お酒と女はワンセットでご注意を
キャッチガールに案内され、カウンターの席に腰を休めた。
店内は薄暗さを強調した雰囲気あるインテリアが多い。こんなところで法外な料金をとられるとはさすがに思わないだろう。
カウンターにはすでに先客がいた。真面目に働きそうなサラリーマン二人。隣の椅子に鞄やコートを置いてビールをたしなんでいる。
ビールに瓶二本だがあれだけでも数万くらいは盗るだろうな。
普通は顔が赤くなるほど飲ませといて金を取る手法がある。酒の量で周囲の状況があやふやになり、法外な料金を取られていることに気づかないようにするためである。
だが、あの二人はビール瓶二本。真っ昼間のためか、飲む量を控えたようだ。
しかし、この店員が目を背けるわけがない。例え一杯であろうと、飲んだことに変わりはない。いつものようにバカ高い料金を請求するはずだ。
一先ずは証拠を突き止めよう。
「さて、そろそろ帰るか」
「マスター、おあいそ」
ここで隣のサラリーマン達は勘定を頼んだ。さてさて、いくらになるやら......
「6万円になります」
「えっ!?」
「そんな!たったのビール二本ですよ!」
さすがのバカ高い料金に抗議するサラリーマン達。そいつは俺にも同感だ。
ビール二本で6万もとれるわけがない。明らかにキャッチバーだな。
「お客さん、なにかご不満でも?」
と、ここでおそらく、この店の用心棒であると思われる厳つい顔した仲間が割り込んできた。
多分、いろいろ難癖つけて最終的には暴力で解決する気だろう。『殴られたくなきゃ、金を出せ』とか脅し文句を加えてな。
まずはあの二人を助けてやるか
「まあまあ、お兄さん達。こっちでいっしょに飲もうぜ」
「ええ、代金はいっしょに払ってしまいましょう。」
「はぁ......」
よし、二人の安全は保証できる。さすがの用心棒もまだ金づるとして役に立つと思ったのか追い打ちをかけないでくれる。
あとは客として装い、酒を飲もう。
ちなみに俺は酒に強い。俺が住んでたとあるヨーロッパの国はその辺は緩い。飲酒や喫煙も未成年でやってる奴はゴロゴロいたもんだ。
俺は喫煙はしないが、酒はたしなみ程度に飲む。あまり強いやつは無理だがな。
「俺はもしあれば焼酎で。」
「私は酒にいささか強いですのでね。そこのスコッチでももらいましょうか。」
「ほらほら、お兄さんたちも頼みなさいな。割り勘でまとめて払えば安上がりだろう?」
「は、はい......」
このサラリーマンたちも参加させて視線が集中しないように分散させる。
ジロジロ見られるのはかなり辛い。二人には悪いが少しでも監視の目を緩くしたい。
するとオルテガが聞こえぬように小言を挟んできた
「.......かなり稼いでるようですね。後ろの二人の腕時計はロレックス、そこの方はオメガ。少なくとも数十万から数百万の値打ちはしますね。」
「ヤの付く自営業だろうな。基本的にヤクザは......あっ、言っちゃった、まあいいか。ヤクザはいろいろな収入源があるからな。ここのキャッチバーもその一環だ」
「ですが、キャッチバーの証拠が見つかりませんね。どうします?」
「それなら心配すんな。ウイスキーやスコッチの強烈なバニラ臭に混じって分かりにくいがこりゃ大麻の一種だ。おそらく密売や密輸もしてるようだな。そして.....」
「数人が拳銃を持ってますね。そうでしょ?」
さすが執事長だ。店内に入った時にすべての情報を把握するとはかなりの腕だ。
いよいよこの人が何者かわからなくなってきてる。
そろそろ帰るか。マスター、いくらだ?
「50万円になります」
「ほう、50円か。じつに安い店だ」
「てめぇ、ふざけてんのか!」
後ろの男が俺の茶化した発言にキレて酒瓶を投げつけてきた。なんて短期なんだと思いつつも、それをひょいっと避けると瓶は俺の上を通りすぎてマスターの顔をストライク。
マスターがバタンと倒れるとヤクザ達は一斉蜂起した
「てめぇ、ここをどこだと思ってる!」
「もしや出入りか!」
「いやいや、そんなわけないですよ。それとそこのパンチパーマのお兄さん、拳銃は取りやすく、隠しやすい所
帯銃するものです。ズボンにいれると撃鉄が引っ掛かり、上手く抜銃することが出来ませんよ」
「な、なんで知ってる!てめぇら、サツか!?」
「警察ではありません。ただ勘が鋭い老いぼれでございます。後ろのは目が怖そうな若者ですが、同じく警察ではありません」
おい、目が怖そうな若者って俺のことか?
ヤクザは数人かがりで俺たちを包囲してくる。全員が鍛え上げられた拳で相対してきた。
拳銃は使わない方がいいだろう。こんな狭い店で銃なんか使ったら跳弾に巻き込まれるし、仲間にも当たる可能性がある。
あの男の判断は最善だ。
「あんた達はカウンターに隠れてな。大丈夫、マスターは瓶当たって気絶してるよ」
「は、はい!」
サラリーマン達を避難させたらさあ準備は終了だ。
まずは正面の男からだ。指輪とかブレスレットを沢山付けた手でサングラスを取るといきなり拳を振り上げてきた。
こうなりゃ正当防衛だ。たとえ、警察に問い詰められても正当防衛ならなんとか言い逃れできる。
その男はアマチュアな格闘センスだ。日常で人を殴ったことしかないだろう。体の使い方や踏み込みも素人同然だ。
パンチとはただ殴ればいいってもんじゃない。力だけがものを言う代物ではない。いろいろ作用することで引き起こされる武道の一環だ。
速さ×握力×重さ=パンチの威力
これが重く、強いパンチの条件だ。筋肉や骨の適格な作法を加味すればさらに強烈なパンチを繰り出せるだろう。
そんな男のブヨブヨお腹にクリーンヒット並のフック。今のは少々本気だから痛いはずだ。思った通り悶絶してるな。
「くそっ!」
次は隣のスキンヘッドのお兄さん。こちらも格闘センスはゼロ。だけども容赦なく蹴りをプレゼントしてやる。
さらに、スキンヘッドのお兄さんが悶絶してる間に素早く移動して別の男の顔を蹴り、関節技を。続いてさっきのスキンヘッドの首に手刀。
これで三人目。あと四人はいる。
後ろのオルテガもいい調子だ。余分な動作のない回避を魅せ、翻弄しつつも敵への攻撃を忘れない。
全力でなくとも、筋肉と態勢を利用した投げ技で敵をはたき落とす。
あっちは心配なさそうだ。向こうは好きにさせて、こっちに集中しよう。
「へぶしっ!」
北〇の拳に出てくる雑魚キャラの断末魔のような声をあげるヤクザ達。
銃を帯銃している時点で銃砲刀剣類所持等取締法違反だ。俺らは許可される銃だが、こいつらは明らかに申請されてない横流し銃だ。
摘発されてもおかしくない。ここで懲らしめてやろう。
「こぼっ!」
これで五人目。まだいるな。しかしこんな狭い空間での人海戦術はその良さを破壊してしまうだけの烏合に過ぎない。
判断を誤ったようだな。
「がっ!」
「ぐべっ!」
「ふぅ~、さて次はどなたです?」
オルテガはオルテガで快戦だ。すでに数人は倒し、その顔には余裕がある。
「ひ、ひいっ!化け物だ!」
「に、逃げろ!敵わねぇ!」
敵前逃亡。名誉とプライドを下げる分としては充分な材料だ。倒れてる仲間を置き去りにしてさっさと逃亡してしまう。
あとに残ったのは俺とオルテガ、それに今まで隠れていたサラリーマンだけだ。
あのサラリーマンはまだ怯えてる。今がチャンスだ。今のうちにトンズラしよう。
でなければ警察に問い詰められるし、なにより凛に殺られる。
スーツをパンパンと叩いて埃を落としてるオルテガと共にさっさとその場から逃げたのだった
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「まったく、お二人はどこへいたのですか?トイレかと思ってもなかなか戻ってこなかったので心配してのですよ?」
「すいませんね。ちょっと3ヶ月ぶりの散策に気をとられてしまいました。」
屋敷へ帰るとそんな愚痴と謝罪が入り乱れていた。ガミガミと怒る凛となんとかなだめようとするオルテガを脇目に俺は後ろの100インチテレビをチラッと見てみる。
すると、あの騒ぎがニュースになってた。
あの騒ぎを聞きつけた通行人が警察を呼び、あのキャッバーは一同もろとも御用となったそうだ。
サラリーマンたちの証人では二人の男性が彼らを倒してくれ、自分達を守ってくれたと話している。いいことしたらやっぱり嬉しいもんだ。
「斗真聞いてます?余所見してたら仕事を増やしますよ?」
「はいはい」
このあとも二人に心配かけたとして庭の掃除の罰が課された。
とてつもなく広い庭の掃除を終えたのは夕食前だという。
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「ふぅ~、食った食った」
「なかなかの食べっぷりでしたね。お代わりだけでも四杯とは大食いのようです」
夕食後、凛の部下のメイド達が片付けしている片隅で自室へ戻ろうとしていた。
今日はヤクザと奮闘したのでお腹が空いた。そのために夕飯はかなり早いペースで完食し、何度もお代わりしてしまった。
昔はたんまり食えなかったからたらふく食えるのが嬉しいからだ。生きてると実感出来るのは夕飯を食ってる時だと思う。
自室へ戻る途中、隣を歩いていた物置に入って凛が口を開く
「斗真、夕食後で申し訳ありませんが棚の上にあるトイレットペーパーを取ってくれませんか?なにぶん、女性にはきつい仕事なので」
どうやらあの棚の上にある段積みのトイレットペーパーを取れと命令してる。
斗真は仕方なくそれを取ってやり、凛に手渡す
「ありがとうございます」
「今度から自分でやれよ。じゃ、俺は部屋に戻るからな」
斗真はその場を照れくさそうに立ち退く。凛はそのトイレットペーパーを無くなり欠けてたトイレへと運ぼうとした
そこへその様子を見ていたオルテガが唐突なことを言い出した
「斗真はツンデレのようですね。しかし、凛が男性に惚れるとは夢にも思わなかったですよ?」
「ななななな、なぜそれを!?」
普段の流暢な口調はどこへいったのやら。噛み噛みな口を落ち着かせ、平静を保つ。
だが、その慌てぶりはとっくにオルテガにバレている。
「再開したときから気にかけていましたが今のでようやくはっきりしました。斗真の手が当たる寸前に軽く震えましたね?あんな行為は好感のもてる相手でなくては有り得ませんですからね。」
「し、しかし!」
「凛、隠さなくとも結構です。むしろその慌てぶりは肯定を示すようなものです。腹を括りなさい」
「はい......」
「はぁ、別に隠すことではありません。いつ惚れましたか?」
「うっ!そ、それは以前の宿敵から助けてくれて........多分その時かと........」
「ふむふむ、白馬の王子に助けられた姫といいましょうか?中々のシチュエーションですね」
「........」
「.........やれやれ、少しからかいすぎましたか。赤くなってますね」
少し反省しながらオルテガは凛の紅潮した顔が冷めるまで待つことにした
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日曜日。土日最後の休みとして屋敷の従者を含めてゆったりとした休日を過ごしている。ここのところ働きづめなメイド達は休んでもらい、あまり動かない者に代わってもらった。
その動かない者こそ、
「ふぅ~、これで半分か」
斗真である。朝から箒片手に久遠家の敷地を片っぱしから掃き掃除していたのだ。とてつもない広さを誇る敷地内を掃除するのは骨が折り、汗をかかずして出来ることではなかった。
シャツは汗臭く、額からツーと滴となった汗が滴り落ちる。
「ご苦労様です斗真。少し休憩にしましょうか」
凛が冷たく冷えたお茶を持ってきてくれた。それを手に取り、グラスを傾けるとお茶の冷たさが喉を潤してくれる
「茶を出す暇があんなら少しは手伝おうとする志しはないのか?」
「お言葉ですが、他のメイドは普段の疲れを癒してもらってるためにいません。私もお嬢様の世話やらで手は空いていません。唯一の働き手は貴方だけです」
「まあ、ごもっともな理由だな」
だからってこんな広さを一人で掃除させんのか?あきらかに不可能に近いぞ
「おやおやここにいましたか。」
オルテガが桜花を連れてこの霹靂に顔を出した。
「二人ともお暑いなかご苦労様です。とくに斗真は朝から掃除ばかりで気の毒に」
「気の毒に思ってんなら代わろうとする気はないのか?」
「ははは、それはそうと話がありましてね。一度耳を傾けてはいかがです?」
「話?」
「ええ。それはですね、
英国に来ませんか?」
その言葉に肩への負担が加担された気がしたのは何故だろう。