助けてください!
…どうしてこうなった!?
突然ですが――――
逃げたい!!
とある公園の入口で私はつい立ち止まってしまった。視界の隅に捉えた意味深な文章…。
『助けてください!』
プラカードのように文字を書いた厚紙を私に向けている少年がいた。見た目は中学生くらいだろうか?しかし顔はよく見ない。だって目を合わせたくないから。
軽く見た感じ、私はこの少年が誰か知らないし、関われば面倒臭いことこの上無いのは明らかだ。きっと見なかったことにして通り過ぎるのが一番いいだろう。
助けてください、という言葉は気になるが、私が助ける義理はない。私じゃなくて違う人がきっと助けてあげれるはず。そうに違いない。
…しかし、私は立ち止まってしまった。偶然だろうか?彼が私の姿を見つけた瞬間、伏せていた紙を思いっきり見せつけてきた。それまでただ座り込んでいただけだったのに。
それに何故…?
なんで…なんでそんな…
キラキラした目で私を見てるの――――――!?
ジリリと鳴り響く目覚まし時計の音で目が覚める。少しだるい体を起こして大きく背伸びをした。
「っ…んん…――――朝だ。」
いつもはもう少し粘って二度寝してしまうが、今日は何故だか気分がいい。布団を畳んで出掛ける支度を始める。
食パン一枚にチーズだけ乗せて焼いたトーストとコーヒーを平らげ、歯を磨いて顔を洗う。
鏡に映るのは背中まで伸びた黒髪に(寝起きだから所々跳ねている)、人よりちょっとだけ大きな黒目、ちょっとだけ薄い唇の自分の姿。
「どうしようかな…髪切ろうかな?」
最近邪魔に感じ始めた髪をいじってポツリと呟く。元々そこまで髪型を気にするタイプではないので、この際バッサリとイメチェンしても良いかもしれない、なんて思う。でも今日は髪を切る気分でもない。
…ま、そのうちね。
私は普段持ち歩く鞄に必要な物だけ詰め込み、軽く化粧をして家を出る。
今日は日曜日だけどバイトもない。よって前から出掛けることにしていた。
天気は快晴。見上げれば清々しいくらい青空が広がっている。ちょっとだけ暖まった風が頬を撫でていく。
鞄に入れた一眼レフを確認して、駅に向かう近道である階段を駆け下りた。
「今日は良いことがありそう。」
独り言を喋ってしまうくらい、私の気分は上々だった。
都会からちょっと外れた町なので日曜でも観光客とか旅行客はあまりいない。山が近いのでたまに山登りや釣りのためにリュックや道具を持っている人は来るけど。
駅に着くと…まあまあ人が多い。どうやら老人会の集まりか何かだろう。電車じゃなくてバスを待つお年寄りが待合室でお喋りしている。
私はその団体の横を通り過ぎて定期で改札に入ると、ちょうどよく電車がホームに着いたところだった。
やっぱり今日は良い日になりそう♪
電車に乗って揺られること三十分くらいで目的の駅に到着。改札を出て相変わらず綺麗な空を仰ぐ。
私はこの駅からバスで十分程の距離にある大学に通っている。そこも都会というわけではないが、駅周辺には食料品も美味しい料理の店も、センスのいい雑貨や服のお店も揃っている。だから買い物をするときは大抵ここだ。
でも今日の目的は買い物ではない。
私は大学とは反対方向に向かうバスに乗り込む。椅子に腰掛けると窓の外に視線を向けた。流れていく景色を見つめて何か面白いことがないか探してみる。
あ、あそこにも雑貨屋あったんだ。へー、変わった狸の置物…んん?なんかあそこの看板パクりっぽいんだけど。
声こそ出さないが、今の私の顔はアホ面なんだろうな。なんて思うけど見てる人はいないのでそのまま外を眺めてニマニマ。新しい発見をするたび、嬉しく感じるのは普通…だよね?
バス停に到着すると、私はある場所に向かって歩き出す。
すれ違うベビーカーの中で赤ちゃんと目が合い、可愛くてまた顔がにやけてしまう。いけない、いけない。
ここは静かな住宅街で、色々凝った外観の家が建ち並ぶ。可愛らしいヨーロッパ風のものや、スタイリッシュな鉄筋コンクリートのものまで様々だ。
そんな住宅街に、大きめな公園があった。噴水や遊具はもちろん、変わったデザインのオブジェ、植物園並みの色とりどりの花もある。
そこが今日の私の目的地。
私は写真を撮りにここに来たのだ。
大学で私は映像学科を専攻している。小さい頃からカメラマンになることが夢だった。映画とかアニメーションも気にはなるけど、やっぱり写真が一番好きだと最近強く思う。
高校の頃、父親にせがんで買ってもらった中古の一眼レフで、これまで何百枚も撮ってきたけど、まだまだ撮りたいものは沢山ある。
この公園は半年くらい前に見つけて、それから暇な休みの日は結構通っている。珍しい植物もあるし、公園だから親子連れで来た子供たちの遊ぶ姿も撮れる。
何より高い木や電柱のないので、この公園から見上げた空はとても広く感じて、夕暮れなんかは特に綺麗に見えるのだ。
今日は何を撮ろうか?
鞄の中を探って一眼レフを擦りながら私の心はうきうきしていた。にやけた顔にならないよう冷静を装うが、口元の筋肉が今にもヒクヒクとなりそうで困る。
私は昔から上がり症で恥ずかしいと思うと直ぐに顔が赤くなる。だけどカメラのレンズを通して見るとそんな恥ずかしさなんて気にもならないから不思議。
レンズ越しの世界は狭いけど、とても大きな世界観を見せてくれる。
小さい時、偶然連れていってもらった写真展…私は一瞬でその世界の虜になった。
どうしたらこんなにも綺麗なものが写真として残せるのだろう?
まるでおとぎ話のようにキラキラと輝くそれは、ただの薄い紙に写されたものだとは到底思えないほど衝撃的だったことを今でも鮮明に覚えている。
そして写真を見て感じることは人それぞれだということも初めて知った。親子でさえ感性は違う。違う人に言われて気づく新たな発見。自分の世界が広がるようなワクワクした気持ちが堪らなく心地好かった。
私もこんな世界を見てみたい…そして、切り取ったそれを色んな人に見てもらいたい…!
その想いはずっと変わらずに私の中に存在していた。
ああ、楽しみだ!!
そして私は公園の入口にたどり着いた。
さて、最初はぐるっと一周して、それからお昼をとってからまた戻ってきて…それで…?
脳内で計画を練っていると、入口を入ってすぐの花壇に人影を見た。
それがすべての始まりだった―――――。