あなたのことを知っていこう?③
「真由香ちゃん!!最新刊見たー!?」
「空良君!!見た見たー!!ヤバいよね、遂にあの子にも春到来だよ!!キュンキュンしちゃったー♪」
あ、俺と真由香ちゃんの関係ですが、この通り仲良しです。実は秋穂に借りた漫画のファンだったことが分かって、二人でめちゃくちゃ盛り上がってます。
「すっかり元通り…ってか前より仲良いよなー。また付き合っちゃえば?」
鶴村がからかうように言うと、真由香ちゃんは少し考えて言った。
「うーん。確かに空良君とこうして話すのは楽しいけど、前みたいに恋愛感情はあんまりないかも。今のまま、やっぱり友達がいいな、私♪」
にっこりと天使のような笑顔で答える真由香ちゃん。そして俺の反応は…。
「俺…本当に嫌なやつだったね。まるで木谷(主人公の想い人の従兄弟で二人を別れさせようと画策する悪いやつ)みたいだ…。」
「そんなっ…!空良君は木谷みたいに嫌なやつじゃないよ!!あいつはもっと悪人面で人の不幸を楽しむような根暗だもん!!空良君は大切な可愛い私の友達だよ!!」
「真由香ちゃん…!!」
お互い手を取り合って目をキラキラ輝かせる。その異様な光景に、鶴村でさえ何も言えずにポカーンと口を開けているしかなかった。
もう親友の領域なのだよ!!見たか、鶴村!!
「それもどうだかな…。」
帰り道、俺は操と二人で帰っていた。
「なんだよ、操まで否定すんのー?」
「否定ってか、男としてどうなのかってことだよ。可愛いとまで言われて…。」
「は?それが何?」
「…気にして無いならいいんじゃないか?」
ふうと溜め息をつく操。何だよー、気になるじゃんかー。俺、まだそんなに変なの?
…あ。そうだ。
「――――…そういえばさあ、俺この間変な人見たんだけど…。」
「変な人?お前じゃなくて?変質者か?変態か?」
「違うって。なんで俺だよ!!…最近あそこの公園でよく見る女の人なんだけどさー。」
「ああ…前に言ってたカメラの人か?」
「そうそう。その人がさあ、更に変な行動してたんだよねー。」
「お前が変って言うならよっぽどなのか?何だよ、変な行動って。」
「それがさ…昨日の話なんだけど、公園で募金活動やってたの。ほら、中学の時にやったじゃん。チャリティーなんとか。」
「ああ、あったな、そんなの。」
「んでさ、募金したかったらしいんだけどずっと離れた所で鞄ゴソゴソしててー。」
「あるな、財布が見当たらないこと。」
「そんでやっと財布取り出して小銭握り締めたと思ったら、速攻スタスタ歩いてって募金箱にお金突っ込んで、また速攻で帰ってったの。箱持ってたやつもびっくりしててー。何でだろ?良いことしてんのに悪いことしたみたいに早足で逃げるってさー、変だよねー?」
「恥ずかしかったんじゃないか?」
…え?操の言葉に目が点になる。
「恥ずかしい?なんで?」
「なんでって…あんなお揃いの黄色いTシャツ集団に一人で向かうのって結構勇気いると思うぞ?」
「そういうもん?俺全然平気なんだけど…?んん、そういえば顔、赤くなってたような…?顔扇いでた気も…?」
「皆が皆お前みたいに神経図太くないんだよ。お前には何でもなくても、他人からすれば恥ずかしかったり、イラついたり、泣きたくなったりすることもあるんだ。人間どう感じるかは人それぞれ、色んな人がいて当たり前なんだよ。」
――――…そう、か。そういうもんなんだ…。
操の言葉はスッと胸に入ってくる。おんなじ人間がいないみたいに、おんなじ考えを持つとは限らないんだね。つい、自分の考えを押し付けがちだけど…。
そっか。あの人…恥ずかしかったのか。
「操ちゃんってさ…天才?」
「アホ。お前が鈍いだけだよ。」
「ひっで。ぷっ、はは。」
やっぱ操が親友で良かったよ、ほんと。
そして次の日、休みだった俺は欲しかったCDを買ってご機嫌で帰る途中、公園に続く道でまたあの人に出会った。
何気に公園以外で会うのは初めてかも。これから行くのかな?俺と同じで休みとか?こんな早い時間にめずらしー…。
彼女との距離は結構あるけど、あっちは俺に気づいていないみたい。ん?何か見てる?
道端で立ち止まって動かない彼女。ついつい俺も止まって様子を伺う。すると、鞄からいつものカメラを取り出してしゃがんでしまった。
何がいるのか…て、猫?レンズの先に居たのは横になってふんぞり返っている茶と黒の斑模様の猫だった。人馴れしているのか、カシャッと音がしても全然逃げない。
へー、あんなのも撮るんだ。風景撮ってるとこばっか見てたけど色んなの撮るんだねー…楽しいのかな?やっぱ今日も無表情だし。
そんなことを思ってたら、俺の後ろから人が通り過ぎて行く。サラリーマン風の人で革靴の踵からカツカツした音が鳴り辺りに響く。それに彼女も気づいたようだ。
そしたらあの人はいきなり立ち上がって猫からそっぽを向いてしまった。カメラでさえ隠すように持ち替えている。え?何があったの?…まさかまた恥ずかしかったりしてるわけ?
俺にはあんまり理解出来なかったけど、どうやらそうらしい。斜めから見える彼女の頬と耳が赤くなっている。
しかしサラリーマンはそんなことに目もくれないでスタスタ行ってしまった。ほら、そんなに気にすることなかったのに…。とか思ってるうちに猫も驚いて、てててっと立ち去ってしまった。
あらら、行っちゃった。そりゃいきなり立ち上がったらビビるよねー。
そしたらさ、あの人まだ写真を撮りたかったのか、猫の後ろ姿を悲しそうに見つめてたんだ。
――――…なんか、さあ…。
猫のことを諦めたのか、彼女は公園の方に向かって行った。その背中がちょっぴり寂しそうに見えてしまう。
あんなに人目を気にするなら写真を撮らなければいいのに。それは俺の正直な感想。
――――…でも、なんかちょっとだけ…。
「…ふ、ふふふっ。」
ぽつんと立ち尽くした俺の顔から、思わず笑みが溢れた。
だってさ、なんか可笑しいなって思ったんだよ。好きで撮ってるかもしれないけど無表情だし、夢中になってるのかと思ったら恥ずかしがるし。なのにショボンとして帰ってくし――――。
「あははっ!」
止まっていた足を動かして笑いながら家路につく。帰ったら母親に良いことあったの?って聞かれてしまった。
良いこと?…そうだね、変な人だと思ってた人が面白い人に変わったってことかな。
…ちょっとだけ、機会があったら話してみたいな。俺とまったく違う性格だろうから、きっと楽しいんじゃないかな?きっと、ね。
今度公園で会ったら、話し掛けてみようかな?恥ずかしがって逃げるかな?ふふ…なんてね。
確かに面白い人…だけど実際関わることなんてないんだろうな。これはただの好奇心。俺の勝手な考え。もう俺だけの気持ちを押し付けるのは止めよう。
ちょっとずつ変わってかなきゃな、俺も。
うん、頑張ろ。
…そんなことを思ってた――――。
そう、その日の夕方。ケンタの散歩で、初めて彼女の微笑みを見るまでは…。
そして遠野空良は恋に落ちた――――――。
そして彼が初めて好きになった人がカメラのあの人、西山みきだ。
しかし、彼は彼女を何も知らない。名前も、出身も、何もかも…でもいきなり話し掛けたら相手にしてもらえないかもしれない。それにこれが本気の恋なのか、勘違いではないのか見極めたい。彼はそう思った。
だが考えとは裏腹に、どうしても溢れ出る気持ちを抑えることが出来なかった。元々こうと決めたら一直線な性格もあってか…遂に飛んでもない手段に出た。
自分で調べてあの人を知ろうとした。
それがあのストーカー染みた行為へと繋がっていくのである。
…大変迷惑極まりないことをよくやる。本当に遠野空良は放っておくと何をするか分からない。
ま、だから飽きないのだが。
「―――――…とまあ、大体こんな感じですよ。あとはあなたの知っている通りです。…大丈夫ですか?」
俺の隣で両手で顔を被い伏せている、この人が西山みき、その人だ。空良のこれまでの経緯を説明してみたのだが、やはり本人には衝撃的だっただろうか?
まあたった一度微笑んだ所を見られただけであそこまで懐かれるなんて…うん、無いだろうな。あいつ以外。
ここは西山家の縁側、そこにみきさんと俺が並んで座っていた。一軒家で和室と洋室がある落ち着いた雰囲気の家でちょっとした庭があり、綺麗に整えられたガーデニングを眺めながら話をしていたのだ。
俺…?空良の腐れ縁の寺石操だ。何故空良ではなく俺が彼女の家にいるのかというと、これはある偶然が重なったためだ。
「操さん、飲み物…何がいいですか?」
「お兄ちゃん、秋穂オレンジジュースもらったー!」
俺達の後ろ、つまり家の中から声が聞こえてきた。そこにいたのは俺の妹、秋穂と。
「姉さんはコーヒーでいいの?」
みきさんの弟、真央だ。
「…姉さん?大丈夫?」
「…うん。平気…ちょっと砂糖入れたの貰える?」
「ん。ちょっと待ってて。」
この二人、俺達と同じ歳が離れた姉弟だが、顔はそんなに似ていない。しかし醸し出す雰囲気とか、無表情が多いところはそっくりだ。因みに真央は小学五年生の割にしっかりしている。
実はこのしっかり者の弟に秋穂が危ういところを助けられて…本当に感謝している。その礼をしに来たら、彼女がいた。簡潔に言うとそんなこんなで世間話をすることになり、主に空良の話をしていた。という訳だ。
みきさんは顔を押さえたまま顔を上げた。まだ顔は赤いが、恥ずかしさは落ち着いてきたらしい。
「…寺石君、空良君は恋愛なんて縁がなかったんだよね?なのになんであんなに積極的に動けたんだろう…?す、好きになったかどうか怪しいときに、あんな…。」
自分で言うのも恥ずかしいのだろう。段々と声が小さくなっていく。
「そうですね…。確かにあいつの恋愛経験の無さは話した通り、酷いもんでしたけど…一番の原因は、恋愛のノウハウを漫画から学んだからだと思います。」
「あ、あのキュンキュンなんとかって…なんか人気らしいけどそんなに面白いのかな?そして…そんなにガツガツした話なの?」
どうやら存在自体は知っているが内容は知らないらしい。ガツガツ…まあ初めて好きかもしれない人が出来て、その人を知るために毎日公園で張り込んだり、偶然見つけたバイト先から情報を聞き込んだり、二回も告白してごり押しされればそう思うわな。
「…漫画ですからね。タイトル通り主人公達がお互いを知るために画策するんですけど、毎回その手段が変わってて面白いというか…現実だと訴えられるくらいの勢いはありますね。俺から見れば。」
その言葉にみきさんは頭を下げて愕然とショックを受けているようだ。
「そ…そっか…。漫画みたいな恋がしたいとかよく言われるけど…まさか自分がそんなことになるなんて思ってもみなかった…。というか思いたくなかった。」
おい、空良。みきさんの本音が出たぞ。やっぱり負担になってるんじゃないか?お前はいつも自分のことで精一杯になりすぎて周りが見えなくなるからなあ…。
「…みきさん、迷惑ならハッキリ言った方が良いですよ?」
「…え?」
「確かにあいつはみきさんのことが好きだと思いますけど、どうしようもないバカです。この先振り回されるのは確実かと思います。だから…もし苦痛だと感じたら早めに言ってもらった方があなたにも、あいつにとってもいいと思うんです。」
どうせ傷つくなら早くて浅いうちに、それが二人の為にもいい。例え相手に嫌な思いをさせてしまうとしても、もっと辛くなってしまうのなら…。
空良の親友としての提案にみきさんは少し考えるように庭を見つめる。
そこにコーヒーを持って真央がやって来た。秋穂も菓子の入ったカゴを持ってお手伝いしているらしい。
「お待たせしました。操さん、砂糖とミルク置いときますね。…難しい話ですか?じゃあ秋穂ちゃん、あっちで遊ぼうか。何がしたい?」
「んとね、お絵描き!」
「分かった。じゃ、あっちの部屋に行こうね。」
…あの年で空気が読めるとは…。本当に良くできた弟だ。あんな男なら秋穂を任せられ…いやいや、まだまだ先の話だ。妹はやらん。
なんてミルクを入れながら考えていたら、みきさんはいきなり隣で笑い始めた。
「…ふふっ…はは。」
俺はパチクリして固まる。まさか心が読まれた?なんてな。でも何故今笑うのだろう。
不思議そうな顔をした俺に気づいて、彼女は慌てて謝った。
「あっ、ああ!ご免なさい…つい思い出し笑いしちゃって。」
「思い出し笑い…ですか?」
みきさんはまた庭の方に顔を向けたけれど、何処か遠くを見つめているようだった。
「私…確かに空良君のあの強引さは苦手…だったんだけど、今となったらね…ああいうのもアリなのかなって、ちょっと思うの。」
「アリって…本気ですか?」
明らかな疑心を持った目で俺は彼女を見た。
「あはは、可笑しいよね。…自分でもよく分からないんだ。でも、嫌では――――…なかった、かな。あんなにグイグイ来られたのも初めてだけど、空良君自身がすっごい一生懸命で、必死だったんだなって…今なら分かるから。」
まあ…あいつくらい猪突猛進なのもなかなかいないとは思うけれど。良く言えば…一途というか、なんというか。
「私ね、空良君とこの間一緒に写真を撮りに行ったの。近くにある山なんだけどね。」
「ああ、聞きました。デートだってウザいくらい騒いでたんで。」
「べっ、別にデートではなかったんだけど…。とにかく、私の趣味だったから飽きちゃわないかなって心配してたんだけど、思いの外楽しくて…。」
確か空良は親にデジカメ借りたって言ってたな。それで…。
「人ってさ…同じ景色を見ていても、感じる所や気になる場所って意外に違うもんなんだ。考え方が違うのと一緒。そしたら私と全然目の付け所が違うの。見落としそうな細かい違いとか見つけたりして、はしゃいで知らせてくれたりしてね。」
「ああー、やりそうですね。確かに空良は変なとこ見てるなって時があります。」
「ふふっ、そうなの。だから私も気づいたこととか教えてあげたりしてね…。いつも一人で撮っていたから、凄く新鮮で…楽しかった。空良君ってあんな感じだから気負わなくていいし、私も本音でいられるというか…。」
…それはよく分かる。だからこそ俺もここまで付き合ってこれたのだ。
それがあいつの長所だって言える。どんな人間でも対等に本音で話せる…ちゃんと理解してくれているんだな。
「自分でも自分がよく分からなくなることがあるけど…空良君なら、一緒に悩んだり、笑ったりして、いつの間にか難しく考えていたことがバカみたいに思えたりしてね。…ちょっと感謝してるんだ。」
「…。みきさんは、あいつのこと好きですか?」
「ぅえっ!?と…突然だね…。」
「すみません。」
と言いつつ俺はみきさんの目をじっと見つめた。顔を赤らめながら、少し困った顔をしたあと…優しい笑みを溢す。
「私…はね――――?」
ピンポーン!
「あ、僕が出ます。秋穂ちゃん、ちょっと待っててね。」
唐突にチャイムが鳴り響き、真央が玄関に向かい、一応ロックが掛かったまま扉を開けた。
「はい、どちら様で―――…。!?」
「?誰だろ?」
昼下がりの午後、荷物か何か届いたのだろうか?真央が向かってから少し沈黙が流れた。
―――――…と。