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武勇に踊るは蜘蛛


蜘蛛は昆虫界トップクラスの捕食者だ。八足を器用に活かして翻弄する動き。相手を凄みさせる紅い眼。獲物の身体を突き刺すギラリと光る強靭な牙。

どれをとってもクモほどの部位を持つのは数少ないだろう。


そしてなにより特徴的なのは臀部から射出される糸だ。聞けば、そのクモの糸は生物が生成する物質のなかでも最強と言われ、またその大きさもクモがトップクラスだ。


亀甲のような入り乱れたクモの巣を張り、今か今かと獲物が罠にかかるのを待つ。工作員とスナイパーを兼ねたエージェントのようだ。

出来るなら敵に回したくない。


しかし、その罠を張る姑息さと生き血を吸う残酷さ、なによりその見た目から人間からは忌み嫌われ、険悪な存在となっている。


16世紀後半から17世紀にかけてヨーロッパ全土で盛んになった魔女狩り。その魔女の使いとして一例であるクモは特に恐れられた。


しかしながら、その禍々しいクモの魅力に目を眩まされた男が一人。


名をジャスク・ボスタニック。ルーマニア周辺を巣として暗躍する最重要監視人物(レッドリスト)の一人。







▼△▼△▼△▼△▼△






久遠家の屋敷からそう遠くない距離にひっそりと佇む空き倉庫。随分昔にこの近くで炭鉱があったらしく、盛んな時期があったがそれはもう過去の話。

数年もすれば管理が行き届いてない故に錆び始め、十数年も経てば建物の内装も酷く荒れ始めた。


一般の人どころがこの倉庫を壊そうとする者もいない。何故ならば、夜遅くになると黒に染まった輩が住みかにしてるとか、暴力団の拷問の場にしてるなどとまったく関係ない噂も立ち込めてる。


どちらにしろ、こんな不気味なボロ倉庫に用がある者はいないだろう。


それにも関わらず、この倉庫へ足を踏み入れる者が一人いた。

いやこの言い方には語弊があったようだ。


一人なのは認めるがあいにく一人目(・・・)ではない。すでにここに一人来ており、執事服の青年が二人目の尋ね人だ。


複雑な言い分ではあるが、ようはこういうことだ。


一匹のクモが糸を紡ぎながら獲物がかかるのを待っていると言うことだけだ。



その二人目となる青年、五月雨 斗真は飛んで火に入る夏の虫と言わんばかりにその空き倉庫へ身を委ねる。


春なのに涼しい雰囲気だ。ただ空気が冷たいのか、獣の本能がそう感じてるのか、定かではない。


「クモの巣ばっかりだな。それほどクモになりたいか。」


「ククク・・・。日本には女郎蜘蛛という女の妖怪がいると聞く。光栄ならもし会いたいね。」


「残念ながらそれは伝記だ。会いたいなら地獄行きの列車に乗りな。」


「残念だが・・・地獄行きはお前さんだ!」


腰のホルスターから抜き出した小型ナイフを数本投擲した。

しかし斗真の回し蹴りでそのすべてのナイフが蹴り落とされる。


カランカランと金属音が倉庫にこだまするとジャスクの表情が一変する。


「・・・お前、何者だ?」


「ただのしがない執事だ。お前こそどうなんだ、"魔蜘蛛(スパイダー)"」


最重要監視人物(レッドリスト) ヨーロッパ部門。そのファイルリストに載せられた一人、そいつがこの"魔蜘蛛(スパイダー)"だ。

毒や暗器などを駆使し、対象者を殺す前にジワジワなぶる残虐な暗殺者として知られてる。ルーマニア、セルビア、ハングリーなどの欧州南東部を中心に行動している。


遠峰のじいさんの友人に書類をまとめてもらい、ようやく判明した。


「成る程・・・ただの執事ではないようだ。あの女が心を許すわけだ。」


「凛が?」


「そうさ。あいつは"冷酷な処女"とも呼ばれてる。誰にも忠せず、どこにも属せず、孤独に生きていた"蝙蝠(ファントム)"だからな。お前になついてるのは驚いたよ。」


「かなりうざったく思ってるようだな。」


「当たり前だ!あの女、十六夜 凛は俺を汚した。俺の名誉を!プライドを!誇りを!あの女は泥を塗ったんだ!それを易々と許すわけがない!」


身震いするほどに辛辣な表情を浮かべ、この倉庫の天井に届くほどの怒声をあげる。

ジャスクは怒りに身体を支配され、奇行が増加してる。こういう輩は厄介だ。例え腕を千切られようと、足を折られようと獲物を殺すまでは決して止まらない。怒りに溢れた者はそんな奴等だ。


シャッ!


再びナイフが投擲される。身体の急所を狙った正確な位置だ。しかしそれさえも届かぬ。


ジャスクは目の前の男に警戒を怠らない。自分とはかけ離れた存在の人間。日本のことわざで能ある鷹が爪を隠すとは言うが、まさしくその通りだと思える。


武器は何もない。腰が膨らんでるからナイフを帯刀しているようだが、使うそぶりも見せない。手加減してるようにも見えない。


ならば得意技で殺すとしよう。


「お前が何者かは知らんが・・・このまま長時間戦うのは面倒な奴だ。ここで終いにさせてもらおうか。ハイヤッ!」


持てる限りの特殊な形状のナイフが一斉に全方向にばらまかれた。

しかしそのナイフは斗真には当たらなかった。それどころが一本も斗真に向かうことなく、辺りの壁や天井に突き刺さった。


「・・・なんだこれは?何か仕込んでるのか?」


異様な風景にこれまでにない気分が催してくる。不安と心配、それに恐怖。かつて味わったことのない感情だ。戦闘時は感情に左右されたことは少ない故に。


すると目の前に細くきめやかな物が舞い降りた。



ーー髪の毛だ


「これか・・・凛が言ってた『見えない刃物』ってのは」


凛の白い肌を傷つけた『見えない刃物』は斗真の髪の毛を数本切断した。切れ味から察するにかなりの業物と伺える。


さらに後ろに後退すると袖や腕がスパッと切れた。これも『見えない刃物』のせいだろう。


「これぞ、"不可視(インヴィジビレ・)剣戟(ブレイド)"。俺の秘技にして奥義。俺以外には見えず、解けず、触れることの出来ぬ業物だ。」


「"不可視(インヴィジビレ・)剣戟(ブレイド)"か・・・厄介な代物だな・・・」


スパッスパッとまた切れた。今度は彼の右頬をナナメに一閃し、紅蓮の液体が滴に変わり果てる。血の滴はポタポタッと執事服の襟を紅く湿らせ、シミを作る。


大怪我でもないのにかなり痛みを感じる。緊迫した状態なのでそう想感しているようだ。


「ククク・・・そうだ、もっと痛みにひれ伏せ。これだよ、俺が楽しみにしてたのは。人間が痛みで歪めた表情を眺めるのは俺のたしなみだ。何度見ても飽きないよ。」


「そうかい。なら、自分の表情でも眺めてたしなんでな!」


二人の刀剣が激しくぶつかり合い、甲高い金属音を奏でた。鉄琴がスティックにより、強烈なメロディーを奏でるようにしてホールに見立てた空き倉庫へ響かせていく。


力強く鳴らすのは斗真、それをギリギリのところでアシストするのはジャスクだ。

淡々と深く染みる剣劇は鬼舞のようだが、ダンスの1種のようにも見える。これも凄腕の暗殺者が成せる代物だからだ。常人では成せないだろう。


「くっ!?」


「まだだ!」


隙の出来たジャスクへ鋭い蹴りを一撃。吹き飛ばされた身体を立て直し、なんとか着地したがさらにもう一撃。



今度は斗真の"狼牙(ファング)"を横から袈裟斬り。"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"で斗真の右頬を切るように、斗真もまた"狼牙(ファング)"でジャスクの右頬を切りつけた。


それにともない斗真と同じように頬を血が伝う。


「・・・久しぶりだ、凛に負けて以来、傷を付けられたのは。ゾクゾクする強さだ。だが、」


スパッ


「この"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"を攻略しない限り俺には近づけない。」


"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"がまた斗真を切る。それはまるで、ジャスクを守るように斗真を攻撃したようだ。



さらに見えない剣が切りつける。容赦なく彼の執事服を切り裂き、皮膚にも一筋の赤い切れ目を作った。


「ほんとに厄介だな・・・」


一体どうやってるのだろうか。どこかにいれば必ずとも当たる剣。そんなまやかしのような物がこの世に存在するてあろうか。


いや否。あるわけがない。なにかしらトリックがあるに違いないはずだ。



スッーとゆっくり目を閉じて神経を研ぎ澄ませる。眼を閉じたことで視覚は無効となり、味覚ははなっから役に立たない。

ならば、残りの感覚を集中させ、"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"の正体を解き明かすことにした。


微かな音を聞き分けて位置を掴む聴覚。

吹き抜ける風の変化を読み取って方向を読む触覚。

自分の血が付着してるはずの刃物を嗅ぎ分ける嗅覚。


この三つを最大限に発揮することで常人では不可能なことが出来る。

戦地を駆け回った彼ならでは戦法だ。


「ケケケ・・・何をしてるかは知らないが、戦闘中に余所見とは馬鹿者だ。」


ジャスクの戯言にも耳を貸すことがない。

それからして静寂に静まり返った倉庫内を彼の聴覚、触覚、嗅覚がレーダーのように正体を暴き出す。


「風を切る音・・・薄く平らな物か?・・・いや、刀剣の類いなら風を受けることも出来るはず。なのに風の抵抗をまったく受けない。それどころがどの方向からの風流からも抵抗されないのか?血の匂いはすぐ側だな。」


情報は読めた。あとは結論だ。


そして、彼が導いた結論を証明するために彼はある行動を試みた。


(俺の結論が正しいなら!)


ジャスクとは正反対の方向を袈裟斬りする。空気を切ったが、もう一つあるものを切った。









ーー糸だ。




ピアノ線のように、ナイロンのような細くきめやかな糸が斗真の"狼牙(ファング)"によって真っ二つに切断された。


「ちっ・・・バレたか」


ジャスクが秘技を見破れたことを吐き捨てた。


"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"の正体、それは糸だ。

ナイロンのような細く丈夫で、糸ノコのように物体を切断出来る要素を加え合わせられた鉄糸。さしずめ、見えない刃物とは糸による斬撃ということだ。


一本の糸が切られたことでそれに連結していた他の糸が一斉に解き放たれ、崩れていく。それはまるで、クモの巣の糸を切ったことで、巣が崩壊していく様のようだ。


ジャスクもまた、クモの巣が崩れていく様を名残惜しく見ていた。


「中々だ・・・俺の"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"を見破るとは・・・」


「クモは地に落ちた。もはや罠を張る工作員の役目は終わったのさ。」


「うるさい!俺はまだ朽ちぬ!この世を貪り、肥え太る豚どもを消すまてはなぁ!」


顔には青筋が立ち、目は開ききってる。唾を撒き散らし、怒りを露にしてくる。


「・・・よほど政治家が嫌いなんだな、俺もさ。なんかトラウマでもあるのか?」


「もちろんだ。自分達の理想を作るばかりに国民を利用し、挙げ句のはて、実現さえもしない夢を見てる・・・そんな奴等は許さねぇ・・・。全員殺すまで俺は死ねぬ。」


「・・・一つ聞くが、お前、どこの生まれだ?」


「・・・ルーマニアのブカレストだ。」


やはり・・・か。あんな政治家を罵倒する台詞が吐けるのは実際に体験した奴だけだ。ジャスクは幼い頃よりその政府の実態を見て心苦しかったのだろう。


そして、彼がルーマニア出身ということは・・・


「『チャウシェスクの落とし子』ってなわけか・・・」


斗真の台詞にジャスクはビクッと身体を軽く身震いした。やはりトラウマなのだろう。



『チャウシェスクの落とし子』。今なお問題となっているルーマニアの実態のことだ。


1966年、当時のルーマニアで独裁政権を築いていたニコラエ・チャウシェスクは国の人口を増やすため、人工妊娠中絶を法律で禁止した。


『産めや、増やせや』として始まったこの政策は一部の女性を除いた全女性に強制され、秘密利に中絶する者も少なくはなかった。

国の人口ははね上がったが、今度は育児放棄によって、孤児院に引き取られる子供の数が増えるという新たな問題が生じた。


独裁者のニコラエ・チャウシェスクとその妻であるエレナ・チャウシェスクは国民の反感を買い、公開銃殺されるが、その爪痕である孤児達が残されたわけだ。

これが『チャウシェスクの落とし子』だ。


「そうだ。俺は『チャウシェスクの落とし子』。そして、その原因たるあの二人をなぶり痛めた革命軍の補佐さ。」


「二人とはチャウシェスク夫婦のことか?」


「ああ、革命軍に捕縛された二人はもちろん死刑だろう。それまでの間、革命軍の幹部クラスは二人をいたぶることが出来たのさ。あれは必見だったな。殴り、蹴り、歯を抜き、髪を掴んで頭皮から引きちぎる。拷問並みの激痛を与え、苦しめたのさ。そうすることで仲間は復讐を果たせたわけさ。」


「そうか、それはよかったな。」


「そうだろうそうだろう。だが、美しい女が苦しむ様もいいもんだ。奴の補佐をしていた女や支持していた女性陣はいい声で嘆いていたよ。男達に蹂躙、暴行され、苦しむ姿は目の薬になったもんだよ。」


懐かしい思い出を思い返すように、口に出していく。彼らが行った犯罪のすべてを語るようにして楽観に溺れていった。


「一つ残念なのはあの女達と同じように、凛の死様をな眺めること・・・がぁッ!?」


話してる途中のジャスクを蹴り倒す。斗真の怒りの一撃だ。仲間を汚した奴を許すわけがない。


「やっぱり止めた。同情して逃がしてやろうかと思ったが、俺の思った通り、










糞野郎だな。」



「な、なにを・・グフッ!」


さらに凄まじい蹴りをもう一つ。攻撃する暇も体勢を整えさせる暇も与えることなく、次々と殴打を続けていく。


「く、くそっ!」


なんとか断続的な手足から抜けられたジャスクは大きくジャンプし、"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"の糸の上に乗った。


極細の糸なので端から見ればジャスクは宙に浮いてるように見える。しかも、糸の上を歩く姿はまさしくクモのようだ。


ジャスクが履いてるあの靴の裏には鉄板でも仕込まれてるようだ。そのためにあのような刃物状の糸の上を歩行することが出来るのだろう。



(やれやれ、そろそろ本気出すか。)


斗真は凛達が待ってると思い、本気を出してジャスクを相対することにした。彼が本気を出すことは少ないが、疲れるからという理由で滅多にしないことだ。


それほどに恐ろしい物だと伺える。



▼△▼△▼△▼△▼△




「また停止しただと?」


斗真は身を低くし、何かの構えをとっている。


これにはジャスクも警戒を怠らない。さっきの糸を見破ったのも停止した後の出来事だった。つまりは、動きを止め、集中することで強化できるようだ。


「だが!動きを停止したことが仇となったな!」



しかし、その一手を踏むこともなく、ある異変に気づく。


カタカタカタ・・・


(糸が・・・揺れてる?)


微かだが、"不可視(インヴィジビレ)剣戟(ブレイド)"は弦を弾いたようにカタカタ揺れてる。

長年この糸を使ってきたジャスクは今までにない異変に頭を悩ませている。


(まさかこの糸が・・・恐怖してるのか?)


それに肯定するように震えはさらに強くなっていく。


(今の今まで、かつてかかったことのない獲物の侵入に俺の糸が震えているというのか?得体のしれない者への恐怖心。こんなことは初めてだ!)


チラッと斗真を見てみる。その黒髪から除く彼の眼光は凄まじかった。


「っ!?あの目は・・・本物(・・)のクモの眼だ!」


わなわなと震える自身の身体。糸に連動するかのようにしてその身は震えていた。


「な、何者だ貴様ぁ!」


「さっきも言っただろ?ただのしがない執事だよ。」



踏み込みからのトップスピードへ移る。豹の狩りを連想させるその動きは辺りの糸を切り裂き、ジャスクの腹へと強烈なパンチをお見舞いした。


気絶し、体勢を崩したジャスクは、地面へと叩き潰された。


ここ日本の片隅にて、ヨーロッパの"魔蜘蛛(スパイダー)"は地に墜ちた。


「ふぅ~。これで一件落着か。」


ジャスクはのびてる。今のうちに凛たちや警察に連絡しておくか。




それからまもなくして、駆けつけた桜花達と再開し、ジャスクは警察に連行された。


凛のほうも毒が完全に抜けたようで、いつものように元気だった。


いろいろあったが終わりよければすべてよし、普段の生活に戻ることにした。




▼△▼△▼△▼△▼△





「おはようございますお嬢様。」


「う・・・ぅん・・・」


先日の事件のことはもう頭の中からサヨナラしていつもの日常に戻ってる。

いつものように桜花を部屋まで起こしに行き、洗面所へ連れていく。


何回もやればもう慣れっこだ。千鳥足で半目の桜花の顔は面白いので和ませてもらっている。


セシールに関しては知らない。あいつはパッと現れ、パッと消える神出鬼没の奴だからな。またどこかの私設で新しい生物実験でもやってるのだろう。


そして、凛に関しては


「おはようございますお嬢様。」


まったく問題ない。それどころが元気が余っていて何よりだわ。うんほんと元気がいいね。


「お嬢様、先に食事をどうぞ。部下がお待ちですので。」


「ふぁい・・・・」


桜花は部下のメイドに連れられ、食事しに行った。さて、俺も行くかな・・・


「斗真、少しお話が・・・」


「ん?何だよいきなり。」


俺も食堂へ行こうかと思ったら凛に止められる。お互い正面を向き、なにやら真剣な表情だ。


「先日はありがとうございました。おかげで呪縛から解き放たれた気分です。」


「気にすんな。当たり前のことをしただけだ。」


「これはほんのお礼です」














チュッ


「はっ・・・?」


キス、kiss、鱚、帰す、『きす』この単語で変換すればこのように表記されるだろう。

今の行為がどれに当てはまるかといえばキス。前者の二つが表現として最適だ。


俺は、凛に、キスされてる。



・・・頬だけど。



「リップはまだ早いようです。私の国では唇同士でのキスは婚姻の際にととっておくものですので。」


「おい」


「何か?」


「勝手に売女のような仕草をしやがって。一体何様のつもりだ?」


「なんと・・・女の決意を踏みにじるような酷男だったとは・・・新たに失望しました。」


「いやいや、そうじゃなくて何故にキス?」


「はて?変なことを聞かれましたね。国のために悪を滅ぼした英雄には女神のキスが当たり前でしょう。謝礼金が欲しかったのですか?」


「なんのこっちゃだかわからん。」


「女の勇気に目を向けない男は一生そこで悩んでなさい。私はお嬢様の元へ行きますので。」


「あっ、ちょっと待て!」


いきなりのキスから始まって考える暇を与えることなく、その場から消えた凛。一体あのキスはなんだろか。


(まさか・・・俺を好いてると?)


今まで色事に興味どころがそんなことする時間も余裕もなかったので色情には欠けている。

今のキスがお礼としてではなく、男女としてのキスならば?そうなれば結論は一つしかない。


あの凛がか?いやそんなはずはない。あの不躾でぶっきらぼうの凛がだぞ?

天地が逆さになってもそんなことはありえない。何かの間違いだ。


そんなことをずっと考えるあまり、今日一日は全然集中出来なかったのは当たり前だった。










「やはり、悩んでいますか。まあ、いいでしょう。攻略がいのあるキャラは堕とすのが醍醐味ですので。」


頭をワシャワシャと掻き立てる斗真を遠目に窓から除く凛。太陽が映えるその姿は女体像のように絢爛だ。


「お嬢様もライバルとなれば、そう簡単には堕とせない標的ですね。ですけど、」


窓から離れるとおのが主の元へと歩きながらこう呟いた。


「きっと貴方を振り向かせてみますよ、斗真。」


その呟きを聞いた者は誰一人居なかった。




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