狼の本領
「ふっーーーーーーーーー」
誰もいない無人の部屋で男が笑う。
いや、男がいる時点で無人ではないので少しばかり語弊があった。
その男は銀の手錠をガチャガチャと鳴らしては食事用に用意された銀のフォークをポケットにしまうとすぐに部屋を出た。
男の行方ははなっから決まっていた。
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この白鴎市には一般市民からどこぞの御曹司までが通う白鴎学園がある。
かなりの設備が投下され、地域からだけではなく県外からも人気で年々受験者が増えているので倍率の高い学園としても有名だ。
その白鴎学園へ延びる街路樹の生える道路を青いゴミ収集車が猛スピードで走り去る。あきらかにスピード違反だ。だが、幸いなのか警察の目はなく、朝なので人もいない。
その犯行は誰に目撃されることがなかった。
そして車は白鴎学園より東に10km近く離れた昔に廃れた倉庫に到着した。
その犯行を犯したのは三人の男だ。運転席と助手席に二人、もう一人はあるところにいた。
「へへへへ、案外うまくいったな。これで俺らも億万長者だ。」
「ああ!まさか、清掃業者を装ってあのお嬢様に近づくとはな。おかげで警備も難なくクリア出来たぜ」
この証言からすると彼等が誘拐犯だろう。
彼らはゴミを入れる荷箱のドアを開けるとそこにはガムテープでグルグル巻きにされた桜花がいた。
このゴミ収集車は改造が施され、荷箱部分は人が入れるように設計されている。
そうでなければ誰がゴミ収集車が誘拐するなどと信じるだろうか。
「早く運べ。この現場を誰かに見られては困る」
リーダー格の男が二人に注意しながら桜花を運ばせる。
桜花は口や目が塞がれ、周りがどこからはわからない。ただ、耳は剥き出しなので情報は聞き取れる。どうやら、人通りの少ない地域だ
だが、その光景を鋭い眼差しで睨んでいた男がいた。
(あいつらが犯人か・・・。まったく隠すならもう少しマシな隠し方があるだろうが)
斗真だ。彼はズボンにシャツと軽めの服装に鋼鉄の手錠をしたままで彼らを見張っている。
彼は久遠家の屋敷を逃げ出した後、ゴミ収集などせずに爆走している収集車が奇妙だと睨み、張り付いてきたのだ。
これは、彼の並外れた体力があってこそ出来たこと。常人の出来る芸当ではない。
そして一本のフォーク。これは彼が朝食に使おうとしていた久遠家のフォークだ。
本当はナイフが欲しかったが彼に武器になるような物を与えないようにと思案した凛がフォークだけを寄越したのだ。
だが、彼ならフォーク一本でも充分。長年の技術と勘でそれを活かすのがプロというものだからだ。
(ひー、ふー、みー・・・。全部で3人か。)
見たところ目に入ったのは3人だけだ。まだまだ安心出来ない。
あの倉庫には多くの敵が潜んでいる可能性もあるからだ。
その倉庫の裏へ素早く移動すると裏口から侵入する。彼の眼差しは獲物を狩る狼のような眼孔だった。
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「ええい、私を離せ!」
「そうはいかねえな。あんたは大事な人質だ。なに、大人しくしてりゃ返してやるさ」
廃れた倉庫の天井からぶら下がっている小さな電球が四人の姿を映し出す。
そのうちの一人、桜花は椅子に座らせ、ロープでグルグル巻きにされている。
そして3人はニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべて桜花を見据えている。
ロリコンではないが、目の前で幼女がロープで縛られていると想像して興奮してるのだろう。
なんとも気持ち悪い
「おのれ、私をどうするつもりだ!」
「へへへ、あんたの家はかなり稼いでるだろ?なんでも、一日数億は儲けてるらしいじゃねぇか。だったら少しぐらい頂いてもバチは当たんねぇよな?」
「黙れ!あれは世界の発展途上国の貧しい人達へ募金するための大事なお金だ!誰がお前達のような者にやれるか!」
その善行溢れる発言に男達はハハハ、と一斉に笑いだし、桜花を涙目にする。
善行をバカにされたからか、その悔しさ一点張りで悲しさが溢れてきた。
彼女はまだ15歳だ。まだまだ心が脆い時期だ。仁徳を汚されたことに業を煮やしたようにも見える。
残念だが、助けは来ないぜ。ここにはあと数人は見張っている。あのメイドが来ても逃げれるようにな。
ーーーーーーーーーー悪いがそれは無理だな。
誰だ!
突然倉庫にこだまする別人の声に男達は狼狽える。
その男は初見なので誰だかは検討もつかない。ただ一人、その人物に見覚えのある者がいた。
「斗真!」
「よっ、桜花、助けに来たぞ」
「バカな!見張りの奴等はどうした!」
「そんな奴等、そこの廊下でのびてるよ。大丈夫だ、殺してはない」
そんな、と心のなかで驚愕する。
あの見張りは5人いる。その人数をたった一人、しかも見るところ手錠が掛けられているままで殲滅するとは。
かなりの実力の持ち主だとわかる。
「どうしてここがわかった?」
「そりゃあ、簡単だ。あんたら、ゴミ収集車を改造したようだがバレるさ。今日は燃えるゴミ。高確率で捨てられるはずの生ゴミの臭いが一才しないんだからな。あと、町中爆走してるもんな、怪しまれるさ。」
「ちっ! どうやら俺らは敵にしちゃいけねぇ奴を敵にしちまったな。こうなりゃ、仕方ねぇ。あんたも縄についてもらうぜ、おい!」
その男の一声で二人の男が倉庫内に散乱していた鉄パイプを持った。
そして、斗真目掛けて襲いかかったのだ。
「死ねぇ!」
「悪いが、それは御免だ」
ヒラリとかわしては額にフォークを刺してやる。
フォークの先端は安全面を配慮して丸くされているが尖ってることに代わりはない。
突き刺すと鉄パイプを離して額を押さえ込みながらのたうち回った。
「くそっ!」
次の男も同様に排除しようとする。
まずは男の振るってきた鉄パイプを真剣白刃取りの要領で手錠の鎖の部分で受け止めてやる。
ダイヤモンドを含んだら鋼鉄とただの鉄、どちらが硬いかは一目瞭然だ。簡単に弾かれ、攻撃の隙を許してしまい、フォークの餌食になる。
「ぐべっ!」
こいつにも額に一撃。
割れなくてよかったな、うんうん。
「てめぇ・・・俺達に手を出して只じゃおかねぇ・・・。」
「それはお互い様だ。ーーーーーーー桜花に手を出して只ですむと思うか?」
軽く殺意が生まれたぜ。
まあ、殺す気はないから半殺しにするだけだ。さて、いっちょ暴れますか。
「桜花は目を瞑ってな。」
「う、うん・・・」
「な、なにする気だ?」
「なに、ちょっと大人の話し合いだ。ものの数分ですむさ」
「お、おい・・・なんだそのフォークは・・・?ち、ちょっ!まて!待てって!やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
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「いいですか?合図と共に突撃です」
「はっ!」
私は部下達に突入の指示を出す。
部下を総動員で暗躍させることで短時間でお嬢様の居場所を突き止めた。
どうやら、この辺りを散歩している人がこの倉庫で怪しい人物が数人ほど出入りしているのを見たことがあるらしいとのことだ。
情報に確実性がないのでほとんど賭けで動いてるようだが、他に情報はない。
一刻も早くお嬢様を救出しなければ
「ゴー!」
相棒のククリナイフを両手に突入する。
だが、私が倉庫で見たものはお嬢様でも、ましてや、犯人でもなかった。
「よお、お前もここが怪しいと思ったか?」
「あ、貴方は!なぜここに!?」
「決まってるだろ。あのミニロリ姫を助けに来たんだよ。あと、犯人は俺がヤっといたから。警察に連絡しとけ」
「なんだと?し、しかし・・・お嬢様は?」
「ああ、あのお姫さまなら・・・」
「凛!」
お嬢様!ご無事でしたか!お嬢様の無事な様子を見て安堵の息が漏れた。
誘拐などという失態を犯してしまったが、そんなことはもう眼中にない。
なによりお嬢様の様態が優先だからだ。
「ああ、斗真が助けてもらったからな。」
「あの男が・・・?」
この男がお嬢様を助けるとは半信半疑だが、お嬢様の言葉を疑うわけにはいかない。ここは素直に感謝はするしかない。
「・・・一応礼だけは言っておきます。ありがとうございました。」
「そんな心の籠ってない感謝は初めてだぜ。そんなに疑うのか?」
「そうだぞ。斗真は命の恩人だ。それで斗真、お礼も兼ねて食事にでも・・・?」
お嬢様は感謝をするためか、食事に同伴を持ち込んできた。
だが、そんなお嬢様の斗真が打ち明けたのは酷な言葉だった。
「悪いな、俺、追われてるだろ。ちょうど警察も来たところだがら自首すっか。」
「えっ・・・・?な、なにを言ってる!」
いきなり耳が悪くなったと思った。
自首?潔く警察に捕まると?それは意外な返答だった。
それを聞いたお嬢様は悲しい顔をしている。ここまでなついてしまったのか。
「な、なぜだ!?」
「だってさぁ、もう疲れたんだ。人を殺すのはな。なら、もう終いにしたくてな。」
「だが・・・!」
「お前らもすっきりしたろ?俺みたいな奴が消えて。」
「ま、待て!」
「お嬢様!」
先程の犯人達を護送中の警官達に手を出して自首しようとしている
警官達は斗真の話を聴いて仰天すると、すぐにと手錠をかけ始めた。
「じゃあな」
そう言うと警官達に連れられ、倉庫外に出ていった。
「斗真・・・」
斗真が出ていった後、お嬢様は寂しそうに背中を縮める。
それほど会いたいか、愛しいか、私にはわからない。
だけども、こんな姿のお嬢様は見たくない。
「お嬢様、一つ提案が・・・」
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「・・・なんで俺は3日で釈放なんだ?」
腹を括って自首したはずなのに3日目の朝、抑留中の俺を警察は釈放させた。
「保釈金が出たからな。君を預かりたいと申し出た人達がいてね。なんでも、君の身を責任を持って預かりたいとか。」
「俺の身を?どんな物好きなやつ・・が・・・?」
案内されたのは一室。そこにいたのは3日ぶりの桜花と凛だった。
「なんでお前らがここにいんだ?」
「それはだな、お前は今日から私の屋敷で働くことになった。もちろん、監視も含めてな」
「はあ!?」
「そんな驚くな。これは斗真の腕を買ってからこその頼みだ。お前の素性を調べてもらい、面白いことがわかった。」
「はい、私と同様に元暗殺者、しかも最強と謳われている神出鬼没の義賊、『狩人』だったとは・・・」
「そこまで調べるのか・・・。」
「当然です。素性を隠すものを安価に雇うわけがありません。腹の内を明けることが最低条件ですので。」
「うむ。お前が恩を恩で返すのならば、私はその恩をまた恩で返す。助けてくれたお礼だ。」
「と、いうわけです。私は嫌ですが、お嬢様のためなら貴方と屋根の下ぐらい我慢しますので。もし襲う気ならすぐに牢屋へ逆戻りですけどね。」
「襲う気なんてさらさらねぇよ。こんな牝豹みたいな女とわぁ!?」
「ーーーーーーーお嬢様、やっぱり止めましょうか。」
「お、落ち着くんだ!凛!」
ちょっとからかっただけなのになんでナイフで斬られなきゃならないんだ。
「いろいろ言ってやりたいことはありますが、一先ず車へ乗ってください。それから話をしますので。」
「へいへい」
俺たちは警察署の前に用意されたリムジンで久遠家へと向かったのだった。