白鴎学園へGO!
狩人、その名は俺の異名だ。
老若男女、人種身分構わず、目標を完全に仕留めることから名付けられた恥ずかしい名前だ。正直、嬉々としない。
たしか、どこかの国の国際指名犯の外国マフィアの首領を殺す時だったかな?
依頼を終えて依頼人の元から去った際に依頼人がそう呟いていたような気がする。
さてはあの時からか、俺が恥ずかしい名前で呼ばれるようになったのは。
この変な名前を貰ってからどこでもいつでも呼ばれるようになっちまったな。
そもそも人の命を奪う仕事に異名など必要ない。必要なのは己の信念と身体のみだ。中二くさい台詞並べても無駄な行使だと思うが。
そんな中二感全開の名を持つ俺は就活してたわけでもないのに、就職できた。
アルバイトでもなく、パートでもなく、正規の社会人としてだ。いや、よくよく考えれば俺、まだ未成年だ。社会人と呼ぶのには程遠い。
それは置いといて、就職先は命の恩人でもある桜花の実家、すなわち久遠家の屋敷だ。
ちょうど空いている役職があるから、そこをやってくれとのことだ。
その役職とは、
「朝ですよ、お嬢様。」
「うぅ・・・・んっ・・・」
「ほら、頑張って起きてください。さもなければ私が凛と朝から近接戦闘をしなければならなくなります。」
「んっ・・・・斗真か・・・?」
布団にくるまってなかなか起きようとしない桜花を揺さぶって起こす。
ちょっとだけ服がはだけてるので、マシュマロのようなツルツル生足が布団から見え隠れしている。
あいにく、俺はロリコンでも脚フェチでもないので、興奮はしないが長い時間見るのは好まない。変態と呼ばれて殴られるのがオチだ。
そう、俺の役職とは執事だ。ちなみに護衛も兼ねてる。
執事。
一般に事務を管轄する者を意味し、高位の人物の家や寺社で家政・事務を執りしきる者を指す役職だ。『wiki』より
そんな上部だけの言葉並べても接しないといけない役職なんてやりたくない。
だけども、凛が『敬語を使わなければ牢屋へ逆戻りですよ?』って半場脅迫じみた高圧的な態度で迫るから仕方なく了承したんだ。
敬語と牢屋、どちらを取るかはバカでもわかる。断然敬語のほうがいい。牢屋で残りの人生を過ごすよりはな。
そんなこんなで、牢屋へ行かなくて済み、なおかつ給金も貰えるこの屋敷で生活することとなった。
この執事服脱いでいい?
「お嬢様、早く起きてください。早くしないと学校に遅刻しますよ?」
「うぅ・・・抱っこしてぇ・・・」
「はいはい。」
あまりに朝が弱いのか、俺を洗面所まで連れてくよう指示された。
逆らうわけにはいかない。俺は渋々だが、桜花を抱っこしてやり洗面所へと向かった。
「ふむ、ちゃんと規則を守ってますね。」
「見てたなら明日からお前が起こせ。俺は掃除でいいから。」
俺がちゃんと仕事をしてるか監視しに来たのだろう。ドアを半開にして、覗き見ていた。なんて不躾なメイドだ。
「伝説の暗殺者である『狩人』とあろう男がお嬢様を洗面所へ連れていき、性的暴行をする。私にはこんな結末が見えます。」
「お前、精神科に行ってこい。」
まだ俺を信用していないのか、所々で暴言が入る。だけど、俺の異名である『狩人』を知ってか、少し態度が軟化した。
あいつも元は暗殺者だ。俺の活躍ぐらいは知ってるはずだからな。
「洗顔が終わったら食堂までお連れください。食事を済ましたらすぐに出発ですので時間厳守で行動してください。」
「へいへい。」
言われるがままに桜花を洗面所へ向かわせ、洗顔の手伝いをしてやる。こいつどんだけ朝に弱いんだ。ほとんど寝てるじゃねえか。
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「「「行ってらっしゃいませ。お嬢様」」」
朝食後、数十人のメイド達に挟まれた通路を桜花と共に歩く。
この屋敷で唯一の男が珍しいのか、俺をジロジロと見ている。正直、やめてほしいもんだ
立派なリムジンに乗るとすぐに出発した。
するとリムジン内でどこからか出したファイルを凛が読み上げる。
「先日の誘拐の失態と反省を踏まえて学園側からは護衛を敷地内に入れることを許諾しました。これで貴方と私は学園内を自由に行動できます。」
「遅い判断だな。つーか俺もか?」
すると凛はキッと凄みある睨みを一瞬だけ見せ、流暢に話続けた。
「貴方は観察処分者です。お嬢様が認めたとはいえ、私はまだ貴方を許す気はありません。帯刀、及び帯銃は許可しますが、原則としてGPSを付けさせてもらいます。」
「そこまで俺を信用していないのか」
「はい。こちらで預かったとはいえ、注意は怠りません。」
「安心しな。俺は逃げる気も、桜花に手を出すこともないさ。命の恩人だからな。」
キイィ
学園に着きました。
ここが白鴎学園か。スゴいデカさだな。
白を強調としたレンガと人が西洋風の城を模したかのような設計だ。
それに校門前にはたくさんのリムジンやロールスロイスなどの高級車が止まっている。俺と同じように執事がドアを開けて学生を見送っている。
子供の送り迎えだろう。でなければ、あんな高級車にあんな醜男が乗るわけがない。親の七光りだな。
「お嬢様のカバンは斗真がお持ちします。」
「おい、勝手に荷物係に指名すんな。」
とはいえ、逆らうわけにはいかない。逆らえば凛の回し蹴りを食らうこととなる。俺は渋々だが、桜花のカバンを持ってやる。
『見ろ!久遠家の凛さんだ。』
『いいな~、私もあんなスタイルになりたいな。』
『いつ見ても綺麗だよな。俺、あの人のファンクラブに入ろっと。』
校門から昇降口までの長い道のりを三人並んで歩く。周りの学生がチラチラとこちらをチラ見しているが目的は凛と桜花だろう。二人とも顔は一流だからな。
特に、凛の人気は半端ではない。男子はヨダレを滴かけ、女子は憧れと羨望の眼差しで見つめている。しかもファンクラブまであんのか。どれほど人気なんだこいつは。
そして、俺にも
『ねぇ、あの男の人、スゴいかっこよくない?』
『うん!なんかクールな執事さんって感じ!私もあんな男の人が欲しい!』
『もしかして、桜花さんの執事じゃない?』
女子生徒が集まっていき、俺はその方を見るとみんなして黄色い声援を挙げる。
それに対照的に男子衆は違う反応を見せる。
『ちっ、なんだあの野郎は』
『俺達の凛さんのどんな関係なのか、じっくり身体から聞きたいな』
『消えろイケメン。俺の視界に入った瞬間消してやる。』
・・・・あれ、大丈夫だよな?
いつか襲われるのでは?と怯えながらも昇降口まで辿り着く。
「お嬢様は教室へ。斗真と私はこの辺の見回りをしておきます。昼食時にまた会いましょう」
「うん!」
桜花は俺たちに別れを済ませると友人たちと教室へと向かった。去り際に寂しそうに視線を送ってきたが、大丈夫だと目線で送り返したら元気を取り戻したようだ。
見回りか・・・まあ基本だしな。
先日の誘拐の件を反省し、俺にも武器の所持を許された。
俺の装備は凛より多いが、些か制限されている。
まずは拳銃。拳銃は俺も長年使っており、扱いやすいM92fを。だけどもマガジンは一つだけだ。ケチな奴だろ?
ナイフも一つだけだ。戦闘用なのがなによりの救いだ。凛ならただのペーパーナイフを持たせてくるのかと思ったよ。
そして身体中には暗器が仕込まれている。投げナイフ、隠し武器、あとは医療道具。
これに関しては了承が出た。できれば他のもしてほしいもんだ。
「では行きましょう。ちゃんと仕事をしてくださいね。これぐらい猿でも出来る仕事ですので。」
「ケンカなら買うぜ?」
「ふふっ、冗談ですよ。」
むっ、こいつ笑うと以外に可愛いな。いつもぶっきらぼうに真顔だからな。笑うところなんて見たことないし。
ジィー
「な、なんです?」
「いや、笑うと以外に可愛いなぁって思って・・・あたっ!?」
「い、いいから行きますよ!」
くそっ、褒めてやったのに殴られた。これはツッコミでも照れ隠しでもないぞ。ただの暴力だ。
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というわけで、この問題の答えはx=2です。
「簡単だな。俺でも解けるな。」
凛と別れた後、俺は桜花の教室のドアを少し開けて授業風景を覗き見てる。この学園の教師の許可を得てウロウロしてる。決して怪しいものではないので注意。
科目は数学のようだ。公式を当てはめて計算させているのだろう。
ちなみに桜花は窓側だ。一生懸命に黒板の文字をノートに書き写している。なぜかは知らんが和む風景だ。
ここで桜花の観察に夢中になっていると俺の暗殺者としての直感が反応した。手慣れの者がいる、と俺の研ぎ澄まされた本能が反応しているのだ。
(この近くか?誘き出すか)
コソコソと廊下を抜け出して階段を降り、昇降口から出て学校の裏側へと到着した。
それに伴い、相手もこちらへついてきてる。桜花や他の生徒狙いではない。あきらかに俺狙いだ。
校庭とは反対の方向へ向かう。ここは手が加えられていない茂みだ。サクラやアカマツが生え並び、深き森を連想させる。
そこの木々の間へと身を潜め、追手の様子を探る。
さてさて、誰が来るやら・・・
カサッ・・・・
「後ろか!?」
常人越えした聴覚が動物に触れてかすかに草木が揺れる音を聞き分けた。
その音源は後方。間違いなく後ろから聞こえた音だ。
目の前の茂みの枝が数本ほど斬られ、宙に飛び散る。それは鋭利な刃物で切断されたものだ。
「ーーーーーー刀か?」
こんな鮮やかな切断面は刀でしか表現出来ない。
俺の推測を確認するかのように刀を携えた女が突きで刃を振るってくる。
「チッ!誰だおめぇは!?」
「・・・」
女は無言だ。話す気がないのか、はたまた話せないのか、どちらだかは知らないが今は戦闘に集中するべきだ。どうせこの女は待たせてくれないしな。
まいったな、制限されたまま戦うのかよ、
俺が釈放された後、屋敷で契約者を書かされた。
この久遠家で働く際の誓約だろう。やけに多いし、字も細かい。目が疲れるぐらいな。
しかも、時間厳守だの、桜花のことを最優先だのと厳しい。俺のことなんか一つも書いてない。
とくに重要事項なのは殺人禁止だ。桜花自らが書き足したことで、これ以上人を殺めないでほしいと願ってのことだった。
つまりこれは、俺の実力がセーブされることになる。これほど大変なことはないぞ。
まあ、桜花のあのキラキラした上目遣いを見せられちゃ、嫌とは言えないしな。渋々了承したよ。
そんなわけで俺はこの女を殺さず、手加減して勝たなければならない。
骨が折れる作業だ。
「はぁ!」
この一撃からしてもかなりの腕利きだ。相手の死角からの鋭い剣撃。急所となる筋肉の薄い脇腹や太股の裏側を正確に突くその眼。
並の手慣れなら納得できるな。
キィィーン!
女の刀に対抗するために取り出した戦闘用ナイフで攻撃を防ぐ。
このナイフは桜花が俺のためにCOLDSTEEL社にわざわざ発注してくれた特注品だ。
護衛するにあたり、必要不可欠な業物をナイフメーカーとして名高いCOLDSTEELに頼んでいたのだ。
俺専用のナイフとして作られたナイフは刃渡りも長く、身体にもフィットし、扱いやすい。
若干小太刀に似てるようにも見えるが、まあ使って困ることはない。
そのナイフの銘は『狼牙』と呼ばれる。
どいつもこいつも中二くさいネーミングセンスだな。もっとマシな名付け親はいないのか。
だが、世界一のナイフメーカーが作ったナイフとはいえ、今戦においては不利な点もある。
「・・・・ッ!」
それは長さだ。日本刀の刀身の平均は72センチほど。この『狼牙』の刃渡りは25センチぐらいだ。あきらかにこっちが劣性だ。
刀の刀身を確実に塞がなければ重症を負うことになる。全神経を集中させて一撃一撃を交じ合わせていく。
カッ!カッ!
一撃、また一撃とふさ塞ぐ。一つ一つの重さはないが速さがある。一撃の威力よりも手数を得意とするのか。
「・・・主、何者だ?」
ここでようやく女が口を開いた。かなりドスの利いた声質だが、怒ってるわけではないようだ。
「単なる一般人だ。覗き見好きの」
「貴様!」
ちょっと茶化しただけなのにメチャクチャ怒ってるぞ。冗談の通用しない奴だな
さらに怒りを籠めた剣撃で森林のなかを舞踊する。剣舞ともいえるその可憐な立ち振舞いに目を奪われ、少々回避が遅れつつある。
いかんいかん、集中集中
感覚を研ぎ澄ませ。己は強敵を前にしているのだぞ。
そう心のなかで指摘することで邪念が振り払う。そして、大きく息を吐くと、
「ーーーーっ!?」
女に向かってその雄々しき脚で素早く跳躍し、距離を縮めた。
「なんだ今のは!?」
女は仰天してる。今の速さは自分がこれまで味わったことのない速さだった。
獅子のように地を駆け、鷲のように滑空するその身体は一寸も疲れが見えない。
つまりは全力ではないということだ。
「・・・まさか、ここまでとは」
冷や汗、緊張、過呼吸、瞬き、身震い。自体が眼前の敵に支配されてるようだ。
身体が言うことを聞かない。それに関わらず戦闘の邪魔となる焦りが生じてきた。
そのせいで冷静な判断が出来ない。
「どうした?もう降参か?」
「いや・・・」
女は俺に話しかけられたことで落ち着きを取り戻し、構えを解く。
「先程の急な襲撃は謝り申す。なにせ、怪しい者はすぐ斬るのが定め。貴公も同様に斬るはずだった。」
やけに古くさいしゃべり方だな。年はおんなじぐらいなのに。
あとこいつ、俺を不審者と勘違いしてるな。なんでどいつもこいつも俺を怪しい目で見てくるかね。
だけど、最近は暇だから少し運動でもしとくか。この女を相手にしてね。
「だが、先程の武勇を見て考えを改めたで御座る。たとえ敵とも腕があるならば立派な好敵手となろう。名を教えてくれるか?」
今度は名を聞いてきた。別に俺の名を知ってどうこうするかは知らんが、教えろと言わんばかりに目が物語っていたので素直に教える。
「俺は・・・五月雨 斗真だ。」
「斗真殿、拙者は榊原家当主 朱乃様の侍女を担当している染河 緋鞠。いざ、再度手解きを。」
また面倒な奴が来た。