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風の魔王城  作者: とにあ
21/30

観劇

「さ~ぁ、出かけるぞ~」


「楽しみですぅ~。お芝居♪ お芝居~♪」


 フィアナが歌いながらくるくる回る。


「今、人気の劇場らしいですよ」


 ティールがフィアナにベールを付けさせながら微笑む。


「どんなお芝居なのかしら?」


 サキもゆったりした帽子を被りながらにこにこしている。


「役者さんがイケテルって聞いてますぅ~♪」


「クロ、準備はいいか~?」


「シバイってなんだ?」




 劇場があるのは大陸の西。


 砂と芸術の国フォンシーラ。


 建物は総じて純白で四角い。


 白っぽい黄色の砂が常に視界に入る。


 この国の国民達は気にしたふうもなく、自分たちの作った自慢の商品を旅人に売りつけている。


「てめぇらはぐれんなよ~……って、誰もいねぇ……」




「なかなか賑やかな都でしょう? たまにはこんな遠出も良いかと思いましてねぇ。ね、ティアル・リール様」


 振り返ってもそこには誰もおらず……


「おやぁ? ティアル・リールさまぁ~。フレム~? ……もしかしていきなりはぐれましたか?」


 ケンドリックは一つおおげさに溜息を吐き、


「仕方ありませんねぇ。目的地は劇場と言ってありますし、大丈夫でしょう。誰かナンパして観劇といきますか」


 さっくり捜索を打ち切った。

 







「そこをゆく帽子のお嬢さん、お連れがおられぬのならこの魔法使いと観劇にでもまいりませんか?」


 明るい口調に彼女は不信げに顔を上げた。


 底抜けに明るい笑顔の青年がおどけながら手を差し出していた。


「劇場を教えてくださるだけで結構なんですけれど……。連れの者もそこに集まる予定ですし……」


 青年はにこにこと頷く。


「では、せめて劇場まででもご一緒に。美しいお嬢さんとそこまででも行けましたならば、この魔法使い、光栄のいたりです」


 キザっぽく一礼をして再び手を差し出す。


「さぁ、お嬢さん、お手をどうぞ。ご案内いたしますので。わたくしはケンドリックと申します。気安くケンディーとお呼び下さい」


「……サキです。ケンディさん。劇場までよろしくお願いいたします」


 サキはくすくす笑いながらケンドリックの手に自分の手を重ねる。


「この街へはやはり劇を観に? それともお祭りを見に?」


「観劇にです。上の者が連れて行ってくださる言ってくださって。とても楽しみにしていたんです」


「魔王軍も慰安ですか」


「 …… 」


 ケンドリックはにこやかに言いながら、引きかけたサキの手を捕まえる。


「こちらも気分転換ですから、お気になさらず。お互いに連れの者が騒動を起こさず、大人しく観劇を楽しめることを祈りましょうねぇ」


 力を抜いたサキもしみじみとケンドリックの言葉に同意した。


「ぇえ。悪気なく、街を破壊してしまいそうな者が一人いますから不安ですわ」


「ははははは。奇遇ですねぇ。こちらにも一人そういう危険人物がいますよ。怖いですねぇ。お、今日の最終公演に間に合いましたね。お連れを待ちますか? それとも一緒に観劇と洒落こみますか?」


 サキは一つ溜息を吐くと決意の笑顔でケンドリックに応えた。


「ええ。観劇と洒落こみましょう。チケットは、奢っていただけるのかしら?」


 ケンドリックは数枚のVIP席チケットを片手で振って胸を叩いた。


「お任せを……さぁ姫君、まいりましょうか」


 



「……劇場って……何処だ?」

「劇場ってどーゆー場所なの?」


 二人の子供たちはお互いの背後で呟かれた言葉を聞いた。


「人がイッパイいるところだろう?」


「此処だっていっぱいいるわよ?」


 子供たちは向かい合って言葉を交わす。


「華やかでキラキラでイケテルんだろう?」


「……ねぇ、」


「なんだ?」


「イケテルって何?」


「知らん」


「……そう。あ、あれキラキラ」


「この中に劇場があるのか?」


「指輪の中にあるわけないじゃない……。人がどうやって指輪の中に入るのよ。劇場って人がいっぱい入れるとこなんですって」


 そんな子供達の会話に周りの大人が声をかけようとする頃には、子供たちは迷いなくずかずかと移動している。


 見送る大人たちは互いに顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。




「もう。あなたといても見つかりそうにないから一人で探す!」


 少女が勢いよく言ってサクサク歩き出す。


 少年は周囲の様子を表情なく見回している。




「もう、どうしてフレムが迷子なんかになるんですの」


 機嫌悪く現状の不満を呟く少女の肩に圧力がかかった。


「?」


「お嬢ちゃん……迷子かい?」


 赤ら顔のろれつの回っていない男。その後ろにも赤い顔の男が数人。


「関係ありませんわ。失礼」


 男が少女フレムの腕を握る。


「まぁまぁ、遠慮するんじゃねぇよ」


 後ろの男たちもにやにやしながら頷く。


 フレムはその腕と男の顔を見比べる。


「ねぇ」


「ん・ん~?」


「いい加減に汚い手を放してくださいませんこと? 怒りますわよ」


「な!」


 赤ら顔の男のあいていた手が振り上げられる。 






     どん!!!




 赤ら顔の男が路上に転がる。


 男の背後にいるのは黒尽くめの少年。


「……ぇ?」


 フレムも男の仲間も言葉なく呆然としている。


「劇場は丘の上にあるらしい。広めの道で上を目指せば良いらしい」


 少年はフレムの腕を取って、歩き出す。


「ちょっと……」


「劇場に行くんだろう? 行くぞ」


「てめぇ、兄貴に何しやがんだぁあ!!」


 後ろで呆然としていた男がようやく怒鳴った。


「視界の邪魔だったから退かした。手加減はしたぞ?」


 少し、少年は思案するように俯くと「ふむ」と呟いて顔を上げた。


「怪我をさせたのならすまなかった。急ぐのでもう行く。行くぞ」


 最後の行くぞはフレムにむけられていた。


「……うん」


 フレムは大人しく頷く。


 劇場まで二人は黙って歩いた。


 お互いに連れを見つけた二人は言葉を交わすこともなく自然と分かれる。






「クロ、かわいい子と一緒だったんだなぁ~」


「目的地が一緒だっただけだ」





「……ドキドキする……」


「ごめんね。フレム怖い思いさせちゃって」


「おお。素敵な男の子にでも会ったのかーい?」  





「はぐれた?」


 フォンシーラの街は祭りの華やかさに浮かれ、多くの人々が路上を行き交う。


 不安事などまるでないかのように。


 そんな時、背後から肩を叩かれた。


「おい。財布を落としてもぼーっとしてるといずれ、命を落としてもぼーっとしてるハメになるぜ」


「ぇ?」


「ほら」


 言葉とともに差し出されたのは自分の財布。


 差し出しているのは漆黒の装いで決めた若い男。


「ありがとうございます」


 御礼を言う。


 男は下町の男らしく、にっと笑う。


 普段周囲にいる者が表に出す笑みの表情とはどこかが違う笑顔。


「いーって。でも、ま、今後気をつけるこったな」


 そのまま、立ち去りそうな彼に私は声をかけた。


「すみません」


「あ?」


 彼はすんなり立ち止まり、私の方を見返す。


「ご迷惑ついでに、もう一つよろしいでしょうか?」


 男は首をかしげながら頷く。


「聞くくらい聞くけど?」


「王立劇場はどう行けばよいのでしょうか?」


 男はしばらくの沈黙ののち、爆笑した。


 周囲を行き交う街人達がこちらに視線を送ってくる。




 すごく恥ずかしい。




 視界が真っ白に染まってゆく。


 踵を返して逃げ出したい。


 そう思った瞬間に頭を『ぽん』っと撫でられた。


「王立劇場ならこっちだよ。俺も連れを探してるんだが、もう劇場のほうに行ってるかもしれないし、一緒に行こう」


「ありがとうございます」


「いや、笑ったりしてすまなかったよ」


 



「きれい」


 ベールをふわりとはためかせながらフィアナは微笑む。


 その様子を見て笑顔を見せる者は多い。


「オジサン、これイクラなのですかぁ?」


 フィアナはベールにつける飾りを指にとって値段を聞く。


 しゃらりと涼しい音を立てる金の飾り。


 店主はフィアナをじっと見て笑った。


「この周囲に埃除けほどの恵みの水を……水妖のお嬢様」


 フィアナはきょとんと目を見開いてから大輪の華のような笑顔を浮かべた。


 昔はコレが普通だったのだ。


 今だってさほど問題の多い町でもなければ、魔族・妖魔だからといって嫌悪されはしない。


 国家がたてた政策。


 それが魔族や妖魔、僅かでも異端性のある者達への迫害へと繋がった。


「ナイショですぅ」


 この会話を聞いてた者達はこっそり頷いた。


 フォンシーラは砂の国。


 水は何よりも尊く、価値が高いのだ。


 そしてそれを扱う者の価値も。


 ゆっくりとフィアナの周りに魔力が集う。


 剥がれたベールの下から鰭のような耳があらわになる。


 人々は足もとに冷たさを感じる。


 水が誰かを濡らすことなく撒かれたのだ。


 フィアナはにこっと笑うと店主にベールをつけなおしてもらった。新しい飾り留めで。


「おまけなんですぅ」


 そして「さよなら」と店を後にした。


 「おまけ」の意味はその周囲一帯の店舗民家の水瓶全てを満たしたことだったと知れたのは彼女の姿が見えなくなってからであった。




「フィアナ、探しましたわ」


「あ、ティールちゃんですぅ。これでイケテルお芝居が見れますぅ」


「無理ですわ」


「えええええええ。どうしてですのぉ」


「もう最後の上演時間を過ぎてますから」


「そんなぁ。しょぼーんですぅ」






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