに集まる。


「ひっ…!」


 人々から見えない様にツヴァイとドライを盾にして、アインツは『何か』をウェイトレスの足へと向ける。

 それが何であるか、そしてこれが唯のクレームで無い事を悟ったウェイトレスは身体をびくりと痙攣させて口元に手を当てる。

 アインツはなるべく小さな声で―――ウェイトレスだけに聞こえる様に―――告げる。


「手荒な事はしたくない。俺が言っている意味が判るか?」

「や、やめてくださ、い、お願い…」

「俺達はただの悪党じゃねえんだ、ナメられたまんまじゃ面子が立たねえんだよ、な?」


 人々の騒めきは頂点に達して、ウェイトレスの声が手から漏れる。


「助けて…」





「ちょっとちょっと、ロールシャッハ!」


 シンデレラの呼びかけに彼は立ち止まると、ロールシャッハは何時もの調子で振り向く。


「なんだ小娘、チンタラしおって。通報は済んだのか?」

「それ所じゃないわよ、何かただ事じゃない、やばいのよ!」

「好きにやらせておけ。例え人一人死のうと、我輩の知った事では無い」


 その言葉にシンデレラは歯を噛みしめるとロールシャッハに詰め寄る。

 そして歩いていこうとする彼のマントの裾を引っ張ると、無理やり引き留めた。


「アンタはヒーローでしょ、そんな最低な奴だなんて、思わなかった」

「ゲームで言うジョブシステムの様に、そんな物は誰かが勝手に決めた事だ。少し冷静になったらどうだ小娘、周りを見てみるがいい」


 彼の言う通りにしたシンデレラの目に映るのは、ただ歩み行く雑踏。

 テラスの騒めきも、よく見ればそれは騒めきと言うよりも、非日常に群がる野次馬のそれ。

 

「誰一人として危機を感じてはおらん。ここであの娘が死ねば騒ぎにはなるだろうが、それはそれまで。あの娘は今日死ぬ運命だった、それまでだ」


―――まあ無関心ってのが一番ラクだからな。という訳でどうするよシンデレラ


「で、でも」

「我輩は死なん。死なんが、もし不死では無いとして、助けに入って胸を刺され死ぬ事があったらどうする?志は半ばで、貴様はそれでいいと言うのか。赤の他人の為に犬死にするという結果で」

「でも誰かが助けなきゃ」

「いい加減にせんか小娘」


 ロールシャッハはシンデレラの手を振り払うと肩を掴んで膝を落とし、目線を彼女に合わせる。

 それは彼女が今まで見た彼の瞳の中で、一番冷たかった。

 彼は子供に諭す母親の様に膝を落としたまま、低い声で言った。


「貴様の言うヒーローが何であるかは知らん。だが、全ての悪を打ち払う事は不可能だ。何故ならば正義と悪は常に変化し、観測者によって立場を変える『生き物』だからだ」


 今にも泣きそうな顔をするシンデレラに構わず彼は続ける。


「貴様のやろうとしている事もそうだろう。考えてもみるがいい、この牛の死骸に集るウジ虫の様に蔓延る人々にとってラプンツェルは本当に悪か?貴様は正義か?」

「それは…」

「人助けなどという寄り道の前に、我輩達にはやるべき事があるのだろう。それが正義か、悪かは別としてな」


 そう言うとロールシャッハは視線を一瞬だけ外し「人間と『我輩』の関係性にも似ている」と呟いた。

 その言葉の意味も理由も彼女には理解し得ない。問いを投げかけようとしたが、ロールシャッハは再び彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。


―――わぁ、正論もここまで来ると嫌味に聞こえるねお兄ちゃん

―――黙ってろグレーテル。男が話してるんだ


「灰を被ろうと、助けなかった事を悔もうとも貴様は貴様の望みを叶えたい、だから我輩を呼んだのであろう。我輩はアニメや漫画の熱血ヒーロー『ごっこ』をする為に居るのでは無い。我輩は『彼ら』のヒーローでは無いのだ」


 言い返す事など彼女には出来る筈も無かった。

 『彼ら』という言葉が指す意味も、彼が『誰』のヒーローなのか、それを考えたシンデレラは観念した様にこくりと頷いて、握った拳を開いた。


「貴様の心意気が気に食わん訳では無いし、貴様は間違ってはいない。万が一我輩の世界で同じ様な事が起こったのならば、我輩はあの娘を助けただろう。だが、今はそれをすべきでは無い」

「―――うん」


 歯切れの悪い返事にロールシャッハは頭を掻いて踵を返しながら、シンデレラに言う。


「前を向かんか。下を向いては躓かぬだけで、壁にぶつかるだけだ」

 




「な、なぁ兄貴、やらねーよな、ほんとに」


 カチカチと震える銃口を悟られぬ様に、アインツは左手で手首を抑えた。

 

「黙ってろ」

「うける」

「ここまで来たらもう引けねえ」


 汗を払う様に瞬きをしたアインツはもう一度口を開く。


「ナメられたんじゃ終わりなんだよ、俺らはな」

「やめて、お願いです…やめて」


 もはや動けないウェイトレスは涙を流しながら懇願する。ツヴァイはにやにやと笑っているドライとウェイトレスを見た後にアインツへと視線を戻した。

 

「あ、兄貴ッ」


 

 銃声。

 遅れて、火薬の臭いが立ち込める。

 目を見開いたアインツ達とウェイトレス。彼らの世界には流行りのアーティストが歌う愛の歌だけが虚しく流れる。

 テラスに開いた穴と煙立ち込める銃口。

 野次馬の騒めきは水を打った様に静まり返り、現実は巨人の歩みの様にゆっくりと緩慢とした動きで彼らの頭へ染みとなって広がっていく。

 

 理解した誰かが叫ぶ前に、ウェイトレスの口から悲鳴と、悲痛な声が溢れる。


「助けて、助けてェ!」




 届く悲鳴はロールシャッハの鼓膜を揺らし、その身体を踏み止まらせる。

 

「ロールシャッハ?」


 全身を突き抜ける、電撃の様な悲鳴。

 耳鳴りの様な高い音がロールシャッハの中に響く。



Hilfe


Tolong


Au Secours


도와 줘


Помогите


救命啊


Socorro


Msaada


Help


Auxilio

 

Aiuto


Ajyutor


助けて


タスケテ


たすけて




 彼は自嘲気味に笑った後に歯を食いしばる。

 それから掌を見つめ、歪んだ笑みで吐き捨てた。




 「あの、糞爺クソガキめが」


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