死神は強さを求む
リベリア タブマンバーグ
今日最も紛争が盛んだった国 リベリアは1日数百件以上の強盗や殺人の被害が警察へと届けられる。しかしながら警察は人員が足りず、まともに動くこともままならない。
治安は最悪最低の国だ。まともなところを探せというほうが無理な話と言えよう。
斗真はこの犯罪国 リベリアとシェラレオネの国境付近にある町 タブマンバーグへと赴いていた。
ここのタリバンが近隣の町村で略奪行為をしていると軍事ニュースを通じて知った。
それからだろうか。俺の元へ依頼が来たのは。
依頼主はリベリア出身の男性。ここへは留学で来たとか。
悪いが俺は出身地や渡航理由に興味はない。興味があるのは依頼内容だけだ
話を聞けば自分の故郷であるタブマンバーグのミオレ村にタリバンがやって来たとか。西アフリカからの流れ者と思われるが、まだ再起することを望んでいる節が見かけられる。
彼らの言う通り、要求を飲んで金品や食料の類いを渡したので死人は出なかったが、近いうちにまた来ると言ってたようだ。
それを阻止し、彼らを葬り去ってくれ。そう依頼された。まだ留学の身であるので依頼金はそんなに出せない。それを承知で受けてくれと頼まれた。
もちろん俺はそれを受け入れた。これが仕事だからだ。高くても安くても仕事を断ったことはない。
現地へ来てみれば酷い現状だ。衛生状況は最悪、治安はこれまでの国で底辺。
来航しただけで不安が生じたが、これまた不安が再発した。
はやく済ませて帰りたかった。
現地ガイドを雇い、その村まで案内してもらった。村は都市部から数百キロ離れていたので夜通し移動するはめになった。
村は原始的な生活をしていた。手作りの家に近くの河川まで水汲み。貧しいながらも懸命に生活する光景を見てたくましさを感じた。
この村の村長と会った。よぼよぼの老い耄れだったがシャーマンのような神格さを感じ取った。いや、ただの老人の貫禄だろ。
村長によれば今晩から明日の朝方の間にタリバンが来るかもしれないと教えてくれた。
そいつは俺も同じ考えだったので村の入り口で数時間待った。
数時間後、たしかにタリバンは来た。AK47を基本とした武装集団で戦闘経験は皆無に等しいだろう。
俺はナイフとマシンガンを手にして戦った。村全体を利用して錯乱しながら。
そこから先を覚えてない。
「.......どうなったんだっけ?」
「戦闘中に何ボサッとしてんの。相手が見えない?」
エルが連れ去られた後、トゥエルと共に目の前にいる50人近い集団と銃撃戦をしている。
彼らはボスとかいう黒幕の手下と思われる。邪魔な俺と、仲違いしたトゥエルの射殺に駆り出された。
そのほとんどが短機関銃だ。怒濤の銃撃に身を隠すしかなかった。
そこで昔のことをふと思い出したような気がする。
いや、今はこいつらを倒してエルを救い出さなくてはならない。戦闘に不要な邪念は捨てるべきだ。
「向こうから回り込め!お前たちの班と挟み撃ちにしろ!」
アルバは仲間に伝達して俺たちを挟み撃ちにする気だ。この工場はいまだに機械が残されてる。上手く使えば弾幕を防げるが、下手すれば死角から弾丸が撃ち込まれる可能性もある。
戦場は使いようとはよく言ったものだ。誰が言ったのかわからないけど。
「ねぇ、ボサッとしてないで殺すの手伝ってよ。たしか射撃は苦手だったよね?なら弾倉変えてる間でも援護してよ」
「わかった。だが、人は殺さん。もう殺し屋家業は止めたからな」
俺の殺人禁止宣言に眉をピクッと歪めた。顔は何かと不満げな顔だ。なにか怒らせるようなことしたかな?
「殺しはやめた?何をバカなことを言ってるの。.........ふざけてる?」
「ふざけるわけない。俺は本気だ。」
「そう............ならその身体に叩き込んであげる!」
突然ナイフを抜いて刺しにかかってきた。唐突なことで反応が遅れ、力に身を任されてしまい、背中から倒されてしまう。
トゥエルは俺を押し倒した状態でナイフを逆手持ちで握り、突き刺そうとしてきた。
俺は眼前に迫るナイフの切っ先から逃れるためにトゥエルの腕を掴んで停止させる。それでも彼女は力を緩めない。
銃の発砲音と弾丸が混じれる中 トゥエルが上、俺が下のままで話しかけてきた。
「くっ..........トゥエル、何をしてる!」
「.........いい?戦いを放棄したらそこで敗者は決まる。暗殺者の身でありながら、不殺という逃げ道をお前は作った」
「それがなんだ!........逃げることは一つの勇気だろ?」
「確かに。だが、それとこれとは別だ。暗殺者をやめた?殺し屋が殺人を止めることは狼が己の牙を折るのに等しい。これは実力を持ってる者がその実力を発揮せずに無駄に終わる、要は宝の持ち腐れ。それが今のお前だ。」
「.........ちっ、イカれた女は違うな」
「舌打ちでも罵倒でもすればいい。力強く吠えるのは強者の証拠。だがお前は力も誇りもないただの犬だ。ただ飼い主に餌をねだる飼い犬に成り下がったんだよ。」
怒りを籠めた豪語はこの戦況に響く銃弾よりも俺の耳に響いた。
あのトゥエルがこんなにも感情を爆発させるのははじめてだ。喜怒哀楽の8割りは欠けてるからな。
だが、相変わらず気味悪い笑顔は魅せたままだ。こいつのチャームポイントになりつつあるな。
「殺しを止めても意味はないのよ。殺さなければ殺られるだけ、仲間が死ぬだけ。それでもいいの?」
「守る方法なんぞ、殺す以外いくらでもある。説得、和解、鎮圧、無力化........こんなにもな。殺しだけと決めつけたお前の敗けなんだよ!」
「なに?私が悪いというの?.........違う。傷つけ合うのは生物の本能。それに抗うのは自然界から離れた異物。所詮、人間も戦うしかない。」
まだ考えを改めないつもりか。そろそろ腕が限界に近づいてきた。プルプルと震えてきたぞ
「あの頃のお前はまさしく狼だ。獲物は必ず、着実に、的確に、仕留める狼だった。狼王ロボとでも名前を付けようかしら?」
「あ、生憎だが.......俺は小説に出てくる狼じゃない。そろそろ退いてくれるか?」
「嫌だね。そんなに退いてほしいなら私を殺せばいい。それとも.........お前が先に死ぬか」
ナイフの切っ先はもう眼前だ。あと数センチの幅しかない。
少しでも力を緩めればそこでゲームオーバー。待つのは死あるのみだ
「さぁ、殺されるか、殺すか。それしか道はない。あの頃に戻れ。あの猛々しかった全盛期のお前へ。私を殺してあのガキを救ってみろ」
「い、嫌だ.......」
「なぜ抗うの?私は死など恐れていない。さっさと殺せばいい。それとも殺すのは嫌か?ならばここで殺してやる。」
「悪いが.........それもゴメンだ!」
一瞬の隙をついて腹へ一撃をお見舞いする。
さすがのトゥエルも今の攻撃には遅れをとった。咳をしながら横になる。
「はぁはぁ.........このイカれた女を相手にするのは疲れる。」
トゥエルを横目に転がってる銃をコッキングする。アルバが置いていった我が銃だ。
中身はゴム弾。トゥエルにも豪語したんだ。殺しはしない。
「悪いが、人殺しはもうしない。救われることがどんなにいいか、体験したからだ。」
「.........あっそ、勝手にすれば?言っとくけど、私は殺人を止めない。説得も無駄よ」
「.......俺は責任を負わん。殺そうが生かそうがそいつの勝手だからな」
そもそもお前を説得するのには骨が折れる。撃たれる相手がかわいそうだが、死ぬのが嫌ならこいつを相手にしないように気を付けるべきだな。
敵にそう祈ると、M92Fを片手に引き金を引いた。
ゴム弾は無力化には最適な弾丸だ。軽く当たるだけでも痣が出来る。目に入れば失明する恐れもある。
目には入れぬように繊細な注意を払いながら引き金を引き続ける。
「遅いなー、もっと速く動かないと死ぬよ?ほらね」
トゥエルはトゥエルで満足してる。目の前で人が死ぬのはもう見ないと思っていたが、奴がいるなら別だ。
奴は男をナイフでギザギザに切り刻んでいった。悪いが、あの男を助ける気にはなれん。前の俺の勘がそう判断したからな。
「トゥエル、お前は誰に依頼された?つい10分前まではこいつらと仲間だったんだろ?」
ちょっとした仲違いからこいつらは二つに別れてしまった。上手くいけばこいつをこちら側へと招けるかもしれん
「悪いけど、それは教えられないね。私を殺せと命じたのはアルバだ。依頼主様の決断じゃない。完全に独断だから」
「つまり、まだ飼い犬になっ「ぶっ殺すわよ?」.......はいすいません」
銃を向けられたんじゃ、口を閉じる他ないな。こいつにジョークは通じない。
トゥエルは殺し屋の中ではトップクラスの実力と名声を持っている。世界の軍事機関、警察機関、秘密機関などが"会いたくない人物No.1"と酷評するほどの悪名高き暗殺者だ。
幼い頃 実の両親に売られ挙げ句、新しく家族に会えたと思いきや性的虐待される。
何とか逃げ出し、名のある孤児院に引き取られた。人種や年齢に構わず、どんな孤児でも引き取る人の集まる孤児院へと招かれたのだ。
だがそこは、裏では政治家や資本家からスポンサーを得るために玩具として相手しなければならない魔の巣窟だった。
決まった時間に太った政治家、好色家の資本家などが選り取り緑の子供たちの中から選択し、隅の一部屋で身を委ねられていた。時おり、職員や院長も鬱憤を張らすかのように相手された。
そこで数年間、トゥエルは生活し続けてきた。地獄のど真ん中で生活を強いられたのだ。
院内の子供たちはお互いに助け合い、耐え合い、慰め合いながら絶叫が蔓延る院内で過ごしてきた。それでこの生き地獄に負けぬようどやした。
そこで生活するうち、トゥエルはおかしくなってしまった。精神、感情が欠けてしまったのだ。
笑顔を絶やさない気味悪い少女へと変貌した。
喜びなどなく、怒ることも出来ず、泣けばもっと酷い目に遭わされる。なら笑顔でいよう、笑顔でいれば男たちは遠ざける。自分から距離をとる。そう考え、寝るとき以外を笑顔で生活した。
いつしか彼女は院内の化け物扱いにされた。常に笑みを浮かべる女児として。
その数日後、院内は火の手に襲われてた。
駆けつけた消防隊の必死の消火作業の末、火は消し止められ、孤児院は半壊した。
そして、消火作業にあたっていた消防隊員はここで起きてた惨状を目の当たりにする。
部屋は遺体が散乱し、生存者は一人もいなかった。だがこれは火事による死者じゃない。どれもこれも、火事の前に殺された者達だった。
暖かそうなカーペットの上にはかつては人間だった骨や肉片が散らばり、赤いペンキをぶちまけたように部屋は血で真っ赤に染まっていた。
瓶の缶詰の中には眼球、椅子には剥ぎ取った人間の皮が被せられ、椅子の足には人間の足がそのまま使われていた。
体が無傷で死んだ者は一人もいない。誰もが身体の各所を弄ばれ、スクラップされていた。
もちろんこれはトゥエルの犯行だ。彼女の心の奥に閉ざされていた殺人の衝動が、地獄の環境により解き放たれ、本性を現したのだ。
それから一夜にして院内にいた職員や孤児、さらにはその日来ていた政治家達をなぶり殺しにしていった。
キッチンにあった包丁や大工道具として倉庫にあったバールやノコギリを使って殺戮を楽しんだ。
20世紀最悪の殺人鬼 エドワード・ゲインの再来と吟われたほどの殺戮だといわれてる。当時の資料を見ただけでゾッとする。
その残虐な行為、人命を弄ぶ歪んだ冷血さ、彼女に付けられた二つ名は――死神
この話はタブマンバーグの戦闘後、酒の席で話してくれた事だ。酔った勢いなのか、俺だけにと打ち明けてくれた。それからは一度も話してくれない。というか、話したくないようだ。
聞いたときはあまりの衝撃さにヘドが出るかと思っていた。
壮絶にして残酷、彼女が殺人快楽者になった発端だった。
あれから数年経つが、いつまで経ってもこの話は忘れられない。
表向きは笑顔が素敵な女性として見られるが、裏向きは殺戮大好きな女性だ。誰もがそのギャップに驚くか、引くかの二択だろう。
その一件があったからこそ、力こそが全てだと思っている。
力さえあれば服従されることも、殺されることもないと思い込んでる。
何とも、かわいそうな奴だ。
「さっきからボサッとして、ホントにどうしたの?まさか風邪?」
この女、人を殺すのは躊躇ないのに身内は心配するよな。その頭ん中解剖してどういう構造なのか調べたいよ。
「いや、ちょっと昔のことを考えてた。お前と初めて会ったリベリアのタブマンバーグの戦闘時のことだ」
タリバンと戦った。そこまでは覚えてる。その先がどうしても思い出せない。
「たしか、その時はタリバンと殺り合って........」
「.......私と出会った、じゃなかったっけ?あの時タリバンと戦ったのを後ろから覗いてたからね。」
そうだ。たしかタリバン全員殺したあと、死体処理をするために村人からロバを借りて運ぼうとしてた時、こいつが道の向こうに立ってたんだ。
「そして........俺に戦いを挑んできた。」
「あの時は別件でリベリアに来た。リベリアに逃げ込んだとあるシーア派幹部を殺すためにね。帰る道中、お前を見掛けたって訳だ」
そこから第二の戦闘が始まったってわけか。
『誰だ?』と聞く前にいきなり撃ってきたもんだから咄嗟に手を出してしまった。それからはゲリラ戦だ。村人を避難させ、タリバンのAK47を借用し、モガディシュの戦闘並みの銃撃戦へと発展した。
村の近くは内戦時代に建てられたレンガの建物が崩壊し、鎮座してあった。今は人を寄せ付けない廃墟と化した。
そこを中心に映画 『ブラックホーク・ダウン』に近いほどの銃撃戦を2日に渡って殺り合い、お互いの一騎討ちで終止符を打った。
一騎討ちは銃が弾切れになったのでナイフのみ。お互い、殺るか殺られるかの狭間で戦い、引き分けとして終わった。
後味の悪い終わり方だが、どちらのナイフも刀身が折損や刃こぼれとなり、戦闘続行が不可能となったからだ。
ならば拳で、と言いたいところだが2日も休みなく戦えば体力はもう残されておらず、地面に倒れる様になってしまった。なんとも情けないんだが。
その後お互いの仲を深めよう、とトゥエルが言い出した。自分と互角に戦ったのはお前だけだ、だから祝杯してやる。とかなんとか無理矢理バーまで連れてこられた。
そこでトゥエルの過去を聞いたんだった
「どう?少しは思い出した?」
「........ああ、お前との出会いも。.........お前の過去もな。」
「........それは聴かなかったことにする。過去はただの足跡と同じだ。振り返っても意味はない。.......二度とその話をするな」
「.......悪い」
やはり、過去を思い出せてしまったか。
思い出したくもないことをさせた俺が悪い。謝っとくよ。
それに過去を背負うのはお前だけじゃない。エルや凛、俺なんかも背負いっぱなしだ。そんなん、もう見慣れてる。
「.........さて、さっさと片付けよう。。残りのほとんどは2階にいる。私が率先して殲滅してやろう。」
「わかった。俺は南側を片付ける。」
エルが拐われた以上、グズグズしている暇は一刻ともない。何されるかわからないし、奴等の狙いもまだ不明だ。
ならば少しでも仲間が多いほうがいい。外で待機してるイザベラにも連絡しよう。
電話で呼び出し、主旨を伝える。
「イザベラ、緊急事態だ。エルが拐われた。敵の素性は不明。」
『なに!ちっ、とうとう拉致やがったな。遅かれ早かれ、だろうなとは思ってたが。』
「俺らはここで足止めを受けている。すでに半分はやったが、まだまだ敵は多い。外で怪しい奴とかを見なかったか?エルを拐うなら数人がかりだ」
『いや、見てないな。ていうか、奴等は人目から憚るために車を使うだろうな。悪いが見つからない』
「あいつらはエルをすぐに殺す気はないようだ。しばらく自分の側に置いておきたいらしい。」
『ホントか?だったら救出は後だ。まずは奴等の素性を調べたほうがいい。分からないまま探すよりは確実だ。』
「それがいいな。車をさっきの工場へ」
『今向かってる。焦らず、じっくり待ってな。』
電話を切るとすぐさま戦闘モードに切り替える。
二階からはトゥエルが銃を撃つ音だけが聴こえる。今のところ不利な状態ではないと思われる。
ならば、俺は自分のことをやるまでだ。
「いたぞ!」
「撃ち殺せ!」
俺に気づいた男たちがMP5K、MP7、M933 コマンドなどを撃ってきた。
こっちは拳銃、向こうは短機関銃だ。さすがに太刀打ち出来ないのでやり過ごす他ない。
向こうは馬鹿なのか、ドカドカ撃ってくる。狙いは点で適当、しっかり構えてるようにも見えない。
射撃はずぶの素人のようだ。
「うっ!」
「がっ!?」
「へぶっ!?」
三人ともゴム弾で気絶させる。
さらには三人の銃とズボンのポケットなどに入っていたバタフライナイフやマガジンを抜き取る。
これで目が覚めても戦いようがない。武器がないんだからな。
今度は南側から話し声が聞こえてきた。それに加えて数人の足音。
「1.....2.....3.....4........4人か。」
離れているのに人数を把握することが出来る。これは、靴と地面が反発し合う音を聞いたからだ。
奴等は正規の軍には見えない。ということは民間兵の類いだ。元は民間人の奴等は靴の同一性は必要ない。普段使用している靴を履いてるだろう。
違う音が全部で4つ。掠れた革の音、ゴムの擦れる音、木が打ち合うような高い音などが奥のほうからこちらへと向かってきている。
奥へと通じる扉が開かれ、四人の男がこちらに気づいた。
「奴だ!女がいないぞ!」
「女は上だ。上の連中に任せろ!俺らはあの男を殺せ!」
「死ねぇ!」
奴等が引き金に指をかける寸前、すばやく移動をして間合いを摘める。
4つの銃口が眼前にあるのを確認すると手馴れた手口で銃を発砲不可能にしていく。
銃を発砲不可能にするにはどうすればいいか。別に完全に使えないようにしなくとも、一時的に撃てなければ十分だ。
排莢口に異物を入れてやればほら簡単に撃てなくなりました。
引き金を引いてもガチャガチャと金属がぶつかり合う音しか聴こえない。
「チィッ!このやろぶっ!?」
「がぁっ!?」
一人、二人を戦闘不能にするとすぐさま隣の男の左側に移動した。
奴は無理矢理銃を撃とうとコッキングレバーを引いたり押したりしている。銃の知識はイマイチのようだ。
「ほべっ!?」
「あふんっ!?」
使えなくなったライフルで顎へと一打撃。さらには別の男の鼻へとストックでの乱れ打ち。これでもう男達は再起不能だ。顔がグチャグチャだからな。
上の戦闘も終わったようだ。先程から銃声が聞こえないからな。
2階へ続く階段をゆっくり降りてきたのはトゥエルだ。靴や裾に血が付いてるならやはり殺してしまったようだ。
「.........全員、殺ったのか?」
「まあね。でも、これは仕方のないことよ。勝者か、敗者か。これが世の中の真理だからね。」
たしかにそれは正論だ。だが、どうもその真理を鵜呑みには出来ない。
俺は釈然としないまま、その工場を後にした。
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「さて、これからどうする?私は依頼主のところへ戻るけど。ああ、名前は教えられないから。これも依頼なんでね」
こいつを縄で繋いでる依頼主とやらの情報を聞き出そうとはしたが無理だった。そもそも他人に情報を教えるようなアホじゃない。この結果は見えていた。
とはいえ、エルを連れ去った奴等のこと一つわからないんじゃ、どうすることも出来ない。
「う~ん?その顔はヒントが欲しいって顔だな。」
「......まあな」
「なら教えてやろ。」
「はっ!?何言ってんのお前!」
「まあまあ、話を聞けって。私はこの世は面白ければそれでいい。国がどこを攻めようが、どんな政策しようが、私には関係ない。」
「確かにそうだ。それがどうした?」
「あのエルってガキを助けたい、そうでしょ?これも面白いじゃない。囚われてる民間人をかつては暗殺者だったお前が助ける。どう?面白いストーリーでしょ?」
呆れた。さすがの俺でもこいつの思考には呆れるばかりだ。
この女、人の命をゲーム感覚で楽しんでいやがる。なんてイカれた女だ。
「私はあくまで教えただけだ。裏切った訳でも、寝返る訳でもない。単なる暇潰しさ。」
「そうか。ならお前の無能な頭のことはいいからエルはどこだ?」
「連れないわねー。まっ、そこが面白いんだけど。で、さっき盗んだこれを返そう。」
渡してきたのは俺とエルが探そうとしていた眼鏡の男の写真。いつ盗ったのだろうか。
「さっき押し倒しただろ。お前が殴ってきた時、胸ポケットからパクったんだよ」
「勝手に人の物盗るんじゃない。返せや」
「わかってる。ほら、これで満足だろ?」
「だな。あと一つ、なんで私が常に笑顔なのか分かるか?」
突然そんなことを言い出してきた。なんで笑顔なのかって?さあ、知るよしもないな。
「それはだな、これから殺す奴を見送るためなのだよ。地獄は寂しく苦痛な場所だろ?笑顔を糧に死んでも頑張れってことだ。」
「俺の時はしなくていい。最後に目に映るのがお前だと思うと反吐が出る。」
「連れないなー。まっ、それこそお前の良いところだ。それでだが、.........ボア・アモーレ教会に行け。」
「はっ?」
「じゃあな、またあいまみえることがあらんことを。」
それがトゥエルの最後の言葉だった。
背中越しに手を振り、そのまま路地に消え、立ち去った。
そのあとすぐにイザベラが到着した。
「待たせたな。ん?どうした?誰もいない道路なんて眺めて。」
「いや........なんでもない。」
俺はイザベラの愛車 コルベットに乗り、その工場を後にした。