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Rapunzel Eye

 『やあみんな、昔僕の母親が0時を越えると人は命の蝋燭の火が一つ小さくなると言っていたんだ。彼女はすてきな人でね、死んだのも丁度0時だったよ。電子化が進む一方で、確かに便利にはなったけれど、僕は断固反対するね。さあ今宵は満月、楽しい楽しい金曜の夜だ、仕事疲れを忘れるために違う世界にダイブするのもいいけれど、たまにはコッチで、ココで、僕と楽しい夜を過ごさないかい――――おっと、今日もリクエストが多いなあ、それじゃあいってみようか、ヴィルパンプスで【ザッツオンリーワンライフ】今夜のDJはお馴染、ラコウル・ロブスティンだ』


 スピーカーから流れる音は、緑とピンクが輝くネオン街を通り抜ける。

 エレクトロ・ダンス・ミュージック調のキックに合わせて蟲の大群の様な人々は酒を片手に踊り狂う。 27階建てのレンガ造りのビルを中心として、ネオン街は円形に広がっている。

 入口はただ一つで、メーンストリートには娼婦館が立ち並び歩く男たちを色とりどりの花が手招きをしていた。


 『ここでメールを紹介するよ、PN夢見る狸22歳さんからのメールだ、22歳になったんならもうそろそろ夢を見るのは諦めてしっかりと現実を見据えるべきだね、じゃないと僕みたいに反発意識の塊になってしまうからね。何々、私は最近電子麻薬にハマってしまいました、合法とはいえ規制が進みそうでとても怖いです、もし規制されたらどうしたらいいでしょうか、だってさ。僕は君のお医者先生でもないし、親でもないんだ、だからクスリを止めなさいって答えは出ないから安心して。そうだね、確かに規制は広まっては来ているけれど、足がついていないんじゃあお縄には縛られない、どうして麻薬が横行するかっていうと、それは気持ちイイからなんだ、セックスと同じくらいかそれ以上にね。カミサマってのはセックスが大好きだし、クスリも同じくらい好きなのさ。だから夢見るウサギちゃん―――おっと、狸ちゃんにはこんな言葉を贈ろう。求めよ、さすれば与えられん、ってな、こっから先は自分で考えなよ、僕からの宿題だぜ』


 音楽が大きくなる。街のいたる所から耳を劈くばかりの音が鳴り響く。

 街全体がロックバンドのライブ会場なのではないかと錯覚する程の音量。

 人々はレンガ造りのビルの周りで目を瞑り、腰を振り、手を上げ頭を振る。

 ビルから伸びるレーザーライトが、工場から立ちこめる煙をスモーク代わりにして光線を描き、金曜日の夜を彩っていく。


『大分イイ感じに盛り上がってるねぇ、僕も嬉しいよ、さあみんなも叫ぼうぜ!ラプンツェルなんか糞くらえってな!あんなストーカー野郎のお陰で僕たちはどうなった、プライバシーなんかそこらのネズミのエサになっちまった、ラプンツェルの眼のせいで僕たちは無実の死刑囚になっちまった』


 街全体が揺れる。

 その歓声の中を、一人の少女が駆け抜けていく。

 まるで海を平泳ぎで泳ぐ水泳選手の様な手つきで人込みを掻き分け、時折後ろを振り返りながらビル周りの広場からメーンストリートへと抜け出していく。

 『おいでやすアタラクシア』という下品なショッキングピンクのアーチ型電光看板が振り返った少女の眼に止まる。娼婦館が立ち並んだメーンストリートはお祭り騒ぎの中心部より人は少ないが、それでも避けるか跪くかしなければぶつかってしまうだろう。

 もう、出口は近い。

 華達も今は客と一夜の秘め事を楽しんでいるのか、爆発的な繁盛を見せる娼婦館から溢れた男たちが今か今かとそわそわと待っているばかりだった。それか立ち並ぶ酒場で酔いつぶれるか。


『ラプンツェルなんか糞くらえ!ラプンツェルなんか糞くらえ!』


 下世話なDJの号令と中心部の人々の大合唱がまだ届いてくる。

 それらを振り払う様に息を切らし走る少女を負うのは二つの影。

 

『テンションも上がってきた所で次はゲストの紹介だよ、バックにはみんな大好きヴィルパンプスを流しておくからあんまりキマらない様に気を付けてくれよ、最近アガり過ぎなどっかの誰かさんミスター名無しの権兵衛ノーネームマンが自分の端末をぶっ壊してしまう事がよくあるからね、お陰で新しい端末が届くまでお仕事はお預け。家も宿も無い世界に一人っきりって事がよくある。さ、今宵のゲストは我らの救世主、電脳白雪姫ことブリュンヒルデちゃんだ。よろしくね』


 歓声湧き上がるネオン街に何枚ものスクリーンが一斉に現れる。ニュース画面の様な光景を映し出すそれは街全体をドーム状に取り囲み、レンガ造りのビルには一層大きなスクリーンが現れている。


『やっほぉー、電脳白雪姫ブリュンヒルデちゃんだよ、クソッタレなゴミクソラプンツェルを地獄に落とすためにみんな頑張っているかな。アタラクシアのみんなはまだまだ辛いと思うけど、ボクの為に頑張ってくださいねぇ』

『なんて優しい子なんだろう、しかも可愛い。文字通り雪の様に真っ白な肌、それに相反する真っ赤なおめめが超キュートだね、しかも可愛い。さあブリュンヒルデちゃん、今日はなんでもみんなに伝えたいことがあるんだってね、ブリュンヒルデちゃんは可愛いからおじさんなんでも言う事聞いちゃうぞ』


 少女は出口の面前、赤錆の目立つゲートを潜ろうとした所でスクリーンに阻まれてしまう。

 影は娼婦館の壁、屋根、屋台のテント部分を跳躍しながら少女との距離を縮めていく。


 逃げきれない、そう考えた少女は踵を返す。


 影と少女が交差する。電子的な音、カメラの伸縮レンズが稼働する様な音が少女の耳に届く。

 彼らはフード付きの真っ黒なコートを羽織っており、それらを風にはためかせ機械的な動きで反対方向へと逃げ出した少女の方へとまた同じく方向転換した。


『うん、それは二つあってね、まずボク達はラプンツェルのクソッタレの鼻を折る新しい兵器を開発したの』

『そりゃあイイニュースだ。僕は帰りにコンビニで温いおでんを買うのが唯一の幸せだったんだけど、まさか毎日生きるのが幸せになるとは思わなかったな、それでもう一つはなんだい?電子犬を飼っちゃったなんて言わないでおくれよブリュンヒルデちゃん。きっとリスナー達がドッグフードと君のワンちゃん専用の遊んでお昼寝出来て召使いの居る専用サーバーをラプンツェルに内緒でこっそり立てちゃうかもしれないからね』

『やめてよラコウルくん、ボクは犬より猫が好きなんだにゃんっ』

『出た。リスナーの皆、寝る前のおいたはちゃんとダイブ用端末の電源をオフにしてやってくれよ。くれぐれも同居人が居る所でしちゃだめだ。僕は生で見たからね、そりゃもう今から帰りたい気持ちで一杯さ』

『あーっ!エッチなネタはボクNGなんだぞっ』

『ははは、冗談だよ冗談。秘匿回線だからバレやしないさ。リスナーはココにごまんといるけどね。で、話の続きだけど』


 電脳白雪姫ブリュンヒルデは、顔を落とす。

 スクリーンで見る人々からは彼女の表情は伺えない。彼女は両手で前髪を掴み、顔を覆う。


『実は今日、ボクの―――いいえ、ボク達の工場から≪あるもの≫が盗まれてしまっちゃったの』

『ブリュンヒルデちゃん、そんなに悲しそうな顔をしないでくれよ、しかしその盗人は許せないな、そうだろみんな。世が世なら打ち首だぜ全く』


 怒号にもにた、同意を示す声が街を揺らす。


『で、何が盗まれたんだい?』


 真っ白な部屋を映すスクリーン、藍色のベレー帽を被った電脳白雪姫ブリュンヒルデは、灰色の前髪を掴んで顔を覆っていた両手をそのままに答える。

 

『盗まれたのは』


 少女は娼婦館とマリファナ屋台の間にある壁の前へと駆けだす。

 一見してただ無機質な灰色の壁がある様にしか見えなかった、見えなかったが少女はその壁を視認すると手にした黒い箱を地面に投げ捨て、開封する。

 

『ぬ、盗まれたのは?』


 中に入っていたのは二丁の拳銃。

 銀のボディに幾つもの瞳の装飾が施された銃と、赤黒いボディに幾つもの口の装飾が施された銃がネオンの光を受けて煌めく。

 形状こそ45口径コルト・ガバメントに似ているが、それにしては銃身が長く全体的にスリムである。

 それに加えて、異様な事に銃達はマガジン部分から伸びた黒く細い鎖で繋がれていた。少女は何か決心をした様な顔をしてそれらを手に取る。鎖は不思議な程軽い。軽いが囚人を思わせる鎖特有の音が嫌に響いた。

 鎖は丁度、それこそ『彼女の為に鎖が勝手に長さを変えた』様に、彼女の手を広げた幅にぴったりと、それでいて動きやすい最適な長さだった。

 それだけではない。銃全体が『彼女の為に作られた』『彼女が使う事を想定して作られた』かの様なフォルム。手にすんなりと馴染むグリップを握り直し、構える。

 すると幾つもの小型のブルースクリーンが少女の目の前に映し出される。今この街に展開されているスクリーンとはまた違う、彼女にしか見えないものだった。

 それと同時に、子供が砂糖の分量を間違えたクッキーの様な声が彼女に響く。



―――電子及び電脳回路破壊用拳銃端末『ヘンゼルとグレーテル』へようこそっ!ご使用になる前に右上のログイン画面からログインしてくださいね



 少女は舌打ちする。それから赤黒い拳銃を持った右手をスクリーンに伸ばし乱暴にIDとパスワードを入力していく。



『ヒーロー。盗まれたものは、ボク達のヒーローだよ』



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