涙
春の日差し。
白い花がはらはらと散る。
花弁を受け、眠る少年。
「誰なのかなぁ」
黒ずくめの青年、この地の主ゼオンは自らの庭に眠る少年を見下ろした。
白い花に埋まりながら、青年と同じく黒ずくめの少年はただ眠っている。
「よっ」
ゼオンが抱き上げても、少年はまだ眠っていた。
こぼれ落ちる黒髪。その先端だけが金色の輝きを放つ。
庭の端にあつらえてある東屋へと向かった。
少年がその琥珀の瞳を瞬かせたのは、東屋に一歩踏み込んだ時。
瞬きをしながら少年は周囲を見回す。
「……だれだ……」
ゼオンは苦笑をこぼした。
住居の主が誰だと尋ねられるようなことがあろうとは思わなかった。
「ゼオン。この庭の主だ」
ベンチに少年を座らせながらゼオンは答える。
「……」
少年は物思いに耽るように瞳を閉ざした。
「此処は……どこだ……」
ほとんど独り言に近い自らに問い掛けるような少年の声。
「風の山の魔王城と呼ばれているな」
反射的に顔を上げた少年にゼオンは悪気たっぷりの皮肉げな笑みを浮かべて見せる。
「魔の者か………?」
自信なげな少年の言葉にゼオンはおどけるように肩をすくめて見せる。
「さぁ、どうだろうね。坊やはどうだと思う? 確かに魔物たちの一部を統べてはいるけどね」
琥珀色の目に不快感と不信感が過ぎる。
ゼオンはその視線を楽しみつつ、少年の衣服や髪にまだ残っていた白い花弁を摘み上げて弄ぶ。
「坊やは俺の庭でこの花に埋まって眠っていた。丈の高い植物がその辺りには多かったことも重なって他の者には見つからなかったようだね」
ゼオンは「どちらにとって幸運なことかは知らないが」と内心ごちる。
「どこにいたのかな?」
他愛ないことを聞く口調でゼオンは少年に問う。
少年は目を伏せ、たっぷりとゆとりのある自らの黒衣を握る。
「戦場……で戦っていた」
「それで何があった?」
少年がとまどい気味に答えはじめたのでゼオンは促がすように囁く。
少年は沈黙した。
「坊や?」
「負けた……。所有権を失った者はただ追放される。名誉ある戦死も許されなかったのか!!」
興奮する少年にゼオンは呆れたように空を仰ぐ。
「落ち着け」
少年の肩を叩き、ついでにその頬を軽く叩く。
半泣きになった少年の瞳から涙がこぼれる。
袖で涙を拭いながら少年は反抗的にゼオンを見上げる。
「俺なら坊やみたいなタイプにはきっちり止めを刺すな。ところで、本当に決着はついたのか?」
「知らぬ」
少年は軽く視線を外し、吐き捨てるように言う。
「しかし、目覚めたこの地は見知らぬ世界。我が世界ではありえない!! これこそ敗北の証拠以外なんだというのだ!!」
ゼオンは激しい脱力を感じ、青く澄んだ空を見上げる。
「……対戦相手も戦いの衝撃で開いた他所の世界に飛ばされてたりしてなー。あ、いい風だなぁ」
少年は黙ってゼオンをまじまじと見る。
視線を少年に定めてゼオンは笑う。
「どうした? 坊や」
「そうか……そういう事も有り得るのか……」
「待て……何の所有権を争って、どういう戦い方をしていたのかは知らないから確かなことは言えない。ただの可能性だ」
早急にその可能性に決めてゆく少年をゼオンは引き止める。
「戦闘空間に場所を移しての正規の一騎打ち。あの新参者に我が住いを譲るわけにはいかなかった」
少年は思い返すように遠い眼差しを空にはせる。
「戦闘空間?」
聞きなれない言葉にゼオンはつい問い掛けた。
「住いや周辺に影響を与えないために戦闘はそれ専用に時空間を切り取り、少しずれた異空間で行う。これが正当な一騎打ちだ」
「便利だなー」
ゼオンは少年から得た答えに対して正直な感想を口にした。
専用の戦闘空間があり、全ての戦闘がその空間で行うことができるのならば、ゼオンの大切に育てている庭は無傷のまま残せるのだから。
「義務だ。周囲への影響力が大きい場所を住いとする者に与えられた当然の義務」
空を見上げながら少年は『義務』と口にする。
「天空・大海・大地に住いを持つ者は影響力が大きい」
「いや、それ以外に住む奴なんかいるのか?」
少年の発言にゼオンは突っ込む。
ゼオンの突っ込みに少年は不快そうに眉をひそめた。
その様子にゼオンは苦笑するしかない。
「我が住いは太陽。天空に住いする者の中でも影響力は大きい方だ。特に住いを破壊されると影響力は大きいとされている」
少年はしかたなさげな口調で説明を綴る。
「我は太陽の大烏クロアート。太陽の支配者……だった」
少年、クロアートは目に見えて沈んでいた。過去形で言うのが辛いのだろう。
ゼオンは嬉しげな笑みを浮かべる。
「クロアートか。ようやく名前を教えてもらえたな」
「帰りたい……帰れない」
琥珀の瞳から涙が零れ落ちる。
「クロアート、道は常にある。探すといい。自らの世界に帰りうる術を」
何時の間にか、すがり付いてた少年を抱きなだめながらゼオンはその耳元に囁く。
「お前はまだ死んではいないのだから」
嘆く少年の背を撫でながらゼオンは内心、新たに得たこの部下をどう扱うか思案をはじめた。