プロジェクト15
章宏は吉永さんに同行してもらって、倉庫に眠っている金庫のところまでやってきた。
「吉永さん。その鍵、もしかしたらこれに挿せないかな?」
「やってみるわね」
吉永さんにその鍵を鍵穴に挿してもらったが、金庫は開けられなかった。
「あれ? おかしいわね… 鍵はぴったり合っているようなんだけど」
「吉永さん。その金庫、もう一個鍵穴がない??」
章宏は、吉永さんに訊いた。
「・・あっ! さっき入れたのと違うところに左右で一個づつ鍵穴があるみたい。そっちには・・ やっぱり入らないみたいですね」
「まあ、金庫だからそう簡単には開けられないか。多分、その金庫は頻繁に出し入れする目的で導入されたと思われる2キータイプのものだ。あともう一個、どこかで誰か持っているに違いない」
「”二つで一つ”かぁ・・」吉永さんは、なにか感慨深そうなもの言いをした。
「どうかしましたか?」
「いえね。あの林さんらしいなって思ってね。あの人はなにかにつけて”ペアシステム”の話をよくしてたから…」
「吉永さんって…。もしかして、私よりも林所長のことを知ってらっしゃるのかな」
「それは分からないわ。私とて、ただ大庭教授から聞いたり、一緒に同行したときにちょっとだけ話させてもらったりしてただけだから」
「そうですか。まあ、この金庫は友人である大庭さんに一個を委ねた、というわけなんだね」
「じゃあ、あともう一つね。実はそのことで、あなたにまた話がしたいんだけど…」
そんな話をしているところに、園長の久美子さんが遠くから近付いてきていた。
「小金沢さーん。何か探しものですかー?」倉庫の入り口付近で、久美子さんが章宏に声をかけた。
「いや、ちょっと気になっていたものがあっただけだから。もう倉庫から出ますよ!」
「お昼できたので、一緒に食べましょう!」
「今いきます」
そんな会話を交わしたあと、久美子さんはまた事務所に戻った。
「さっきの女性、檀上久美子さん。ですよね?」
「ああ、二代目園長の久美子さんですよ。日本で初めてのゴリラ通信士になった女性で、この動物園の出資者でもあるこのあたりでは有名な資産家の檀上家に嫁がれた方だ」
「あなたはなんとも思わない?」
「なにが??」
「あの園長さんのこと」
「いや。素晴らしいできた女性だし、彼女が若い頃からの付き合いですから…」
「だったらなんでもない。とりあえず、この鍵は私にとっては不要なものだからあなたに預けておくわ。また二人きりのときにでも… 東京にはもう何年も帰ってないの?」
吉永さんは、鍵を渡しながら彼に訊いた
「もう、この尾道に根を伸ばしてしまったからなかなかね」
「たまには、大庭教授のお墓参りでもしてあげたら? あなたがここまでやってこれたのも、あの人のおかげは多少はあると思うから」そういって吉永さんは微笑した。
「吉永さんは、歳を重ねてもかわいい笑顔は変わらないですね」
「こんな年老いた”おばあさん”褒めたって、仕方ないんじゃない?」
「いや、お世辞じゃなくて純粋にそう思ったんだ。あなたは、あの教授のことを好きだったんですね?」
「さあ、どうだかね(笑) じゃあ、お昼食べるんでしょ? 私はそっとお暇しますので…」
そういって、吉永さんは鍵だけを残して、動物園を去って行った。
-- + --
「圭太事件」が起きたのは、茜が大学を卒業して間も無くのことだった。
あれから茜は獣医資格を持ち、医師見習いとして久美子さんたちと一緒に動物園の動物たちを面倒見るようになった。動物園の経営悪化傾向を防止するために、ゴリラ以外にもさまざまな動物を受け入れるようになったことから獣医の絶対数が足りなかったのだ。そして、動物園の名称も「おのみちゴリラ動物園」から「わくわくアニマルパーク」と変え、園内にゲームセンターや簡単な乗り物などを導入して、子供に楽しんでもらえるテーマパークへの再建を目指したおかげで、ここ数カ月は来場者がうなぎのぼりになってきていた。
「お父さん。最近、なんだか圭太の調子がおかしいの・・」
茜がある日、章宏にそんな報告をした。
「年取ったから寿命が来ているのかもな。今、圭太25歳だっけ?」
「ええ。生後25年と3ヵ月と記録に残っています」
「茜は知ってるか? ゴリラの寿命はだいたい28~32歳。人間でいけば働き盛りの頃合いのいい歳だけど、ゴリラにとってはもう俺とおんなじボケがはじまってもおかしくない年だ」
「お父さんは、まだぼけないでよね! あ、でも。。」
「どうかしたか、茜?」
「圭太の行動って、もしかしてピック病っていう症状によく似てるの」
「ピック病??」
「うん、ピック病ってね。前頭葉から側頭葉あたりで起こった局所的な脳萎縮によって発症する精神疾患の一つなんだけどね、おもに人格変化、自制力低下などの不自然な行動が多くみられるんだけど、特にさ、圭太ってエサをあげると他のゴリラの分のものまでむしゃむしゃ食べる傾向にあるんで、様子見て他のオリに隔離したいと思ってるんだけど…」
「そういえば圭太のやつ、最近太りすぎだな」
「でしょ? だから、今度園長さんに相談しようと思ってるんです」
「ああ、まかせたよ。あと一応、他の飼育係の子と医療チームの彼には先にいっておいて」
「うん。分かった」
圭太は、茜のその報告により1週間後に別の檻に移動することが決定した。
(つづく)




