ベイカー・ストリートの狂犬
「ようこそ、我が当主の屋敷へ」
「....いよいよ君が何者かわからなくなってきたよ」
イギリス滞在三日目の朝。早々からエルが来るためにせっせと準備を済まし、玄関先でお出迎えした。
俺が久遠家の執事をやってることに驚いてるようだ。変わった物を見るような目をしながら『お邪魔します』と葵さんや桜花に挨拶していく。
「かの名家、久遠財閥の執事をやっているとはね........だからあのスペックを持ち合わせていたのか」
「執事て言ってもまだ一月ぐらいだ。ここの使用人からすればまだまだひよっこだ」
俺の部屋へ招き入れるとすぐに昨日調べた資料を見せてやった。
「これは昨日俺が調べた資料だ。お前のいう通り、『不幸な事故』で死んだ人たちの資料で全部をリストアップしたものだ」
「......わずか短時間でこれだけとは.........デスクワークも得意なのかい?」
「いや、うちの高性能のコンピュータのお陰だな」
「そうかい...........話を戻そうか」
「そうだな。じゃ、集まった事故の資料は全部で14件。中にはヨーロッパ各界の有名人もいるようだ。まずは最近起きた事故からだ」
数ある束ねたプリントの中から取り出したのはごく最近起きた強盗殺人だ。
エルはそのプリントを読み上げた。
「これは2週間前起きた事件だ。被害者はオークス・ベンジャミンだ。彼はロンドンを代表する科学者で、医学と生物学に影響を与えた人物でもある。次期、ノーベル賞も確実ではないかと噂されていたほどだ」
そりゃ大物だな
「2週間前の午前10時13分、自宅で死んでるのを妻が発見した。死因は額を撃たれたことにより即死。部屋が荒らされていることから警察は強盗として処理した」
その文章に斗真は手を顎に添え、深く考え始めた。それに気づいたエルは不思議に思い、思いきって斗真に聞いてみた
「どうしたんだい?」
「いや、なんか可笑しいと思ってな」
この事件現場にはいささかおかしい部分がある。一般人には解けないが、俺には解ける。
ははっ、なんかシャーロック・ホームズになった気分だ。おっと、ホームズに憧れているエルに失礼だな。
ではおかしいところを一つずつ確認していこう。
まずは一つ目。銃は自動拳銃らしいが、至近距離で撃たれたようだ。なぜならば玄関のすぐそばで倒れてるためだ。
ということは、玄関は開きっぱなし。銃声が周りの住民に気づかれてしまう恐れがある。だが、住民は誰一人として銃声は聞こえなかったと証言してる。
つまり、サプレッサー付きの拳銃で撃ったと思われる。ただの強盗が都合よくそんなもの持ち歩くだろうか。
次に二つ目だ。殺されたオークス氏はかなり用心深いとのことだ。いつも防犯グッズを身に付け、金品の類いはいつも金庫にしまうほどだ。しかし盗まれた物はなく、抵抗の跡もなく、残ったのはオークスの遺体のみ。
そこが変なんだ。
いつも鍵を閉めてるはずの玄関は開いていた。つまり、用心深いオークスが自ら開けたことになる。ということは犯人は彼と知り合いの人物になる。知り合いならば簡単に開けてもらえるからな
以上の俺の意見を聞いたエルは激しく同様し、納得してくれてる。
「たしかに一理あるな........殺人の証拠がないから完全犯罪かと思ってたよ」
「それは語弊だな」
「へ?」
「完全犯罪なんてモンは存在しない。足跡にしろ、指紋にしろ、何かしら手がかりは残るのが現場なんだ。それを解くのも探偵の役目だろ?」
「..........君は時々、ホームズのような格言を言うね。もしや、ホームジアン (ホームズの熱狂的なファンのこと) かい?」
「かもな。それより証拠を探そう。いくら推理をしたところで証拠がなきゃ、ただの推測になっちまうからな」
「世間ではこの連続的の事件に怯えている。中には反政府組織の犯行だと噂が立つほどだ」
「テロリストはどうだ?2005年7月7日のロンドン同時爆破事件もアルカイダの犯行だっただろ?」
「たしかにな。だが、その線は薄いようだ。今のところアルカイダ得意の自爆は確認されてない。それに........」
「それに?」
「ロンドン警察だけでなく、CIAロンドン支部やSIS(秘密情報部)も牙を研いでる。彼らの見立てではテロの類いは薄いと判断した」
「おいおい、ちょっと大袈裟すぎないか?たかが殺人事件だぜ?」
「ロンドン警察は『切り裂きジャック』以来犯人を逃したことはない。名を汚すわけはいかないから燃えてるんだよ」
「でも、CIAとSISは?」
するとエルは一枚の資料を見せてくれた。それは5年前の、殺害順番でいうと10番目の犠牲者だ
「彼はヘンリー・オースティン。すでに故人だが、当時はCIA長官だった人物だ」
「マジかよ......」
「ああマジだ。彼は当時のイギリス首相や英国女王陛下とも仲が良かった。お二人ともヘンリーが亡くなったと聞いた途端、顔色を悪くしてらっしゃった。まるで親友を亡くしたような顔だったよ」
「なるほど。顔に泥を塗られたって訳か」
「それも特大の泥をね。CIAは長官を殉死させてしまう失態を犯し、SISはいずれも自分達にも矛先が向けられると危惧している。どっちも噴火寸前ってわけさ」
お仕事御苦労様
コンコン
「失礼するぞ、紅茶と茶菓子を持ってきた。」
ノックと共に入室してきたのはメイドだ。だが、凛ではなかった。
赤毛の長髪にグラマラスボディ。男性だけでなく、女性も見惚れてしまうほどの体型を保持している。
つり目の眼力は鋭く、雌豹のようだ。
「........誰だお前」
残念ながら初対面だ。もしやすると新人だろうか?
「おっと朝のうちに自己紹介すればよかったな。あたしはイザベラ・ガルシア。ここでメイドをしてる」
ほほう、あんたがイザベラか。
以前オルテガが言ってた俺と凛同様の経歴を持つ人間。しかも、"狩人"や"蝙蝠"のように異名を誇示してる。
ぜひ知りたいが俺は人の過去を詮索するような真似はしたくない。無理には聞かないが、教えてほしいもんだ
「俺は五月雨 斗真。執事をやってる。そっちのは.....」
「エル・バスカヴィルだ。ベイカー街で私立探偵を営んでる」
「よろしくな斗真、エル」
イザベラとガッチリ握手する。その時俺は気づいた。イザベラの手に。
微少ではあるが、手の甲や指には傷があった。しかしそれは、誤って包丁で切ってしまったような傷ではない。不意ならば利き手の右手とは反対の手に傷があるはすだが、どちらかというと右手がほとんどだ。
こいつに自傷癖がないならば誰かに付けられた傷ということになる。
やっぱり気になるな。
「どうした?あたしの手に見とれてるのか?」
「.......まあな」
「けっ、上手なこった。じゃ、あたしは外にいるから用があんなら呼びな」
紅茶をと茶菓子を置くとすぐに部屋を退室した。元気のある娘だな。
凛とは正反対の性格のようだ。
「個性的なメイドだな。さすが久遠家の使用人。奥がふかい」
「そうか?」
エルはどこかネジが飛んでる気がする。
「.さて、これからどうする?」
「そこでだ。一つ提案がある。こうも朝から頭を使うのはよろしくない。どうだい、ロンドンでも散歩しないかい?外の空気でも吸って切り替えよう」
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突然のイギリス観光。昨日同様、太陽が眩しく照りつけ、我が身をオレンジ色に染め上げた
昨日は日本人カップルの通訳とスペイン人スリグループと大人のお話をしたので観光など満足に出来なかった。しかし今日、ようやく観光出来る。
「ふふ、ロンドン観光が嬉しそうな顔だね。ボクも君にロンドンを気に入られて嬉しいよ」
男のくせに女みたいな笑顔をこちらを見せてくるエル。まさかこいつにBL的な嗜好はないと思うが..........心配になってきた
俺たちは屋敷を出てテムズ川の河川敷にあるビクトリア・エンバンクメントを歩いている。ロンドン塔やタワー・ブリッジなどがロンドンの街並みに溶け込み、絶景を生み出すのを眺めながら二人ならんで歩く。
来たのはロンドンの中心部シティ・オブ・ロンドン。昨日も来たが、存分にロンドンを味わうことは出来なかった。
だが、今はエルのおかげで観光出来る。
「今日はボクがツアーガイドを務めるよ。ようこそ、産業の発端街ロンドンへ」
エルはウェストミンスター橋の真ん中で宣誓する。
「ボクとしてはビックベンや大英博物館などもいいけど、もう少しマイナーな部分にも触れてほしい。ロンドンその物が観光地なんだから」
「ほう、ということはあてがあるのか?」
「もちろんだ。さあついてこい。」
セント・ジェームズ・パーク沿いの長い一本道のバードゲージ・ウォークを突き抜け、見えてきたのはバッキンガム宮殿。
イギリスの皇居は貫禄を魅せつけ、ロンドンの中心部のシンボルとなっている
その横道のスプール・ロードを通る。
そこで俺はエルに付いていきながらスマホを取り出した。あらかじめ電話帳に登録されてる番号へ電話し、数回のコールの後電話相手が出た
「はいもしもし、誰だ?」
「俺だ。数ヵ月ぶりの依頼だ。喜べハゲ」
電話主はバカルだ。
彼は久しぶりに聞いた友人の声に喜んでる。
「そのハゲと呼ぶのは.........久しぶりだな斗真。この数ヵ月どこに雲隠れしてた?」
「ちょっと色々あってな。ヤクザの罠に掛かってな。用は就職したのさ」
「色々省き過ぎだ。主要がわからんぞ。それより今どこだ?」
「ロンドンだ。観光中でな」
「ロンドンか.........よく監視カメラをハッキングして可愛い娘ちゃんを探してたな」
このやろ、防犯機器をそんな風に使ってたのか。今度会ったら殴り飛ばしてやる
「それより何のようだ?まあ、お前のことだからまた調査だろ?」
「そういうことだ。今、とある奴の身内に関わる事件を捜査中だ。そこでお前に頼みたいことがある」
「なんだ?」
「資料が欲しい。CIAとSISも独自に調べてるらしい。そいつらから事件の資料とそれに関係ある資料を盗み見してこい。お前なら簡単だろ?」
「バカいうな!CIAとSISだと?奴等のコンピュータにハッキングするなんて人として終わってるぞ!」
「奇遇だな。幼女に手を出して、人として終わってるハゲがいるのを知ってるぞ」
それはもちろんこの電話主だ。人に説教する前に自分が治せっての
「............わかったよ。報酬は用意しとけ。だが、奴等は色々敏感だ。調べられる範囲で調べとく」
「ありがとな、恩に着る」
「気にすんな。それよりちゃんと幼女物を用意しとけ。じゃ、Действуй(頑張れよ)」
最後はロシア語で応援してくれた。たしかロシア人だったな。何年故郷に帰ってないのだろうか。
余談だがバカルは元SVR (ロシア対外情報庁)の一員で外交の諜報員として活動していた。
ハッカーだったその腕を買われたが、自由を求めるバカルの性分には会わないために、国外へ逃亡した。現在はどこかのアパートで幼女趣味に走り、ひっそり暮らしている
数年前に知り合いを通じて知り合ったがそれからはパートナーのような関係になった。
おっと、幼女好きのハゲの話はここまでにしよう。今はエルと観光のことに専念しよう。
「電話は終わったかい?」
「ああ、知り合いが事件の調査をしてくれる。半日もすればわかるよ」
「そいつは助かったよ。その友人にお礼を言わなければな」
いいよ、あんな奴にお礼なんて。そんなことしても喜ばないし、何よりロリコンを患ってるんだからね。
スマホをしまうと再び歩き始める。目指すのはシャーロック・ホームズ博物館だ。
そこはホームズに関連する品が数多く展示されており、エルもお気に入りの場所なのだ。ぜひロンドンに来たならば彼の栄光を一度は見てってくれと紹介されたのだ。
バッキンガム宮殿が見えなくなると今度はハイド・パークが見えてくる。その脇のバーク・レーンを歩いてベイカー・ストリートに通じるウィグモア・ストリートへ向かっている。
「ん?あそこに出店があるな。君の分も買ってくるよ。ここで待っててくれ」
そう言って向かったのは路上販売してる出店だ。大きく看板にフィッシュ&チップスが名物とは書かれてるがあまり食欲が沸かない。
それもそうだ。イギリスの飯の不味さは世界一。理由は諸説あるが、産業革命やヴィクトリア王朝の名残などと色々理由があるそうだ。
どちらにしろロクなもんじゃない。イギリスの国民性を罵倒してる訳ではないが、やはり食するのは嫌気が差す。
「ほら、斗真の分だ」
エルが買ってきたフィッシュ&チップスを片方渡してきた。
仕方なしにそれを受けとる
「ふふ、イギリスの飯なんて食えるか!って顔してるね」
「い、いやそんなことは........」
「気にすることはない。外国人観光客は皆口を揃えてそう言うから慣れてるんだ。自虐的だが、ロンドン市民もそれを気にしてる。中には『オウムの餌』なんて自虐ネタもあるほどだからね」
「それは........ドンマイ」
なんだかかわいそうになったきた。もうイギリスの飯の悪口を言うのはよそう。大切な何かを失いそうだ
「だけど最近は美味い料理を作るよう心掛けてるんだ。現にこの店も観光客に人気でね。ボクも学校帰りによく買ってはたしなんでいるんだ」
よほどオススメの一品のようだ。わざわざ奢ってくれたエルの心遣いを無駄にしないよう食してみる。
軽く噛んだだけでサクッと心地よい音が口の中には広がった。さらにサクッサクッと連続して口内に反発した。この白身魚のフライはとてつもなく美味い美味すぎる。
次はポテトだ。ポテトなんてただの副菜だろ。ただの揚げたじゃがいもだろ、と思ってるそこのあなた。そんなことありませんよ
このポテトは副菜などという脇役ではない。むしろ主菜。このまま晩御飯のおかずとして出されても文句はない。
なんて美味さだ。正念場と化す揚げの工程でどれほどの力量が有されるかご存じだろうか?
答えは簡単だ。そこで食材の全てが決まる。一歩間違えればふにゃふにゃになってしまうだろう。
だが、このポテトはちょうどいい温度と時間で揚げられたポテトだ。塩の加減もバッチリだ
イギリスの食に革命が起きた。産業の革命がイギリスなら食の革命もイギリスだ。おそるべし、大英帝国よ
「..........あの.........斗真?」
「はっ!」
エルに肩を揺らされようやく現実へと戻ってきた。俺としたことが......あまりの美味に半分内的世界に逝ってしまうところだった。危ない危ない
「も、もしかして、口に合わなかったか?」
「いやいやいやいやそんなことないぞ。うん、美味い美味すぎるよ。むしろもっと食べたいぐらいだ」
「そうか!それはよかった。リピーターが増えるのは同じ立場として嬉しいよ!」
「うんうん、そうだな..................っ!」
斗真は突然何かを感知したように体がビクッと痙攣した。そしてすくそばの古いマンションの角へと隠れ始めたのだ。
それを不思議に思ったエルが問い質してみた
「どうしたんだ?」
「............」
「もしかして具合でも..........うわっ!」
貴婦人にダンスをお誘いするように手を取ってエルの身体を引き寄せる。
さすがのエルも突然の行動に驚きを隠せなかった
「い、いきなり何するんだ!びっくりしたじゃないか!」
「しっ...........俺らを尾行してる奴等がいる。どう見ても紳士ではない」
「えっ!?」
「あの3人だ。カーキ色のロングコートの男が中心の奴等だ。あいつら、俺たちがビックベンを通過した辺りから追いかけ回してるぞ」
「ど、どうする?」
尾行なんてしたことはあっても、されたことは流石にないはずだ。探偵にはキツいものだ。
軽く怯えるエルを落ち着かせる。
さらに、心の支えとなるように尊敬する人物のモノマネをしてみた。
「"謎としては初歩的なことだよ、ワトソン君"」
「ホームズ.........!」
エルの目には俺がホームズにでも見えるようだ。キラキラした憧れを孕んだ目で見つめてくる。
そう長く見つめていいものじゃない。とっとと逃げよう
「あ!ちょっと!」
キョトンとしているエルの腕を引っ張って細い路地へと逃げ込む。
奴等は俺らを見失ったことで辺りをキョロキョロ見回している。見つかる前により遠くへと逃げたいものだ。
とはいえ、俺にロンドンの土地勘はない。行き当たりばったりだ
ロンドンには細い路地がいくつも存在する。かつては産業が盛んだったロンドンで荷物の運搬や人員の移動には広く使われていたとされている。
今回はその有り難みが深く感じた
「斗真こっちだ!」
ようやく我に帰ったエルが先頭を務め、道案内をしてくれる。
ウィグモア・ストリートに並列するオックスフォード・ストリートを真っ直ぐと駆け巡り、ロンドン市内を迷走する。すでに逃げはじめてから数分は経ってるので追手の気配はなかった。
「ハアハア........少し休もうか」
「そうだな.......今のところ追っ手は来てないようだ。一時休むか」
レンガ造りの建物に寄り、足を休ませる。準備運動も無しで走ったものだから足が悲鳴をあげている。それはエルも同様だ
「それにしても、奴等は何だったんだ?ボクは奴等の気に障るようなことはしないぞ」
「俺もだ。あんな奴等知らん」
意見が同一する。エルも知らないならば単なる俺の思い過ごしだったのだろうか?
いや、そんなわけはない。建物のガラスを反射させて監視していたら何度もこちらをチラチラ見ていた。疑わしい証拠だ
しかし、あんなに用心深く尾行していながら逃げられて追ってこないとは、どういうことだろうか?
諦めた?そんなわけない。三人も尾行にはりつくなんてよほど重大なことのはずだ。それを易々と止めるわけない
俺の勘はよく当たる。それも、嫌なことばかり
「エル、先を急ごう」
追ってきてないとはいえ、油断は出来ない。まずは人通りの多い道へ行こう。
現在歩いているのはオックスフォード・ストリート。直線上でベイカー・ストリートへ続く道の一角だ
人が少ない寂しげな道だ
「あそこを左に曲がればホームズ博物館へ行ける」
「よし、行こうか」
左折するキーポイントまで徒歩で向かう。すると前方から皮のコートを着たメガネのビジネスマンが鞄を片手に歩いてくる。
こんな真っ昼間に商談だろうか?それなら熱心だと思った
ーーすれ違う前は
カチッ
ウサギのように聴力が鋭い斗真の耳が不可思議な金属音を聞き取った。
その音源を探ってみればビジネスマンがこちらに振り向いていた
同時にその手に握られていた拳銃があった
「ふせーーーーっ!」バンッ
斗真のとっさの回避行動により胴体への直撃は免れた。しかし反応が遅れ、エルの左の脇腹を薄く擦り付けていった
だが、痛みに耐えてるエルを引き連れて建物の角へと隠れた。
「エル!大丈夫か!」
「ああ........ちょっと、貰い弾したけどね」
彼の言う通り左の脇腹は衣服を切り裂いて血が出ている。
出血は少ないが感染症を引き起こす可能性もある。出来るならすぐにでも治療したい
だけどもあのビジネスマンは許してくれなさそうだ
バンッバンッ!
こんな街のど真ん中で連続で発砲してきた。どうやら、俺らを殺すためなら周りの犠牲は問わないようだ。
まずはここから逃げよう。
バンッバンッ!
俺のM92Fで相手を怯ませ、その隙にエルを抱えて走った。
エルの身体は驚くほど軽い。年頃の男子高校生とは思えなかった。
後ろを見れば奴も追ってきた
「エル!しっかりしろ!」
「何言ってんだ.......ただのかすり傷さ........」
かすり傷とはいえ、激痛なのは間違いない。それに、かすり傷ににしては出血は多い方だ。これはもろに着弾したのではないのか
確かめようにも今は無理だ。エルには酷だが我慢してもらう他ない
俺たちは今オックスフォード・ストリートを走っている。フレンチやイタリアンの料理店の間を好奇の目に晒されながら直進していく
ビジネスマンの男はさすがにこんな人が多い道で発砲するのは控えたようだ。下手に騒ぎを起こして警察に邪魔されるよりはマシなはずだ
そのうちになるべく遠くへ逃げるとしよう
すると右側に新築のマンションが見えた。金持ちなどが賃貸してそうな豪華なマンションだ。
そのマンションの地下駐車場へと逃げ込む。
さすがは高級マンションだ。ポルシェやメルセデスなどの高級車がズラリと並んでいる
運よく今は無人だ。これで被弾は防げる
それ故にビジネスマンの男も遠慮なく発砲してきた。
「動くな!」
発砲に加えて停止命令。足元を狙ったので『次は本気だ』と言ってるようだ
仕方なく止まることにした
「銃を捨てろ。さもなくば撃つ」
今度は武器を捨てろと指示してきた。これにも従い、M92F を床に投げる
「と、斗真.........逃げないと」
「悪いが無理だ。どうやらこの先は行き止まり。エレベーターもすでに乗員してる可能性もある。逃げるにはあいつの横を通っていくしかない」
「そんな........」
たしかにエルが落胆するのも分かる。こんな状況じゃショックを受けるのは当たり前だ
「よし、そいつを床に寝かせろ。お前は膝を着いて手を頭の後ろに回せ」
ホールドアップさせるつもりだな。それにも従った。男は銃口を向けたままこっちへ近づいてきた
「大人しくしてろ。そうすれば命だけはっ!?」
俺の頭に銃口をくっ付けた時が正念場だった。万が一発砲してきた場合に備えて首を傾げたまま、両手で男の手首を外側へと捻った。
骨格と筋肉の都合上、手首は外側へは曲げられない。それを武術に用いることで軽い作法ながらも効果を発することが出来る。
捻ると今度は右の脇腹へ一発。さらに右足のヒラメ筋を掴んで横転させた
「オゥ!?」
そして金的へ肘落とし。さすがにこれは痛い。技を放った俺も目を反らしたいほどに
ビジネスマンにもはや戦力は残されていない。殉死したように床に寝転がって悶絶していた
「つ、強いね斗真は。ボクより頼りになりそうだ........」
「気の弱いこと言ってないで行くぞ。こいつもあいつらの味方かもしれん」
こいつの狙いはわからんが俺らを狙ったことから考えればグルの可能性もある。
こいつから聞き出したいがすでに気絶しちまってる。聞きようにも無理な話だ
「まずはここから逃げるぞ。すぐに追手が来る。ほら、動くな」
「ま、待ってくれ!頼むからお姫様抱っこは.........ひゃあ!?」
嫌だ嫌だと駄々こねるエルの抗議を無視して抱える。かなりの敏感肌のようで、モジモジしている。男でその仕草は不気味だが、こいつは中性的な顔付きのお陰で気にならない。
危うく男に惚れそうなのでさっさと移動を急ぐことにしよう
「.......ちっ」
斗真の苛立ちを込めた舌打ちがこだました。
それもそのはず、駐車場を抜ける坂を歩いていると数人の男たちに囲まれていたからだ。
男たちはCz75、モデルジェリコ941FBL 、MP5Kなどの小銃を握っている。
まるで極悪犯を囲んでる現場のようだ。だが、今の例えと唯一、違うのは斗真たちに身に覚えがないことだけだ。
「エル、お前の祖国を罵倒するわけではないが、イギリス式のおもてなしは糞だな」
「..........ボクも同感だ。こんな酷いもてなしはイギリス人として最悪だ」
出てきたところを狙い撃ちとは気分が最悪だ。そのところはエルも同感のようだ
「手を上げろ。その男に用がある」
エルに?もしかして、こいつらが追ってたのはエルなのか?
だとしたら一体何のために?こんな私立探偵殺しても何の利益にもならない。
もしや別の目的が........?
「聞こえなかったか?両手を頭の後ろに回せ」
「わかった」
エルを壁に寄せかけ、彼らの言う通りに手を上げる。さっきのビジネスマンは一人だったので対処しやすかったが、数人を相手するのは骨が折れる
そんな無謀をやるような馬鹿じゃない
「よし、いいだろう。お前らはそっちの奴を連れていけ。こっちのはここで殺す」
俺の額に銃口を突きつけた男が仲間にそう命じた。どうやら、俺に用はないみたいだ
万事休すか。いや、ここで朽ちる訳にはいかない
だが、どうすれば.........
「お前に恨みはないがここで《キキキィィィィィ!!》がっ!?」
突如、四輪ドリフトをかましたオープンカーが衝突してきた。
それに伴い、数人が車に轢かれ、吹き飛んだ。
「おい、大丈夫か!」
「誰だ!車を降りてこバァ!?」
発砲音により男の胴体が仰け反り、そのまま倒れた。額からは血は出てない。使用したのはおそらくゴム弾だろう
「ギャアギャアうるせぇんだよ。それでも男かよ」
運転席からデザートイーグルを構えてるイザベラがそこにはいた