休日の騒動
「ふふ~ん♪ふふふ~ん♪」
「何かいいことでもありましたかお嬢様。随分楽しそうな顔をしていましたので。」
今日は一週間のうちの数少ない休日だ。そんな日でも個人の役職は変わらない。いつものように桜花を起こし、洗面所へ連れてく毎日だ。
唯一違うのは今日は学校がないこと。休日故に屋敷でお茶をしている。
お茶は凛が淹れてくれたものだ。銘柄は英国王室御用の高級茶葉 FORTNUM&MASON。古き伝統の良さを感じさせられる香りと色合い。朝から飲む茶葉では贅沢なものだ。
そんな紅茶を淹れたカップを傾けながら笑顔を作ってる桜花。何かいいことでもあったのだろうか?
「ふふふ、斗真よ、今日は3ヶ月ぶりに爺やが帰ってくるんだぞ。私は昨日から楽しみでしょうがない。」
「爺や?」
その疑問に答えるように後ろの凛が答えてくれた。
「そういえば斗真はまだでしたね。貴方がこの屋敷で執事をやる前にここには執事長がいました。今はイギリスにいらっしゃる旦那様と奥方様の護衛を承っているので、3ヶ月ぶりの帰国になりますね」
「そうだ。爺やは昔から厳しくてな。厳格だけどいい奴なんだ。お前のことも話しておいたぞ」
「それで・・・何と?」
「爺やが言うには『私が直々に手ほどきしてみましょう』と言ってたな。戦う気は満々だな。」
かなりの戦闘狂だな。そんなじいさんと戦いたくない。
しかもかなり強いようだ。今の『手ほどき』という単語は他者より強い者が吐ける言葉だ。強者が弱者に教え込んでやるという意味合いも入ってる。
爺やとかいう人が来る前に逃げた方がよさそうだ。
「来たようですね」
逃亡はすでに遅し。屋敷の鉄扉の開く音と車のエンジン音が聞こえてくる。
車種はロールスロイス ゴースト。英国の名車に乗って颯爽とご登場だ。黒に染められた車体を屋敷の玄関前で停めさせ、何人かのメイド達に出迎えを受けてる。
その中心に年老いた老人が一人。白髪が多く、十分な髭を蓄えたイギリス紳士のような風格だ。ピチッと燕尾服を身につけ、飄々とさせている。イギリス紳士らしくステッキを携え、屋敷へとお邪魔した。
あれが爺やか。ここからの距離だけでもその貫禄が物語っている。実力も十二分にありそうだ。
「お久しぶりですお嬢様。3ヶ月ぶりだというのに心身ともに成長しているようですね。」
「うむ!爺やも変わらんな。少し髭が伸びたのではないか?」
「ええ。この髭は私のトレードマークですので。凛は変わらぬようですね」
「はい、先日は余計な心配をおかけまして申し訳ありませんでした」
「いえいえ。厄介事を持ち込むのはここの従者特有のこと。今更珍しいものではありません」
「はい。善処します。」
「それより、お嬢様。私がいない間、面白い拾い物をしたようですな?当の本人と会いたいですね」
「斗真のことか?斗真なら・・・」
「私です」
名乗り出てやると爺やは俺を凝視する。睨んでるようだが、品定めの眼差しで見ている。俺という存在を危険視しているようだ。
凛は上司のただならぬ見立てに驚く。俺が消されると思ってるのか絶えず唾を飲んでいた。
「・・・そうですか。貴方が伝説の・・・。お会い出来て光栄です。」
「こちらもです。まだ執事の仕事は不馴れですが、頑張らせていただいてます。」
「ほぉ、若いのに熱心なことだ。私は執事長のオルテガ・ライオンズです。執務は旦那様方の護衛を承っていますが、今回は休暇ということで屋敷に舞い戻ってきました。」
「俺は五月雨 斗真です。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。さて、お嬢様、お土産が御座いますので少し紅茶の時間でもいかがですか?私もFORTNUM&MASONで喉を潤したいですので。」
「そうだな。斗真もどうだ?」
「ええ。もちろ・・・」
「申し訳ありませんが、まだ会って数分も経ってません。少し二人きりで親睦を深めてもよろしいですかな?なに、時間はとらせませんので。」
桜花の誘いを断るのはオルテガだ。オルテガは俺を桜花を分離させることで秘匿話でもしたいのだろう。俺もそいつには賛成だ。ゆっくり話したいことがあるからな。
「ええ。構いませんよ。」
「では向こうの園庭でどうですか。お嬢様達は先にどうぞ。」
「分かった。なら行こうか凛。」
「ええ。」
桜花と凛は先程までお茶をたしなんでいた部屋へと戻ろうとする。
すると凛がすれ違い気味に小声で話しかけてきた。
「・・・気を付けてください。オルテガ様は相手に野心がないか、決闘を申し込む質があります。下手すればそのまま始末されかねません。幸運をお祈りします。」
そういうと桜花といっしょに先程の部屋へと戻っていく。ほかのメイド達も己の役職に専念するために散らしていく。
残ったのは俺とじいさんだけだった。
「さて、二人きりですね。どうです?私らも紅茶でも飲みますか?」
「いいえ。結構です。紅茶は苦手でして。」
「そうですか。それは残念ですね。この渋さのある味が共感出来ないとは。」
この人・・・出来る
暗殺者は正体がバレないように振る舞うはずだ。手の内を隠す勝負師のように。
その一例として普段使ってる口癖や手癖などを改め、別人になりすます。そうすることで自分のことを悟られないようにするのだ。
俺も普段はそうしてる。日に日に癖を変えることで裏の自分に気づかれないようにしている。
それはオルテガも同じだ。先程までステッキを右手で持っていた。だが、さっき桜花へ土産物を渡したときは左手。俺が見てないと思ったのか、桜花の前だったからなのか、咄嗟に本質を出してしまったようだ。
執事の前は何だか気になるな。まあ、深入りはしないでおくがな。
「斗真はここに来て数週間は経つらしいですね。仕事は中々大変でしょう。私も若い頃は失敗が多かったので同情しますな。」
「ええ、お互い大変ですね。」
上部だけの言葉並べた会話を数分ぐらい続ける。こっちは牽制しながら会話してるが向こうはわからん。単にただの会話なのか、実力を図るためにしてるのか。
わからぬまま時間だけが過ぎていく。
「さて、そろそろ腹のうちを出しましょうか。」
ここでようやく本音を明かそうとした。
「"狩人"・・・かなりセンスのある二つ名を頂いたようですね。まあ、二つ名は貴方だけでなく、凛やイザベラも持ってるので気にしませんが。」
イザベラ?誰だそいつは。
凛は"蝙蝠"と付いてるが、そのイザベラとやらは知らん。当人の知り合いか?
「・・・俺を敵視してるのか?」
「いえいえ。活気があってまた賑やかになりましたのでね。それに、敵視してるのならとっくに凛が始末に動いてますよ。」
「ならもう戻っていいかい?あんたと話すのは疲れる。」人の真意を探ろうとするのが気にくわない。
「ええ。もう結構ですよ。充分ですので。」
ありゃ、あっさりOKされた。
もしかして後ろから襲おうとしてるじゃないのか?
ビクビクと屋敷に引き返すが、オルテガはいっこうに動く気配がない。ほんとに帰っていいみたいだ。
俺はなんだか釈然としないまま屋敷に戻った。
「ふむ。やはり我が友が言ってた通りの若者ですね。大変興味深い。」
斗真が屋敷へ戻っていくところを後ろから見送りながらそう呟いた。私はズボンのポケットから携帯を取りだし、登録されている番号へかけた。
数回のコール音の後、電話の先が出た。相手は同じ年の男だ。
『なんだい、こんな朝っぱらから。俺が朝に弱いのは知ってるだろうが。』
「それはすいませんでした。もう起きてるかと思いまして。」
『たくっ、今度から気ぃつけな。それより奴さんとは闘ったのかい?』
「いえ。向こうはヤル気ではなかったようですので止めときました。それに、かの"狩人"相手では命がいくつあっても勝てるかどうかはわかりませんので。」
『さすがのエージェントも年をとったってか?現役時代が輝かしいねぇ。』
「はは、たしかにあの頃は元気が良かったですね。お互い、老いぼれなのは百も承知。あとは何を遺せるか、ですか。」
『おうよ。じゃあ、また何か連絡してくれ。それと、少なくとも10時以降にしてくれ。朝は寝みぃんだからな。』
「わかってますよ。それじゃ切りますよ。」
『ああ頑張れよ。』
「貴方もですよ、和敬」
私は友人との電話を切る。あの友人はまだまだ元気のようだ。私も負けないように頑張りますか。
そのためにお嬢様のところへ行くとしましょう。
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「どうです?皆で買い物へ行きませんか?」
桜花や凛達と紅茶を飲んでると突然オルテガがそんなことを言い出した。
二人で多用もない話をし終わり、部屋で紅茶をたしなんでいた時のことだった。
イギリスで購入した土産物であるお菓子を食べてる立ち上がったオルテガがそう発したのだ。
「3ヶ月ぶりの町を見て回りたいのです。どうです、お供出来ますかな?」
「買い物ですか?私は構いませんが・・・お嬢様は?」
「私もいいぞ。ちょうど欲しい本があったからな。」
「斗真はどうしますか?」
俺か・・・俺はどうするかな。オルテガが怪しいわけではないが、こうも人の厚意を断るのもどうかと思うが何かと怪しい。
一応騙されたと思って行ってみるか。
「ええ、喜んでお供させてもらいます。」
「では私の車で行きますか。新車を買ったので運転してみたいのです」
「へぇ~、爺や、新車を買ったのか。」
「はい。では車庫へ」
オルテガに連れられ、玄関を抜けて向かったのは屋敷の隣に備え付けられた大型の車庫だ。
自動ドア式の最新式のガレージで風雪を凌げる設計だ。普段登校に使ってるリムジンやオルテガの新車もここにあるらしい。
ポケットから取り出した自動ドアを制御するスイッチを押す。するとドアがあげられ、中の車が露になってきた。
車体はジャガー。車種に詳しくないのでどのジャガーだかは知らない。だけどもかなり高そうな車だ。数百万はくだらないだろう。
「イギリスにいた時はよく愛用していました。今回は奮発してジャグワーを、しかも旧車のマークⅡを購入しました。」
「ジャガー買ったのかよ」
「斗真、発音が違いますよ。ジャグワー、J・A・G・U・A・Rです」
「・・・」
いいじゃねぇかよ。通じればなんでもおんなじだろうが。
タイガー戦車をティガー戦車と言ったりマニアは発音にうるさいもんだ。
「オルテガ様は生粋の英国車党ですからね。イギリスの魅力にとりつかれてるんですよ。」
「そうとも。思い起こせばイギリスでの日々はなつかしい。車と人間が溶け合う素晴らしい街でした。モーガン、ロータス、マストンマーチン、ロールスロイス。英国の名車達はその環境から生まれたなのです」
インテリが語ると説得力があるな。いちいちポーズをきめるのがイラつくけど。
「そもそも60年代の車だろ。動くのか?」
「はっはっは。たしかにそうですね。ですが、イギリスにいる友人にレストアしてもらい、運転できるようにしましたよ。」
抜かりはないようだな。かなりの英国車好きのようだ。
「さて、時間も限られていますし行くとしましょう。」
マークⅡに乗り込んでエンジンをふかす。さて、楽しい買い物の初めてだ。
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「遅いな・・・・」
「気長に待ちましょう。ショッピングは女性のたしなみの一つですから。」
いつものように長い女共の買い物を首を長くして待っている男子たち。新車のジャグワーに乗って日を浴びながら時間だけが過ぎていく。
「どうしてこうも女は買い物が長いんだが」
「それは我々には解けぬ謎ですよ。かのシャーロック・ホームズもオペラ歌手であるアイリーン・アドラーには勝てなかったぐらいですからね。皮肉ながらも女とは男より前を歩く生物なのです。妻もそのひとりです。」
妻?まさか結婚してるのか。
「ふふふ。まさか既婚者か?という顔をしてますね。そうです、私は結婚してますよ。今年で29年になりますか。今は旦那様方と同行しており、スケジュールなどを纏める執務を承っています。」
「・・・意外だな。あんたにそんな顔があったとはな」
「そんな驚かれることではありませんよ。それよりも貴方、敬語を止めましたね。」
「敬語は堅苦しい。普段はタメ口だ。ダメか?」
「いえいえ、その方が貴方らしいですよ。初対面の時も無理な敬語を聞いて笑いそうになりましたからね。腹を抑えるのに必死でした。」
「たくっ・・・ん?なんだあいつ?」
怪しい奴、というわけではないが二人組の男がフラフラと千鳥足で一人は頬を抑えている。
明らかに不可解な奴等だ。
「ケンカでしょうか?どちらにせよ、何か合ったことは確かですね。」
「行ってみるか?」
「ええ」
ちょっと声をかけて事情聴取してみる。頬を抑えている奴は話せないと思い、無傷なほうに尋ねる。
「ちょっといいか、お前ら。どうしたんだ?」
「え、いや・・・」
「ご心配なく。私たちに出来ることならなんでもお申し込みください。きっと力になれますので。もしやケンカでも?」
「いえ、キャッチバーで殴られて・・・」
「キャッチバーですか?」
キャッチバーとはお客をあの手この手で無理矢理店内に連れ込み、法外な料金を取る悪質な店のことだ。
もし、店内で店員と客の間でいざこざが起きたとしても店内には自身らの仲間を客として扮装させ、暴力で解決する手段も講じられる。
「なんとも許しがたい集団ですね。その店はどちらに?」
「向こうの繁華街の奥すみにあります。『&K』という店で、客引きとして女性が立ってるので目印になるかと・・・まさか行くつもりですか?」
「ああ。おそらくあんたらが訴えてもシラを切るに決まってる。俺たちが身を持って実行するのが一番だろうな。」
「久遠家執事長として悪は見過ごせません。ここで断罪してしまいましょう。」
「あっ、あと俺らのことは黙っといてくれよ?当主様にバレたら色々面倒なんでな。」
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「あそこですか・・・。中々いい雰囲気の店ですが、紳士的ではない。あんな店は母国にはありませんよ。」
「だろうな。色々派手だし。それより未成年の俺がおんなバーに入っていいのか?」
「非常事態といえる状況です。この際、お互いの身分は偽りましょう。今回だけ特別です」
「そうか。なら行くか」
「おっとその前に。この服では身元がバレます。私の車のトランクにいれてあった服でいきましょうか」
たしかに執事服でバーに来店とはいささかアホだ。ここはオルテガの一案に従った方がいいな。
用意された俺の服はスーツだ。こんな真っ昼間にスーツ着た奴がウロウロしてるのは変なやつらと疑われるが、執事服よりはましだろう。
オルテガもスーツだ。スーツを着ると一段とイギリス紳士に近づいた。
「あのキャッチガールの前をテッパンで通るぞ いいな?」
「なんですテッパンて?」
このじいさん、テッパンも知らんのか。
「『金を持ってる客』のことだよ。金がないのがパンクだ。業界用語知らんのか?わかったらうまく合わせろよ」
「・・・詳しすぎますね。昔やってたのでしょうか」
隣でごちゃごちゃしてるじいさんはほっといてサラリーマンとして振る舞い、道を歩く。
ここは居酒屋やバーが多い。とはいえ、まだ夜ではないので客足も少なく、どの店も退屈そうだ。
これならあのキャッチガールの耳にも俺たちの会話は聞こえるはすだ。
「今日は競馬で50万円も入ったからな。どこかで飲んで行こうぜ」
「それはいいですね。」
さて、キャッチガールは餌に掛かってくれるか?
「そこのお兄さんたち、うちの店かわいい娘いるよ。ちょっと寄っていかないかい?」
かかったーー!!見事に餌に食いついたようだ。
「おう、それはいいな。ここにしようか。」
案内してくれるキャッチガールに聞こえないように小声でオルテガへ話しかける。
「第一関門は突破だ。あとは証拠を突き止めるだけだ」
「ええ。ですけど妻帯者が『かわいい娘』に反応して来店するとは・・・メアリーに顔向けできませんよ・・・」
なにやらオルテガはぐったりしてる。メアリーとは奥さんのことだろうか?とにかく善行してるんだから顔向けはできるはずさ。多分・・・
「お二人さんご案内~」
キャッチガールに連れられて来店したバーは天井からミラーボールが吊るされ、カラオケボックスまである。マスターは長髪の男性だ。ワイングラスをキュッキュッと拭いて水分を拭き取ってる。
すでに客はいるようだ。同じように酒飲みに来ていたとされるサラリーマン二人。
あとはサングラスかけた厳つい野郎ばっかりだ。おそらく奴等はサクラ。客として扮装してこの店内の監視だろう。
その証拠に灰皿にタバコが大量にある。違う銘柄が数本ずつ。長時間この店にいる証拠だ。しかも、一人や二人ではないな。トイレから音がするし、厨房にも数人。
かなり危険な匂いだ
さてどうしてくれようか?