犬
純白の毛並みを日に晒し、主の指示を待ち立つ犬。
その眼差しはひたすらに主を見据える。
「こい」
呼び声と合図に白い犬は駆け出す。
主が前に伏せるために。
「ああ、あの犬どうなったかなぁ」
呟いて、このことは忘れようかと思ったら、もの問いたげな視線とかち合った。
決して問いはしない。
喋るも喋らないも自由だ。
そんな雰囲気。
「昔、父が犬を飼っていた。真っ白い大型犬だった」
ティールは静かに頷く。
「いつだったかの狩りの時にね、あの犬だけ帰ってこなかった。父や、他の犬は戻ってきたのに、あの犬だけいなかったんだ」
そっと、手に触れる触感を感じて視線を移すと、ティールが心配そうに見上げていた。
俺はそんなティールがいとおしくて微笑が浮かぶ。
幸せを感じる瞬間。
「父は戻ってこなかった。って怒ってたな。だから死んだわけじゃないと思うんだけど、父にあれほど忠実な犬だったのにな」
あの時、父があえて置き去りにしてきただけと今は知ってる。
犬の忠義を試すために狩場に置き去りにして、戻ってこないと怒った父。
いつか、俺のものにしようかと思って見ていた犬がいなくなって俺も内心、怒った。
父に対して。
「結局、俺は一度も自分に責任のある生き物は飼ったことはないよ。かわいそうなことはしたくなかったからなぁ」
「探してみますか?」
青みがかった瞳を見返しながら俺は首を横に振る。
「いや、いい。実際、死んでるの確認するのもいやだしね」
こんな会話をした数日後。
魔王城内で趣味の造園をしてた時だった。
「きゃうん」
仔犬の声。
白い仔犬。
兵士が一人走り出てきて仔犬を捕まえた。
「申し訳ございませんでした」
兵士はそう言って深く頭を下げた。
「かまわないよ。お前のかい?」
問うと、兵士は得意げに顔を上げた。
「はい。自分の娘であります。邪魔をさせてしまい申し訳ありませんでした」
仔犬を抱いて視界の外に去って行く兵士を見つめながら思う。
―――ここ、魔王城だったなぁ―――と
でも、
「ほんとは犬より猫が好きさ」