第1話
ついさっきのことだった。豪雨と雷鳴のなか、私は急いで家に帰ろうと走っていた。
足音と共に、水の跳ねる音が聞こえてた。
濡れた土に足を滑らせ、脇の沼まで落ちてしまう。
────一瞬の出来事だ。
轟が耳元まで近づき、見るに見えない光が辺りを包んだ。
死んだのかと思った。でも、確かに私の手に感覚はあり、目の前だって見えているのだ。
「しんで……ない?」
手を閉じたり開いたりする。自分の思った通りにできる。そのまま私は立ち上がる。
────?!
雨は上がり、先ほどまで自分がいたはずの沼は干上がり、私の横には頭から足の先まで全て同じ人間がいたのだ。
うつ伏せになった身体を起こすと、毎朝洗面所で見慣れた顔が泥で汚れている。
もう、本当にどうすればいいかわからない。
「ソノダさーん? 」
はっと振り返ると、先ほどまで私が歩いていたはずの道からイソベが声をかける。
体のすぐ横にある『私』をそばに隠し、その場しのぎの対応をする。
「ちょっとさっきの雨で滑っちゃって────」
「雨? 」
イソベは怪訝そうな顔をする。
「雨なんて降ってないよ? ここ一週間ずっと。」
「えっ?それはないよ……だってさっき、私は……。」
「きっと夢でも見てたんだよ。さあ、上がってきな。」
イソベはそっと手を伸ばす。しかし、それに応えることはできない。ここを退いたら、私と何から何まで同じな人が倒れているのが見られてしまうから。
「さ、さっきのでヘアピン飛んじゃったから、後で自分で行くよ。」
「一緒に探そうか? 」
思ってた通りだ。この返事をされたら、いいよ別にと答えたら、どんな反応をされるだろうか。自分が親切でやってるのに、断られたら────。
「大丈夫だよ。あっ、イソベちゃんは何か用事とか……。」
「ないよ。ほら、今から行くね」
「あーーー!!! 猫に餌やり忘れてた! イソベちゃん、鍵渡すから猫に餌やりしてきて! 」
「えっ?! 」
私は家の鍵を取り出し、イソベに投げた。
────ナイスキャッチ。
合図を送り、イソベはそそくさと家に向かった。
……どうしよう。




