プロジェクト12
林教授の研究発表のテーマは、『ゴリラが歩もうとしている未来 ─その生殖アルゴリズムの変遷─』と名づけられた論文のサマリであり、ゴリラの個体数減少が何故はじまったのか、その起源を考察したものであった。
ここ近年のゴリラの地球上における個体数の推移について、なぜ減少していくのかの背景を焦点に当てながらプレゼンテーションしていた。
「我々の努力では如何ともしがたいゴリラの”繁殖意思”に相乗して、大量の森林伐採、それに伴う地球の温暖化、オゾンホールの拡大などの様々な環境破壊によって、ゴリラのみならず他の動物も住む場所が奪われている中、”地球に生存したくない”という彼ら自身の生存放棄が加速するだろうと推測される。その現象がまず、食物連鎖の頂点からすでに始まっている現実を、我々人間はもっと真摯に受け止めなければならない。これは、彼らが人間に対して鳴らしている警鐘なんだと…。以上、私の研究発表を終わりにします」
林教授の発表の終わった後、大庭教授と吉永さんは林教授と落ち合うために、近くの喫茶店に入り、研究発表会が終わるのを待った。
「教授! たばこの量、最近増えてきてるんじゃないんですか? ごほっごほっ…」
「そ、そうだな。ごめんごめん」そう言って、大庭教授は吸っていたマルボロメンソールを揉み消した。
「メンソール入りのたばこは、なかなか止められないな… いやー、今彫っているやつがさ、なかなか全体形状が決まらなくてまたコケシが増えちゃってね(笑)」
「あそこの研究室、こけし研究室に名前を変えましょうか?」
「なんか、珍宝館みたいで嫌だな。それは」
「ですよね」
そんな会話をしていたところに、林教授が彼らのところにやってきた。
「ああ。待たせてしまって申し訳ない。私、こういった大学で副学長をやっております、林です」
林教授は、そんな挨拶をしたあと、吉永さんに名刺を渡した。
「副学長ですか!? はじめまして、私、大庭さんという変態の助手をしております。吉永です」
「ははは。冗談のきつい女性だな。確かに、彼は女性の裸をよく好む」
「ですよね!」
「なに二人してそんなところで意気投合してるんだよ! まあ、否定はできないけどな(笑)」
そう言って大庭教授は、また懐のポケットからたばこを一本取り出して火を点けた。
「吉永くん。あのな、私みたいな造形美術やってるしがない人間がゴリラに興味を持ったのは、紛れもなく彼の影響なんだよ」大庭教授はそう吉永さんに言った。
「へえ、そうなんですか?」吉永さんはくすっと笑った。
「君はゴリラのような類人猿を研究する私のような人が、どう眼に映ってるかね」
林教授は、吉永さんにそんな質問をした。
「そうですね。最初、私は大学つまんないなーと思っていたし、講義に出るのなんて、よっぽど暇でもなければボイコットしてた時代があったんですね。ギャルの格好が大好きだったんです、学生時代は」
「そうだな、当時のお前の格好見せたら、林さん驚くぞ!」
「もう!ほっといてくださいよぉ!! でですね、たまたま目に入ったたった3回しか行わないという特別講義で『ゴリラ概論』なんてあったから、興味本位で行ってみたんです。まあ、睡眠時間が欲しかったというのもあったんですけど」
「おまえ、そんな動機で神聖なる『ゴリラ概論』を聴きに来てたのか! あとで研究室でおしおきだな。一日中ヌードモデルにして、絵筆であんなことやこんなことを…」
「ちょっと大庭教授! そんなことしたら警察に訴えますよ! あ、ごめんなさい、変態は放っておきます(笑) あ、でもね。”最初は”確かに興味はなかったんです。なんですけどー、これが意外に聴いてて面白かったから」
吉永さんはそこまで言うと、頼んでいたアップルティーのカップを手に取り、一口だけ口にした。
「ほぉ。どのへんが?」林教授が吉永さんにそう訊いた。
「こんな変態でもね、意外と言ってることがしっかりしてるんだなと(笑) 猿がゴリラを語る、みたいな… あ、ウソです。ウソですよ! 本当に興味を持ったのは、私たちが信じている進化論を真っ向から否定していた根底理論です。今日、林さんも言っていたじゃないですか? ゴリラのようなオランウータンというタクソンから進化したとされる人間は繁殖を好むが、ゴリラはなぜ繁殖を好まないのか?って」
「ああ、言ったね」
「その発想って、大好きだったおばあちゃんが同じことを言っていたんです。そのおばあちゃん、たぶん林さんもお察しかと思いますが、敬虔なクリスチャンでした」
「なるほどね」林教授は相槌を打った。
「で、そんなおばあちゃんの話を思い出して… 確かに、私も高校の生物の勉強では、受験のためにダーウィンの進化論とかを覚えていきましたよ? でも、子供頃に聞いたおばあちゃんの話と違うよなー、ってずっと疑問に思っていたんです。今は、大庭教授のところで一緒に研究している身ですから、もうその”進化論”なんて信じてませんけどね。で、私、思うんですけど…」
「なに?」
「なんで”ゴリラ”なのかなって??」
「吉永くん。林さんはね、若い頃はアフリカのルワンダにある大学で医学を専攻していた方なんだ。そのときに…」
「大庭さん。その話はあまり語らないでくれないかな…」
「あ、悪い。まあ、たまたま林さんにとってはゴリラを研究対象にしているというだけだ。だろ?」
「まあ、確かに吉永さんのいうように他の類人猿もたくさんいる。今日は発表しなかったが、私の研究論文には、特に大庭さんあたりが好きそうな”ボノボ”をテーマにしたものもある。さっき私はアフリカに滞在していた期間があると言われたけど、そのアフリカ時代に近くのコンゴ、、あ、私がいた当時はザイールという国名だったけどね。そのザイールで研究が行われているということで、何度かボノボの研究に立ち会わせていただいたときもあったんだ」
「・・ぼのぼ?? って、それなんですか?」吉永さんは、林教授に質問した。
「吉永さんは、ボノボって知らないですか?? ボノボはね、色んな性行為を行うので有名な猿の一種だよ。大庭さんだと興味は彼らのその性的行動のみだろうと思うが、研究対象として注目を浴びているのがチンパンジー以上の知性を持った動物であるということと、ストレスを感じることができるというこの2点だ」
「ストレスを感じることが、そんなに興味深いのですか??」
吉永さんは、さらに林教授に質問した。
「では、逆に質問しよう。吉永さんはストレスはどうやって感じますか?」
「やっぱり、大庭教授のセクハラとか、大庭教授のセクハラとか、大庭教授のセクハラとか!! ほんっと、いやらしい言葉を研究室で連発する下品な教授なんですよね」
「そんなに言ってないだろう! ・・・ごめん、これからは自粛するorz」大庭教授は落ち込んだ。
「そうだね。つまり、ストレスは”嫌だと思うものが近くにある”場合に感じるものだ。難しい言葉でいえば、そこに存在するホメオスタシス(恒常性)を崩れさせる要因となっているストレッサーが付き纏うことで生じるもの。ストレスは、脳が発達している高等動物でなければ感じることができない」
「はぁ…」
「ボノボは、野生で暮らしているときはそのストレスはほとんど感じないらしい。しかし、彼らにとってストレスになる外的要因が紛れもなく”ヒト”、すなわち我々と関わることがストレスになっているということが分かってきた。原因はよく分からないが、人間に飼育されているボノボは、野生のボノボよりも体毛が少ないんだ」
「大庭教授みたいな頭ってこと?」
「気にしてるんだから言うなよ!」
「まあ、大庭さんの頭毛の話は別にして、毛が抜け落ちてしまうようなんだ。あ、そろそろ娘が広島で待ちくたびれている頃だから、16:00の新幹線に乗って帰ろうと思うので… では申し訳ないけど。あ、ここの支払いにこれ使って」と、林教授は1万円札を置いて出て行った。
「林教授って、副学長なのにすごく腰が低い方ですねー。ここの会計に1万もいらないのに…」
吉永さんは、すごい太っ腹だなーと思っていた。
「じゃあ次はこれで飲み屋にいこ! 吉永くんはどうせ暇だよね?」
「暇ですけど… また酔った勢いで胸触られるの嫌ですから(笑)」
「俺、酔っているときにそんなことしてるのか? それは悪かった…」
「冗談ですよー。じゃあ行きましょ、この前、雰囲気のいいバーを見つけたのでそこに…」
「いいんだよ、そんなとこ行かなくたって!それは吉永くんの付き合ってる彼氏とでも行ってくれ。俺は酒がたくさん飲めればそれで十分だ」
「・・・それもそうですね。じゃあそれなら、焼き肉にしませんか?」
「太るぞ。いいのか?」
「今はダイエットなんて気にしてる場合じゃないんです、教授! ダイエットは明日からするんで!」
「お前の言ってることはめちゃくちゃだな(笑)」
(つづく)




