表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

秘密と記憶




「いただきまーす!」


和洋中、世界の料理が並べられているテーブルを目の当たりにしながら手を合わせて称呼する


久遠家の夕飯は毎回毎回ミシュラン3つ星並みに豪華だ。とても一家で出す家庭料理とは思えない。

最初はこんな豪華な料理を食べていいのかと思考を疑ったものだ。


あの頃が懐かしい。出される度に戸惑ったものだ


昼間はロンドン市内で色々走ったり撃ったりして疲れたので今日の夕飯は一段と腹に収まりそうだ。口が涎が溢れそうでままならない


「凛、醤油を取ってくれるか?」


「わかりました」


桜花は凛と楽しく食してる。あの二人は結構長い期間過ごしてるので姉妹のような感覚で話していた。見ていて目の薬になる光景だ


「いやぁ~、昼間は大変だったな。あたしのコルベットもガス欠寸前だったしな!」


ガッハッハと笑みを浮かべるイザベラは豪快に肉を食らう。葵さんの前だというのに意地汚い。


チラッと葵さんを見ると『大丈夫』と言ってるようで苦笑いしてる。やっぱり俺と同感だったようだ


すると隣で小さくなっていた奴が口を開いた。


「と、斗真.......ホントにいいのかい?こんな場に呼んで.....」


エルがウズウズと身を縮小してる。なんでここにエルがいるか聞きたいだろ?


なぜなら昼間の奇襲はエルを狙った犯行と思われるからだ。一人の男がエルを狙ってるかのようなことを呟いていたからな。


アパートで一人残しておくのも危ないし、いつ敵が来るかはわからない。なので、この家に招待した。葵さんも快く了承してくれた


「アパートに残して殺られたら目覚めが悪いだろうが。だから招いたんだよ」


「ふふ、素直じゃありませんね。率直に心配だと言えばいいのに」


「誰が言うかそんな台詞。第一、俺のキャラじゃねぇよ」


「そうか........斗真はボクを心配してくれたのか..........それなら..........」


こっちはこっちでブツブツ呪文みたいに呟いてる。こんな個性的なメンバーで飯食ったら頭がおかしくなるぞ。


「それはそうと、昼間は大変だったようですね。ニュースでも大きく取り上げられてますよ」


「文句は犯人側に言ってくれ。実弾使ってたのはあいつらの方だからな。それより......」


桜花に聴こえぬように凛の側でボソボソと耳打ちする。テレビを音が呟きを消してくれるのでありがたい環境だ。


「狙いはエルで間違いない。犯人たちがあいつを拉致しようとしてたからな」


「かもしれません。貴方の判断は正解のようですね」


よせやい、照れくさいって!


「ですけど非常事態です。さっきのニュースでは犯人グループは全員死亡。生存者無しで証言も得られません」


「なんだと........そんなはずはない。たしかに気絶させて放置しておいたはずだなのに.......」


「そりゃ、口止めだろうな。秘密機関はよくやる手だ」


ここでイザベラも入ってきた。それと俺に寄らないで欲しい。胸が当たって気持ちいいから


「おそらく誰かが、あたしたちが去った後に全員殺したんだろうな。警察に捕まって下手に吐かれたら困るしな」


「この一件のことはお嬢様には話さないでおきましょう。先月の誘拐事件のフラッシュバックを起こさせないようにするためです」


「同感だ。コソコソしてこそ泥みたいたが、それは得策だ」


「エルは俺に部屋に泊まらせる。ここを襲撃するなんてあり得ないと思うが、奇襲してきてもすぐに対処出来るようにな。男同士だから問題はないだろ?質問は?」


「ない」


「こちらも」


「よし........さーて!楽しいご飯だぁ!」


わざとらしい振る舞いでご飯を食す。突然の開き直りに桜花とエルはびっくりしてる。エルなんかは口にご飯粒付けっぱなしだ


そんなこんなで夕食は賑やかに包まれ、お開きとなった




▼△▼△▼△▼△▼△





「ふぅ~、今日は疲れたな。エル、ジュースでいいか?」


「構わないよ。一日中走ったからね。足は痛いし、傷はムズムズするよ」


エルと相部屋のためにツインベッドで腰を休ませる。ホテル並みに豪勢な一室で二人で生活するには広すぎる。


エルは私服も持参してきたのでしばらくはこの部屋で生活してもらう。


「洗面所はそこ、トイレは廊下の至るところにある。風呂は露天とシャワー室がある。好きな時に入っていいってよ」


「ホテルみたいだね.......さすがは久遠財閥だ......」


驚きで目をまん丸にして仰天するエル。そいつは俺も同感だ。初日は広すぎて地図が欲しいと思ってたほどだからな


「窓は高性能防弾ガラスだ。バラべラム弾からバレットの12,7×99mm NATO弾はもちろんのこと、RPG ロケット弾も防ぐ。突き破るには高射砲ぐらいを用意しないと無理だな」


「そりゃ、特許が取れそうなガラスだね。枕を高くして寝られるよ」


「いつ襲ってくるかは分からない。ここの使用人の顔はほとんど覚えたから成り済まして来ても無駄足だ」


「それなら安心だ。君と相部屋でよかったよ」


「例なら葵さんに言いな。じゃ、明日も早いから俺はもう寝る。お前も寝るといいぞ」


「いや、ボクはシャワーを浴びてくるよ。一日中走って汗でベットリな身体を流したいと思ってたところだ」


「場所が分からなくなったらそこら辺のメイドに聞きな。喜んで教えてくれるだろうよ」


ああ、と言いながらこの部屋のドアを閉めて退室する。

俺は一人でテレビを見ながらベッドで横になる。


昼間の騒ぎはほとんどのテレビ局で放送され、緊急特番も始まるほどの騒ぎになっていた。

その大抵は予測に過ぎないが、テロ組織や何かの陰謀と評され、間違ったデマが広がりつつあった


たしかにあの男たちは何者かは知りたい。だが、奴等は何者かに殺され、聞き出すことも出来ぬ死人となってしまった。


こうなるのは予想外だ。手下を殺すほど知られたくないほどの一件を抱えているのか。

それとも彼らが重要なことを知ってるからなのか。

どちらにしろ、似たような物だ。親玉の顔を見てみたいな。


「ありゃ、こんなところにボディソープが」


そういや、シャンプーの詰め替えの当番だったな。凛に渡されたのをすっかり忘れていた


今ごろエルはボディソープが無くて狼狽えてるはずだ。届けに行ってやろう。


整備したばかりのM92Fを帯銃して退室する。

無人だが灯りの点いてる廊下を一人寂しく歩き、階段を降りる。


降りた先の廊下の隅にあるシャワー室が使用中と点灯してる。おそらくここにエルがいるはずだ


「エル、ボディソープが切れてるだろ。エル?」


ノックして呼び掛けても返事はない。よく耳をすましてみると鼻唄が聞こえる。歌に夢中で聞こえてないようだ


直で届けるためにドアを開けてみる。籠の中にはエルが着てたシャツもある。ここで間違いない


半透明のドアにはシャワーを浴びてるエルの裸体が見える。ドアのガラスの性質上、こちらの姿は見えてないようだ


思いきってドアを開けた


「エル、ボディソープが切れてるから持って...きた.......ぞ........?」


開いた口が塞がらない、まさしく今の現状を言うべきか。

目の前に飛び込んできたのはエルの裸体。しかし筋肉のある中肉中背の男の体ではなく、健康的な骨付きでほっそりとしてる女性の身体。

言うなれば女子アスリートみたいな細めの身体だ。


いやいやいやいや、よく待てよ。女子アスリートみたいな身体だと?


だってエルは......男......だろ?


「エ、エル?」


「えっ.....?.....あ......な....んで......」


俺の姿を捉えると一気に顔が紅潮し、我に帰ったようにタオルで身体の各所を隠した。


あっ、鼻血がツーと垂れた


「と、とととと斗真のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



俺の意識がそこでブラックになった








目が覚めると知らない天井がそこにはあった。いや、昨日もここで寝たから知ってるな


「その横にはエルがいた」


「だ、大丈夫か?しばらく横になって永遠と眠るがいい」


これは冗談なのかジョークなのか。どっちでもいいから本気でないことを祈る


「あれ?たしか俺はシャワー室でエルに蹴られたような.....」


そこからの記憶がさっぱりすっかり消えている。思い出しようにも思い出せない


「たしか、シャワー室にボディソープを届けに行ったらお前が......」


「思い出さなくていい!忘れろ!」


横から真っ赤にしながら、怒鳴ってきた。

思い出した。たしか届けに行ったらあるべきモノが無くてないべきモノがあったんだった。


「もしかして.......お前、女か?」


聞いてはいけないことを思いきって聞いてみる。

その質問にエルは顔を俯せながらコクンと軽い会釈をした。


「.......そうだよ、ボクは女だ。君に嘘ついていた訳じゃないが、騙していた。すまない........」


何やら事情があるようだ。わざわざ性別を偽る重い事情が


「何で男装していたか教えてくれないか?知ってしまった以上、そのままにはしておけない」


「.......いいとも。今から言うことは全部 他言無用だ。ボクのモラルにも関わる。下手すればロンドンで生活することも出来なくなってしまう」


「........わかった。このことは内密にする」


しばらくしてエルから聞いたのは男性と偽らなければならない理由とその発端だ。



彼は、いや彼女は今は故人の両親と三人で過ごしていた。

この両親は知ってる。数年前に亡くなったエドガーさんとコーデリアさんだ。

父親が山と広い土地を持つ大地主でよく乗馬や狩猟をして幼少期を過ごしたそうだ。家は大地主故に裕福で、何不自由なく生活していた


だが、彼女が小学校に入ったばかりの頃、乗馬中にジャンプした馬が溝にハマってしまい、動けなくなってしまったのだ。

家から離れてしまい、どこかも分からない場所で立ち往生してしまったエル。

どうにかして愛馬を助けたいと思ったエルは近くの家まで歩き、助けを求めた


それがいけなかった。その家に助けを求めたのが問題だった


玄関の呼び鈴を鳴らし、助けを乞いたら家主が出てきた。小太りの中年の男性だったそうだ。


その人に事情を話すと男性は手伝ってくれると申してくれた。

そのためには家にある道具を取らなければならない、取り出すのを手伝って欲しいと言ったのだ


しかし、家に一歩足を踏み入れた瞬間、ドアを閉められ拘束された



何が起こってのか、分からない。助けを呼ぼうにも口を塞がれ、手足を押さえつけられた


目の前にいたのは先程までの穏和な男性ではなく、欲望に身を委ねた獣と化した男性の姿だった


怖い、それしか頭になかった。そして男性はエルの耳元でこう呟いた


『お嬢ちゃんは可愛いなぁ。僕の好きなタイプそのものだよ。大丈夫、僕がずっと可愛がってあげるからね』


ようやく分かった。男性は自分を強姦しようとしてることを。


身が冷たくなり、目尻には涙が溜まってきた。

身の危険を感じたエルは口を塞いでる手を思いきり噛んでやった


さすがの男性もこれには狼狽える。指からは血が流れていた


なんとか男性のホールドから逃れたエルは通行人に助けを求めたので警察に保護されたのだった




「........これがボクの幼少期さ。その人はボクの証言で逮捕されたけどボクは心に爪痕を残された、トラウマという爪痕がね」


「.......そうか、辛かったな」


静かに宥める斗真。たが、彼の心情には今の話に怒りが沸いてくる。年端もいかない少女を力づくで強姦とは、聞くだけでヘドが出る


ワナワナと拳が震え、爪が掌に強く食い込む。顔は憎悪に満ち溢れ、軽く歯軋りが鳴る

このままでは血が出ると思ったエルは落ち着くよう指示する


「.........そう怒らないでくれ。一歩手前だったからボクは無事だ。................頼むから君らしくない顔をするな」


「............悪い」


我に帰った斗真はエルに心配をかけないように宥める。


「それからボクは男性に恐怖心を持ってしまった。父以外の男性が悪魔のようにも見えた。両親がボクのために女性カウンセラーを呼んでくれたお蔭で一年後にはまともな生活が出来るようになった。けど........」


1拍置いて話を続ける


「また同じような事が起きないように男装を常にしないといけなくなった。一人称も変え、女の立ち振舞いを止めた。男にはなったけど、女には戻れなかった」


「襲われないように変装か......」


「そうだ。男と偽ればボクは手出しされない。それから10年近くはこの容姿で生活する羽目となった」


テーブルにあるジュースを一飲みして一次休憩をする。辛い過去のことを話して苦しいのだろう。話してる時も息を乱れながらも綴っていた


数分後、再び口を開いた


「探偵業をしてるときは嫌な過去を消してくれた。しまいには自分が男性だったらいいなと思ったときもあった。時々自分は男になれたと思ってしまうことも多々あった。........自分が惨めになったよ」


(おそらくこれは.......空想虚言症)


空想虚言症とは自分の空想や妄想、中には思い込みや嘘で思い描いたことが、あたかも本当のことのように錯覚し、やがてそれが真実だと思い込んでしまう精神病の一つだ。


エルは自分が男だと思われれば襲われない、故に男に近づこうとして女である事を否定し続けてきた。

それが過ちだった。自分は男だと錯覚してしまい、女に戻ることを本心が許さなかった。


そのせいでいつまで経っても男を捨てられなかったんだ。恐怖が心を蝕んでいるから。


「辛かったな........」


涙を流しているエルをそっと抱き締めてやる。軽く震えた身体をぎゅっと抱き、不安を取り除こうとした。


「斗真........」


「泣け、泣きたいなら泣け。涙はいいもんだ。嫌なものを流してくれる。だから辛いときは泣いてもいい」


「.......斗真ぁ..........うっ....う......うわぁぁぁぁ...........うえぇぇぇん......!!」


子供のように喚声を喚き、号泣する。腕が涙で濡れても気にしない。

こいつが流した過去(トラウマ)を拭き取るには十分だからだ




▼△▼△▼△▼△▼△




朝が来た。

ムクドリの鳴き声が目覚まし時計代わりになり、身体を起こしてくれる。


隣のベッドで寝てるエルも同じだ


「おはよう斗真」


「あー.........おはよう.........」


何故かエルは昨日の態度とは一変したように、スッキリとした表情で挨拶してきた。

迷い、不安、そんな心を暗くする要素が無くなり、まるで曇天の空が晴天へと移り変わるようだ


エルの中で何かが吹っ切れたに違いない


「エル、もう大丈夫なのか?」


「ああ、昨日はすまなかった。すこし、君に甘えていたようだ」


「気にすんな。こんな俺でも役に立てたなら嬉しいよ」


「..........ホントにすまない。それでだが、一つボクには目標が出来た。社会復帰するための目標がね」


するとエルはパジャマ代わりのジャージを抜き捨て、淫らな娼婦のように四肢と胴体を露にしてきた。

胸と腰にはスポーティーな下着があるので半裸といえるだろう


突然のことに頬を赤くするしかなかった


「ちょっ!?お前何しやがる!早く服を着ろ!」


「.......こんな少年みたいな身体でも興奮してくれるのか?正直、胸も膨らまない貧相な身体だというのに..........」


「変なこと言ってないでさっさと服着ろ!」


昨日の一件でどこかネジが外れたのか、不可解な行動を取り始めたことに可笑しさを感じる。

ホントに一体どうしたんだ?


「この世界で生きていく以上、男装はいずれ終止符を打たなければならない。そのためにはこんな風に女の部分をさらけ出さなくてはいけないんだ」


「だからって何故脱ぐ!どこにそんな必要性があるんだ!」


「ボクには心身のことを相談出来る相手がいない。いたとしても君ぐらいだ。ボクの事情を知ってる君なら秘密を内通しても問題はなかろう」


さらにズイッと布団の上で股がり、騎乗してるような体勢になる。

大人の専門用語でいえば騎乗位。


「やはりここは、ショック治療がいいと思うんだ。無理矢理な解決法かもしれないが頑張って耐えてみる。君も協力してくれないか?」


「わかった!わかったからさっさと降りろ!」


了承してやるとパアッと一気に明るくなり、笑顔を見せる。ここ数日で一番明るい笑顔だと思われる。


「そうか!やっぱり君みたいな友人がいて嬉しいよ!」


さらに抱きついてきやがった。頬をスリスリするわ、足を絡ませてくるわ、一体こいつはどうしたいんだ


こんなところ、誰かに見られたら.......


「おーい、朝だぞう。さっさと起きて、仕事をしろっつーの.........?」


突然ノックもなく、堂々と入室してきたイザベラ。

彼女は俺たちの姿を見るなり絶句し、口をあんぐりと開けていた


そしてそのまま数秒後、絶叫した


「お、おおおお前ら!朝から一体ナニしてんだ!ま、まさか、そういう関係だったとは.......」


「違う!これは誤解だ!」


「斗真ー!ふふふ、これが異性の身体か.......ボクよりしっかり肉がついてるんだな........」


「ほら見ろ!やっぱりそういう関係なんだな!昨晩見た腐し丸先生の作品そのものだ!」


「だから誰なんだよ腐し丸先生って!」


必死の弁解も聞き耳を持たず、無駄な弁論会となった。

イザベラの誤解を解くのはまだまだ先になりそうだと観念することにした


........女らしい笑顔出来んじゃねぇか、エル。




▼△▼△▼△▼△▼△





ロンドンは世界でも指入りの大都市だ。

産業革命から200年あまりで文明は大きく発展し、交易・財務・広報など、あらゆるジャンルで飛躍した。


貴族の中心街であったヴィクトリア王朝から見れば大きな一歩といえるだろう。


まだまだ、これからの発展が望ましい


そのロンドンを見下ろすように聳えるビル。イギリスにおける商業の総本山ともいえるとある会社の最上階の一室では一人の男が朝焼けに染まるロンドンの街並みをコーヒー片手に眺めていた。


彼はこのロンドンを掌握するのを夢見てる。一度は天下を取るのが男だという信念を持っている野心家だ。さらには側近にも心の内を明かさない。


彼はビシッとスーツを着こなし、熟年の白髪の混じった髪をサッと整えた


見るからにマメな性分だとわかる。さらには時間通りに出勤するしっかり者でもある


コンコン


「社長、来客がいらっしゃいます」


「こんな朝早くからかね?わかった、すぐに通せ」


秘書がノックと同時に、来客が来たことを教えた。男はその来客を向かいいれた


その来客とは昨日、ガスタンクの上で斗真たちを双眼鏡で覗いていた女性だ。右腕に彫られた悪魔と大鎌のタトゥーが印象づける


「君か。こんな朝から何のようかね。私はこれからテレビに出演しなければならないんだ。用は手短に頼むよ」


必要な物を身につけて出掛ける準備をする男性の側でその女性は机に凭れつつ髪を弄る。


「一つお願いがあるんだ。聞いてくれる?」


「お願い?それは君にしては珍しい相談だな。一体何のお願いかね?」


「例のガキを追ってるんだよね?」


その台詞にピタッと動作が止まる男性。相変わらず女性はニタニタ笑いながら相手の出方を待つ。


「.......まあ、君のことだ。いずれ知ることになるのは目に見えてた。確かに、例の少年を追ってるとも。それが何か?」


「その追跡、私もメンバーに入れてくれない?」


「.......それはどういう風の吹き回しかね。君が自ら他の事に首を突っ込むとは。何か気になることでもあったのかね?」


「まあね。ちょっと昔の知り合いがいてね。そいつとは昔殺り合った仲なのさ」


「つまりは、リベンジを?」


「負けた訳じゃない。いつも第三者によって勝負は持ち越しになるんだ。警察にしろ、他勢力にしろ、そいつらのせいで決着がつかない。この機会に決めようかなってね」


「なるほど、それなら私としても大歓迎だ。そいつと決着をつけるのは好きにするがいい。だが、目標は殺すな。最後に絶望を与えるのが私のやり方なんでね」


「はいはーい。了解しました」


軽々しい敬礼をすると、一目散に部屋を後にする。よほど戦いたい様子だ。だがこっちとしては戦力が増えることは喜ばしいことだ


男はテレビ局に向けて歩み始め、その部屋を後にした




▼△▼△▼△▼△▼△





イギリス滞在ももう四日目だ

中盤に差し掛かるところで数日後には帰国しなければならない。

そうなれば残されたエルはまたもや襲撃を受ける可能性もある

なんとしても、この滞在中に解決したい


そのためには魚が来るのを待つのではなく、こちらから赴いてやることも重要なこととなる


まずはバカルから送られてきたCIAの資料を見ることにする。

さすがは元ロシア諜報員。細かいところまで念入りに調べ尽くされ、纏められている。


CIAの調査結果では数日前の夜中、頻繁に人が出入りしていた倉庫を見つけたらしい。


その倉庫は何年も前に廃屋となった空き倉庫で近いうちに取り壊す予定だったそうだ。

子供が入れないようにフェンスを備え付けたはずなのに人が出入りしていればおかしいと思うのは当たり前だ


気になって諜報員を向かわせたところ、すでに立ち去った後で、タバコや空き缶が散乱していたようだ


この事からここで何かが行われていたとCIAは睨んだ


だが、あくまでも推測に過ぎない。もっと明確な証拠が欲しい。


さらについ昨日届いた最新情報によれば、そのタバコはジ・オーバルで戦闘した男の一人が吸っていたものと判明した。


つまりあの男たちはあの倉庫で何かしらの企みを模索してと思われる。


さらに念入りに倉庫とその男たちの遺体を調べたところ、ポケットや服の折り返し部分、倉庫の至るところに薬物反応が出たそうだ


これで証拠が出た。あの廃屋は麻薬を保管するための倉庫だったというわけだ



ここでページは終わっていた



「.........これはスゴい情報だね。一体どんな人物が見つけてくれたのかな?」


「俺の知り合いだ。腕はピカイチなのに頭は内外ともに残念な奴だ」


ハゲにしてロリコン。元SVR(ロシア対外情報庁)の名が泣くぞ。とても残念だ


「麻薬はイギリスでも違法だ。だが、君の住む日本と比べれば規制が些か緩くなっている。残念だが中毒者が多く、簡単に手に入るご時世になってしまった」


先程の、発情したウサギのような性分は消え失せ、元のエルとして再スタートした。

あれが最初で最後でありますようにと何度祈ったところかわからない


いつもの仕事モードに戻って事件解決へのレールを敷いていくことにしよう


「中毒者が多いなら麻薬で大稼ぎ出来るだろうな。リピーターが多ければ品物は売れる、金稼ぎの一環だな」


「ああ、誰かが金を稼いでるのはわかった。だが、何のために稼いでるかが問題だ」


「そこでだ。CIAの調査資料の中に目標人物(ターゲット)がいた。この写真の男だ」


エルに渡した写真に写っていたのは眼鏡をかけた見るからに高学歴そうな男だ。


「彼は荒くれ者がいる地域に出没してる男だ。こんな清爽な身なりをした奴がこんな所に足を運ぶか?どう見ても怪しさ100%だ。こいつを見つけて吐かせてやる」


「いいけど、こんな広いイギリスで特定の人物を探すなんて、砂漠から特定の砂粒を探し出すようなものだ。策はあるのかい?」


「.........ない」


「...............」


「...............」


部屋の中に沈黙が立ち上る。さすがのエルも呆れてしまったようだ。どうもすいません


「......はぁ、どうするんだ?しらみ潰しに片っ端からその男を探すかい?警官にでも聞くのか?ネットに写真をアップするか?」


「.......今考えてる」


どうする?目的が見つかったというのにそれを実行する術がないとは話になんない。

片っ端から探したら何日もかかるし、警官にも限界はあるし、ネットなんかに投稿したら敵から矛先を向けられる。


「なにかいい手はないのか?」


♪~♪~♪♪~


すると俺の携帯がメロディーを発した。

番号はない。もしや公衆電話からの通知かもしれない


「もしもし?」


思いきって出てみる。すると相手は以外な人物だった。


「へぇ~、やっぱり電話番号は以前と同じだったんだ。これで探す手間が省けたわね」


どうやら電話の相手は女性だ。しかも、今の口振りからすれば俺のことを知ってるようだ


「........誰だ?」


「あれれ~?女の事を忘れる男は異性として見れないんだけど、覚えてないか? ほら、アフリカはリベリアのタブマンバーグで2日間殺り合った.......死神(ハデス)だよ」




―――人は腐ってる 世界で一番にね




「リベリアのタブマンバーグ.........」




―――欲しいものは力を以てして手に入れる それが私の信念




「悪魔を模したタトゥー、銀の十字架のネックレス........死神(ハデス)の称号を持つ........もしかして、」




―――お前の事が気に入った 共に行かない?




「.........トゥエルか」


『あったりー。久しぶりじゃない?最後に会ったのが数年前な気がするけど』


相変わらず読めない感情をさらけ出す。こいつの感情を読心術で読み取るのは不可能に近い。そのために何度、手を焼いたか


「斗真、知り合いか?」


「しっ......!」


横のエルが問いただしてきた。それはトゥエルにも聞こえたようで電話の奥で笑ってるのがよく分かる


『その子が例の少年かな?なら一石二鳥だ。そいつも同行願おうか』


こいつもエルを狙ってるのか。だが、女であることは知られてない。誰もが男だと思ってるようだ


しかも『同行願おうか』と言ってた。一体俺とエルに何の用なのか


「.......何の用だ」


『ちょっと顔を見たくなっただけさ。30分後、セント・トーマス・ストリート沿いにある廃工場に、横の奴と一緒に来て。断れば........お前ならよく分かるでしょ?』


断れば、すなわち虐殺

近くにいる無関係なロンドン市民を無差別に殺していく

だろう。こいつはそういう奴だ。


トゥエルの感情には喜怒哀楽の『楽』以外 ない。

殺して喜ぶこともなく、怒りで殺すこともなく、殺して哀しむこともない。いわゆる感情欠落者だ


殺す楽しみだけで生きている、殺人快楽者(サイコパス)


断るわけにはいかない。断ればどうなるかよく知ってるからだ


「........わかった。セント・トーマス・ストリートだな?すぐに向かう」


『そうこなくっちゃ。じゃ、いつでも待ってるよー』


そう言うと電話は切れてしまった。残ったのは張り積めた空気だけだ


「........斗真?」


「エル、すぐに準備をしろ。敵は一筋縄でいくような奴じゃないぞ」


不安がってるエルに準備するようどやす。向こうは俺が苦戦するほどの相手だ。

リベリアのタブマンバーグでは2日間戦っても勝敗を決することが出来なかった


それほど恐ろしいのだ、トゥエルという女は。





▼△▼△▼△▼△▼△




―セント・トーマス・ストリート―



イザベラがコルベットで送ってくれて現場に到着した。彼女には『余計な手出しはするな』と言っておき、なるべくトゥエルから離れさせておいた


トゥエルはナニをやらかすか分からない。気分次第で暴れ、気分次第で沈着する。そういう奴なのだ


来るように指定された廃工場は金属加工の工場のようだ。噂によればリーマンショックの時、会社が赤字となり倒産したらしい。


無人と化した工場には野良猫や野良犬が住み着き、時代に埋もれたモニュメントとして鎮座していた


その廃工場にエルと共に足を踏み入れる


「ここがそのトゥエルという女性がいるところか?」


「ああ、奴の狙いはお前だ。となれば、昨日俺らを襲った奴等と何か繋がりがあるかもしれん。さらにはあの眼鏡の男の情報を手に入れることも出来るやもしれない」


「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だね?」


この諺は合ってるのか、と再確認するようにこちらを見た。

たしかに合ってはいるが、そんな余裕はない。下手すれば死ぬことも考えられる。



廃工場の中は加工するための機会や使い古るされた機具や部品が折り重なるように散乱していた


天井に空いた穴から雨風が入り込み、中を湿らせているのだ。辺りは錆びてて当然の始末だった


その奥にトゥエルと仲間がいた


「おーい、こっちこっち。ちゃんと約束通りに時間に間に合ったな。お前は時間に敏感だからな」


「それは誉め言葉と貰っておこう」


トゥエルの外見は昔のまんまだ。出る所は出て引っ込む所は引っ込む、グラビア並の体型だ。


そして、最も息を飲むのはその表情。常に笑顔であり、一時も笑みを緩めたことはない。イカれた性格の女だ


「......うぅ、不気味だな」


横のエルがそう呟いた。無理もない。初対面の人間ならあんな気味悪い笑顔を初見すれば不快な気分になるのは仕方のないことだ。


「それで何の用だ?」


「もちろん.......これさ!」


バッと手を挙げれば後ろのドアが閉まり、壁や障害物に隠れていた男たちが短機関銃を差し向けてきた。

その数50人以上。吹き抜けとなっている二階からも銃口は向けられていた


「生け捕りか?捕らえるのはお前の性分に合わないんじゃないのか?」


「依頼主の条件だからね。私としては解体してホルマリン漬けにしたいんだが........依頼を破るわけにはいかない」


「ホルマリン漬けとはね.........相変わらずイカれた女だ」


「誉め言葉として頂くよ」


どうやらこいつはこいつで変わってない。今も昔もそのイカれた性格のまんまだ


「お前らの狙いは知ってる。このエルだろ?ロンドン内で騒ぎになってもこいつを欲しがるとはよほどのファンなんだな。いつから殺し屋からミーハーになった」


皮肉を籠めて吐き捨ててやる。


「それは私も知らないんだ。依頼主の強い要望だ。歯向かったらそこで契約解消だからね」


トゥエルはいつものように淡々と冷静に返答した。

やはり心が読めない。読心術、心理学を用いても絶対に中身を見ることの出来ないパンドラの箱だ。

ここは方法を変えよう


「殺人快楽者が人様の言うことを聞くとは飼い犬に成り下がったのか。時代の流れとは残酷な物だな」


皮肉と罵倒を籠めた反撃。これぐらいもろくそと言われればさすがのトゥエルも怒るに違いない。


「飼い犬というより、『管理された』と言ってくれ。そこまで落ちぶれてない」


これまた大層で寛大な心だな。こんなにも怒気に満ちた罵声は他にないと思うんだが。

やはり、感情欠落者に罵倒は無理だ。怒ることも哀しむことないんだからな。


「さて、お喋りはそこまでにしてそのガキを頂こうか。武器をこちらに」


ガタイのいい男が武器を捨てるよう命令した。

彼がこの一団を率いるリーダーのようだ。見るだけで凄みのある顔つきだ。


抵抗は無駄なので俺とエルは銃を明け渡す。一応身体にナイフを忍ばせているが気づいていない。これはチャンスだ。


「その男は殺せ。用があるのは隣のガキだ」


「アルバ、よしな。これは私の屈辱を晴らすにはもってつけのタイミングなんだ。邪魔しないでそこで見てなよ」


「黙れアバズレ。お前の勝手な行動は本来許されぬ行為だ。ボスのおかげだというのを忘れるな」


おっ、何やらケンカか?


「ふ~ん、私に喧嘩売ってんの?」


「ああ、テメェのやり方には前から気に入らねぇんだ。俺の部下を6人も殺りやがって。」


「仕方ないじゃない。あいつらが弱すぎた、それだけのことよ」


どうやら、ジ・オーバルの男たちを殺したのはトゥエルのようだ。

始末を依頼されたのか、或いは独断で殺したのか、トゥエルのことだからどちらもあり得る。金と狂気で動く女だからな


「.......本来ならぶっ殺してるところだが、ボスの命令だ。あのガキを優先する」


「物わかりのいい子犬ね。それでキャンキャン吠えて小さい自尊心守れば?」


「なめとんのかオラァ!」


男の堪忍袋の尾が切れたようだ。ナイフを取り出してトゥエルに襲いかかった。


だが、トゥエルは糸も簡単に避けた。俺が手こずるぐらいだ、あれぐらいの攻撃はお手のものだろ。


「ちっ!お前ら、あのガキを拐っちまえ!男はトゥエルもろとも撃ち殺せ!」


ここで2組の亀裂は完全に谷と化した。アルバという男はエルの拉致と俺とトゥエルの射殺を決したようだ


周りの男 数人がエルを押さえつけた。


「うわぁ!くそ!離せ!」


「エル、今助け「おっと待ちな。」


後ろから鋭い蹴りが顔のすぐ横を突いた。

殺気がないので今のはわざと外したようだ。そして、次は当てるという隠語代わりにもなっている


「........悪いが、お前に構ってる暇はない。エルを連れ戻さないといけないんでな。」


「それは私も同感だ。あいつら、私も殺す気だ。連れ戻す前にこの人数を相手にしにゃならない。」


周りの男たちが銃口を向ける。

エルが拘束されているのを眺めながらどうすることも出来なかった。


だが、すぐに殺さないことから人質、或は別な理由で身柄を我が手元に置きたいようだ。


「エル!必ず助けてやる。それまでの辛抱だ。待っててくれ!」


それぐらい声をかけてやれない。しかしエルは俺を信じてくれるのか、大きく首を縦に首肯した


「さて、話は纏まったようだな。ゲーム開始だ」


トゥエルが先手を取る。戦いの火蓋は今落とされた











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ