事件は展開があるからこそ面白い
イギリス編が長くなりそうです
「よぉ、色男さん。あたしの車に乗ってくか?ロンドンを一巡り出来る観光ツアーだぜ?」
「.......それはいいな。ちょうどさっきまで、紳士に相応しくないもてなしを受けていたところだったからな」
ほとんどの奴が車に跳ねられ、事態は一変した故にこんな軽口が出た。男たちはイザベラのデザートイーグルに撃たれ、体の各所を抑えて悶絶している
ゴム弾といえど、世界最強の自動拳銃から放たれたなら弾丸にも勝るゴム弾と化すだろう。彼らが可哀想だ
「今のうちだぜ。さっさと乗りな、そこの坊っちゃんも一緒にな」
イザベラが乗っているオープンカーはシボレー コルベット1968年式。3代目コルベットとして綺麗なグラマラスボディの旧車だ
年代は経っても名車の貫禄を魅せる。しかもかなりの大改造を施したようでじゃじゃ馬のような走りだ
「こいつは知り合いのディーラーから貰った車でな。最近の車に負けないような改造もしてくれたんだ」
「.........改造し過ぎだな。サラブレッドみたいな車だ」
「まあ、まず乗りな。日本にも『住めば都』っつー諺があるだろ。その車バージョンだ」
「『乗れば名車』ってか?しかし、そのコルベットは2シーターだ。どうする?」
「そんなん、頑張って乗れ。それともそこの自転車かっぱらって追ってくるか?」
「......仕方ない、エルを抱えるか。それで運転手さん、行き先は?」
「無論、ノープロブレムだ。行き先は決まってない」
「それのどこがノープロブレムなんだが.......」
「うぅ........」
ようやく回復した男たちは頭を抑えながら立ち上がっている。
「早く乗りな。じゃねーと、そいつらに命取られちまうぜ」
イザベラの言う通り、急いでコルベットに乗る。
2シーターなので空いてるのは助手席のみ。だが、エルをおいていくにはいかないので俺の太ももに乗せ、後ろから抱き締めるように抱えた。
そこでようやく我に帰ったエルが反発する
「な、なんでこんな態勢なんだ!お、降ろせ!」
「馬鹿言うな!あいつら、そろそろ目を覚ます頃だぞ!撃たれたいのか!」
ギャアギャア、ピーピーと親鳥の帰りを待つ雛鳥のようにコルベットの中で騒ぎ立てる
あまりの煩さにイザベラも不機嫌そうだ。
「イザベラ、だしてくれ」
「はいはい、その名探偵さんを黙らせてくれればな。さて、しっかり掴まってろよ!」
グオォンと唸り声を轟かせ、フルスロットルで車は発進した。
じゃじゃ馬に恥じぬ走りを見せてロンドン市内、オックスフォード・ストリートを突き進んだ
オープンカー故に風が当たって気持ちいい。自身が風になったような気分に取り入られた
「ひゃっはーー!!やっぱ風はいいな!なぁ、お前もそう思うだろ?」
「.......そうだな。それと、スピードを落としてくれ。周りにいい迷惑だ」
あまりのスピードなので対向車や歩行者がビックリしてる。もしや轢いてしまうのではないのか? と思うほどの粗い運転だ。本当に免許証持ってるのだろうか?
俺たちはオックスフォード・ストリートを曲がったチャリング・クロス・ロードを南に向かって走ってる。
グォンとあらぶる獣のような車を人目つく場所で走らせれば注目の的になるのは当たり前だ。
たくさん視線から恥辱を貰いながら銃のマガジンを交換した
「.......手は荒かったが一応感謝する。ありがとな」
「礼は別にいいさ。それよりなんで追いかけられていたんだ?」
「さあな。道中、尾行してた奴等から逃げたらあの様だよ。恨みも怒りも買っちゃいない。それよりなんでここにお前がいるんだ?」
「真っ昼間から男二人が謎の逢い引きとは............ついていくのが本望だろ?」
「.........何を言ってるんだ?」
「昨日読んだ本に出てたんだよ。ユウスケという青年が親友のカオルの家まで会いに行き、二人で街中をブラブラする............かーー!!やっぱ、腐し丸先生の作品はいいなぁ!」
「おい、腐し丸先生って誰だ!?」
一体何を言ってるのだろうか。そもそも腐し丸先生とは誰か?というか、どんな作品を読んでるんだ!?
「つーことで尾行してたらフィッシュ&チップスとか食ってたところでいきなり走り出したからな。気になって車を走らせて正解だったな」
「お前まで尾行してたのか.........」
「まあな。でも、そのおかげでお前らは助かったんだろ?これで差し引き無しで」
「わかったわかった」
▼△▼△▼△▼△▼△
同時刻 CIAロンドン支部
世界の公安警察ともいえるCIAロンドン支部ではいつものように最重要監視人物や指名手配犯についてのことを調査していた
このロンドン支部はイギリスでも協力な人材を雇って成り立ってる国内最強のCIA支部だ。
サイバーテロが攻めようとしても撃破されるのがオチだろう。
彼らはとある事件に繋がることを調べてる。
そう、ヨーロッパ各地で起きてる要人死亡の件だ。
彼らはこの件をただの事故として処理してない。裏ではアメリカ合衆国大統領暗殺の危険性もあるために一刻も早く真相を見つけようと模索している最中だ。
ここの指揮をとってるダグラスは各地に調査を向かわせた諜報員が何かしらの情報を持って帰ることを期待していた。
「マイク、皆からの通信はまだ来ないか?」
ダグラスは隣のテーブルでコーヒーを飲みながらキーボードをタイピングさている眼鏡の青年にそう問いかけた。
「ええ、今のところ情報はありませんね。よほど手を焼いてる事なので」
「たしかにな。ここんところ、『不幸な事故』が相次ぐがどれも事故としては信憑性に欠ける。何か裏があるな......」
「ですけど証拠もないですし、証人もゼロ。関連してる人物も殺されましたから調べようにも調べられないんですよ」
この一週間、彼らは数年前より相次ぐ『不幸な事故』に関係することを追究している。
2週間前、オークス・ベンジャミン博士の強盗殺人をきっかけに本格的に動き出したのだ。
警察はただの強盗と公言したが、ここCIAの裏では否定している。サプレッサー付き拳銃を持ち歩く強盗など都合がよすぎる。絶対裏があるとダグラス達は指摘した
重々しい話を変えようとダグラスは日常的な話に切り替えた
「マイク、お前まだ恋人がいないのか?」
「うっ!......そ、その話はやめてくださいよ.......僕も気にしてるんですから.........」
「ふん、情けないな。私がお前ぐらいの年にはすでにいたものだ。お前の力量不足ってわけだな」
「まあ.......反論出来ませんね。その通りです.........」
アハハ、と自負しながら頬のソバカスを掻く。
するとマイクのパソコンのディスプレイに突如ノイズが走った。
「おい、故障か?」
「いえ、そうではないようですね........おかしいなぁ、この間ちゃんと整備したのに.......」
何とか回復させようとキーボードを鳴らす。しかしいっこうにディスプレイはノイズが走ったままで元の画面には戻らない
さらに別のところから悲鳴があがった。
「支部長!こっちのパソコンもノイズが!これも故障か?」
「こっちもです! クソ! なんだってんだ!」
次々とパソコンの不具合を訴えていく仲間達。ダグラスはこれをただ事ではないと確信した。
「一刻も早く回復しろ!この間に問題が起きたらどうするつもりだ!マイク、繋がったか?」
「い、いいえ!な、なんだこれは!?」
マイクは驚愕な表情になった。
ダグラスがマイクのパソコンの画面を見てみるとドクロのイラストに加え、こう書かれていた
『ちょっとデータの中を見させて貰っちゃった!ゴメンなちゃい!PS メグちゃん大好き より』
メグちゃんと言えば、日本のとあるゴスロリ魔法少女のキャラクターだな、とマイクは思い出した。
日本のサブカルチャーが好きなマイクはメグちゃんぐらい知っている。
だが、メグちゃんなど知らないダグラスはこめかみに青筋を立てた。
「サイバーテロか........?クソ!」
ダグラスが拳を作り机を叩いた。その際にテーブルにあったコーヒーのカップが大きく揺れて中身を溢すが誰も吹かない。
現在このロンドン支部はかつてない緊迫した雰囲気に包まれた
▼△▼△▼△▼△▼△
「ふむふむ......わかった、助かったよ。ありがとな」
『いいってことよ。だけど、置き土産をしていったから今頃怒ってるぜ。おお~、怖い怖い』
車を走行中、俺の電話がいきなり鳴り出したもんだから出てみればバカルだった。
どうやら、さっき頼んだ事故に関する資料を送ったからと伝えてくれたようだ。
しかもCIAロンドン支部に置き土産をしたらしく、バカルが言うには今頃カンカンだという。可哀想で哀れになってきた
「余計なことすんなよ。それでお前の居場所を突き止められたらどうすんだ?」
『大丈夫大丈夫。向こうの動きを探知するプログラムもあるし、いざとなったらホワイトハウスに脅迫文送ってやるさ』
こいつならマジでやりかねない。元々ロシアの諜報員だったからアメリカへの報復なんて喜んでするはずだ。それだけは阻止したい
『じゃあな、しばらく電話はするな。俺を伝ってお前にも矛先が向けられるからな』
「わかった、じゃあまたな」
バカルとの会話を終えて電話を切る。
「よお、どうだって?電話の相手は何て言ってた?」
「資料は屋敷のパソコンに送ったってよ。急いで戻ろうか、エルの治療もあるし」
「そうしたのは山々なんだが...........ほら」
チラッと目線を後方へ向けるイザベラ。何かあるのか?と後ろを見てみれば唸りを上げるオフロードバイクに乗った数人ほど。
暴走族のように車を避けながらこちらへと向かってくるではないか
「あいつら、さっきの男たちだろうな。バイクとは面倒なモノ乗ってきやがって」
「気をつけたほうがいいな。撃つ気マンマンだ」
「だな。ぶっ放つか?」
「今は無理だ。人が多すぎる」
チャリング・クロス・ロードを抜けた先にあるトラファルガー・スクエアを越えると向かい側にあるノーサンバーランド・アベニューへと突き進んだ
古い建物からイギリスの象徴 ビックベンが顔を覗かせている。ビクトリア・エンバンクメントを突き進んでいる。
どうやらエルと歩いたところへ戻ってきてしまったようだ
「橋だ!あそこを渡るぞ!」
前方に橋が見えた。ウェストミンスター橋らしい。車や通行人が少ないので迷惑が掛からなくて済む
「いいか!あんまりスピード出すんじゃないぞ!」
「いいけど!なにする気だ?」
運転しながらイザベラが問う。それに俺はベレッタをコッキングしながら答えた
「こうするんだよ!エル、俺の身体を押さえててくれ!」
「わ、わかった!」
助手席から胴体をさらけ出し、コルベットの車体に匍匐姿勢のような態勢になる。足をエルに押さえてもらってるので落ちることはない
ドンッとM92Fが火を吹いた。その数は3発。
前方を走っていた男のバイクにぶち当たり、大破した。そして、そのまま吹き飛ばされ橋の上に投げ出された
「ひゅ~、いい腕だ。だが、2発無駄にしたな」
「........あれが精一杯だ」
そもそも俺は刀剣の戦闘が得意なんだ。銃は証拠が残りやすいから昔から使いたくなかったんだ。
「で、あとの4人はどうする?まだ残ってるぞ」
「.........地道に片付けていくしかないだろ。それともロンドンで銃撃戦おっ始めるか?」
「それもやだな。じゃあ、スピード上げるぜ!」
コルベットのタイヤが道路により擦りきれる。白煙と焦げ臭いゴムの臭いが辺りに充満し始めた。
そして、コルベットは一気に走り出した
「落とせ!スピードを落とすんだ!」
「なんだよ~。せっかく盛り上がってるのにさ~」
「お前は首都高トライアルをしたいのか!ここはサーキットじゃないんだ!」
「チッチッチ、道路なんて走ってしまえばどこでもサーキットになっちまうんだよ」
くっ!なにカッコいい台詞言いましたみたいな顔してんだ腹立つ!
とはいえ、このまま逃げ続けてもガス欠で止まるのがオチだ。
ここはあいつらを排除する他ない。
斗真は先程までイザベラが使っていたデザートイーグルをお借りする。
かなりカスタムされてるデザートイーグルだ。黒をベースにして一流品のパーツを使っている。
ガンマニアなら喉から手が出るほど欲しい一品だろう。そして、特に目が入ったのはグリップにあるエンブレムだ
壺のような容器にバックには太陽が写しだされている。スライドにもスペイン語で『CHE VIVE 』と彫られている
こんなモノ彫るということは..........
「イザベラ、お前キューバ出身か?」
「そうだ」
やっぱりか。この『CHE VIVE 』とはチェ・ゲバラを敬愛する人々が付けた総称で『チェは生きている』と意味合いがある
彼自身は死んでも彼の思想は死なない。今なおキューバの英雄として祭られている
彼を敬愛するのは大半が彼の母国キューバ国民だ。そしてイザベラもまた、チェ・ゲバラを尊敬している
「チェは私らの中じゃ、英雄にして戦士だ。フランス革命におけるジャンヌ・ダルク、ロシア革命のレーニンのように歴史に名を飾った革命家の一人だ」
そしてグリップのレリーフはアステカ文明。神と同格である太陽、それに生け贄として捧げる心臓を入れる壺を模したものだ。
アステカの祭壇は猟奇的な行為として有名だ。霊能力者達が口を揃えて拒むほどに。
なんでこんなもの彫ってるかは聞かないでおこう
「よほど思い入れがあるんだな」
「まあな。大事な銃だからな、くれぐれも壊すような真似はすんなよ?」
「当たり前だ。チェ・ゲバラに失礼だからな」
ドォン!
砂漠の荒鷲を司るデザートイーグルは噴火のような轟音で発砲された。
ゴム弾はバイクに乗る男のジャケットをもろに食い込み、振り落とす算段となった
さすがは世界最強の自動拳銃。威力も反動も凄まじい。腕が雷に打たれたように痺れている
タタタタタタタタタ!
向こうも負けずと撃ち込んでくる。弾は軽量のパラベラム弾だ。
おそらくM10を使用してる。ならば連射力が高いためすぐに弾切れを起こすはずだ
タタタタタタ..........
「今だ斗真!あたしのコルベットに穴空けた愚か者に撃ち込めぇ!」
イザベラが運転しながらそう叫ぶ。それに応答するようにデザートイーグルの引き金を引く
ドォンドォン!
M10を持った男のバイクが横転し、隣を並走していたバイクを巻き込んでいく。
2台のバイクはそのまま道路上に弾き飛ばされた
「お見事ォ!さすがはあたしのデザートイーグルだ。すべてのジャンルで優れてるな!」
俺を褒めたと思ったら愛銃を褒めてたのか。ややこしい奴だ
だが、まだはバイク集団は残っている。二人は撃つ様子はないが、後ろをつけてくるのは変わってない
しかも黒のワンボックスカーもバイクに並走している。おそらく一味だろうな。
現在俺らはケニントン・ロードを走行中だ。住宅街のようで散歩中の人が多い。
だが、奴等はそんなのお構いなしに撃ってきた
「イザベラ!前方に犬とお爺さんだ!曲がれ曲がれ!」
「わっーてるよ!耳元で叫ぶな!」
「オエッ..........気持ち悪くなってきた.......」
「おい!シートを汚すなよ!それ高いんだからな!」
こんなことも多々あるが住宅街での銃撃戦は止まることない。
弾幕の流れ弾は路上駐車してる車や看板などに当たり、風穴を空けていく
彼らは周りの犠牲は厭わないようだ。なんて卑劣な連中だ
コルベットは右折し、それに連動してバイクとボックスカーも右折する。
向こうはバイクのみが撃ってくる。サブマシンガンなので当たる確率は少ないはずだ。
だが、あのボックスカーはなんだろう。もしかすると人員輸送かもしれん。
「イザベラ、この近くに広い土地はないか?人里離れたような土地だ 」
「そんなんあるか!ここは大都市ロンドンだぜ?郊外も数百キロはいかないと............」
「それならいい場所がある!」
銃創の具合もよくなってきたエルが思い出したかのようにそう言い出した。
助手席から身を乗り出して指を指す
「ケニントン・ロードの向こう、Y字型になっているんだ。その右のクレイトン・ストリートの先はジ・オーバルというクリケットスタジアムがあるんだ」
「なるほど........誘きだしてギタンギタンにしてやるということか」
いや、多分そういうことじゃないと思うよ。エルが言いたいのは潜伏だと思う
だけどいい案だ。ぜひそのクリケットスタジアムへ向かおう。
「よっしゃ!振り切るからな、しっかり掴まってろよ。舌噛んでも知らないぞ!」
さらにコルベットは加速する。
速すぎてもうクリケットスタジアムへ付いてしまった。
今日は試合の予定がないので無人だ。警備員もいないし、邪魔されずに隠れそうだ
しかし門がしまってる。鋼鉄製の南京錠でガッチリと閉められている。ピッキングしようにも時間がかかりそうだ。
「ほ、ほかに入り口はないのか!」
「落ち着けエル。焦るのは禁物だ」
「そうだぜ。あたしに任せな。こういうのはよくあったからな」
イザベラが前に一歩踏み出すと躊躇なくデザートイーグルで南京錠を撃ち壊した。
「なっ、言った通りだろ?」
「............ああ」
むちゃくちゃだ。たしかにスタジアム内に入れたけど無理矢理過ぎる。見つかったらカンカンだぞ
「さて、ここで二手に別れよう。お前とエルは裏側、あたしは西側スタンドに行こう。別々に行動したら相手の戦力を分断出来るからな」
「わかった、くれぐれも気をつけろよ。奴等のほうが多いんだからな」
「わっーてるよ。じゃ、片付けたらここで会おうぜ」
「了解、エルもわかったな?」
「ああ、傷も癒えてきたし、撃ったお返しをやらなくちゃな」
エルが脇のホルスターから取り出したのはSIG SAUER P229。スイス軍・警察正式自動拳銃だ。小型で扱いやすく、ダブルカラムマガジンなのが大きな特徴だ。
探偵は犯人についての調査を承ることがあるとのこと。万が一に備えて帯銃してるようだ
「射撃は得意じゃなくてね。かじったぐらいだから戦闘は期待しないでくれ」
「わかった、俺がサポートする。それより怪我は大丈夫か?」
「うん、さっき止血をしたから流血は止まった。けど、まだ少し痛いね」
サワサワと傷口を抑える。たしかにいつの間にか出血は止まったようだ。だが、傷自体はまだ残ってる。
この戦闘で傷の具合が悪化しないことを祈るばかりだ。
「じゃ、分かれるか。助けが欲しかったらいつでも呼べよな」
「大きなお世話だ。あたし一人で十分だっつーの!」
茶化してやるとちょっと失言らしく怒ってそのまま行ってしまった。
「.......怒っちゃったね........」
「大丈夫だ、あういうタイプの奴は数日したら忘れるからな」
「.......君はもう少し女子に対して学ぶべきだと想うよ」
「はぁ?」
そう言うとスタスタと遠ざかっていく。特に最後の台詞が気になる。
女子に対して学ぶべき。とは一体何のことなんだが。
「お、おい待てよ!」
釈然としないまま俺はエルを追いかけることにした
▼△▼△▼△▼△▼△
―CIA ロンドン支部―
先程、コンピュータ内を荒らされた上に挑発的な置き土産をしていった不特定人物のせいで、ロンドン支部内はピリピリしている
マイクは穏やかな半面、自分より上の技術を持っているとは、と軽いショックを受けていた。
他の諜報員も同じだ。全員がハッキングの後始末に時間を費やし、ヘトヘトになっている。
同じように椅子に凭れるマイクにダグラスが靴をタンタン鳴らしながら尋ねた
「マイク、短時間でこれだけのハッキングをした奴はまだ分からないか?」
「はい........何とか色々手は試したんですが........探知されないようにプログラムが組み込まれてますね。こりゃ、人間業じゃないぞ......!」
「お前がそれほど項垂れるということはかなりの腕利きということか。どこかのサイバーテロか.......?」
「その可能性も捨て切れないですけど.........わざわざあんなふざけた文残しますかね?下手したら身元を判明される危険もありますし......」
「犯罪者の心情なんて知っちゃこっちゃない。もしかすると、謎の連続殺人の同犯の可能性もある。なんとしても手がかりを見つけ......」
「支部長!これを!」
そこへ女性捜査官が飛び込んできた。手には数枚の紙をクリップで留めた紙束があった
それをダグラスに渡すとマイクにも分かるように説明した
「十数分前、ウェストミンスター橋で撃ち合いをしてる車両が何台か確認されました」
「確かか!?」
「はい。街の市民のほとんどが目撃し、監視カメラにも写っていますので間違いありません。今のところ死傷者はゼロ、被害は建物の壁や看板への銃創ぐらいかと」
「死人は出てないだと......?奇跡のようだが、不気味でもある........。そいつらは今どこに?」
「最後に目撃されたのはケニントン・ロードを南西へ走行しているところです。それから全く音沙汰がありません」
「よし、すぐに捜査を始めろ!奴等の尻尾を掴むんだ!」
カタカタと一斉にキーボードのタイピング音が鳴り響いた。それはさながらオーケストラのようで緊迫していた一室を明るくさせた
「支部長!ジ・オーバルから爆発のような音がすると住人から電話が入ってます!」
「わかった。そこへ捜査官を向かわせろ!相手の出方次第では発砲を許可すると伝えろ!」
「はい!」
さて.....彼らは何者か......これで分かるといいが.....」
ダグラスは机に座って仲間の連絡を待つことにした。
彼がブラックのコーヒーが好きなのは余談である。
▼△▼△▼△▼△▼△
「探せ!奴等はこのスタジアム内にいる!出口を封鎖したんだからこの中にいるのは間違いない」
「いいか、必ず生け捕りにしろ。失敗したら俺たちの首が飛ぶことになるぞ」
男たちの会話を天井から盗み聞きしている俺とエル。改修工事がされたとはいえ年代のある建物だ。天井の板が外れていたのは工事ミスかもしれない。
「行ったようだ.........口を開いても大丈夫だ」
「ぷはー........息が止まるかと思ったよ。しかし酷いじゃないか、いきなりここへ放り込むのは」
「すまんな。説明するよりもここへ入れたほうが早かったからな。無理矢理押し込んで悪い」
天井裏なので埃や蜘蛛の巣がこびりついており、衛生面ではよろしくないと思う。
傷口に入ったら感染症を引き起こす可能性もある
もう人気はないようなので天井板を外して着地する。エルは手を貸してやっと降りれた。
「さて、エル。ここからは銃撃戦に陥るかもしれん。警戒を怠るな」
「う、うん.........」
「俺が前衛、お前が後衛だ。戦術には慣れてないようだが、俺がサポートしてやる。」
「わ、わかった。お手柔らかに.......ね?」
「ああ、付いてきな」
壁沿いに歩き、低姿勢で行動する。エルはP229を、俺はM92Fを所持している。
P229を握るエルの手は微かに震えている。不安と恐怖、そして死を畏れているようだ
「大丈夫か?無理せずに休んでもいいんじゃないか?」
「心配するな。これでも探偵だ。犯人の抵抗なんぞ、何度も見てきたから大丈夫だ」
「そうか」
若干、戦力に乏しいので不安はあるが、狭くて寒い小部屋に一人残していくのも可哀想なのでつれていくしかない。
ドォン バンバン タタタタッ!
どこかで発砲音がした。
最初のは強音なのでイザベラがデザートイーグルで戦闘しているようだ
ということは敵が一気にイザベラへと流れ込むはずだ
「エル、イザベラの援護に行くぞ。まだ敵が残ってるかもしれん。音を立てないように気をつけろ」
「うん、わかっ、斗真!後ろ後ろ!」
タタタタタタタタタタタ!
エルの必死な形相だけで状況が把握できた。
近くの部屋へ回避したお陰でその横を弾丸の雨が通過する。どうやら見つかってしまったようだ
「くそ!なんで嫌なことは連続で起きるんだ!」
「愚痴を溢してる暇はないぞ。まずはここを切りぬけよう。イザベラの援護はそれからだ」
コッキングして弾丸を薬室へ送り込む。同じくエルも同様にコッキングした
「狭い廊下だからな、あいつをどうにかしないと上には行けない」
「わかってる。ボクが援護するから隣の部屋に走れ」
「さっきとは別人のようだな。怯えていたんじゃなかったのか?」
「いや、確かにそうだったけど吹っ切れたよ。戦わなければ自由にはなれないと自覚してね。気兼ねなく戦わさせてもらうよ」
「その意気だ。しっかり援護しろよ!」
弾幕が途切れた今、全速で向かい合ってる部屋へと逃げ込む。
さすがにこの行動は予想外だったのか、敵は撃てなかった
その隙に銃をぶっ放してやる
「いいか!殺すんじゃないぞ!ボクらは探偵だ、犯人を捕縛するために証拠を突きつける立場だ!」
「わかってるさ。俺も当主様に堅く禁じられてるからな」
弾丸は狙い通り銃へと着弾し、敵の無力化を計るには好都合の状態へとなった。
すかさず敵の額へイザベラ同様にゴム弾を与えてやる。男は気絶して大の字に倒れた
「ゴム弾か.......準備がいいんだな」
「そうでもないさ。とある女に無理矢理持たされた品物だ。お前にも分けてやろう」
「えっ?いいのか?」
「もちろんだ。殺すなと言っといて殺しちゃったら元も子もないだろ?残ってるマガジンのゴム弾抜いて自分のに装填しろ」
ポケットから二つのマガジンを渡す。エルは予めマガジンに入れられたゴム弾を抜いて自分のに装填した
M92FとP229は同じ9mm パラブレム弾だ。弾丸が同一なのでこうして互いに供給できる
足音が近づいてきた。あいつが撃ったお陰で増援を呼ばれる羽目になっちまった
すぐにここらは敵に囲まれるだろう。その前に逃げるか
「行くぞ、こっちだ」
エルを引き連れてイザベラと合流を試みる
▼△▼△▼△▼△▼△
「くそ!あの女、なんて腕だ!もう3人もやられた!」
「怯むな!さっさと殺せ!」
「はっははー!!どうした、口だけなのかこの鶏め!」
「だ、誰がチキンだオラァ!!」
数人に囲まれているのに、観客席に仁王立ちしながらデザートイーグルをドカドカ撃つ。
プラスチック製の椅子や実況ルームの窓ガラスに流れ弾が当たり、破片を撒き散らす
男たちは容赦なくイザベラを殺しにかかってる。一方、イザベラは殺すわけにはいかないのでゴム弾で気絶していく戦法だ
それに追い付いた斗真たちも彼女の援護のため、応戦する。
「よぉ、斗真。別れたばっかなのにわざわざあたしに会いに来てくれたか!」
「一応ハズレではない。死んだら桜花に殺られそうでな」
「おいおい、目の前の女とは別の女の事を考えるとは男が廃るな。ここは嘘でもいいから『助けに来た』と言えばいいだろ?」
「上手く敵を引き連れてくれてありがと」
「ケンカ売ってんのかオラァ!」
イザベラのこめかみに青筋が立つ。彼女は後退しながらさらにデザートイーグルを撃ち続ける
「抵抗を止めろ!そうすればお前たちに危害は与えない」
男が武器を棄てるよう命じた。無益な争いは好まないのだろう。だが、イザベラはそれを真っ先から拒否するかのように引き金を引いた
「.........."抗うことは神聖な権利であり、不可欠な義務である"」
「なに?」
「フランス侯爵 マーキス・デ・ラファイエットのお言葉だコノヤロー!」
いや、抗ってるというより、自ら戦禍に身を投じてるようにも見えるよ
戦闘狂なのかもしれん。笑顔で人を撃ち続けるもの。
「こいやこいやぁ!」
どんどん撃ち倒していくイザベラ。
もはや、相手側に戦力はなく、戦意も失われかけてる
今が好機。エルと俺は一気に畳み掛けるために攻めこんでいった
戦闘開始からものの10分。クリケットスタジアム内での銃撃戦は幕を閉じた。
▼△▼△▼△▼△▼△
「配置につけ!モタモタするな!」
銃撃戦が行われてると通報を受けた警察とCIAが現場のジ・オーバルに到着した。
警官隊は防弾チョッキや短機関銃を身に付け、CIAも長物ライフルを手にしている
これから銃撃戦に身を投下するのだ。これぐらいの武装は当たり前だ
先鋒で指揮するのはCIA 諜報員のバリーだ。ガタイのいい筋骨隆々とした男だ。
彼は警察と協力し、突入を試みる
今、その鉄扉が開かれた
「行け行け!迅速に鎮圧するんだ!」
雪崩のように武装警官隊がスタジアム内に押し寄せる。数人のCIA 諜報員もそれに興じてスタジアムに押し寄せる雪崩の一環と化した。
だが、突入した警官隊が目にしたのは銃撃戦をしてる二軍でもなく、死体と化してる男たちの姿だった
「なんだこれは.......!」
「すでに立ち去ったようです........。生存者はいません」
警官たちが呆然としながら佇む。死体を見慣れていない者には吐き気が催す状況だ
だが、バリーは見慣れている。人を殺害した経験もあれば、目の前で人が死ぬ様子も見たこともある
慣れとは怖いものだとは常々思う。
しかし、これは凄まじい光景だった。幾度の死体が海岸に打ち捨てられた流木のように折り重なり、恐ろしさを物語っていた。
「.......ここらを立ち入り禁止にしろ。テープを貼れ」
警官に『keep out』と書かれたテープを貼るように命じた。
命令を下すと現場の検証を行うこととした
「こりゃ、酷いですね。胸に数発ぶちこまれてる......かなりの腕ですね.......」
どの遺体も心臓近くを3~4発の弾丸で突かれている。弾痕からすれば拳銃、もしくは小型の弾丸を用いるサブマシンガンかと推測する。
さらに、心臓周辺を正確に撃ち抜くことが出来ることからかなり腕利きの人物が犯人と警察は推理した
だが、ベテランの諜報員 バリーはそれを否定した。
「いや、これは妙だな。」
「妙........とは?」
「見ろ。この遺体の額には何かにぶつかったのように赤く腫れてる。コイン以上に小さいサイズだからゴム弾かもしれん」
「そ、それが何か?」
「まだわからんか?こいつは死後硬直が始まってる。つまり、死後30分から1時間くらい経った遺体だ。それでもまだ痣が腫れてるということは撃たれる前に付けられた痣だと証明できる」
「ええ、そうなるでしょうね」
「つまりだ。犯人はゴム弾で撃った後、殺したということになる。わざわざそんな面倒なことするか?最初から殺す気ならゴム弾なんて使わねえだろ?そこが妙なんだよ」
「たしかにそうですね.........ということは、二人以上の犯人が?」
「かもしれんが、別人だろ。誰かがこいつらをゴム弾で気絶させた後、別の誰かがこいつらを殺したんだ。同犯じゃなきゃ、グループ犯でもない。なんとも奇妙な犯行だよ」
深く考え始めるバリー。だが、彼は探偵じゃないので一先ずはこの事をダグラスに伝えるべきだと判断した。
ポケットから携帯を取り出してダグラスの番号を選び、ありのままに現状を伝えた。
「CIAとは、厄介な奴等が這ってきたもんだね」
その様子をジ・オーバルの隣にあるガス工場のガスタンクの通路から双眼鏡を通して見ているものがいた。
ここは一般者立ち入り禁止だが、休日のお陰で職員は少なく、目を盗んで侵入したのだ。
その女は薄着だ。ジーンズに紺色のTシャツと軽装でアクセサリーは腕時計と銀で出来た十字架のネックレスを首から下げてる
それなのにブーツはジャングルブーツだ。しかも鉄板入り。
平和なロンドンに住む住人にしてはおかしい靴を持っている。それは彼女がただの一般人でないことを証明する証拠にもなる
彼女は短めに切り揃えられた髪を弄りながら売店で買ったハンバーガーを口に含む。
「まったく、あの無能集団も出始めたとは嫌なもんだな。無能なくせして芋虫のようにどんどん出てくるもんだ」
するとお尻のポケットの携帯が鳴る。彼女は嫌々と電話に出る
「はいはい、誰ですか?」
『私だ』
「なんだ、依頼主さんか。それで何の用?私今忙しいんだから」
『いつも暇な君がこうも忙しいとは。まさか始末に手こずった訳ではないのか?』
「ぜーんぜんそんなことないなぁ。それともあれか?私の腕は無能なあんたの部下にも劣る駄犬てことか?」
『そう言ってる訳ではない。君の腕を信用してる。だからこそ依頼したんだ』
「けどね、部下を口止めとして殺すよう命じるとは酷いな。あんたに情はないのか?」
『情?名も知らん部下のために掛ける情などない。彼らは言うなれば.......そう、手駒だよ』
「ふーん。まっ、金さえ貰えば後はどうでもいいや。それで私はどうすんの?」
『部下をその近くへ送った。用意した車で本社へ向かってもらう』
「はいはい、じゃ切りまーす。バイビー」
一方的だが、電話を切る。しまうとすぐさまハンバーガーを食べる。
「そういや、懐かしい顔がいたな。しかも女と男を侍るとはあいつも清々しくなったな」
独り言を呟きつつ口に頬張る
彼女は顔は美しい。だが、不気味という文字が似合うほどにその表情はずっと笑みを浮かべていた
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「そうか.......わかった」
場所が変わってCIA ロンドン支部。
バリーから信じられない連絡を受けたダグラスは携帯をしまうと近くにあった椅子に凭れる
隣のマイクが不思議そうに話しかけた。
「一体どうしたんです?いつもの貴方らしくありませんよ」
「なぁマイク.....面倒なことになってきたぞ。オペラを見に行ったら黒幕が二人いたような気分だ。頭がこんがらがる」
「僕あまりオペラ見ないんでその例えはわかりかねません。用は状況が複雑ってことですよね?」
「まあ、そんなことだ」
よく分からない会話をしつつ、愚痴をこぼす。バリーからの情報は彼らの頭をグルグルにするのは大したことじゃない
この支部は解けそうで解けない謎に頭を悩ませていた。