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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
少年アブダクション
9/19




 羞恥による思考停止状態からショーくんが復帰した時、彼は自分がどこを歩いているのかと酷く戸惑った。

 ヨルムに手を引かれるまま進んでいる場所は、どうみても街の光景ではなく、強いて言うなら少し天井の高いトンネルのような通路であった。


「ここは、一体」

「地下の下水道よ。何だか迷路みたいじゃない?」


 あくまで楽しむスタンスらしいヨルムに、ショーくんは苦笑いを零した。

 暗く、静かな道。とても衛生的とは言えない空気。これがデートコースなのか。これがデートというものなのだろうか。色々と未体験のショーくんにとっては、未知の領域だった。


「あ、近いわね」


 少女が上に視線を向け、そう呟く。ショーくんも天井を見上げるが、闇が口を開けているかのような黒い景色が広がっているだけで。

 何処かに導かれるように歩くヨルムは、やがて辿り着いた大きな支柱の前に立つと、ぽんぽんとそれを手で叩いた。


「ほら、ここに梯子があるでしょう。昇るわよ」

「え、あ、ちょっと」


 我先にと梯子に手を掛けて昇りだすヨルムの後を、ショーくんは慌ててついて行く。スカートがはためくのも気にせず先を行くはしたないお嬢様に、少年は困った顔で視線を下に向けたまま昇っていった。

 やがて天井に辿り着くと、僅かながら足場が確保できた事もあり、二人は並んで天板を恐る恐る開けてみる。誰もいない事を確認すると、ヨルムは素早く外へと抜けた。

 続いて外に出たショーくんだが、やはりそこも暗い場所であった。が、先ほどの場所とは違い、そこまで湿っぽい空間ではない。代わりに、埃臭い。

 全体に雑多な物が積み置きされている様子から、此処は倉庫か何かだろうと推測する。

 迷いなく重量物積載用の小型エレベーターの前に足を運ぶと、はてなを浮かべる少年に笑顔を向け、言った。


「ここから外に出てみましょうよ」


 このエレベータ―から外へ。少しだけわくわくする提案ではあるが、この倉庫の持ち主に見つかって怒られる事は必至だろう。

 既に不法侵入を犯しているのだ。これ以上は不味いと少年は首を横に振った。


「大丈夫よ。ここのビルのオーナーは私のお父様のご友人だもの。怒られはしても、公安に突き出されるような事にはならないわ」


 軽く言ってのけるお嬢様に、少年がでもやはり駄目だと首を振ると、ヨルムは拗ねたように口を尖らせてそっぽを向く。


「じゃあ、いいわよ。私一人で行くから」

 

 そう言って、エレベーターのスイッチを押す。

 扉が開き、すかさず乗り込むヨルム。その指が『開』ボタンを押しっぱなしである事にも気付かず、慌てて少年も乗り込んだ。と同時に、扉が閉まる。

 狭い空間に同年代の少女と二人きりで密着し、顔を赤くする少年。


「ちょっとショーくん。変な所を触らないでくださる?」

「え。うそ、ちょ、ごめ、ごめんなさ」


 ヨルムは照れる彼に気付き、からかい混じりにそんな事を言ってみる。予想通りに思い切りうろたえた少年は、慌てて無理に体制を変えようとして。


「ちょ、いや、ショーくん! どこを触って」

「うぁ、まって、ちが」


 本当に変な所を触られてしまったものだから、ヨルムも顔を赤くして小さく悲鳴を上げた。それに少年が更に慌てて、狭い空間ですったもんだになる。

 引っ掻いたり引っ掻かれたり、蹴ったり蹴られたり、触ったり触られたりを繰り返す中で、チーン、と、軽い音が鳴り。


「「あ」」


 扉が開き、揉みくちゃになった二人が同時に見たのは。

 フルムシュ大使館を占拠したサーバントdoll達。人質となっている大使館職員。そして、犯行グループと睨みあうジェスタと騎兵装隊。

 殺伐とした状況で、彼ら全員の視線が二人に集中する。

 あ、これまずいやつだ。なんとなく察したショーくんは、すぐさま『閉』ボタンを押そうとして、その手をヨルムに抑えられた。


「ちょ、なに?! 離してっ」

「ショーくん大変! なんだかよく分からないけどとんでもない事態だわ!」


 混乱がピークを越え、大声を出すショーくん。白々しくうろたえつつ、ショーくんを前にしてエレベーターから押し出そうとするヨルム。

 そんな二人の姿に状況を理解したジェスタは、鋭い目を引き攣らせながらも犯人に向き直る。

 注意は二人に逸れている。ジェスタは片手に持った電磁誘導銃(リニアライフル)を、人質を足で踏みつけていた男性型dollに躊躇なく放った。頭部が四散するdoll。

 残された七体のdoll達は即座に反応するが、それよりも早くジェスタの次弾が放たれ、更に人質に近い一体の核を打ち抜いた。

 部隊を牽制していた女性型dollが炸裂光弾(バーストマッシュ)を投げつけると、多数の小さな光弾が騎兵の纏う分厚い装甲を高温の熱によって穿ち、隊員三名に重軽傷を与える。しかしそのdollも、弾を投げたと同時に別の角度から来た直線軌道散弾による一斉射撃を受け、全身に無数の穴を開け倒れた。

 不利を悟った一体が、自分に銃を向けていた隊員に散弾を放つと共に、転がされていた外交使節団長の男を拾い上げて盾にする。フワフワとした白い毛に覆われた優しげな顔が、恐怖によって歪められ悲鳴を上げた。

 隊員が硬直し、ジェスタの視線がそちらに向かった事で、更に一体のdollがエレベーターから押し出されたショーくんと、後からひょこっと飛び出したヨルムに電磁誘導小銃(リニアピストル)を向ける。


「動くな」


 二体のdollが他の人質達に銃口を向け、一体が隊員達に向けた。


「動くな。速やかに全員、武装を解除しろ。従わなければ順に殺していく」


 おそらくは司令塔であろう薄手のシャツにスラックスを履いた男性型dollが、感情のない瞳をジェスタへと向ける。

 例え効率良く動いたとして、一人二人の犠牲は出るだろう。従った所で結果は変わらないかもしれない。しかも悩む時間すらないときている。ジェスタは止む無しと銃を床へと投げ捨てた。隊員達も武装を下していく。

 床に手をつくように指示され、ジェスタを始め六名の隊員が腰を下し、手をついた。

 そして司令塔の男は、使節団長に銃を突き付けたまま振りかえる。

 ヨルムとショーくんに視線を向けた。


「どうやってここに来たのか、案内してもらいたい」


 今にも卒倒しそうな程震えているショーくんと、きゃあ怖いと後ろで縮こまるヨルム。二人に銃を向けていたdollが彼らの足元に向けて発砲した。

 ひぎゃあと悲鳴を上げるショーくん。あらまとびっくりした様子で背中にしがみ付くヨルム。


「早くして欲しい。そのエレベーターから下まで降りればいいのか。その後はどう進めばいいのか。案内してくれ」

「お、おい待て。その二人は関係な……っ」


 乾いた音を発して、ジェスタの足に弾丸が打ち込まれた。

 屈強な獣人種の筋肉を貫通する程の威力はなかったものの、食い込んだ銃弾に傷口からじわりと血が滲んだ。

 ヨルムは目を見開いて驚き、ショーくんは悲鳴を上げてうろたえた。


「ジェスタさん!」

「そんな……っ」


 ショーくんの叫んだ名前にdollが反応した。

 歯を食い縛って耐えるジェスタに銃口を向け、改めて二人に告げる。


「君達は彼の知り合いか。なら都合が良い。早く案内しなければ、彼のもう一方の足にも穴が開く事になる」


 シーエと同じ、感情を宿さない瞳。

 しかしそこに込められた想いは、彼女のように暖かく、優しいものではない。暗く、深く、冷たく、鋭利で、容赦のない、ただ人を傷つけるためだけに育まれた、酷薄な感情。

 視線を通して刺し込まれたその想いは、ショーくんの全身に得体のしれない痺れを齎した。

 がくがくと震えるショーくんの背中から姿を現し、dollと真っ向から向かい合うヨルム。

 彼女は毅然と言い放った。


「彼は私が強引に連れてきただけで、道を知りません。私が案内しましょう」

「いや、駄目だな。彼にも来てもらおう。もしも彼が道を覚えていれば、挟撃を受ける事になる。リスクは潰させてもらおう」

「それはそれは、賢明なことで」


 あくまで余裕を湛えた様子で、ヨルムはdollに従う。

 エレベーターは二人入れば限界であるため、四回の往復が必要になった。

 最初はショーくんと男性型dollが降りる事になった。

 俯いた顔は上げず、ブツブツと何かを呟く。主犯のdollと視線を交えた時から治まらない恐怖。何か堪えるように、促されるままエレベーターへと乗り込む。

 司令塔が下に降りた事を通信で確認すると、今度は使節団長と女性型dollが降りる。

 エレベーターが戻ってくると、次は二体のdollが降りて行った。残ったのは、ヨルムと司令塔のdoll。


「私がここで危害を受けた場合、仲間に信号がいき向こうの人質が死ぬ事になる。動くのは、せいぜい私とこのお嬢さんが、エレベーターに乗ってからにするといい」


 余裕に満ちた様子で、司令塔は言った。

 手が出せず、ただ見逃す事を許すしかない状況に苦汁を滲ませる隊員達。

 司令塔のdollに腕を掴まれているヨルムが、ジェスタに呟く。


「ジェスタさん。ごめんなさい。私がふざけ過ぎてしまったせいで、貴方を怪我させてしまったわね。本当に、ごめんなさい」


 そう、静かに謝罪を述べるヨルム。ジェスタは気にするなと言うように力無く首を振る。

 エレベーターが、上に着いた事を知らせるチャイムを告げる。狭い空間にヨルムとdollが入り込み、扉が閉まった。

 ショーくんと一緒に上がった時はあれほど賑やかだったこの空間も、今回ばかりは僅かな動きも無く、静まり返っている。

 不意に、ヨルムが笑った。


「ねぇ、貴方。このまま逃げられると思う?」


 この期に及んで何を刺激するような事を言うのか。疑問に思いながらも、抵抗する手段を持たない少女一人に反応する事はないと、無視を決め込む。


「この下にはね、倉庫があるの。そこの床に、一か所だけ地下下水道に繋がる床板があるのよ。下水道に出てしまえば、そこは迷路のような広い空間。騎兵装隊の追跡がいくよりも早く、貴方方五人は適当な穴から外へ抜け出し、逃げ果せるでしょうね。その前に私達人質は殺されるかしら。フフ」


 まぁ、そんな所だろうとdollは思う。

 まず倉庫で一人を殺す。これはあの少年で良いと判断する。

 次は地下に出てすぐ、外交官を殺す。それから少女に下水道を案内させ、外に出る。

 今回の計画で武器を融通してくれた協力者。彼女(・・)の拠点に合流しようと考える。少女の処理はそれからでも良い。

 この後の段取りを検討していると、エレベーターが倉庫に着く。チャイムが鳴り、扉が開いた。


「まぁ、そうはならないけど」


 ヨルムの言葉を聞いた瞬間。

 眼前に、掌が迫った。




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